第19話「新たな業務の提案を断る」

蛍火ほたるびさんって……いい人ですね」


『属性付与』したアイテムを売るなんて発想は、俺にはなかった。

 それを蛍火は教えてくれたんだ。


 しかも、俺にそのことを伝えても、彼女にはまったくメリットがない。

 俺が『アイテムを売って生計を立てるので、「攻略配信」をやめます』と言ったら、困るのは彼女だ。

 蛍火はこれからも、俺と『攻略配信』をするつもりでいるんだから。


 なのに彼女は、アイテムを売るというやり方を教えてくれた。

 すごい人だと思う。

 貴族のほこりを大切にしてるというのは、彼女の本心なんだろうな。


「アイテムを売るつもりはありません」


 だから……俺も本音で話をすることにした。


「そういうことはしません。俺の仕事は魔界の『攻略配信』ですから。俺はこれからも、蛍火さんと一緒に配信を続けたいと思っています」

「それはうれしいです」

「よかったです」

「でも、どうしてですか? アイテムを売って生計を立てるのは悪いことではありません。それに、『攻略配信』より安全ですよね?」

「責任が取れないことはしたくないからです」

「責任……とおっしゃいますと?」

「俺は異世界で、邪竜族じゃりゅうぞくを殺すためのアイテムを作り続けてました。『異世界人属性ターガラィ』が邪竜族にとっての猛毒もうどくだったからです。だから俺は、7年間ずっと、ひとつの種族を滅ぼすための作業をしていたことになります」


 邪竜族は危険な存在だった。それは間違いない。

 上司に『現場を見せる』と言われて、戦場に連れていかれたこともあったからな。

 そこで俺は邪竜族の脅威きょういと、自分が『属性付与』した武器の力をたりにしたんだ。


 圧倒的な力で、人間を殺していく邪竜族と──

 俺の武器で傷ついた邪竜族が、悲鳴を上げながら死んでいくのを見せつけられた。


「俺は人間側に召喚しょうかんされて、邪竜族を殺すための武器を作り続けました。そうしなければ邪竜族への毒の餌として使われていただろうし……邪竜族が攻めてきたら、現地の人と一緒に殺されていたでしょう。だから、俺にはどうしようもなかったんですけど……それでも、俺がひとつの種族を滅ぼすのに手を貸したことは、間違いないんです」


 異世界の人たちは、俺が『属性付与』した武器を手に取って、邪竜族を殺した。

 異世界の人たちは、俺が『属性付与』した武器を手に取って、邪竜族に殺された。


『属性付与』した武器を使った人たちが、無敵になったわけじゃない。

 邪竜族は強かった。返り討ちにった人もいただろう。

 俺の仕事の精度が甘かったせいで死んだ人もいたかもしれない。


 そして、俺が『属性付与』した武器は、これからも異世界で使われ続ける。

『属性付与』した武器は、通常の武器よりも強いからな。邪竜族がいなくなっても戦いに使われるはずだ。

 だけど、俺はそれに干渉できない。

 止めることもできない。なにひとつ、できない。


 ……こういうことを考えるようになったのは、こっちの世界に戻ってきてからだ。

 異世界では、そんなことを考える余裕はなかったからなぁ。

 こっちの世界に戻ってきて、命の危険がなくなって……そしたら、自分の武器が戦いに使われたことを思い出して、怖くなったんだ。


 だから──


「強化したマジックアイテムを、知らない人に売るなんて、俺には無理なんです」

「…………そう、なのですか」


 正面に座った蛍火は、静かに、俺の話を聞いていた。

 呆然ぼうぜんとした顔をしてる。


 俺は話を続ける。


「『属性付与』したアイテムは高値で売れるかもしれません。でも、売った相手が、それでなにをするかわからないですからね。それで誰かを傷つける可能性だってあります。そうなったら後味が悪すぎます」

「…………」

「俺は、異世界と同じことをするのは嫌なんです。だから、アイテムは売りません。俺が『属性付与』したアイテムは、自分か、信用できる人だけが使うべきだと思ってるんです」

「……桐瀬さん」


 ……ん?

