第20話「同僚の杖を強化する」

「待ってください、桐瀬きりせさん」


 蛍火ほたるびは俺の言葉をさえぎった。


「あなたは『アイテムを売る気はない』とおっしゃいましたよね?」

「言いました。だから、料金を取ったりはしません」

「ですが、あなたは『強化したアイテムを渡した相手が、誰かを傷つける可能性だってある』と……」

「信頼できない相手に渡したくないだけです。俺は蛍火さんを信じます」


 俺は言った。


「蛍火さんのような人が、強化したアイテムを悪事に使うなんてありえません。そんなことをするくらいなら、あなたは杖を折る人だ。俺はそう信じています」

「杖を折る、ですか? でも、わたしの杖は、お祖母さまの形見かたみなのですけど」

「そうなんですか。じゃあ、強化するのは抵抗が──」

「いえ、折ります! 悪事に使うくらいなら折りますとも!!」

「そうじゃなくて。お祖母さんの形見なら、他人に触れさせるのには抵抗があるんじゃないんですか?」

「それは大丈夫です」


 蛍火は、部屋の壁に立てかけてあった杖を、手に取った。

 木製の杖だ。

 長さは、彼女の身長と同じくらい。先端に青色の石がついている。


「お祖母さまは、この杖は正しいことのために使うように言いました。魔界を攻略して、人間の領域を取り戻すことは、その意思に沿うことだと思います」


 そう言って蛍火は、杖をテーブルの上に置いた。


「そのために役立つのであれば、あなたの手で強化してください」

「わかりました」


 俺は深呼吸して、杖に触れた。


「まずは『鑑定かんてい』します。強化できるかどうか確認しないと」

「お願いします」

「では──」


 俺は『鑑定スキル』を起動した。


──────────────────────


 ランク不明:『魔導杖まどうつえアウローラ』


 樹齢500年の樫の木の枝から作られた杖。

 魔術の威力を高める効果がある。


 強化可能スロット2 (入れ替え可能)。


──────────────────────


 鑑定できた。

 杖の名前は『アウローラ』。スロットは2つ。

 しかも、入れ替えできるタイプだ。


「強化できます。スロットは入れ替え可能ですから、強化して気に入らなかったら、やり直しもできます」

「では、強化をお願いします」

「わかりました。じゃあ、素材は……」

「これを使ってください」


 蛍火が差し出したのは、『PCワーム』のコアだった。


──────────────────────


 コア:種族『ワーム (希少種:電子演算器コンピュータ融合型)』

 レアリティ:C−

 属性:計算。察知。


──────────────────────


「地下で倒した『ワーム』のコアです。桐瀬さんは『PCワーム』と呼んでました。これには演算能力があるんですよね?」

高価たかく売れそうですけど、使っちゃっていいんですか?」

「構いません」


 蛍火は即座にうなずいた。

 迷いなんて、まったくなさそうだった。


「杖がどんなふうに強化されるのが見てみたいんです。それに、強化された杖なら、もっと効率よく『攻略配信』ができるようになるかもしれませんから」

「わかりました。やってみます」


 俺は『属性付与』のスキルを起動した。


「──エルサゥアのアイテム管理係、桐瀬柳也きりせりゅうや。アイテム強化を実行する」


 そして、口上こうじょうを読みあげる。

 いつか、これなしでも『属性付与』できるようになるのかな。なるといいな……。


 異世界のことはトラウマだからな。

 あれがいつかただの記憶になって、夢にも出ないようになれば──


「……かっこいいです」


 ──って、蛍火。感動したような目で見るのはやめて欲しいな。

 感想もいらない。ただの口上だから。


「空きスロットを確認。属性付与を開始……成功。魔力伝達良好。内部属性をチェック完了。検品終了。『魔導杖アウローラ』納品可能!」


 そして、できあがったアイテムは──


──────────────────────


 ランク不明:『魔導杖アウローラ・演算強化』


 樹齢500年の樫の木の枝から作られた杖。

 魔術の威力を高める効果がある。


『ワーム (電子演算器パソコン融合型)』のコアにより、魔術の軌道演算きどうえんざん能力が強化されている。

 また、敵の行動予測も可能。


