第7話「魔術結社の面接を受ける」

「私は魔術結社ポラリスの代表取締役だいひょうとりしまりやくで、レーナ=アルティノと申します」


 蛍火ほたるびが呼び出した女性は、俺に名刺を差し出した。


 スーツ姿の女性だった。

 年齢は20歳前後。縁のないメガネをかけている。

 彼女──レーナ=アルティノは値踏みするような視線で、俺を見てる。


「レーナはわたしの幼なじみなんです」


 蛍火は言った。


「しっかりした子で、いつもわたしを助けてくれています。『ポラリス』では代表取締役の他にも、事務や経理や契約関係のお仕事をしています。わたしが『攻略配信』している間は、サポートもしてくれるすごい子です」

「有能な人なんですね」

「レーナがいるから、わたしは安心して配信のお仕事ができるんです」


 蛍火ほたるびは、祈るように手を組み合わせて、


「お願い、レーナ。わたしは桐瀬きりせさんとお仕事がしたいの」

「理解できません」


 レーナ=アルティノはかぶりを振った。


「確かに……この方には力があるのでしょう。この方が、魔物に襲われていた人を救ったことも評価します。そのおかげで、お嬢さまのキャリアに傷がつかなかったのですから」

「あのね、レーナ。そういうことじゃなくて、わたしが評価しているのは桐瀬きりせさんの正義感で──」

「一緒に『攻略配信』をする理由にはなりません」

「ノーザンライト家は貴族です」


 蛍火は宣言した。

 胸を張って、堂々と。


「亡くなったおばあさまは、『貴族には、高貴なる者の義務』があると言っていました。わたしはその教えを守りたいんです」

「桐瀬さんには恩義がある。だからお助けすると?」

「才能ある方にふさわしい場を与えるのも、貴族の役目です」

「そのような貴族がいたのは100年以上昔の話です。魔術が秘匿ひとくされるものであり、貴族が領地を持っていたころのことですよ。お嬢さまには無縁のお話です」

「それでも、わたしは貴族のほこりを守りたいのです」


 ──だから、結界の近くのパトロールをした。

 ──グレムリンに襲われている人々を助けた。


 蛍火はそんなことを言った。


「お嬢さまの想いはとうといものです。でも、現実を見てください」


 レーナ=アルティノはタブレットをテーブルに置いた。

 そこに映っているのは『攻略配信。そのコンセプトと集客方針』というファイルだった。


「お父上からは『攻略配信』を行うことでノーザンライト家の名を高めるように、という指示が出ております。私はそれに合わせてコンセプトを立てました。お嬢さまも同意されましたよね」

「その通りです」

「お嬢さまの配信のコンセプトは『梨亜=蛍火=ノーザンライトの可憐かれんさと強さのギャップ』です。そのために、お嬢さまの可愛さが引き立つような衣装を用意いたしました。私の手作りです」

「レーナにはいつも感謝しています」

「お嬢さまの動画は、可愛い女の子がソロで配信するから視聴者を獲得できているのです」


 レーナ=アルティノは、テーブルを叩いた。


「突然、男子高校生がサポート役で入ったら、視聴者さんはどんな反応をすると思いますか?」

「『心に正義の炎を宿した勇者がまたひとり』って、感動するんじゃない?」

「するわけないでしょう!?」

「しないの!?」

「どうして感動すると思うのですか!?」

「わたしだったら感動するもの!」

「視聴者さまが期待しているのはお嬢さまが活躍かつやくする姿です! 見知らぬ少年が現れたら『誰だこいつ』となるでしょう!? 『彼氏ができたのか』と思われたらどうするのですか!? お嬢さまのファンが離れてしまいますよ!!」

「説明すればいいんじゃない?」

「それで納得してもらうのは無理です!!」

「……うぅ」

「お父上との約束を思い出してください。ここで視聴者を失ったら、すべては水の泡になってしまうのですよ! 視聴者数100万人を達成するために、これまでがんばってきたのでしょう!?」

「父を納得させるためには、できることをすべてする必要があります!」


 蛍火は反論する。


「ふたりなら様々な戦い方ができるようになるでしょう? 今まで行けなかったところにも行けるかもしれない。今以上に視聴者を増やすためには、思い切った手段も必要だと思わない?」

