第21話「先輩に推される(1)」
次の『攻略配信』は、二週間後。
その間は準備期間だ。
資料も読まなきゃいけないし、魔物の情報のチェックや装備の確認なんかもしなきゃいけない。
初心者の俺にとって、することは
「無理しないでくださいね。くれぐれも体調を
別れ際に
一般人の俺のことを気にかけてくれたんだと思う。
俺と蛍火では立場が違う。
彼女は西洋魔術師を使う異能者で、貴族の血筋だ。
『攻略配信』をしても、しなくても、彼女は魔術師の世界で生きていく。
蛍火が通ってるのは市外にある私立高校だ。
進学先も、魔術関係の大学に決まっている。
俺のように就職先で悩むこともない。蛍火には西洋魔術師としての道が開けているんだ。
うらやましいとは思うけど……でも、貴族の家を継ぐのは大変だろうな。
異世界にも貴族はいたからな。何度か会って、話をしたこともあるし。
あの世界の貴族は、
大変だったと思う。
プレッシャーのせいで、俺に弱音を吐いていた人もいた。
震えながら、俺に家宝の武器の強化を頼んできた人もいた。家名のために戦うと言って戦場に向かったその人とは、それっきり会っていない。同じ家名の人が訪ねてきたことはあるけれど、別人だった。たぶん、代替わりしたんだと思う。
そういうことはよくあった。
王様だって代替わりしてたもんな。
俺を召喚したのが十二代目の国王で、送り返したのが十五代目の国王だったし。
あの世界の
「自分で……自分の道を決められないのは、嫌だよな」
異世界に召喚された俺は、ひとつの仕事を強制された。
貴族や王族は邪竜族と戦うことを強制されていた。
やることは決まっていた。自分の道を選ぶことはできなかった。
もちろん……あの世界の連中に同情なんかしないけど。
俺を召喚したのは王様と魔術師で、彼らを支えていたのが貴族たちだからな。
だけど……憎めなかった。
文句を言ってやりたいとは思うけど、仕返しをしたいとは思わない。
王家の者や貴族が、
「あの世界の連中が単純に『嫌なやつら』だったら良かったのに」
あいつらが本当に嫌な奴らだったら、7年もブラック労働することにはならなかった。
俺は……さっさとブチ切れて、武器を手に抵抗していただろう。
「……こっちの世界に戻ったら、なにかを選べるようになると思ってたんだけどな」
7年間かけて戻ってきたけど、俺の状況は変わってない。
向こうの世界と同じだ。俺は、なにも選べない。
進学か就職か?
──お金がないから、就職しか選択肢がない。
働くか休むか?
──お金がないから、休むことを選べない。
結局、こっちの世界でも選択肢なんかなかったんだ。
「『攻略配信』で、なにかが変わればいいんだけど」
そんなことを考えながら、俺は『攻略者専用サイト』を閉じた。
参考書を開いて、勉強をはじめる。
いつも、空いた時間は受験対策をするようにしてる。
進学できないってわかってるのに、
でもまぁ……7年間も異世界にいた (こっちの世界では7日)から、授業の内容なんか忘れてるわけで、予習復習はしなきゃいけない。
そんなことを思いながら教科書を読み込んで、その後は受験用の参考書 (後見人の叔母さんのお古)に手を伸ばす。進学できるあてはないけど、俺は、あきらめが悪いらしい。
なんだかなぁ。
本気で俺は『攻略配信』で、進学の費用が稼げると思ってるんだろうか。
いや……違うな。
試してみたいんだ。
異世界で身に着けたスキルで、この状況を変えられるかどうか。
もしも『攻略配信』の
たぶん、そういうことなんだろう。
「……先のことなんてわからないけどな」
そんな感じで、勉強を続けていたら、スマホのアラームが鳴った。
バイトの時間だ。
俺はいつも通り、部屋を出ることにしたのだった。
「なんだか明るい顔をしてるね。後輩くん」
バイト先で、川根みのり先輩が言った。
「いいことでもあったの? 先輩に教えてくれない?」
「いいこと……って、そんなふうに見えますか?」
「見えるよ。私、人を見る目はあるからね!」
「……そうですか」
自分ではわからないけど。
気が楽になってるというのは、あるかな。
半年分の生活費は、魔術結社『ポラリス』が保障してくれてることになった。
『攻略配信』の
このバイトを辞めても、しばらくは問題ない。
いつでも辞められる。続けているのは自分の意思だ。やめるほど嫌じゃないってだけ。
……うん。
気が楽になってるのは、そのせいかもしれない。
でも、それは先輩には言えないから──
「気のせいです」
「そうかな?」
「先輩こそ、なんだか楽しそうですね?」
「うん。実は、すごくいいことがあったんだよ!」
「いいこと、ですか?」
「そうだよ!」
先輩は魔界の近くで、異能者のいたずらに巻き込まれたばかりなんだけど。
ちなみに、先輩はあの後『配信者ギルド』に保護されて、精神的ケアを受けてる。
蛍火によると、先輩は『グレムリン』に襲われて、誰かに助けられたことは覚えているそうだ。
でも、相手のことは覚えていないらしい。
……あの事件が『いいこと』じゃないよな。
他になにかあったんだろうか?
