6.配信中=礼嬢オリィは尊ばれ、愛される。
「――――え?嘘……登録者が信じらんないほど増えてる……」
翌日、目を覚ました私が顔を洗ってコーヒーを淹れ、スマホから自分のチャンネルを目にしたところで異変に気付き、びっくりして腰を抜かしそうになる。
(どうして急に……昨日の配信から…………?)
興奮冷めやらず、訳の分からないままSNSを開いて自分のVtuberとしての名前……礼嬢オリィを検索すると、急上昇ワードにそれが引っ掛かり、はたまた驚く羽目になった。
「確かに過去は話したけど、それだけで……?でも他に理由が思い当たらないし……あ、そうだっ」
突然伸びた理由を考える前にすべき事を思い出し、慌ててPCの電源を入れつつ、操作をしてある手続きをする。
「後は結果待ち……ってこうしちゃいられない。せっかく登録者が伸びてるんだからこの機を逃す手はないでしょ。まずはSNSで反応して――――」
淹れたコーヒーが冷めるのにも気付かず、私は忙しなく動き回り、次の配信の準備を進めていく。
――そして迎えた次の配信。興奮冷めやらぬまま、その日の夜に配信枠を準備した私は待機画面が映し出されたPCの前に座って待機し、呼吸を落ち着けて始まるその瞬間を待っていた。
「……もう何度も配信してるのにこの瞬間だけは慣れないなぁ」
マイクはまだ入っていないからこれは正真正銘の独り言だ。
そもそも学生時代を通しても、そこまで積極的に前へ出るタイプじゃなかった私には誰かに見られながら喋る機会なんてそうそうなかった。
その相手が画面越しの誰かで、実際に喋りかけてくるわけではないとはいえ、見られているという自覚がある時点で、緊張してしまうのは仕方ないと言えるだろう。
それに加えて今回の配信はとりわけ特別なもの。今後の進退……いや、私の場合は文字通りの生き死にが関わってくるのだから失敗はできない。
「……よし、始めるよ……じゃなかった。始めますわよ……3、2、1――――」
気合を入れ、キャラを作り、マイクをオンにしてカウントダウンを終えると共に配信開始のボタンをぽちりと押した。
映し出された私の分身……礼嬢オリィが現れて動き出す。
「――――皆様、ごきゃげんよう…………」
せっかくキャラ作りも完璧で臨み、いつもの挨拶から始めようと気合を入れたのに、誤魔化しの効かないくらい思いっきり噛んでしまった。
≪噛んだ……≫
≪噛んだね……≫
≪オリィ嬢……≫
≪ごきゃげんよう≫
≪ごきゃげんよう≫
コメント欄で待機していたリスナー……リィメンバーのみんなも私が噛んだ事には気付いたらしく、それぞれ反応を示していた。
「…………み、皆様?ご、ごきゃっ……ごきゅっ……ごきぃっ――――!?」
焦って言い直そうとすればするほどに負の連鎖が続いてドツボにはまり、何を喋っても噛んでしまう状態に陥ってしまう。
≪動揺しながらもなんとか喋ろうとするオリィ嬢……可愛い……≫
≪初見だけど、何だこのお嬢様……可愛い≫
≪噛んでも、なお頑張るオリィ嬢……尊い≫
≪可愛い……好き……≫
高速で流れるコメント欄。
それ自体は増えた登録者はきちんと視聴者数に繋がっている事を知れて喜ばしい限りだけど、せっかく増えたであろう新規のリスナーに対してこんな醜態を晒している事実に顔から火が出そうになる。
「…………んんっ……はぁ……ふぅ……皆様、ご、き、げ、ん、よ、う。元ブラック勤めの崖っぷち令嬢Vtuber。礼嬢オリィですわ!」
羞恥に悶えながらも、深呼吸で心を落ち着かせ、いつもの挨拶を勢いよく繰り出した。
≪ごきげんよう……可愛い≫
≪ごきげんよう……可愛い≫
≪ごきげんよう……尊い≫
≪ごきゃげんよう≫
半ばやけくそ気味の私の挨拶にリィメンバーのみんなの反応は様々。
可愛いやら尊いやらのむず痒い言葉や噛み噛み発言をネタにする人もいたりするが、どんな反応にしろ、私の失敗を楽しんでくれたようでなによりだ。
(思いっきり噛んだ時はどうしようと思ったけど……こうしてネタにしてくれたなら良かった)
私の羞恥心という犠牲は払ったけれど、配信としての掴みとしては上々。これなら見に来てくれた初見さんが退屈で帰るという事態は避けられそうだった。
「ええと、その、今回の配信は前回の続きを話そうと思うのですけれど、その前に謝辞を、と。この度、登録者様数などの条件が達成された事で収益化の申請をする運びとなりました。まだ正式に決まったわけではないですが、おそらく次の配信から解禁される事になると思いますわ」
≪おおっ!ついに!≫
≪待ってました!これでオリィ嬢を支援できる……≫
≪前回の配信から一気に増えてたからもしかしてと思ったけど……良かった≫
≪初見ですけど、登録しました。おめでとうございます!≫
収益化ができるかもしれない、その言葉に沸き立つコメント欄を目にしつつ、言葉を続ける。
「これもひとえに皆様のおかげですわ。後ろ向きで緊張しい、たまに令嬢だという事も忘れてしまうような私を応援してくださり、本当にありがとうございます。至らないところも多々あると思いますが、これからも礼嬢オリィをよろしくお願いいたしますわ」
≪おおおおおおおお!≫
≪オリィ嬢!≫
≪俺達の方こそよろしく!オリィ嬢!!≫
心の底からの感謝を込めて、伝わらないと分かっていながらも画面越しに深々と頭を下げた。
大事なのは伝わるか否かよりも私の気持ちなのだから。
☆ ☆ ☆
6.配信中をお読みくださり、ありがとうございます。
これは彼女が嬉しい気持ちをそのままに配信へ臨み、開口一番で失敗するお話です。
ついに収益化一歩手前まできた彼女がこれからどうリスナー達と向き合っていくのか、気になる、推せるという方はチャンネル登録……もとい、フォローの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!
「うぅ……今思い返しても恥ずかしい……完璧に準備したのに一言目で噛むなんて……まあ、それでも皆様は温かく許してくださったので良しとします……本当にありがとうございます……ですわ」
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