第8話「業務内容の交渉をする」

「……むむぅ」


 レーナ=アルティノは考え込んでいる。

 俺は続ける。


「うまくいかなかったら、俺を一度きりのゲストキャラということにすればいいと思います」


 仮面とローブをつけた俺は、蛍火の使い魔ということにする。

 視聴者が受け入れてくれれば、継続して採用。

 もしも視聴者が拒否反応を示したら、一回限りのゲストキャラということにして、次回からは参加しない。


「それなら影響は最小限で済むと思います」

「わたしは賛成です!」


 蛍火ほたるびが声をあげた。


「いいアイディアだと思います。レーナはどうですか?」

「……ひとつ、うかがってもいいですか」


 レーナ=アルティノは意を決したように、俺を見た。


桐瀬きりせさまが『攻略配信』に加わりたがる理由はなんですか? あなたは異世界から帰ってきたばかりなんですよね? 向こうで辛い思いをして……それでも魔界に関わりたがる理由は、なんなのですか?」

「働きたくないからです」

「働きたくない!?」

「俺の連休は、異世界召喚のせいで潰れてしまいました。進学するお金はないですから、これから必死に就職活動をすることになります。夏休みは就職活動しながら、必死にバイトをすることになるでしょう。そして、卒業後は働きづめの毎日を過ごすことになるんです。異世界でしていたような……終わりの見えない仕事を」

「は、はぁ」

「でも『攻略配信』でお金を稼ぐことができれば、大学に行けるかもしれません。それが無理でも、バイトよりは稼げるでしょう。卒業まで、余裕のある日々を送ることができるはずです」


 俺が欲しいのは選択肢せんたくしだ。

 高校を卒業してすぐに就職するのが、絶対に嫌なわけじゃない。

 ただ……できるなら、それを自分で選びたい。


 進学費用を稼いで、その上で、就職するか進学するかを選びたいんだ。

 仮に就職するとしても、それなら納得できると思う。


 これまで、俺がなにかを選べたことって、ほとんどなかったからなぁ……。

 こっちの世界でもそうだったし、異世界でも選択肢はなかった。

 一度くらいは、自分で進む道を選んでみたいんだ。


「『攻略配信』は異世界での経験を活かすのに、ちょうどいいお仕事だと思っています。お願いします。俺を、雇ってもらえないでしょうか」

「……わかりました」


 レーナ=アルティノはゆっくりと、首を縦に振った。


「桐瀬さまには『攻略配信』に参加していただきましょう」

「ありがとうございます!」

「ありがとう! レーナ!」

「ですが、よろしいのですね。お嬢さま」


 レーナ=アルティノは、蛍火を見た。


「桐瀬さまが参加することで、お嬢さまの配信は変化することになります。もしも攻略に失敗したら、視聴者が離れていくかもしれません。それでもよいのですね?」

「構いません」

「視聴者が減れば、お嬢さまの目的は達成できなくなります。それでも?」

「今は……視聴者数も伸び悩んでいます。同じことを続けるより、新しいやり方を試した方がいいでしょう。お父さまを納得させるためには、できることをすべてやる必要があります」


 蛍火は、うつむいた。


「これまでと違うやり方で成果が出るか、わたしは試してみたいんです」

「そこまでのご覚悟なら、なにも申しません。では、攻略する場所を選びましょう」


 レーナ=アルティノは、テーブルに置かれたタブレットに手を伸ばす。

 素早く操作して、画面に地図を表示させる。


「桐瀬さまは初心者です。まずはDランクの魔界に行ってもらうのがいいでしょう」

「地図の場所は……『家電量販店』。出現する敵は『グレムリン』『騒霊ポルターガイスト』ですか」


 俺は表示された文字を読んでいく。

『グレムリン』はさっき戦ったからわかる。

騒霊ポルターガイスト』って、家具とかが動くあれだよな。それの魔物版ってことか?


「魔界は常に変化しています。建物内部は、普通の『家電量販店』とはまったく違う構造になっているとお考えください」


 レーナ=アルティノは続ける。


「この建物は、図面では2階建てですが……3階建てになっている可能性もありますし、地下空洞が存在することもあります」

「一番奥に行って、コアというものを回収してくればいいんですよね?」


 俺が言うと、ふたりはうなずいて、


「おっしゃる通りです。コアを回収すると、建物は元の姿を取り戻します。市と、土地の権利者がよろこびます。そして、私たちは報酬を受け取ることができるんです」

「視聴者のこともお忘れなきよう」


 蛍火の言葉を、アルティノが引き継いだ。


「『正義の魔術姫、梨亜=蛍火=ノーザンライト』のチャンネル登録者は、お嬢さまの活躍を見るのを楽しみにしているのです。桐瀬さまにはそれを理解した上で、ご協力をお願いいたします」

「だとすると、俺のやるべきことは……」

「お嬢さまの露払つゆはらいですね」

「蛍火さんがかっこよく戦えるように、ザコを倒したり、障害物を排除したりすればいいんですね?」

「お願いします。使い魔としてお嬢さまを引き立ててください。ただし、無理はしないように」

「わかりました」

「あとは……名前をどうしましょう?」


 レーナ=アルティノは首をかしげて、


「攻略中、桐瀬さまの本名を呼ぶわけにはいきません。使い魔の名前を決めておきましょう」

「『ブラッド=トキシン』はどうですか?」

「『血の毒』ですか?」

「俺は異世界エルサゥアの人たちから『邪竜族じゃりゅうぞくを滅ぼす毒の血の所有者』と呼ばれていました。『毒の血』を、こっちの言葉でかっこいい感じに翻訳して『ブラッド=トキシン』です」

「……いいですね」


 アルティノはうなずいた。


「怖そうな見た目に合っていると思います」

「わかりました。配信中の俺は『ブラッド=トキシン』で」

「……もっとかわいいのがいいなぁ」

「お嬢さま?」「蛍火さん?」

「…………なんでもないです」


 蛍火はかぶりを振って、


「とにかく、これで方針決定ですね」

「はい。さっそく攻略を……と、いきたいところですが、今日は遅くなってしまいましたし、攻略前には『配信者ギルド』に申請しなくてはいけません。魔界の攻略は、明日にいたしましょう」


 そう言って、アルティノは話をしめくくった。


「明日は迎えの車を出します。準備を整えておいてください。攻略の詳細についてはメールをお送りします。それをよく読んで、『攻略配信』に備えてください」

「わかりました。それでは、よろしくお願いします」


 俺は蛍火とアルティノに一礼した。


「蛍火さんの手助けができるようにがんばります」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「あなたのお力、見せていただきましょう」


 そうして、俺たちは建物の前で別れた。





 その後、俺はバイト先に戻って──


「配達に行ったらイタズラでした。具体的には『魔界の近くに配達員デリバリー呼んでみた』というやつです。その動画をってた連中に絡まれました。あと、化け物に襲われました」

「──────え、ええええっ!?」

「異能者さんに助けられたので無事です。話は変わりますけど、これから先、土日にお休みをもらってもいいですか? 化け物に襲われたトラウマがあるので……いえいえ、店長の責任じゃないですよ? 別にクレームを入れたり、このことを公表するつもりもないです。ただ、休みをもらえないと……あ、はい。休んでもいい。クビにはしない、ですか? ありがとうございます」


 俺は店長から、休みをもらうことに成功したのだった。



──────────────────────


 次回、第9話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。

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