 強化可能スロット1 (入れ替え可能)。


──────────────────────


「これが強化された杖ですか。なんだか、不思議な感じがしますね……」


 杖を手にした蛍火は、首をかしげている。


「魔術を使ってみてもいいですか?」

「どうぞ」

「一番安全な『灯りライト』の魔術にします。えいっ!」


 蛍火は無詠唱むえいしょうで、光の球体を生み出す。

 大きさは拳大こぶしだいくらい。

 それが俺と蛍火のまわりを回りはじめる。


「……すごく魔術を操作しやすいです。『灯り』の魔術は浮かべたり、前後左右の移動しかできないはずなのに……思ったとおりに誘導できます」

「敵の行動予測の実験をしてみましょう。『灯り』を、俺に当ててみてください。軽く避けますから、それを追いかける感じで」

「わかりました。えいっ!」



 ぽふっ。



 光の球体が、俺の腕をかすめた。

 避けたつもりだったけど、かわしきれなかったみたいだ。


「桐瀬さんがどこに移動するのか、なんとなく予測できます。あとはあとは……えっと……えいえいえいえいえいっ!!」



 ぽわぽわぽわぽわぽわぽわっ!



 続いて、大量の『灯り』が発生する。数は18個。

 それがきれいな列を作り、部屋を移動していく。玄関に向かい、ドアノブのまわりをぐるりと一周してテーブルの上へ。ティーカップとティーポットの外周をなぞり、杖の先へ。そこで急に分散して、杖のまわりで正確な円を描く。

『灯り』は杖の周囲を惑星のようにぐるぐると回り──そして、消えた。


「問題なさそうですね」

「そういうレベルではありません! すごすぎます!!」


 蛍火は杖を手に、こっちに身を乗り出してる。

 青い目をいっぱいに見開いて、彼女は、


「こんなに精密せいみつに魔術をコントロールできるなんてありえません! 普通は『灯り』を同時に3つ……しかも、軽く動かすくらいしかできないはずです! なのにどうして18個も、一糸乱いっしみだれぬ動きでコントロールできるんですか!?」

「演算能力を付与ふよしたからですね」

「わかってます。わかってはいるんです。だけど……信じられなくて……」


 蛍火は杖を握りしめた。


「この杖があれば、魔界の攻略はすごく楽になります。魔術を誘導弾にして、逃げる敵にぶつけることだって、敵を取り囲むことだってできます。そうすればどんどん魔界を攻略できて……お父さまとの約束を果たすことも……」

「あの……蛍火さん?」

「桐瀬さん!」


 いきなりだった。

 蛍火は杖をテーブルに置いて、俺の手を握りしめた。


「わたしはこの杖を、正しいことに使うと約束します」

「蛍火さんなら、そう言ってくれると思ってました」

「このちかいを破ったときは、どんなことをされても構いません!」

「いえ、そこまでは」

「わたしが間違ったことをしたら、杖を折ります!」

「お祖母さんの形見ですよね!?」

「だったら腕を折ります!」

「こわいからやめてください!!」

「とにかく、なにかを折ります! わたしがこの杖で悪事を働いたら、目についたものを折ります! わたしが折らない場合は桐瀬さんが折ってください!!」

「そこまで気負わなくていいですから!!」

「は、はい。すみません……」


 興奮しすぎたのに気づいたのだろう。

 蛍火は、こほん、とせきばらいして、


「……ところで桐瀬さん」

「なんでしょうか?」

「この杖に『騒霊ポルターガイストゴーレム』のコアを合成したら、どうなるのでしょうか?」


 蛍火は目をきらきらさせながら、俺を見てる。

 すごく楽しそうだった。

 好奇心のスイッチが入ったみたいだ。


「……試しに、やってみていただけませんか?」

「あの、蛍火さん」

「はい」

「『騒霊ポルターガイストゴーレム』のコアを使ってしまったら、収益が……」

「がんばってはたらきますから!!」

「……収益」

「はたらきます! 桐瀬さんの2倍は働きます。桐瀬さんをやしなえるくらいがんばりますから!」

「わかりましたから。そこまでしなくていいですから!」


 そこまで言うなら、『属性付与』してみよう。

『魔導杖アウローラ・演算強化』のスロットは『入れ替え可能』なタイプだ。

 合成してうまくいかなかったら、すぐに取り外せばいいな。


──────────────────────


 コア:種族『騒霊ゴーレム』 (付喪神つくもがみの一種)