 どうして蛍火が涙ぐんでるんだ。

 青い目をいっぱいに開いて、次から次へと涙をこぼしてるけど……え、なんで。


「申し訳ありませんでした!」


 蛍火はテーブルに額がくっつくほど、深々と頭を下げた。


「わたしは……あなたが異世界でどんな思いをされていたのかもわからずに……『アイテムを売ればいい』なんて、とんでもないことを……」

「い、いえ。そんなおおげさなことじゃないですから!」

「人の気持ちがわからないなんて、貴族として恥ずかしいです!」

「異世界の話ですから。わからなくて当然ですから!」

「普通の人ならばそうでしょう。ですが、わたしは貴族で魔術師です。そのわたしが常識にとらわれて……桐瀬さまがどんな思いをしているのか想像もできなかった。異世界帰りのあなたが、どれほど辛い思いをしていたのかも気づかずに……」

「気にしなくていいですから!」

「で、でもでも……」

「とにかく、俺は異世界と同じことを繰り返したくないだけなんです」


 俺は言った。


「異世界で俺はブラック労働して、無駄な時間を過ごして、後悔だけを残してきました。それと同じ失敗をしたくないだけです。それだけなんですから」

「そんな言い方をしないでください!」


 蛍火はまっすぐに俺を見て、


「だって桐瀬さんは、人を救ってるじゃないですか!」

「……え」

「だって桐瀬さんは、『グレムリン』に襲われた女の人を助けてますよね? 『家電量販店』の魔界化を解除したことで、町の人だって助けてます!」

「あ、あの。蛍火さん?」

「桐瀬さんは異世界で大変な思いをしてますけど……でも、それは失敗なんかじゃないです! あなたが異世界でアイテムを強化し続けたのは、仕方のないことで、きっと、異世界の人を救うためには大切なことで……あの、えっと……その……うまくいえないですけど」


 涙を流しながら蛍火さんは、俺の手を握った。


「桐瀬さんは人を救っています! それは絶対です! わたしは……梨亜=蛍火=ノーザンライトは、桐瀬さんを尊敬してるんですから!」

「……蛍火さん」


 蛍火は唇をかみしめながら、涙をこぼしている。

 本当に、いい人だった。

 なんだか……まぶしい。それに、うらやましい。


 俺は異世界で7年間過ごしたせいで、やさぐれちゃってるからなぁ。

 こんなふうにまっすぐな人は、まぶしくて、うらやましいんだ。

 異世界の連中が、みんな蛍火みたいだったらよかったのに。


「ありがとうございます。蛍火さん」

「い、いえ、わたしこそ……興奮してすみません」

「いえいえ」

「いえいえいえいえいえ!!」

「…………」

「…………」

「そ、それじゃ、今後の話をしませんか?」

「そうですね! これからのお話をしましょう!!」

「次の『攻略配信』は週末ですよね。どこに行くか、もう決まっていますか?」

「Cランクの異界の『廃校はいこう』に行こうと思っています」


 蛍火はスマホをタップして、『攻略配信』専用のサイトにアクセスした。

 すると、画面に地図が表示される。


 表示されたのは、魔界の地図だった。

 範囲は、俺が『グレムリン』と出会った外縁部から、魔界の中央にある県庁舎と駅まで。俺と蛍火が攻略した『家電量販店』もある。


「これは『魔術災害』に侵される前の地図と、魔界の範囲を重ね合わせたものです。青色が濃いほど、魔界化が強いエリアになります」

「県庁舎と駅は真っ青ですね」

「そのあたりの難易度はランクSです。いまだに攻略できた人はいません」


 蛍火は地図を指さして、


「まずは手近なところから攻略しましょう。『家電量販店』に近い『廃校』がおすすめです。詳しい情報はレーナが戻ってきてからお伝えするとして……あ、忘れるところでした。契約書を確認していただかなくては」


