第9話「はじめての合同配信(1)」

 ──梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライト視点──




 くなったお祖母さまは、言いました。



『ノーザンライト家は貴族です。そして、魔術をあつかう家です。


 貴族のほこりを忘れてはいけません。

 魔術使いとしての、責任を忘れてはいけません。


 このふたつを、常に胸にきざんでおきなさい』



 お父さまは言いました。



『貴族の誇りに価値などない。魔術だってそうだ。

 そんなものに価値があるというなら、証明してみなさい。

 そうしたら、お前の望みを叶えてあげよう』



 ──どちらも、大切な人からもらった言葉です。


 亡きお祖母さまの言葉は、ちかいです。

 お父さまの言葉は、約束です。


 お祖母さまは魔術を教えてくれました。

 お父さまは、攻略配信の会社『ポラリス』を作るのに、協力してくれました。


 お祖母さまは、もういません。

 お父さまは、別の家に住んでいます。よく連絡が来ます。



『約束を忘れていないだろうな』

 高校を卒業するまでに、動画の視聴者数を100万人以上にするのだ。

 そうすれば、自由に生きることを許してあげよう』



 ──と。


 わたしは今、17歳。高校2年生です。

 高校卒業までは、あと2年近くあります。

 その間に、お父さまが望む結果を出さなければいけません。


 配信を始めて1年で、Cランクになりました。

 その後は、視聴者はあまり増えていません。横ばいです。


 怖いです。

 結果を出せなかったらと思うと、泣きたくなることもあります。

 魔界のまわりをパトロールをしていたのは、そのためです。

 人の役に立つことをして、自分の行動には意味があるんだって、思いたかったんです。


 魔界のまわりには、異能者が作った結界があります。

 これ以上、魔界が広がらないようにするための処置です。

 世界中の魔界に、同じ結界が張られています。


 けれど時々、外に魔物が出てくることがあります。

 結界は、地上にしか張れないからです。


 地下の上水道、下水道、通信インフラ──そういうものすべてを断ち切ることはできません。断ち切ってしまえば、町を復活させたあと、インフラをすべて作り直さなければいけなくなります。すごいコストがかかるのです。


 地下には簡易的な魔除けを置いてありますが、それでも魔物が外に出てくることがあります。魔界の周辺で出会ったグレムリンも、そのひとつです。


 わたしが駆けつけたとき、すでに戦闘は始まっていました。

 桐瀬柳也きりせりゅうやさんが、鉄パイプでグレムリンをボコボコにしていたのです。


 後で聞いたら、桐瀬さんはだまされて、魔界の近くに呼び出されたということでした。

『危険地帯にデリバリー呼んでみた』という動画のネタにするために、利用されていたのです。

 なのに桐瀬さんは、人を守るために戦っていました。


 桐瀬さんは異世界帰りですけど、魔物と戦ったことはないと聞いています。

 そもそも7年間、異世界で働いていたのなら、異能や魔物にうんざりしていても仕方ありません。逃げたって、誰も責めたりしないはずです。

 それでも戦った桐瀬さんは、とても強い人なのでしょう。


 けれど、桐瀬さんは苦労されています。

 両親がいなくて、生活のために、バイトをたくさん入れているそうです。

 その話を聞いたら、わたしは腹が立ってきたのです。


 桐瀬さんは強くて、才能があります。正義感のある人でもあります。

 そういう人は、能力を活かせる仕事につくべきです。

 幸せに……なるべきなのです。


 だからわたしは『一緒に「攻略配信」をやりませんか』と提案しました。

『攻略配信』なら、桐瀬さまの能力を活かせると思ったからです。

 それに『攻略配信』するなら、魔術結社『ポラリス』に所属することになります。

『ポラリス』の福利厚生ふくりこうせいを使えるようになりますからね。


 桐瀬さんは少し悩んでいたみたいですけど、最後には、うなずいてくれました。

 わたしが勝手に話を進めたせいで、レーナには怒られちゃいましたけど。


 そうして、わたしと桐瀬さん──別名ブラッド=トキシンさんは、パーティを組むことになり──

 ふたりで『攻略配信』をすることになったのでした。






 ──配信当日──



「こんにちは。梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライトです! 今日も『攻略配信』をしていきます!」


 次の日の夕方。

 わたしたちは魔界の中にある、『家電量販店』に来ていました。


 建物のまわりは青白く光っています。

 街灯も、道路も、なにもかも。


 魔界が青白い光を放つのは、地面や壁にこびりついている特殊な魔力のせいです。

 魔力の源は、建物の最奥さいおうにある『魔界化コア』。

 それを回収することで、建物の魔界化を解除することができるわけです。


「町の平和のために梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライト、がんばります!」


 わたしはカメラに向かって杖を掲げます。

 攻略中の動画をってくれているのは、レーナの使い魔です。

 わたしたちは『カメラ妖精』と呼んでいます。

 鳥型で、見たものを映像化する能力を持っています。『魔術災害』の後で開発された技術です。スマホやSNSを参考にして、高位の魔術師たちが作り出したと言われています。それが『攻略配信』に使われているのです。