 レアリティ:D+

 属性:意思獲得。自律駆動。


──────────────────────


「エルサゥアのアイテム管理係、桐瀬柳也きりせりゅうや──」


 ──俺は『騒霊ゴーレム』のコアを杖に合成して、蛍火に渡した。


「どうぞ、こちらになります」

「ありがとうございます。あれ? わわわ? わわわわわわっ!?」



 ふるふるふるふるっ!



 杖が高速振動をはじめた。

 きのいいウナギみたいな動きで、蛍火から逃げようとする。



 ふるふるふるふる! するするっ! しゅるっ!!



「わ、わわわっ。ふるふるしてつかめません! ど、どうして!?」

「コアの合成は成功したはずなんですけど……」


 完成した杖はこんな感じだ。


──────────────────────


 ランク不明:『意思を持つ・・・・・魔導杖アウローラ・演算強化』


 樹齢500年の樫の木の枝から作られた杖。

 魔術の威力を高める効果がある。


『ワーム (電子演算器融合型)』のコアにより、魔術の軌道演算の強化、および敵の行動予測が可能。

 魔術の操作補助能力が追加されている。

『騒霊ゴーレム』のコアにより、意思を獲得している。

 所有者を選び、みずからの意思で力を貸し与える。


 強化可能スロット:0 (入れ替え可能)。


──────────────────────


「杖は『騒霊ポルターガイストゴーレム』のコアの力で、自分の意思を持つようになったんです」


 俺は言った。


「蛍火さんを所有者として認めれば、自分の意思で、力を貸してくれるはずです」

「で、でも、どうして逃げるのでしょう!? わ、わわ。桐瀬さまの方に向かってます。まるで助けを求めるように……」

「もしかして……」

「はい?」

「さっき『杖を折ります!』って言ったからじゃないでしょうか?」

「あ、ああああっ!!」


 うん。確かに言った。

 蛍火は『わたしが間違ったことをしたら、杖を折ります!』って。


「そっか。杖は、折られるのが嫌で逃げてるんですね」

「さ、さっきのは嘘です。悪いことをしたら自分の腕を折ります! あしも折ります! 杖は折りませんからあああっ!」

「『属性付与』を解除しますね」


 俺は杖と『騒霊ポルターガイストゴーレム』のコアとの合成を解除した。

 合成していたのは3分足らず。

 短時間だったからか、取り外したコアは元の状態のままだった。よかった。


「はい。杖とコアです」

「あ、ありがとうございます……」

「杖に意思を持たせるのは危険みたいですね」

「そ、そうですね……」

「ところで、蛍火さん」

「は、はい」

「そろそろ、移動してもらえると……」


 俺のひざの上に、蛍火がのしかかっていた。

 彼女は逃げた杖を追いかけていた。杖は彼女から逃げて、俺のところまでやってきていた。それを捕まえようとしてたもんだから──蛍火はいつの間にか、俺の膝の上に乗っていたんだ。

 必死に杖を追いかけて。

 椅子に座った俺の上に、上半身を押しつけて。


 俺の目の前には、蛍火の金色の髪がある。

 彼女は耳まで真っ赤になって、でも、動けずにいる。

 杖を握りしめて『ごめんね』『ごめんね』って謝っている。

 おばあさんの形見に逃げられたのが、よっぽどショックだったらしい。


「す、すみません。すぐにどきますから!」

「あ、はい」


 蛍火があわてて身体を起こそうとしたとき──



「ただいま戻りました。お嬢さま。桐瀬さまとの契約は──」



 ──部屋のドアが開いた。


 レーナ=アルティノが、玄関に立っていた。

 彼女は蛍火を見て、それから、俺を見て、それから──


「わたくしが当主さまの所に行っている間、なにがあったのでしょう……?」

「説明します」

「せ、説明させてください!」


 俺と蛍火は、ここで起こったことについて説明することになったのだった。



──────────────────────



 次回、第21話は明日の夕方くらいに更新する予定です。

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