1.配信準備=彼女はまだVtuberを知らない。
――――深夜二十五時を回った頃、ふらふらと覚束ない足取りのままようやく自宅のあるマンションに辿り着き、どうにか鍵を取り出してドアを開け、倒れ込むように中へ入る。
「もう限界……あんなところにはいられないわ」
怒涛の二十連勤を終え、自室のベッドに飛び込み枕に顔をうずめながら思わず呟く。
明日も朝早くから仕事……私なんでこんなに働いてるんだろう。
高校を卒業し、大学を出て就職、そして今の会社に入り二年目、入社当初こそこれから始まる新生活に少しの不安と期待を膨らませていたが、今となってはそれも懐かしい。
入社して一週間もしない内に残業が始まって、それがだんだん増えて……残業代も少しは出るが、残業時間を考えれば出てないも同然の額だ。
毎日毎日仕事に忙殺される日々で何よりも不幸だったのがその生活に私自身が耐えれてしまった事だろう。
いっそ、壊れてしまえれば早々に見切りをつけられたのかもしれないけど、それは実際に病んでしまった人に対して不謹慎ともいえるから口には出せないか。
「はぁ……シャワーを浴びてさっさと寝よ」
もぞもぞとベッドから抜け出し、ゾンビのような足取りでお風呂場に向かおうとしたその瞬間、バックに入れたままだったスマホが突然振動を始めた。
「………………嘘でしょ」
何事かと画面を見るとそこには上司の名前が表示されており、私はそれがおそらく仕事の呼び出しだという事を察した。
――――結局、あの後上司に呼び出されてそのまま寝る間もなく仕事へ。
徹夜のまま再び日付を跨ぐ時間まで働き、次に家へ辿り着く頃には何もできず、死んだようにベッドへ倒れ込んで眠った。
そして次の日の早朝、けたたましい目覚ましの音で無理矢理叩き起こされた私は気怠い身体に鞭打って洗面台の前まで向かう。
「うわぁ……酷い顔……」
目の下に濃ゆい隈とボサボサの髪、疲れ切って濁った目と誰が見ても不健康だと分かる見た目だった。
最近美容院どころかまともに髪を梳く暇もなかったなぁ……それに睡眠時間も…………。
じっと鏡を見つめていると不意に視界が滲み、頬に熱い何かが伝っている事に気付く。
「え、あ、う……ううぅ…………」
それに気付いた途端、とめどなく涙が溢れて抑えられなくなり、その場に崩れ落ちてひたすらに嗚咽を漏らした。
どうして私がこんな目に合わなければならないんだろう。
いったい私が何をしたというのか。
確かに約二年間もこの状況のまま働き続け、何もしてこなかった事を怠慢と言えばそれまでかもしれない。
でも毎日を仕事に忙殺され、休みも碌にも与えられず働き、話の通じない上司から怒鳴られる日々で、まともに思考が回る筈もなく、そんな中、どうやって行動を起こせというのだろうか。
――疲れた
――苦しい
――怖い
――辛い
――――――――死にたい
ぐちゃぐちゃになった感情がぐるぐる頭の中を巡り、栓が壊れてしまったかのように涙や嗚咽が止まらない。
たぶん私はとっくの昔に限界を向かえていたのだろう。
それを見ない振りで誤魔化し、自分を騙してやってきたけれど、もう無理。壊れてしまえたら楽だと思いながら実際、私の心はすでに壊れていたのかもしれない。
「………………もう、いいや。死のう」
泣き腫らした顔のまま静かにそれだけ呟いてベッドの方へ。
家を出る時間はとうに過ぎている。会社へは何の連絡もしていない。けど、最早そんな事はどうでもいい。
どうせ死ぬのなら会社がどうなろうと私には関係ないし、迷惑がかかろうがそれこそ知ったこっちゃなかった。
これまで使わなかった分、まだお金はあるから無くなるまで好きに過ごして……それから死のう。
死ぬ方法、身辺整理、考える事は色々あるけど、何はともかく今は眠ろう。色々考えるのはそれからでいい。
薄れそうな意識の中で私はベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめてそのまま泥のように眠った。
☆ ☆ ☆
1.配信準備を読んでくださり、ありがとうございます。
彼女がまだ礼嬢オリィになる前……そのギリギリの生活のお話です。
ここから彼女がどうVtuberになる事を決めるのか、気になった方はチャンネル登録……もといフォローをよろしくお願いします……それでは彼女から一言。
「え、えっまたですか!?……こほん、えっと、この頃の出来事はあまり思い出したくないですけれど……その、頑張ってお話するのでチャンネル登録をよろしくお願い致します……ですわ」
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