第2話「異能者と出会う」
「そういえばこの世界には、魔界なんてものがあったんだっけ」
自転車を走らせながら、俺はそんなことを考えていた。
10年前の『魔術災害』と、そのせいで生まれた魔界。
そういうものがあるということは、ニュースで見たような気がする。
その魔界が、この間際市には存在する。
それを消すために、異能を使う人たちはがんばってるらしい。しかも、その様子をネット配信してるというんだから、すごいよな。
理由は『もう神秘の秘密が守れなくなったから』だそうだけど。
俺は自転車で橋を渡る。
すると、とたんに町の灯りが少なくなる。
代わりに見えてくるのは、ぼんやりと、青白い光を放つエリアだ。
あれは工場の光だって思ってた。
あんまり
だけど、違った。
あの場所で異能者は、魔界を消すために戦ってるんだ。
本当にすごいな。世界を背負って戦うって、どういう気分なんだろう。
プレッシャーで潰されたりしないんだろうか。
魔界には興味がない。
でも……異能者に会ったら、聞いてみたいことがある。
──ゴールデンウィークの7日間、俺がどうして誰とも連絡を取ることができなかったのか。
──どうして、バイトをクビにされなきゃいけなかったのか。
──どうして、そんな目に
世界の神秘に詳しい異能者なら知ってるかもしれないけど……でも、聞くのは無理かな。異能者が、一般人の個人的な質問に答える義理なんかないもんな。
SNSで質問しても、ブロックされるのがオチだろうな。
「時間をかけて……元の生活ペースを取り戻すしかないか」
スマホのメモアプリには、今後の予定がある。
今年の1月……この町に引っ越してきたときに書いたものだ。
予定ではそろそろ、就職活動をはじめているはずだった。
進学する費用はないから、就職するのは確定してる。
だからゴールデンウィークの間は、バイトのシフトを減らしていた。これから就職活動が始まるし、就職した後は長期休暇なんか取れないから、心残りがないように、思い切り遊ぶつもりだったんだけど……。
その予定は全部、
ゴールデンウィークの前日に起きた事件のせいで。
「……本当にこれから就職するのか、俺は」
卒業まで、あと1年足らず。
その間に、社会人として働く覚悟なんてできるんだろうか。
もう嫌というほど、働いた気がするってのに。
信号が変わるのを待って、俺はまた自転車を走らせる。
地図を見ると……ここは最近、魔界化が解除された場所みたいだ。
人通りはまったくない。
でも、配達先はこのあたりだ。
注文者情報に乗ってる番号に電話をしてみるけど……出ない。
俺は自転車を降りて、横断歩道を渡る。
しばらく進むと、やっと人の姿が見えた。
灯りがついていない、ビルの下。
その入り口のあたりに、スマホを構えた人たちがいた。
「『
俺は自転車を降りて近づく。
すると、集まっている人たちが、俺を見た。
数は3人。全員、20歳くらいの男性だ。
彼らは俺の方に、スマホを向けて──
「ぎゃはははっ。本当に来やがった!」
「はい。ご苦労さん」
「『魔界の近くに
3人は俺を指さして、笑ってた。
俺は配達用のアプリを起動して、内容を確認。
バッグから注文品が入った袋を出して、3人の前に持って行く。
「ご注文の品。お届けに来ました」
「「「ぎゃはははっ!!」」」
3人はスマホのカメラをこっちに向けて、笑ってる。
感じ悪いな。まぁ、いいけど。
支払は……オンラインで完了してるな。じゃあもう、帰っていいな。
注文品を男たちの前に置いて、と。
「それでは失礼します。またのご利用をお待ちしております」
「待てよ」
「はい?」
「気に入らねぇなぁ。落ち着きやがって」
男性のひとりが、吐き捨てる。
大柄な男性だった。
髪の毛はぼさぼさで、色のくすんだシャツを着てる。
「利用されたのがわからねぇのか?
