第19話「新たな業務の提案を断る」
「
『属性付与』したアイテムを売るなんて発想は、俺にはなかった。
それを蛍火は教えてくれたんだ。
しかも、俺にそのことを伝えても、彼女にはまったくメリットがない。
俺が『アイテムを売って生計を立てるので、「攻略配信」をやめます』と言ったら、困るのは彼女だ。
蛍火はこれからも、俺と『攻略配信』をするつもりでいるんだから。
なのに彼女は、アイテムを売るというやり方を教えてくれた。
すごい人だと思う。
貴族の
「アイテムを売るつもりはありません」
だから……俺も本音で話をすることにした。
「そういうことはしません。俺の仕事は魔界の『攻略配信』ですから。俺はこれからも、蛍火さんと一緒に配信を続けたいと思っています」
「それはうれしいです」
「よかったです」
「でも、どうしてですか? アイテムを売って生計を立てるのは悪いことではありません。それに、『攻略配信』より安全ですよね?」
「責任が取れないことはしたくないからです」
「責任……とおっしゃいますと?」
「俺は異世界で、
邪竜族は危険な存在だった。それは間違いない。
上司に『現場を見せる』と言われて、戦場に連れていかれたこともあったからな。
そこで俺は邪竜族の
圧倒的な力で、人間を殺していく邪竜族と──
俺の武器で傷ついた邪竜族が、悲鳴を上げながら死んでいくのを見せつけられた。
「俺は人間側に
異世界の人たちは、俺が『属性付与』した武器を手に取って、邪竜族を殺した。
異世界の人たちは、俺が『属性付与』した武器を手に取って、邪竜族に殺された。
『属性付与』した武器を使った人たちが、無敵になったわけじゃない。
邪竜族は強かった。返り討ちに
俺の仕事の精度が甘かったせいで死んだ人もいたかもしれない。
そして、俺が『属性付与』した武器は、これからも異世界で使われ続ける。
『属性付与』した武器は、通常の武器よりも強いからな。邪竜族がいなくなっても戦いに使われるはずだ。
だけど、俺はそれに干渉できない。
止めることもできない。なにひとつ、できない。
……こういうことを考えるようになったのは、こっちの世界に戻ってきてからだ。
異世界では、そんなことを考える余裕はなかったからなぁ。
こっちの世界に戻ってきて、命の危険がなくなって……そしたら、自分の武器が戦いに使われたことを思い出して、怖くなったんだ。
だから──
「強化したマジックアイテムを、知らない人に売るなんて、俺には無理なんです」
「…………そう、なのですか」
正面に座った蛍火は、静かに、俺の話を聞いていた。
俺は話を続ける。
「『属性付与』したアイテムは高値で売れるかもしれません。でも、売った相手が、それでなにをするかわからないですからね。それで誰かを傷つける可能性だってあります。そうなったら後味が悪すぎます」
「…………」
「俺は、異世界と同じことをするのは嫌なんです。だから、アイテムは売りません。俺が『属性付与』したアイテムは、自分か、信用できる人だけが使うべきだと思ってるんです」
「……桐瀬さん」
……ん?
どうして蛍火が涙ぐんでるんだ。
青い目をいっぱいに開いて、次から次へと涙をこぼしてるけど……え、なんで。
「申し訳ありませんでした!」
蛍火はテーブルに額がくっつくほど、深々と頭を下げた。
「わたしは……あなたが異世界でどんな思いをされていたのかもわからずに……『アイテムを売ればいい』なんて、とんでもないことを……」
「い、いえ。そんなおおげさなことじゃないですから!」
「人の気持ちがわからないなんて、貴族として恥ずかしいです!」
「異世界の話ですから。わからなくて当然ですから!」
「普通の人ならばそうでしょう。ですが、わたしは貴族で魔術師です。そのわたしが常識にとらわれて……桐瀬さまがどんな思いをしているのか想像もできなかった。異世界帰りのあなたが、どれほど辛い思いをしていたのかも気づかずに……」
「気にしなくていいですから!」
「で、でもでも……」
「とにかく、俺は異世界と同じことを繰り返したくないだけなんです」
俺は言った。
「異世界で俺はブラック労働して、無駄な時間を過ごして、後悔だけを残してきました。それと同じ失敗をしたくないだけです。それだけなんですから」
「そんな言い方をしないでください!」
蛍火はまっすぐに俺を見て、
「だって桐瀬さんは、人を救ってるじゃないですか!」
「……え」
「だって桐瀬さんは、『グレムリン』に襲われた女の人を助けてますよね? 『家電量販店』の魔界化を解除したことで、町の人だって助けてます!」
「あ、あの。蛍火さん?」
「桐瀬さんは異世界で大変な思いをしてますけど……でも、それは失敗なんかじゃないです! あなたが異世界でアイテムを強化し続けたのは、仕方のないことで、きっと、異世界の人を救うためには大切なことで……あの、えっと……その……うまくいえないですけど」
涙を流しながら蛍火さんは、俺の手を握った。
「桐瀬さんは人を救っています! それは絶対です! わたしは……梨亜=蛍火=ノーザンライトは、桐瀬さんを尊敬してるんですから!」
「……蛍火さん」
蛍火は唇をかみしめながら、涙をこぼしている。
本当に、いい人だった。
なんだか……まぶしい。それに、うらやましい。
俺は異世界で7年間過ごしたせいで、やさぐれちゃってるからなぁ。
こんなふうにまっすぐな人は、まぶしくて、うらやましいんだ。
