第3話「異能者の少女に事情を話す」
『グギャアアアアアァッ!?』
魔物──『グレムリン』の身体が、壁に激突する。
『グレムリン』は悲鳴を上げながら、そのまま
……あれ? 意外と弱い?
俺が使ったのは
そんなもので吹っ飛ぶのか? 魔物って?
「は、はああああああっ!? なんだそれは!? 」
異能者の男性が絶叫する。
「なんでてめえが魔物を蹴り飛ばせるんだ!?」
「いや、これはただの
それは本当だ。
これはゴールデンウィークの間、ある場所で教わった護身術だ。
それが
『グルゥ! ガガガガァ!!』
「あれ? でも、効いてない?」
蹴り飛ばした化け物が、頭を振って起き上がる。
ただ蹴っただけじゃ駄目なのか? えっと、なにか武器は……これか?
俺はそこらへんに落ちていた鉄パイプを拾い上げた。
『グガラァッ!』
化け物が飛びかかってくる。
そしてまた、俺の身体が勝手に動いた。
化け物の爪をかわして、胴体に鉄パイプを叩き付ける。
どごんっ!
『…………ギギギィ』
鉄パイプで殴られた化け物はまた吹き飛んで、でも、起き上がる。
やっぱり、護身術じゃダメージが通らないのか……?
「馬鹿が! 魔物に普通の武器が効くかよ!」
異能者の男性が叫んだ。
「魔物には異能の術か、強化した武器しか通じねぇんだ。でなきゃとっくに軍隊が魔物を全滅させてるだろうが! なにも知らねぇんだな!!」
「あ、そういうことか」
だったら話は早い。
『属性付与』スキルで……『火属性』を付与すればいいな。
「エルサゥアに
言葉が、自然と口をついて出た。
「空きスロットを確認。属性付与を開始──成功。魔力伝達を確認……良好。内部属性をチェック……チェック終了。検品終了。納品可能!」
『グルウウゥゥアアアアアア!!』
「強度チェックを開始。てい」
強化した鉄パイプを振る。
鉄パイプが、グレムリンの胴体に食い込む。
化け物の
『ギィヤァアアアアアアア!!』
俺はそのまま鉄パイプを振り抜く。
化け物の身体が吹き飛んで、ビルの壁に当たって落ちる。今度は効いてる。
化け物は倒れたままだ。
焦げ
でも、まだ生きてる。
俺は化け物に近づいて、鉄パイプを振り上げる。
敵は確実に無力化しろ。それが身を守るコツだ、って。
『おれたちは勇者じゃねぇ。英雄でもねぇ』
『おれたちは身を守るために、戦ってるだけだ』
『ためらうな。油断するな。生き残るために、確実にとどめを刺せ』
『──忘れるな。戦うのは勝つためじゃなくて、生きる残るためだ』
おっさんの言葉が、まだ耳に残ってる。
ゴールデンウィークに起きたあの事件は、夢じゃなくて現実だ。
だから、考えなくても身体が動く。
叩き込まれた護身術で、目の前の魔物を的確に攻撃していく。
「えい」
『グガラァアッ!?』
「もうひとつ」
『グボァッ……!?』
「まだ生きてる? 頭を潰さないと駄目か?」
『グ……ガ…………ガガガ』
ゴン! ガゴンドガン! ぐしゃっ! ゴスドガバギッ!!
化け物はやっと動かなくなった。
鉄パイプで突っついても、反応しない。
俺の指が、
鉄パイプから
護身術の練習はずっとやってきたけど、実戦は初めてだ。
緊張で身体がガチガチになってる……。
「……はぁ」
「な、なんだてめぇは。異能者か!?」
「はぁ? 俺はただの高校生だけど?」
「ただの高校生がなんで魔物を倒してるんだよ!」
「それより。あんたの仲間がさらわれそうになってるんだが!?」
男性の後ろで、悲鳴がしてる。
「助けてくれ……兄貴」「嫌だ! 魔界に連れていかれるのは嫌だ」って。
グレムリンが、他の2人を路地へ引きずり込んでるんだ。
「うるせえ役立たず!! お前らのせいで、こんなガキに笑われてんだろうが!!」
「兄貴!?」「た、助けて。たすけてぇええ!」
「くそガキ! てめぇはオレを笑いに来たんだな!? すっとぼけた顔しやがって、本当は落ちこぼれの異能者を笑いに来たんだろうが!! ちくしょうおおおおおっ!!」
「ああもうっ!」
話が通じない。
俺は路地のグレムリンに近づき、鉄パイプを振り回す。
グレムリンたちが動きを止める。
それでもグレムリンは、男たちから手を放さない。
「なんで大人を助けなきゃいけないんだよ。俺は、ただの高校生なのに」
しかも元、母子家庭で、今は一人暮らし。
生活がきついからバイトを入れまくってる。なのにゴールデンウィークの7日間、行方不明になってしまった。
おかげでバイトはひとつ残して全部クビ。
その7日間で得たのは、ちょっとした護身術と、人には言えない変な力くらい。高校卒業しても進学の費用はなくて、就職確定。
その俺が……なんでこんな面倒な目に
「あんたも手伝えよ! 異能者の人!!」
「来るんじゃねぇ! てめぇの顔を焼いてやるぞ!!」
「だから、あんたの仲間が化け物に──」
「うるせえええええええっ!!」
男性が
『『『ギギィアアアアア!!』』』
路地とは反対側から、化け物の叫び声が聞こえた。
俺が通ってきた橋の方向だ。
広い道の上、街灯の下に『グレムリン』が集まってる。
その向こうに、原付のヘッドライトが見えた。
「……あれは?」
さっき、連中が言っていたのを思い出す。
『魔界の近くに配達員呼んでみた。大成功』
『こいつはハズレだ。2人目に期待』
『5軒くらい注文したから、次のに期待』
あいつらは……他にも配達員を呼んでたんだ。
それをグレムリンが襲おうとしてる!?