 蛍火は、アルティノから預かったバッグに手を伸ばす。

 バッグの口を開けて、手を突っ込んで……しばらくがさかさしていたと思ったら、中からバインダーを引っ張り出した。開くと、契約書が出てくる。

 俺の雇用条件と、福利厚生について書かれているものだ。


 契約期間は半年。

 給料は『攻略配信』の全体利益の15%。

 家賃、光熱水費、食費などの福利厚生つき。

 仕事内容は『攻略配信』。

 攻略する場所は、『ポラリス』の全員が話し合って決める。


 怪我をしたときの治療費は『ポラリス』持ち。負傷によって『攻略配信』に参加できなくなった場合でも、『ポラリス』は桐瀬柳也に賃金を払い続ける──など。

 本当にありがたい条件だった。


「食費については、後でレシートを提出してもらうことになります」

「助かります。できるだけ安く上げた方がいいですか?」

「いえ。そんなことないですけど」

「え? でも……」


 俺はシンクの横にある、カップめんの器を指さした。

 きれいに洗った状態で、10個くらい積み上がってる。たぶん、ケース買いしたんだろう。蛍火ほどの配信者でも、食費を切り詰めてるみたいだ。

 そうだよな。食費が出るなんて条件が良すぎるもんな。

 きっと、支給される費用はすごく安くて──


「ち、違います違います! カップ麺がたくさんあるのは……その」


 蛍火は真っ赤になって頭を振った。


「……このカップ麺をたくさん買うと、抽選でぬいぐるみが当たる……ので」

「……ぬいぐるみ」

「……フタの裏側にあるQRコードひとつで、抽選1回です。レーナには『ちゃんと食べてから応募してください』と言われてるので……それで」

「……そういうことですか」

「わたしは、ぬいぐるみを集めるのが趣味なんです」


 蛍火は、隣室のドアを開けた。

 パジャマと下着が転がり出てきた。


「────!?」


 蛍火はあわててそれを部屋に投げ込み、代わりに、ぬいぐるみを取り出す。

 猫にカエルにアルマジロ。それに山羊。

 目玉が大量についた、謎の球体生物もある。


 蛍火はそれを抱きしめて、ふにふにしながら、


「あのカップ麺のQRコードで応募すると、抽選でおおきなワニのぬいぐるみが当たるんです。でも、毎食カップ麺だと飽きちゃうので、どうしようかなって……」

「もしかして、たくさん余ってるんですか?」

「…………はい」

「いくつか買い取りましょうか?」

「いいんですか!?」

「食べたらフタだけ持ってきますよ。それで応募してください」

「ありがとうございます! というか、お金は要りません。福利厚生ということでレーナに許可取ります! レーナなら大丈夫です!」


 ……蛍火の『レーナなら大丈夫』は当てにならないんだけどな。


 まぁいいか。

 カップ麺は俺も好きだし、ゆずってくれるなら助かる。


 とにかく、魔術結社『ポラリス』は福利厚生が充実してる。

 メンバーもいい人だ。

 ここなら、安心して仕事ができると思うんだけど……。


 だけど……俺は、ブラッド=トキシンとして化け物をぶん殴るだけでいいのかな。

 アイテム強化スキルも役立てるべきじゃないのか?


『魔界攻略』は危険な仕事だ。

 俺はできるだけ蛍火をサポートするつもりだけど、手が届かないこともあるかもしれない。だったら、できることをするべきだろう。


 それに……蛍火は世界のために戦ってる。本気で。

 まっすぐで、すごくまぶしい。

 そういう人のためなら……『属性付与』スキルを使ってもいいんじゃないか?


「蛍火さん。ひとつ、提案があります」

「うかがいましょう」

「あなたの杖を、強化してもいいですか?」


 俺は言った。


「今回の『攻略配信』で入手した『魔物のコア』を使えば、蛍火さんの杖に『属性付与』できるかもしれません。そうすれば『廃校』の攻略も楽になると思うんですけど……やってみてもいいですか?」



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 次回、第20話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。


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