第5話「異能者にスカウトされる」

「ごほんごほんん。ぶはぶはっ!!」


 蛍火ほたるびき込んだ。

 紅茶が変なところに入ったらしい。


「な、ななねん? あなたは異世界で7年もの間、世界を救う英雄として戦っていたんですか!?」

「英雄じゃありません」


 俺は首を横に振った。


「異世界エルサゥアでの俺の仕事は、アイテム管理係でした」

「は、はぁ!?」

「俺はアイテムを整備して、属性を加える係をやっていたんです。7年間、ほとんど休日なしで」


 異世界エルサゥアでは、以前にも何回か異世界召喚を行っていた。

 異世界人を勇者として戦わせたのだけど、うまくいかなかった。

 ふたりとも殺されて、邪竜族に食べられてしまったんだ。


 けれど、それはエルサゥアの人々に大きな利益をもたらした。

 ふたりを食べた邪竜族じゃりゅうぞくが即死したからだ。

 異世界人は邪竜族にとっての猛毒もうどくだったんだ。


 その情報を得たエルサゥアの人々たちは考えた。


 邪竜族は数が多い。

 異世界人を召喚して邪竜族に食べさせるのは効率が悪い。

 ならば……召喚した者に、『異世界人』的な属性を加えた武器を作らせればいいのでは?


 ──と。


 その属性を加えた武器は、邪竜族に対する『毒の武器』になるはず。

 それを大量生産できたなら、戦いの切り札になる。

 ひとりの異世界人に大量に作らせれば、召喚する手間も少なくてすむ。


 ……異世界人的な属性ってなんだよ、と思ったけど、あっちの世界にはそういうものがあるらしい。

『火属性』『水属性』と同じような『異世界人属性』というものだ。


 異世界エルサゥアでは異世界人のことを『ターガラィ』と呼んでた。

 意味は『遠くから来たもの』だ。

 異世界人属性も、同じ名前で呼ばれていた。


 異世界人を召喚して、『異世界人属性ターガラィ』を加えた武器を作らせれば、人類は邪竜族に対して切り札を手に入れることができる。

 その武器を振るって戦えば、邪竜族を滅ぼせる。


 ──異世界エルサゥアの人々は、そう考えたんだ。


 召喚は実行され、俺は異世界エルサゥアに呼びだされた。

 そして、修行によって『属性付与』というスキルを身に着けさせられた。


 断ることはできなかった。

 断れば殺されて、邪竜族への『毒のえさ』にされるだけだからだ。

 俺に選択肢せんたくしなんて、はじめからなかった。


『属性付与』スキルを身に着けたあと、俺は武器を管理する施設に入れられた。

 そうして毎日、剣や槍、弓矢に『異世界人属性ターガライ』を加える仕事をやり続けた。


 労働時間は1日12時間。

 衣食住つき。人との接触は最小限。

 仕事を早く終わらせようと工夫すると、早く終わった分だけ、新たな仕事が持ち込まれるという悪循環あくじゅんかん。終わらなければ当然残業。

 業務内容はただひたすら、武器の『属性付与』。それが7年間。


 俺が精神のバランスをくずさないように、たまに町の散歩もさせてもらった。

 健康維持できるように、運動の時間も用意されていた。

 俺が使う護身術は、そのときに覚えたものだ。

 7年間、異世界の兵士のおっさんに、『エルサゥア流護身術』を習ってた。


 人と話をするのは、そのときだけ。

 自由時間は、ほとんどない。仕事が終われば、後は眠るだけ。

 そんな生活を、7年間続けた結果──







「戦いに勝利した異世界人たちは、俺を元の世界に帰した、というわけです」

壮絶そうぜつすぎます!!」

「ですよね。最後の方は、心が死んでましたから」


 とにかく、元の世界に帰ることだけを考えていたからなぁ。

 帰ったらなにをしようか。なにを食べようか。

 そんなことを考えながら、機械的に武器やアイテムの強化を続けていたんだ。


「帰ったら7日が過ぎていて、ゴールデンウィーク最終日の夜になってました。スマホにはバイト先から『無断欠勤したからクビだ!』という連絡が入ってたんです。でも、うちは両親がいないですから、働く必要がありました。それで、唯一ゆいいつクビにならなかったバイト先に行きました。そしたら店長に魔界の近くへの配達をお願いされたんです。断れずに配達に出かけて──」