「実はね。こないだバイトで、魔界の近くに行くことになったんだよ」
「ふーん。そうなんですか」
「興味なさそうだね。でも聞いて。お願い」
問答無用だった。
「魔界の近くにいったとき、いきなり化け物に襲われたんだ。でもね、正義のヒーローが助けてくれたんだよ。暗かったから、どんな人なのかわからなかったんだけどね」
「なるほどー。すごいですねー」
「しかも、私を助けてくれたのは人間じゃなかったんだよ。見て、この動画を」
先輩は素早くスマホを操作する。
お目当ての動画を見つけたのか、先輩は画面を俺に向ける。
表示された動画は──
「『正義の魔術姫、
「ううん。助けてくれたのは、使い魔の『トキさん』だよ!」
「……へー」
「ぼんやりだけど覚えてる。闇から現れた存在が、鉄パイプを振るって化け物を吹き飛ばしたんだ。近くに梨亜ちゃんもいたからね。あれがブラッド=トキシン……トキさんで違いないよ!」
先輩は俺の顔を見ていない。
だけど、誰かが鉄パイプで『グレムリン』を殴り飛ばすのは見てた。
だから、ブラッド=トキシンに助けられたと思ってるのか。
「かわいいよね。トキさんって!」
「え?」
「だって、名前がすごい
「……そーですか」
「うん! しかも武器が鉄パイプだよ? きっとバイオレンスなイメージを出そうとしているに違いないよ! その必死さが痛くてかわいいよね!」
「……バイオレンスなイメージを」
「にじみでる中二病を隠そうとしてるんだね」
「それは……どうでしょう? 近くに落ちてたものを武器にしただけかも……」
「後輩くんはトキさんのことがわかってない!」
みのり先輩は、びしり、と、俺を指さした。
「まずはこの動画を見てよ! そうすればトキさんの本心がわかるよ!!」
「そうなんですか!?」
「『
「……人を見る目が」
「後輩くんにはわからないの? トキさんからあふれる暴力性と、高貴な精神が。仮面とローブはきっと、彼のバイオレンスを押さえ込むためのものだよ。でも、完全に押さえ込むとストレスが溜まって暴走しちゃうから、鉄パイプでバイオレンスを表現してるんだよ!」
「……はぁ」
「そんなトキさんに、私は
スマホを抱きしめて、夢を見るような表情でつぶやく先輩。
それから、先輩は俺の方を見て、
「よし、私がトキさんを
先輩は動画のコメント欄に入力をはじめる。
「『トキさんのバイオレンスに
「……あの、先輩」
「大丈夫。
「やめてください先輩!」
「ていっ!!」
手遅れだった。
止める間もなく先輩は投げ銭を……って、本当に時給分をつぎこんでる!?
「
先輩は不敵な笑みを浮かべた。
「きっとトキさんも『ふふふ。我が闇に魅せられし者がまたひとり』と思ってるはずだよ」
「いえ……『バイト代は大事に使ってください』とか思っているんじゃないでしょうか」
「どうしてそう思うんだい?」
「……常識的な一般論です」
「で、でもでも、
「限度がありますって」
「えー」
「……投げ銭は、生活に影響がでないようにしてくださいね?」
「もちろん。わかってるってば」
先輩はすごくいい笑顔で返事をした。
……まさか、先輩がブラッド=トキシン推しになるなんて。
しかも今日の時給を投げ銭に使っちゃってるし……。
ブラッド=トキシンの正体を明かして、先輩を止めた方がいいんだろうか?
いや……無理か。
そうすると、どうして俺が『攻略配信』をやってるのか説明しなきゃいけなくなるからなぁ……。
それに、先輩にブラッド=トキシンの正体を知られるのは、まずい気がする。
先輩の
動画の中で、ブラッド=トキシンが注意すれば聞いてくれると思う。たぶん。
そんなことを考えながら、俺は仕事に戻ったのだった。
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次回、第22話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
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