4.配信準備=彼女は自分を見据え、その選択へと手を伸ばす。
次の日、普段からの悪しき習慣のせいか、はたまた昨日寝過ぎたせいか、まだ辺りも暗い早朝に目が覚めてしまった。
「う……髪がベタベタする……シャワー浴びよ……」
寝ぼけつつも、昨日……いや、一昨日くらいからシャワーすら浴びてない事を思い出し、そのまま風呂場へと向かう。
正直、もう仕事にいかないのだから時間はあるし、二度寝してもいいとは思うけど、それでも身体中の不快感が消えないのだから仕方ない。
「うぅ……寒い……」
服を脱いで洗濯機に放り込み、温かいシャワーを浴びながら昨日、寝る前に考えていた事を思い返す。
退職はもう代行業者に頼んだから連絡を待つだけだし……今日はどうしよう……。
死のうと決意したものの、まだ色々やることは残っているから今日明日ですぐに死ぬわけにもいかない。
それにどうせならやりたい事をやってから死にたいし、お金に余裕のある内は気ままに過ごそう。
シャワーを浴び終え、ドライヤーで髪を乾かしつつ、椅子に座って辺りを見回す。
殺風景な室内、最低限の家具はあるものの、本当に物が少なく、自分がいかに仕事に囚われていたかがよく分かる光景だった。
「……なんだか空しくなってくる光景だね。昔はもっと――――」
ふと、働く前の生活を思い出して感傷に浸ってしまい、思わず涙が溢れそうになってしまう。
っそうだ、昔はもっと色んな事に興味を持って……将来は私でないとできない大きな事をしたいなって……でも……実際は何もできないまま死のうとしてる…………こんなのあんまりだよ…………。
それを皮切りに過去の色々な事を思い出して一度は堪えた涙が再び溢れ、ボロボロと零れ落ちた。
「…………せっかくシャワーを浴びたのに涙でぐしゃぐしゃになっちゃった」
ようやく気持ちが落ち着き、冷静になって大きく深呼吸をする。ひとしきり泣いたおかげか、すっきりして思考も視野も開けた気分になった。
「そっか……私は何かを残したかったんだ。ただただ無意味に忙殺されて過ごすんじゃなくて自分が生きてきたって誰かに知ってほしかった……だから…………」
自分でないとできない大きな事なんていう曖昧で無知な目標を掲げているのは、昔の自分ながらに馬鹿で恥ずかしいなと思う反面、現状の空虚さを鑑みてその自分が羨ましく思ってしまう。
「……どうせ死ぬならその前に文字通りの
燻っていた想いが膨らんで何かをやりたい、成し遂げたいという欲求が溢れた。
私には趣味もないし、得意な事だって特にない。なんなら具体的に何をやりたいかすら分からない。
でも、いや、だからこそ、何もないままで死ぬのは嫌。死ぬこと自体ではなく自分が生きた何かを残せないのがとても嫌だった。
私にできる事……それも何かを残せるようなもの…………。
ぱっと思いつくのは何か革新的な発明、あるいはそういうものの第一人者になること。
これはまず私には無理だろう。時間も才能もお金も足りないし、なによりそうなった私を思い描く事すらできないからだ。
次に思いつくのは漫画や小説、歌や絵などの芸術関係だが、これも難しい。
漫画や小説は読んだ事はあれど書いた事なんて当然なく、歌や絵にしても同様、それにこれらで私の望みを叶えようとするならとんでもなく時間が掛かる。
もう働く気のない私にはそこまでの長い時間を過ごせるだけのお金を工面する事はできなかった。
まあ、時間に関していうなら前者でもさして変わらないだろうけど。
……そもそも私の望みって具体的に言い表すとどうなるんだろう。
何かを残したいという想いはあってもそれが何なのか、どのくらいの規模で知られたら満足するのか、それを改めて考えてみる。
…………ああ、そうか。私の何かを残したいって想いは、突き詰めれば誰かに知って覚えておいてほしいって願望……つまるところ承認欲求の表れだったんだ。
自分の願望の正体を知った私は他に誰もいない室内で一人、乾いた笑いを漏らす。
よくよく考えて辿り着いた答えが承認欲求を満たす事だなんて、自分のちっぽけさが浮き彫りになったみたいだ。
……いや、まあ別に自分の望みが浅ましく恥ずかしいものだろうとそれでいいとは思う。
気付いた今、恥ずかしさに顔を染めようと呆れて渇き笑いが漏れようと、誰が困るでもなく、誰に何を言われるでもない。
なら私がそれらの感情を呑み込んでしまえばなんてことはないだろう。
むしろ具体的な望みが分かった事で、私のすべきことが見えてきた気がする。
「……何もできない私が望みを叶えるにはこれしかない」
自分のスマホ……動画サイトの履歴からある動画を呼び出し、再生する。
「――――Vtuber……ただ配信するよりもこのほうが私の承認欲求を満たせるはず…………たぶん」
こうして私はVtuberへの道へ進むことを決め、早速その準備に取り掛かった。
☆ ☆ ☆
4.配信準備=をお読みくださり、ありがとうございます。
これは彼女が終わりを覚悟し、自らの心の内と向き合うお話です。
Vtuberになる事を決意した彼女はどのように動きだすのか、気になった、推せるという方はチャンネル登録……もとい、フォローの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!
「ふふん、五度目ともなれば余裕ですわ!私の矮小な部分を見られていると思うと恥ずかしいですけれど、それも含めて私……でも、やっぱり恥ずかしいぃ……っですわ」
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