「……わかりました。では、条件を出しましょう」


 レーナ=アルティノは、指を三本立てた。


「第一に、この方の身元を証明すること。第二に、この方に能力があることを示すこと。第三に、ファンが離れるのを防ぐ対策を立てること。これらを解決してくださるなら、この方の加入を認めましょう」


 的確な指摘だった。

 やっぱり、レーナ=アルティノは優秀なんだろう。

 彼女が蛍火を大切にしているのもわかる。


 俺としては、できれば雇ってもらいたい。

 蛍火は正義感が強いし、信頼できる。


 雇用条件もいい。これからの生活が楽になるし……もしかしたら、進学の費用もかせげるかもしれない。

 だから──


「レーナ=アルティノさん」


 俺は姿勢を正して、彼女の方に向き直る。


「俺の身元確認ですけど……スマホに履歴書りれきしょのコピーがあります。学生証もお渡しします。こっちは原付の免許です」

「え? え? え?」

「どうぞ、ご確認ください」

「ど、どうして履歴書がすぐ出てくるのですか?」

「いいバイトが見つかったら、いつでも申し込めるようにするためです」


 いいバイトは競争率が高いからな。

 コピペで申し込めるようにしておくと、色々と楽なんだ。


「それから『男性が同行したらファンが離れる可能性』ですけど、それを防ぐために、俺が人間以外の生物に化けるのはどうでしょう」

「人間以外の生物に?」

「異世界から持ち帰ったものに、こんなアイテムがあるんです」


 俺はスキル『収納空間』を使用。

 そこから純白の仮面と、漆黒しっこくのローブを取り出す。


「なんですかそれは!? 魔術ですか!?」

「魔術にこういうものがあるんですか?」

「ないですけど!?」

「これは、異世界で覚えた……というか、覚えさせられたスキルです。異空間に最低限のものを保存することができます。大きさは、バッグひとつ分くらいですね」


 入れられるのは武器と防具と、食料品と水。あとはポーションくらい。

 大量に物を入れられれば商売に使えるけど、それほどの収納能力はない。


「仮面とローブは、異世界で正体を隠すために使っていたものです」


 俺はテーブルの上に、ローブを広げてみせた。

 頑丈がんじょうなローブだ。防御用の護符ごふも組み込まれている。

 隣に白い仮面を置いて、俺は説明をはじめる。


「異世界にいたとき、俺は1ヶ月に一度、監視かんし付きで町に出ることを許されていました。これはそのときに身に着けていたものです」

「どうして、仮面とローブを?」

「町に邪竜族じゃりゅうぞくが入りこんでいた場合、俺が暗殺あんさつされるかもしれないからです」


 俺はずっと、邪竜族じゃりゅうぞくを殺すための武器を作ってきた。

異世界人属性ターガラィ』が、邪竜族に対する毒だったからだ。

 邪竜族としては、俺をめちゃくちゃ殺したかっただろう。


「で、ですが、そのような姿をしていたら、逆に目立つのでは?」

「護衛は全員、俺と同じ格好をしていました。それと、仮面もローブは毎回変えていました。この仮面とローブは、最後に使ったものですね」


 俺は仮面とローブを身に着けた。

 仮面をつけると、俺の髪の色が変わる。黒髪から、青みがかった銀色に。

 さらに仮面の側面からは、ねじれた角が伸びる。

 背中にはコウモリのような翼がうまれる。


「この状態なら、顔も体型もわからないですよね」

「声も変わっていますね!?」

「少し高い声になるんです。この姿なら、性別不詳・年齢不詳の使い魔ということにできるんじゃないでしょうか。それを蛍火さんが呼びだしたということにすれば、男性ファンの離脱りだつも防げると思います」

「はい。これなら大丈夫です!」


 蛍火が興奮した表情で、うなずいた。


「ありがとうございます。桐瀬さん。わたしのために、ここまでしてくださって」

「雇ってもらうためです」

「残りは『能力があると示すこと』ですけれど……」

「試してもらうのは、どうでしょうか」


 俺の方も、まだ『攻略配信』について、詳しくは知らない。

 まずは体験してみたいんだ。


「まずはお試しということで、俺を『攻略配信』に参加させてもらえませんか?」


 俺は魔術結社のレーナ=アルティノに願い出たのだった。



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 次回、第8話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。

 しばらくの間、お昼と夕方の2回更新にしようと思っております。


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