「どういうことですか?」
「オレらは今『魔界の近くに配達員呼んでみた』って動画を
「それで手数料が5割増しだったんですね」
うちの店は、配達先によって手数料が変わる。このあたりは、一番手数料がかかる場所だ。だから店長は、注文を断らなかったんだろうな。
「ご注文、ありがとうございました」
「そういう話じゃねぇ!」
「ほらほら、これを見ろよ」「間抜けな姿が映ってるぜ?」
大柄の男性の後ろにいるふたりが、俺にスマホの画面を向ける。
動画が写ってる。
ちょうど俺が、自転車を降りたところだ。顔は隠れてるけど。
動画の端には地図アプリが表示されている。
ここが魔界の近くだって、動画を見た人にもわかるようになってるらしい。
「あんたはオレらの動画のアクセス稼ぎに利用されたんだよ。おっと、
「ねぇねぇ。今どんな気持ちぃ?」
「利用されてどんな気持ち?」
「いえ、別に」
うん。怒ってはいない。仕事だからな。
でも、働くのって面倒だな。こういう連中とも付き合わなきゃいけないんだから。
就職したくないなぁ。働きたくないなぁ……。
「それでは、失礼します」
「おい! なにか言っていけよ!!」
「怖いくせにかっこつけやがって!」「ガキのくせに!!」
3人が立ち上がった。
注文した商品を放り出して、俺の方にやってくる。
「つまんねぇんだよ! なんか言いやがれ!!」
「こいつはハズレですぜ」「5軒くらい注文したから、次に期待でいいんじゃね?」
「……ここって、魔界の近くなんですよね?」
ふと、俺は聞いてみた。
「おかしな生き物とか、出てきたりするんじゃないですか?」
「ばーか。オレらがそんなもん恐がるかよ」
そう言って、大柄な男性が変な言葉をつぶやきはじめる。
十数秒後、男性の指先に、炎が生まれた。
サイズはロウソクくらい。街灯の下で、ゆらゆらとゆらめいている。
「兄貴は異能者なんだぜ!」
「異能者が化け物を恐れるかよ。怖ぇなら帰れよ。底辺」
男たちは歯をむき出して笑ってる。
そっか。異能者か。
異能者なら、聞きたいことがあったんだけどな。
でも、この人たちに俺の事情を話す気にはなれない。
動画のネタにされるのがオチだろうし。
もういいや、帰ろう。
「それでは失礼します」
俺は自転車のところに戻った。
「おい、てめぇら。こいつの間抜け面を
後ろでは、大柄の男性が叫んでる。
バタバタと地面を蹴る音がする。夜も遅いのになにやってんだろう。
「ああん!? なんで返事しねぇんだ!? 聞いてるのかてめぇら!!」
「……あ!」「あ、あにき!」
「オレを無視するとはいい度胸だ! ……ん? ぎ、ぎゃあああああっ!?」
男たちの声が、悲鳴に変わった。
思わず振り返ると、男たちがいるビルの
その腕につかまれて、異能者の仲間ふたりが引っ張られてる。
……なんだ、あれ。
路地の隙間から、金色の目がのぞいてる。
闇の中、かすかに輪郭が見える。
男たちを引きずっているのは、子どもくらいのサイズの生き物だ。
頭部には2本の角が生えている。青白い皮膚。背中には小さな翼がある。
……化け物? いや……もしかして、魔物って奴か?
「ま、魔物!? 『グレムリン』!? まじで出やがったか!?」
異能者の男が叫ぶ。
「な、な、な、ななななめんじゃねえ! 『ほのかなる火炎よ。我が敵に
ぼしゅっ!
男の手から、炎が飛んだ。
ロウソクの先に灯るような炎が、路地の化け物の顔を照らし出す。
しわくちゃで、口に牙が生えた顔に、炎が当たり──
『グェ?』
化け物は、不快そうに顔を
それだけだった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
「あ、あにき……」「たすけて……」
「ま、まままま待て待て待て。待てっつってんだろ!!」
異能者の男性がスマホを取り落とす。
化け物がそれを拾い上げて、笑う。
路地からは次々に化け物が湧き出してる。もう、4体くらい出てきてる。
「て、てめえのせいだ!!」
大柄の男性が俺を指さして、叫んだ。
「てめぇが『おかしな生き物とかが出てくる』なんて言うからだ! 本当に出てきたじゃねぇか!! 責任をとりやがれ!!」
「なに言ってるんだ。そんな場合じゃ……」
『グレムリン』? あれが魔物なのか?
子どもサイズの人型が近づいて来る。
逃げようと思ってるのに……身体がうまく動かない。
そりゃそうだ。こんな化け物と向き合うのははじめてなんだから。
俺は異能者でも勇者でも英雄でもない。
知ってるのは、知り合いのおっさんに教わった
魔物──グレムリン相手に、一体どうすれば──!?
「──あ」
ごすっ。
『ギィアアアアアアアアアッ!!』
魔物──グレムリンの身体が、吹き飛ぶ。
俺の身体が、勝手に動いた。
気づくと、俺は化け物を
──────────────────────
次回、第3話は明日の昼くらいに更新する予定です。
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