 使い魔を操るレーナは『家電量販店』の駐車場にいます。

 車の中で、動画撮影と配信作業を担当してくれています。


 回線の維持は大切です。

 それが切れたら動画が配信できなくなり、外との連絡も取れなくなってしまいますからね。


 他にもレーナは、動画に寄せられたコメントを管理するお仕事もしています。

 配信者がコメントを無視するわけにはいきません。

 かといって、魔界の攻略中にスマホを見るわけにもいきません。


 だからレーナがコメントを選んで、それを音声で知らせてくれるのです。

 まずは攻略開始前に、コメントを確認してみましょう。

 攻略前のお約束で、基本です。

 コメントが表示されていれば、回線が繋がっているということになりますから。


 わたしは耳につけた、通信用の魔術具に触れます。

 こうすると寄せられたコメントを読み上げてくれることになっているのです。

 さて、今来ているコメントは──



〈待ってました〉

〈応援してます!〉

〈正義の魔術姫はランクC。今もっとも注目している配信者〉

〈りあちゃんがんばれー〉



 回線は良好です。

 いつもコメントをくれる人も、ちゃんと見てくれています。一安心です。

 わたしはお礼を言ってから、家電量販店に足を踏み入れます。


 わたしは自動ドアに魔力を注いで、こじ開けます。

 その先は、広い通路です。

 こういうお店はだいたい、入り口近くが広い空間になっていて、家電がずらっと並んでいるものなのですけどね。

 魔界化したことで、迷宮になってしまっているようです。


 通路の先で、黒い生き物が動いているのが見えます。

『グレムリン』です。

 さらにその向こうには大きな人型の影があります。

 魔力を感じます。おそらく、『ゴーレム』でしょう。



〈あのゴーレム。家電が合体してできたのか!?〉

〈頭が電子レンジで胴体が冷蔵庫か? やばくね!?〉

〈がんばれー。りあちゃんー〉



「応援ありがとうございます!」


 わたしはコメントに返事をして、目の前のゴーレムに対峙します。

 西洋魔術では、主に『クレイゴーレム』『ストーンゴーレム』『フレッシュゴーレム』などがありますけど……このゴーレムは違うみたいです。

 電化製品が組み合わさって、人のかたちを作っています。


 胴体は、大型の冷蔵庫です。開いた扉から冷気を噴き出しています。

 右腕がサーキュレーターになっているのは、冷気を効率よく飛ばすためでしょう。

 頭は電子レンジです。もしかしたら、謎の電磁波でんじはを飛ばしてくるかもしれません。


「あのゴーレムは魔物化した『付喪神つくもがみ』か、『騒霊ポルターガイスト』の一種ですね」


 魔界化した場所では、無機物が意識を持つことがあります。

 東洋では、それを『付喪神つくもがみ』と。

 西洋では、それを『騒霊ポルターガイスト』と呼んでいます。


「正面にゴーレム化した『騒霊ポルターガイスト』1体。後方に『グレムリン』6体。やつらが被害をもたらす前に、ここで倒します!」


 わたしは杖に魔力を通し、魔術の用意をします。

 まずは『グレムリン』の排除。それから『騒霊ゴーレム』の破壊です。


「では、魔物をやっつけます!」


 宣言して、わたしは詠唱えいしょうを開始します。


「『梨亜=蛍火=ノーザンライトの名において、魔物を焼却する。魔界より来たりし者どもに、妙なる火精霊イグニスの祝福を』!」



詠唱えいしょうきた!〉

〈がんばれー!〉

〈かっこいいけど長い! 途中で攻撃されたらどうなるの!?〉



 大丈夫です。詠唱はただの演出です。

 魔術は無詠唱でも使えます。威力は少し、落ちますけどね。


 でも無詠唱だと、なにをしているのかわかりません。

 視聴者さんに説明するために、ダミーの詠唱をすることにしてるんです。

 それに──



「せーの! 『火炎弾ファイア・ブリッド』!!」



〈〈〈『火炎弾ファイア・ブリッド』!!〉〉〉

〈ぶりっどぉー!〉



 こうすると、わたしの声とコメント欄がシンクロします。

 みんなと一体になって攻撃できるんです。うれしいですよね。


『『グルゥォオオアアアア!?』』


『火炎弾』を受けたグレムリンが吹き飛びます。

 倒せたのは4体。

 2体が生存しています。おかしいです。十分な数の『火炎弾』を放ったはずですけど……。


 なるほど、騒霊ポルターガイスト化したゴーレム──略して『騒霊ポルターガイストゴーレム』のせいですね。

 奴の右腕はサーキュレータになっています。

 それが魔力混じりの風を起こして、『火炎弾』の軌道をらしたようです。


『ルゥオオオオオオオオオ────ッ!』


『騒霊ゴーレム』が吠えます。

 奴は胴体──冷蔵庫を開いて、冷気混じりの風を生み出します。『アイスストーム』です。

 わたしは魔力の障壁を生み出して、こらえます。


 グレムリンを背後にかばいながら、『騒霊ゴーレム』がこっちに向かってきます。

 さらに、その背後にも『騒霊ゴーレム』が数体。

『家電量販店』に入ったばかりなのに、強敵の群れに出くわしてしまったようです。



〈アイスストームを使う騒霊ポルターガイストだと!?〉

〈がんばれー!〉

〈梨亜ちゃんがんばれー!〉



「はい。負けません! 『梨亜=蛍火=ノーザンライトの名において、魔物を鏖殺おうさつする。大地に宿る精霊よ──』」



 ごすっ。



「……え?」


 わたしが魔術を発動するより前に、『騒霊ポルターガイストゴーレム』が吹き飛びました。

 ゴーレムを構成していた『電子レンジ』『冷蔵庫』『サーキュレータ』がバラバラになり、地面に散らばります。


『ギギッ!?』『グェェ!?』


『騒霊ゴーレム』の破片を受けた『グレムリン』が悲鳴をあげます。

 その横を、疾風しっぷうのようなものが通り過ぎて──



 ゴスゥッ! バキィッ! グシャアァ!!



 真っ黒な鉄パイプで、グレムリンたちを叩きつぶしたのでした。



──────────────────────



 次回、第10話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。

 しばらくの間は、お昼と夜の2回更新になると思います。



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