「『グレムリン』に襲われたんですね……」

「異世界で覚えたスキルが役に立って、よかったです」


 まさか健康維持のために覚えた護身術が、魔物に通じるとは思わなかったけど。


 まぁ、強くなっても、異世界の王宮からは逃げられなかったんだよな。

 常に見張りがついていたし、なにより、俺には城の外のことがほとんどわからなかった。

 おまけに世界は邪竜族との戦争中だ。

 逃げ出しても野垂のたれ死にするのがオチだっただろうな。


「でも、あなたは離れたところにいるグレムリンを倒していましたよね?」

「あれも護身術です」

「あんな桁外けたはずれの護身術があるんですか!?」

「あるんです。異世界のおっさんは『邪竜族から身を守れる程度の技を教える』って言ってましたから」

衝撃波しょうげきはで魔物を吹き飛ばす技がですか!?」

「邪竜族にとっては、めくらましにしかならないそうです」

「……こちらの世界では十分強い技なのですけど」

「異能者さんにそう言われると気恥きはずかしいですね……」


 蛍火なんか火柱を起こして、一気に大量のグレムリンを瞬殺しゅんさつしてたもんな。

 それに比べれば俺の技なんて、本当にただの護身術だ。


「それに俺の護身術では、異世界の王宮を脱出することもできませんでしたからね」

「は、はぁ……」

「7年間学んで、なんの利益も得られなかった技です。そんなものですよ」

「……あなたは7年間、異世界でそんな生活を」


 蛍火は大きな目を見開いて、俺を見てる。


「あなたが齢は取っていないのは、異世界では長命種だったから、でしたね。」

「そうです」

「長命種……物語に出てくる、エルフのような?」

「だからとしを取らなかったんです。しかも、召喚後の訓練で、物体の能力値とかが見える『鑑定かんてい』スキルと、物体に『属性付与』するスキルが身についたんです」

「能力値ですか?」

「ゲームみたいですよね。俺が召喚された世界は、そういうところだったんですけど」


 というより、そうしないと生き残れない場所だった。

 邪竜族が強すぎたからだ。

 だから異世界人は、ゲームのようにステータスを表示させる技術を開発して、パラメータ、属性、スロットなんかがわかるようにしていた。


 そうすることで、邪竜族に対して有効なものと、そうでないものを分類していた。

 すべてを数値化して、見やすく最適化して、それでやっと邪竜族とわたりあえる……あの世界は、そんな場所だったんだ。


 異世界で身に着けた俺のスキルは、3つある。

 まずは『属性付与』

 触れている道具に、色々な属性を与えることができるスキルだ。


 このスキルを使うと、触れた道具に『スロット』があるのがわかる。

 そのスロットに、好きな属性を付与することができるんだ。


 ふたつ目のスキルは『鑑定かんてい

 触れたものの能力を調べることができる。

 例えば、さっき使った『鉄パイプ』を鑑定すると──


──────────────────────


 ランクF:『そこらへんにあった鉄パイプ』


 魔界の近くに放置されていた鉄パイプ。それなりに堅い。

 属性:火

 強化可能スロット:0 (強化用スロット使用済み。変更不可)


──────────────────────


 こんなふうに、詳しい情報を知ることができる。

 鉄パイプにはもともと強化用スロットが1個あったけれど、それは火属性を付け加えたので使い切ってる。だから0になってるわけだ。

『属性付与』でアイテムを強化した後は、こんなふうに、『鑑定』スキルで結果を確認していた。どちらもアイテム強化には必須のスキルだったんだ。


 最後のスキルが『エルサゥア流護身術』。

 健康維持と、邪竜族に襲われたときに身を守るために、異世界のおっさんに教わったものだ。

 魔力による身体強化と技がセットになってる。


 7年間修行したけど、結局、おっさんからは一本も取れなかった。

 その程度の力だ。


 異世界のおっさんには感謝してる。

 7年間、誰とも関わらずにアイテム強化だけしていたら、俺の精神はぶっこわれていただろう。護身術の練習は、俺にとっては大事な気晴らしだったんだ。


 それに7年間、俺と関わり続けたのはあのおっさんと、俺を召喚した魔法使いだけだったからな。邪竜族との戦争のせいで、他の人たちはすぐに入れ替わってた。

 王様だって、7年後には代替わりしてた。俺が帰るころには4人目の王様が即位してた。12歳の女の子だった。前の3人は全員戦死してた。

 異世界エルサゥアは、本当にろくでもない場所だったんだ。


「俺の事情は、こんなところです」


 蛍火は最後まで俺の話を聞いてくれた。

 結局、異世界転移の理由はわからなかったけど……それでも、少しすっきりした。


「話を聞いてくれて、ありがとうございました」

「……お力になれなくてごめんなさい」


 蛍火さんは涙ぐみながら、俺を見ていた。


「あなたはすごい人ですね。そんな事情があるのに……『グレムリン』に襲われた人たちを助けようとしていたんですから」

「とっさに身体が動いただけです」

「でもそれは、人を助けようとする意思があったからですよね?」

「放っておけなかったんです。みのり先輩は俺と同じ『魔界の近くに配達員デリバリー呼んでみた』の犠牲者だったから」

「それに、あなたは異能者の男性たちも助けようとしていました。あの連中は、あなたを笑いものにしようとしたんですよ。その場を離れて、助けを呼ぶという方法もあったのに」

「結局あいつらは、蛍火さんが助けてくれたんですけど」

「それでも、です。わたしはあなたを尊敬します」


 梨亜=蛍火=ノーザンライトはため息をついた。


「なのに、わたしはあなたの異世界召喚の原因がわかりません。理由を説明してあげることもできないなんて……」

「話を聞いてくれただけで十分です」

桐瀬きりせさんは、これからどうするんですか?」

「バイト生活を続けます。高校を卒業した後は、どこかに就職するつもりです」

「ですも、あなたは7年間、異世界で一生懸命に働いているんですよね?」

「……そうですね」


 正直、働きたくない。

 でも、それは不可能だ。


 うちは母子家庭だったけど、春ごろに母さんが死んでしまった。

 仕方がないので、俺は母方の叔母さんがいるこの町に引っ越してきた。

 その人が、今の俺の後見人だ。


 同居はしてない。

 俺は叔母さんに紹介してもらったアパートで一人暮らしをしてる。

 叔母さんはまだ若くて、仕事も大変だから、頼れない。

 自分でなんとかするしかない……という状況だった。


「わたしがあなたを雇います!」


 突然だった。

 蛍火が立ち上がり、まっすぐに俺を見て、宣言した。


桐瀬柳也きりせりゅうやさま。わたしの『魔界攻略配信』を手伝っていただけないでしょうか。もちろん、報酬はお支払いします。それに、あなたの協力があれば……わたしの願いも叶うかもしれません」

「俺が? 『攻略配信』に協力を?」

「あなたの力をお借りしたいのです。どうか、お願いします!」


 深々と頭を下げて、異能者の蛍火はそんなことを言ったのだった。




──────────────────────



 次回、第6話は、明日の昼ぐらいに更新する予定です。



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