3.配信準備=彼女はVtuberに関心を示す。
気を取り直してスマホを持ったままキッチンに戻り、少し伸びたラーメンを啜りながら何か面白そうな動画はないかと画面をスライドさせていく。
……思えば落ち着いて動画サイトを見漁るなんていつ振りだろ……少なくとも入社してからはそんな暇なかったなかったし、学生の時以来かな。
少ないながらもあった貴重な休みはほとんど寝る事に費やしてたから本当にその手の娯楽は久しぶりだった。
料理に企画もの、サバイバル系にゲーム実況、他にも色々なジャンルがあるけど、どれを見よう……。
学生時代は周りの流行りに合わせてその時有名だった配信者を見てたりしてたけど、今更それを見る気にもなれないし……何か新しいジャンルでも……。
そう思いながらもなかなか決まらないため、ひとまずは人気の動画を再生してみる事に。
その動画は配信者が明るく冗談を交えながら料理を作っていくというもので、投稿されてから数時間ですでに数十万再生もされていた。
「いいなぁ……なんか楽しそうで……」
配信者が一種のキャラクターとしてそう振る舞っているのだろうけど、それでも見ている視聴者にただ料理を作るだけの風景をそう感じさせること自体が凄いと思う。
「見る分には楽しそうだけど、きっと裏では色々大変なんだろうな……」
ただ動画を投稿するだけなら気軽にできるかもしれないが、多くの人に見てもらい、それで生計を立てようと思ったらそれ相応のリスクと見合った努力、そして運が必要になってくるのは想像に難くない。
「ま、そんなこと考えてもしょうがないし、次は何を見ようかな……っと、これは……Vチューバ―?」
最初の動画を見終わり、次の動画を探していると、不意に気になる単語が目に入り、思わず手を止める。
〝Vtuber〟単語だけは聞いた事があったけど、その概要を詳しくは知らない。
ただ可愛く、あるいはカッコよくデザインされたアバターを通して配信する人達というくらいの認識だ。
「へぇー……ほー…………」
もうご飯も食べ終わったため、動画の方に集中しているけど中々に面白い。
今やっているのはいわゆるライブ配信というもので、リアルタイムに配信しながら視聴者の反応に返しつつ、何かをするというものらしく、万に届くかという数の人達がチャットでコメントをしながら見ているようだった。
「……これは……うん、応援したくなるのも分かる気がする」
今見ているのはゲーム実況だが、決して上手いわけでもないのに、このゲーム自体を知らない私でも楽しめるようプレイしている。
それは喋りの上手さであったり、まるで一緒にプレイしているかのようなハラハラ感であるのだが、それを可愛いキャラクターがやっているという事も大きな要因の一つだと思う。
「Vtuberかぁ……いいなぁ……楽しそう…………」
配信を見終えた私はある種の満足感と羨望の感情を抱きながらベッドに倒れ込んだ。
可愛いキャラクター、楽しそうにゲームをする姿、楽しそうな雰囲気のチャット欄との会話、全てがキラキラして見えてしまった。
きっと楽しい事ばかりではないだろうし、準備も大変で見てもらえるかも分からない。
そんな中でも明るく振る舞い、配信していくのを楽しそうの一言では片付けるのは駄目だと思うけど、それでも今の私の現状と比べて羨望を抱いてしまうのは仕方ないだろう。
「これからどうしようかな…………」
もう仕事に行く気なんてさらさらない。そもそも上司からの鬼電をブッチして着信拒否にした時点で戻るに戻れないし、ストレスを溜めるだけの仕事なんて私の知ったこっちゃない。
最低限の身辺整理は済ませるとして、問題はいつどうやって死ぬかだけど…………。
金銭面でいえば当面の生活は問題ない。残業代が僅かしか出ないとはいえ、そもそもお金を使う時間もないし、家にもほとんどいないため、電気やガスなどの生活費はもちろん、食費さえも最低限に抑えられ、使い道がなく持て余していたからだ。
「まあ、だからといって何か月も生活できる程の余裕があるわけじゃないけどねー……」
心の中で思った事を一人空しく口に出し、ぼーっと天井を見つめる。
死ぬのってどんな感じなんだろう……苦しくなければいいなぁ……。
たぶん、今の私を誰かが見たのなら死ぬよりも転職して別の仕事を探せばいいのにと言うだろう。
それは正論で、普通ならそうすべきなのかもしれない。
けれど今の私にはそれができなかった。
もし転職した先も今と同じような環境だったら?仮に良い職場だったとしても人間関係が上手くいかず、ストレスを抱えるかもしれない。
そんな事ばかりが浮かんでしまうし、何より今の私は人と関わること自体が怖く、億劫になってしまっている。
「買い物とか日常生活を送るくらいなら大丈夫だとは思うけど……これもストレスのせいなのかな……」
これもまたあのクソ上司と仕事のせいだと思うと、さらにストレスが溜まりそうになったので首を振って思考を切り替える。
ひとまずは退職の手続きからかな。流石に自分で直接は無理だから代行業者に頼むとして……あ、どうせなら早い方がいっか。
そう思い立ってスマホを操作、レビューや料金を見ながら吟味して連絡を取り、近日中に手続きをしてくれるように話を進めた。
「――さて、これで退職に関しては良し……ふぁ……あれだけ寝た後だけど、また眠くなってきたし、色々考えるのは明日にしよっと」
独り言を呟き、頭を空っぽにして目を閉じる。いっそこのまま死んでしまえれば楽なのにと思いながら。
☆ ☆ ☆
3.配信準備をお読みくださり、ありがとうございます。
これは仕事に忙殺されていた彼女が久しぶりに娯楽に触れ、新たな発見をするお話です。
自らの最後に思いを馳せる彼女がどう前を向くのか、気になる、推せるという方はチャンネル登録……もとい、フォローの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!
「……この頃の私はもうとにかく楽にならないとしか考えていなくて……見ていて痛ましいですわ……でも、たまたまとはいえ、Vtuberというコンテンツを見つけたのは光明……そのおかげで今の私が……とこれ以上はネタバレ……ですわね……それは厳禁……ですわ」
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