「いくらなんでも迷惑すぎるだろ!!」
鉄パイプを手に走り出す。
後ろで男たちが「見捨てるのか!?」「助けて」とか言ってるけど知るか!
自業自得の連中の面倒まで見られるか!
「……え、なに!? なにこれぇええっ!!」
ブレーキ音が響いた。
つんのめって急停止した原付に向かって、化け物たちが向かっていく。
走っても追いつけない。
……仕方ない。もう一度護身術で、狙いを定めて──
「エルサゥア流護身術──『
腕に
魔物までの距離は20メートル弱。これなら届く。
護身術が生み出す
『グルァ!?』『グァ!?』『ギィアアアアアアアッ!!』
3匹のグレムリンを、まとめて吹き飛ばした。
グレムリンの身体はズタズタにちぎれてる。
奴らの頭を潰してから、俺は原付バイクの人物に近づく。
ヘルメットから長い髪がはみ出してる。女性だ。
「大丈夫ですか……って、あれ?」
「…………きゅう」
彼女はそのまま地面に座り込んだ。
──って、この人、みのり先輩じゃないか。
そういえば先輩、この後もバイトがあるって言ってたっけ。
先輩、働き過ぎだ。
先輩は『攻略配信』の動画が好きみたいだけど……さすがに化け物に襲われたら気絶しちゃうか。わかる。俺も怖い。
ゴールデンウィークのできごとがなかったら、俺だって気絶してたかもしれない。
「兄貴。助けて!」「あにき、あにきぃ!」
「自己責任だっつってんだろ! オレの知ったことか!」
ビルの方では、まだ3人の男たちが騒いでる。
さらに、路地からは追加のグレムリンが出てきてる。
異能使いが化け物を追い払おうとしてるけど、うまくいかないみたいだ。
……まったく。
しょうがない。ちょっとだけ手を貸そう。
俺がそう思ったとき──
「西洋魔術の異能者。
──道路の向こうから飛んできた暴風が、化け物を吹き飛ばした。
街灯の灯りの下に、ローブをまとった少女がいた。
長い金髪をなびかせて、手には長い杖を持っている。
見覚えがあった。
みのり先輩が見ていた『攻略配信』動画に出ていた少女だ。
確か……『正義の魔術姫』だっけ。
「パトロール中に事件に遭遇しました。魔界よりあふれだしたグレムリンを発見。および、異能者による一般人への異能の使用を確認しました。これより、事件の処理に入ります!!」
少女は、異能者の男に杖を向けた。
直後、少女の杖から氷の塊が飛び出す。それが路地にいた化け物に直撃し、その動きを止める。
「げ、げぇっ! 『正義の魔術姫』!?」
異能者の男性が駆け出す。逃げるつもりらしい。
けれど、次の瞬間、ボシュッ、と音がして、男の前方に雷光が走った。
それが足をかすめて、異能者の男は地面に転がる。
「あなたには、違法動画配信の疑いがかかっています」
『正義の魔術姫』は杖を手に、異能者の男を見下ろしていた。
杖には雷のようなものがまとわりついている。
「異能を持つ者が一般人をだまして、動画のネタにして……恥ずかしくないのですか!!」
「う、うるっせええええっ!」
「あなたの処分はあとです。まずは魔物を排除します。『妙なる
少女が手にした杖の先に、拳大の火球が生まれる。
それは杖の先端を回りながら──周囲にいる化け物に向かって飛び出した。
『ギギギィ!?』『ギィハッ!?』
爆発音がした。
火の玉の直撃を受けた化け物たちが火だるまになって吹き飛ぶ。
散らばった炎はさらに、隠れていた魔物ちを照らし出す。
「……すごい」
これが世界を守る異能者の魔術なのか。
俺の護身術なんかとは比べものにならない。
こういう人なら……きっと、俺の知らない知識とかも持ってるんだろうな。
たとえば、
「『妙なる火精霊の祝福を』」
少女が、呪文のようなものをつぶやきはじめる。
「『梨亜=蛍火=ノーザンライトの名において、境界を破りし魔物を焼却する。四方より火柱。魔界を焼き払い、この地を清浄に返さんことを』──『
闇の中に、火柱が生まれた。
炎は隠れていた化け物たちを包み込み──あっという間に灰にする。
残ったのは、赤黒い結晶体だけだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
「ゆ、許してくれ。もう、変な配信なんかしないから……」
化け物に襲われた男たちは、うずくまって震えてる。
