第4話「異世界転移について語る」

 異世界に召喚しょうかんされたときのことは、よく覚えている。

 それはゴールデンウィークの前日。時刻は深夜。

 バイトを終えて、アパートに帰った直後のことだった。


 翌日からはバイトが1日1件になる。

 やっと休める。というか、自由な時間が増える。

 そんな安心感を抱きながら部屋に入ったあとで、めまいを感じた。


 見慣れた部屋が、ぐらりと揺れて──

 目眩めまいがしたのか思って、床に座ろうとして──

 でも、身体はそのままくずれ落ちて──



 気がつくと、俺は西洋風の城の中にいた。



 床はみがかれた石。

 あたり一面には、謎の図形が刻まれている。

 顔を上げると、絵が描かれた天井が、はるか高いところにあった。


 俺のまわりには、ローブを着た人たち。

 正面には玉座に座った男性がいる。王冠を被り、じっと俺を観察していた。

 その前では兵士たちが壁を作っている。


 どう見ても、異様な光景だった。


「──召喚しょうかんは成功した」


 最初に口を開いたのは、玉座の隣にいた女性だった。

 杖を手に、すその長い服を着ていた。


「まずは名乗ろう。我は王国付き魔法使いアクラール。この世界の名前はエルサゥア。ここは、その中央にある王国だ。貴公は我が魔法によって、異世界より召喚されたのだ」


 魔法使いアクラールは、優雅ゆうがな礼をしてみせた。


「この世界を救うため、貴公の力を貸してほしい」

「は、はぁ?」


 たぶん、俺は呆然ぼうぜんとしていたんだと思う。

 長時間バイトをして、突然変なところに呼びだされたせいで、現実感もなかった。


「な、なんだこれ!? あなたたちは一体……!? え!?」

「貴公がとまどうのも無理はない」


 魔法使いと名乗った女性は、うなずいた。


「だが、これからの貴公の行いが、エルサゥアの運命を左右することになるのだ」

「……運命」

「この世界は、憎むべき邪竜族じゃりゅうぞくにおびやかされている。奴らは邪悪な竜であり、人の姿にもなるものだ。心を持たず、ただ、無慈悲むじひに人を殺戮さつりくしている」


 魔法使いの言葉に、国王らしき人と、兵士たちがうなずく。


「研究の結果、奴らを駆除するには異世界人の力が必要だとわかったのだ。異世界の若者よ。この世界を救うために、どうか力を貸してはくれないだろうか」


 俺を召喚した魔法使いは、そんなことを宣言したのだった。






 ──現 在──



「ということが、あったんです」


 俺は、異能者の少女が用意してくれたお茶を飲んだ。

 ここは異能者たちが使っている休憩所だ。


 化け物──グレムリンを退治したあと、異能者の梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライトは、スマホで救援要請を出した。

 男性3人と、みのり先輩を保護するためだ。


 数分後に車が来て、男たちを乗せていった。

 彼らは調書を取られた後で、解放されるそうだ。

 もちろん、彼らがやったことについての記録は残り、役所と異能者の間で共有されるということだった。


 みのり先輩は別の車で運ばれていった。

 彼女は異能者の組織によって、精神的ケアを受けるらしい。


 ……先輩。鉄パイプ振り回してたのが俺だって気づいたかな。

 暗いから大丈夫だとは思うんだけど。

 次のバイトのときに話を聞いてみよう。


 男性3人と、みのり先輩が救助されたあと、俺は梨亜=蛍火=ノーザンライト──蛍火に、一緒に来るように言われた。

 彼女は言った。


『あなたの言う「異世界召喚」について、お話を聞かせてください』


 ──と。

 事情聴取もするけれど、俺の相談も聞く。

 異能者の蛍火は、そう言ってくれたんだ。


 だから俺は彼女と一緒に、『配信者ギルド』の建物にやってきた。

 それから、俺が遭遇そうぐうした異世界召喚のことを話したのだった。





「俺はゴールデンウィークの前日に異世界に召喚されました。その後7日間、この世界からは消滅していたんです」


 だいたいの事情を話したあと、俺は改めてそう言った。

 異能者の蛍火は、おどろいた顔だ。

 俺は続ける。


「このことを相談したくて、俺は魔界の近くに配達する仕事を受けたんです。異能者の人に出会えればと思って」

「そういう事情だったのですね」

「異能者さんは、異世界召喚についてなにかご存じですか?」

「……いいえ」


 蛍火は、首を横に振った。


「異世界は、わたしたち魔術師にとっても未知のものです」

「でも、異能者さんは別世界……魔界で戦ってるんですよね?」

「魔界とは『魔術災害』によって、奇妙に変化してしまった場所を指します。異常な場所ではありますけれど、この世界とは地続きです」

「つまり、俺が行った異世界とは無関係ってことですか?」

「あなたが召喚された異世界は、こことはまったく別の世界でしょう。そのような世界に召喚されたり、転移したりする術は、わたしの知る限り、存在しません」

「……そうなんですか」

「伝説では、似たような事例があるのですが……」


 梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライトは、考え込むような顔で、


「たとえば東洋では『神隠し』というものがあります。子どもが天狗てんぐなどに連れ去られて数年間行方不明になったりするものです。西洋では『チェンジリング』といって、妖精が自分の子どもと人間の子どもを取り替える例があります」