異世界の連中が、みんな蛍火みたいだったらよかったのに。
「ありがとうございます。蛍火さん」
「い、いえ、わたしこそ……興奮してすみません」
「いえいえ」
「いえいえいえいえいえ!!」
「…………」
「…………」
「そ、それじゃ、今後の話をしませんか?」
「そうですね! これからのお話をしましょう!!」
「次の『攻略配信』は週末ですよね。どこに行くか、もう決まっていますか?」
「Cランクの異界の『
蛍火はスマホをタップして、『攻略配信』専用のサイトにアクセスした。
すると、画面に地図が表示される。
表示されたのは、魔界の地図だった。
範囲は、俺が『グレムリン』と出会った外縁部から、魔界の中央にある県庁舎と駅まで。俺と蛍火が攻略した『家電量販店』もある。
「これは『魔術災害』に侵される前の地図と、魔界の範囲を重ね合わせたものです。青色が濃いほど、魔界化が強いエリアになります」
「県庁舎と駅は真っ青ですね」
「そのあたりの難易度はランクSです。いまだに攻略できた人はいません」
蛍火は地図を指さして、
「まずは手近なところから攻略しましょう。『家電量販店』に近い『廃校』がおすすめです。詳しい情報はレーナが戻ってきてからお伝えするとして……あ、忘れるところでした。契約書を確認していただかなくては」
蛍火は、アルティノから預かったバッグに手を伸ばす。
バッグの口を開けて、手を突っ込んで……しばらくがさかさしていたと思ったら、中からバインダーを引っ張り出した。開くと、契約書が出てくる。
俺の雇用条件と、福利厚生について書かれているものだ。
契約期間は半年。
給料は『攻略配信』の全体利益の15%。
家賃、光熱水費、食費などの福利厚生つき。
仕事内容は『攻略配信』。
攻略する場所は、『ポラリス』の全員が話し合って決める。
怪我をしたときの治療費は『ポラリス』持ち。負傷によって『攻略配信』に参加できなくなった場合でも、『ポラリス』は桐瀬柳也に賃金を払い続ける──など。
本当にありがたい条件だった。
「食費については、後でレシートを提出してもらうことになります」
「助かります。できるだけ安く上げた方がいいですか?」
「いえ。そんなことないですけど」
「え? でも……」
俺はシンクの横にある、カップ
きれいに洗った状態で、10個くらい積み上がってる。たぶん、ケース買いしたんだろう。蛍火ほどの配信者でも、食費を切り詰めてるみたいだ。
そうだよな。食費が出るなんて条件が良すぎるもんな。
きっと、支給される費用はすごく安くて──
「ち、違います違います! カップ麺がたくさんあるのは……その」
蛍火は真っ赤になって頭を振った。
「……このカップ麺をたくさん買うと、抽選でぬいぐるみが当たる……ので」
「……ぬいぐるみ」
「……フタの裏側にあるQRコードひとつで、抽選1回です。レーナには『ちゃんと食べてから応募してください』と言われてるので……それで」
「……そういうことですか」
「わたしは、ぬいぐるみを集めるのが趣味なんです」
蛍火は、隣室のドアを開けた。
パジャマと下着が転がり出てきた。
「────!?」
蛍火はあわててそれを部屋に投げ込み、代わりに、ぬいぐるみを取り出す。
猫にカエルにアルマジロ。それに山羊。
目玉が大量についた、謎の球体生物もある。
蛍火はそれを抱きしめて、ふにふにしながら、
「あのカップ麺のQRコードで応募すると、抽選でおおきなワニのぬいぐるみが当たるんです。でも、毎食カップ麺だと飽きちゃうので、どうしようかなって……」
「もしかして、たくさん余ってるんですか?」
「…………はい」
「いくつか買い取りましょうか?」
「いいんですか!?」
「食べたらフタだけ持ってきますよ。それで応募してください」
「ありがとうございます! というか、お金は要りません。福利厚生ということでレーナに許可取ります! レーナなら大丈夫です!」
……蛍火の『レーナなら大丈夫』は当てにならないんだけどな。
まぁいいか。
カップ麺は俺も好きだし、
とにかく、魔術結社『ポラリス』は福利厚生が充実してる。
メンバーもいい人だ。
ここなら、安心して仕事ができると思うんだけど……。
だけど……俺は、ブラッド=トキシンとして化け物をぶん殴るだけでいいのかな。
アイテム強化スキルも役立てるべきじゃないのか?
『魔界攻略』は危険な仕事だ。
俺はできるだけ蛍火をサポートするつもりだけど、手が届かないこともあるかもしれない。だったら、できることをするべきだろう。
それに……蛍火は世界のために戦ってる。本気で。
まっすぐで、すごくまぶしい。
そういう人のためなら……『属性付与』スキルを使ってもいいんじゃないか?
「蛍火さん。ひとつ、提案があります」
「うかがいましょう」
「あなたの杖を、強化してもいいですか?」
俺は言った。
「今回の『攻略配信』で入手した『魔物のコア』を使えば、蛍火さんの杖に『属性付与』できるかもしれません。そうすれば『廃校』の攻略も楽になると思うんですけど……やってみてもいいですか?」
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次回、第20話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
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