兄貴と呼んでいた異能者の方を見ることもない。ただ、地面で頭をかかえている。
「Eランク異能者の方ですね。あなたが変な動画を配信してるという話は聞いています」
少女は異能者の男性を見て、告げた。
異能者の男性は歯をむき出して、
「動画配信に異能を使ってなにが悪い!」
「人をだますのが異能者のすることですか!? 怪我人が出たら責任を取れるんですか!?」
「う、うるせぇってんだろ! 知ったこと──」
「あなたの身柄は『配信者ギルド』に引き渡します」
杖を手にした少女は、ため息をついた。
「梨亜=蛍火=ノーザンライトの名において、被害者の精神保全を行います。『妙なる眠りの精霊よ。この者たちに、一時の安定を』──『
「て、てめぇ──」
「あ……」「許してくれ。許し──」
3人の男性は、くたり、と、地面に倒れ込む。
眠ってしまったみたいだ。
それから『正義の魔術姫』は俺の方を見た。
「えっと……あなたも異能者ですか?」
「違います」
俺は答えた。
「俺とみのり先輩……じゃなかった、この人は、料理の配達に来ただけです。彼らはそれを『魔界の近くに
「最悪ですね」
「この人は、化け物に襲われたショックで気絶したみたいです」
「わかりました。その方の精神保全も行いましょう」
異能者の少女が杖を振ると、みのり先輩の呼吸が穏やかになっていく。
人を落ち着かせる術を使ったみたいだ。
「それで……あなたのことですけど」
「さっきも言ったとおり、俺は仕事でここに来ただけです」
「い、いえ。あなたのまわりに『グレムリン』の死体が転がっているのですが!?」
「護身術で抵抗しました」
「護身術!?」
「うまくいってよかったです」
本当に、運が良かった。
護身術を習っていたから、なんとか対処できたんだ。
そうじゃなかったら俺もみのり先輩みたいに、気絶していたかもしれない。
「ありえません! 魔物を倒せる護身術って……そんなものはないはずです!!」
「そうなんですか?」
「そうです。しかも、あなたが持ってるのは鉄パイプですよね?」
「そのへんに落ちてました」
「そのへんに落ちてた鉄パイプで魔物を!?」
「工夫しました」
「……工夫」
異能者の少女は額を押さえた。
「鉄パイプで工夫して魔物を!? それも、護身術で!?」
「教えてくれた人は『エルサゥア流護身術』と言っていました」
「聞いたことがありません! 西洋魔術や東洋魔術……あるいは、異能を用いた武術じゃないんですか!?」
「違います。この世界では、あんまり有名な護身術じゃないみたいですね」
「……あなた、わたしと同い年くらいですよね。高校生ですか?」
「そうですけど」
「すごく落ち着いて見えます。なんだか、大人と話をしているみたい」
「そちらも冷静ですよね」
「わたしは……小さいころから魔術師でしたから」
異能者の少女──
「魔界にも、魔物との戦いにも慣れています。でも、あなたは一般人ですよね? それとも、急に
「説明します。というか、俺はそのことを異能者さんに相談したかったんですけど……あの、これって配信してますか?」
「いいえ」
少女は首を横に振った。
「『攻略配信』が行われるのは、基本的に魔界の内部だけです。それに、わたしは個人的にパトロールをしていただけです。違法な動画が配信されているという
「わかりました」
「それで……相談というのは?」
少女は不思議そうな顔で、俺を見ている。
この少女はいい人みたいだ。
みのり先輩にも親切にしてくれるし、信用できる。
彼女になら、相談しても大丈夫だろう。
「実は、俺は異世界転移の経験者なんです」
「……え?」
「俺はゴールデンウィークの7日間、この世界から
俺は異能者の少女に向かって、告げた。
「その間、俺は異世界に転移していたんです。戻ってきたら7日の時間が過ぎてました。たぶん、異能や魔術が関係していると思うんですけど……こういう事例って、他にもあるんですか?」
俺はゴールデンウィークに起きたできごとについて、彼女に話すことにしたのだった。
──────────────────────
次回、第4話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。
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