「『神隠し』はわかりますけど、『チェンジリング』……って」


 ……聞いたことない言葉だ。

 それに、異世界転移には関係ない気がする。

 俺の転移には天狗も、妖精も出てこなかったから。


「つまり、俺の異世界転移に異能者さんは関わっていないということですか……」

「お役に立てずに、申し訳ありません」


 蛍火は申し訳なさそうに、うつむいてる。


「同じ世界の中で、おたがいの空間を入れ替える魔術はあります。ですが、あなたが出会ったものは、それとは違います。だから……あなたの異世界転移についてわかることは、ありません」

「……そうですか」

「でも、もう少し、詳しいお話を聞かせてもらってもいいですか?」


 異能者の少女は言った。


「あなたが奇怪な現象に巻き込まれたのは間違いありません。話を聞けば、どうしてそんなことが起きたのか、ヒントが見つかるかもしれません」

「いいんですか?」

「構いませんよ。あなたは、大変な目に遭われているのですから」


 いい人だった。

 世界のために戦う英雄って、こういう人のことを言うんだろうな。


「わかりました。えっと……」

「わたしのことは、蛍火ほたるびと呼んでください」

「ありがとうございます。蛍火さん。正直、話を聞いてもらえるとは思わなかったです」


 異世界転移だもんなぁ。

「なに言ってんだこいつ」って、白い目で見られるのも覚悟してたんだけど。


「あなたは、鉄パイプでグレムリンを倒しています」


 でも、蛍火は真面目な顔で、


「あんなこと、普通の人にはできません。異世界で能力を身につけたと考えるのが自然でしょう」

「魔物には普通の武器が効きにくいんですよね?」

「はい。それが軍隊が、異形の化け物たちを駆除できない理由です」


 魔界にいる化け物には物理攻撃──いわゆる銃弾や大砲、爆弾が効きにくい。

 さらに、魔界内部では電子機器が誤作動を起こしやすくなる。

 魔界の上空も、ある程度は影響を受けてしまうそうだ。

 だから魔界に入った軍隊は、その力を失ってしまうらしい。


 魔物に対して有効なのは、異能者の武器や魔術だ。

 魔術で強化した武器や、魔力や霊力を込めた術ならば、魔物にダメージを与えられる。

 だから、異能者が魔物と戦っている……と、いうことらしい。


 言われてみればその通りだ。

 近代兵器が効くなら、魔界に爆撃したり、軍隊を送りこめばいいんだから。

 それができないから、わざわざ異能を持つ人たちが、魔界に入って戦ってるんだもんな。


「でもあなた──いえ、桐瀬きりせさんは、鉄パイプでグレムリンを殴り殺していました。あんなことができる者は、異能者でも数少ないでしょう」


 そう言って蛍火は、自分の分のお茶に口をつける。


「あれは異世界で身に着けた技なのですよね?」

「あ、はい。そうです」

「たった7日間で、あれほどの技を……」


 蛍火さんは目を輝かせて、俺を見た。


「すごい才能をお持ちなんですね。たった7日で、魔物を倒す力を手に入れてしまうなんて」

「すみません。説明不足でした」


 そういえば『ゴールデンウィークの7日間、この世界から消滅していた』としか言ってなかった。

 それじゃ、誤解するよな。


「俺には才能なんかありませんよ」

「え? でも、わずか7日で技を……」

「異世界は時間の流れが違うんです。向こうにいたのは、もっと長い時間でした」

「そうなんですか」

「はい」

「どのくらいの期間ですか? 7週間? もしかして、7ヶ月とか?」

「7年です」

「………………え」

「こちらの世界では7日ですけど、俺は異世界で7年間暮らしていました」


 俺はまっすぐに蛍火を見返しながら、言った。


「こっちの人間は、異世界では長命種ちょうめいしゅなんで、身体の方は変わっていません。だから、俺の身体は18歳のままです。でも俺の中身……というか、精神年齢は25歳なんですよ」




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 次回、第5話は、今日の夜くらいに更新する予定であります。




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