第18話 救助活動もお仕事です

 魔力災害が起こっている迷宮、第5層の廃坑迷宮マインメイズに到着してすぐに、咲さんから連絡が入る。


 :救助要請は二箇所だよ。端末にデータ送信しておいたから確認してくれ。


「わかりました」


 こちらは重要な連絡なのか、コメント欄ではなくサポート部専用のメッセージで送られてきた。


 サポート部:今みつるちゃんに、救助要請が出ている場所のデータを転送したよ。これから向かってくれるはずだ。

 :おおお! そんなこと出来るのか!

 :そう言えば救助要請ってギルドに届くんだもんな

 :あの全部バーって掲載されるうち今みつるさんが届くのだけ送ったのか

 サポート部:こういうときに一番効率的な助け方を提案できてこそのサポート部だからね。

      仮にもっと救助要請が多かったら、どの順序で救助するべきかまで提案させてもらうよ


 ついでにコメント欄でも説明してくれた。

 ありがたい。


 さて、今回魔力災害が起こっている迷宮第5層、廃坑迷宮マインメイズ。

 この迷宮は、とにかく道筋が複雑になっている。

 似た系統の洞窟系の迷宮だと、他に第1層の洞窟迷宮ザ・ケイヴや第6層の水晶迷宮クリスタル・メイズなんかが存在するが、こちらは廃坑という人工物がモチーフなためか、それらの迷宮よりもより複雑に、多重構造で構成されている。


 その分地面なども整備されていて走りやすくはあるが、救助要請の場所までの移動が手間だ。


 :みつるちゃん次の曲がり角左、その後一旦降ってすぐに右


「了解です」


 咲さんからのナビゲートを受けながら、目的の場所を目指す。

 地面を蹴って走るだけでなく、曲がり角では勢いを消さないために飛び上がって地面ではなく壁を蹴って走り、横慣性が死んだ頃に再び地面に飛び降りて走り続ける。


 :むちゃくちゃな起動しとる

 :これで魔法使ってない速度ってまじ?

 :廃坑迷宮、ザ・ケイヴとかと比べても狭いところは狭いな。

 :下手に風走りとか使ったら衝突しそう


 正解。

 この狭い廃坑迷宮の通路部では、いくら私でもスピードを出しすぎては制御しきれない可能性がある。

 それに下手に飛ばしすぎると、途中でひっかけたモンスターを要救助者のところまで連れて行ってしまう可能性がある。

 

 現に、ほら、前方の横穴から数体のモンスターが姿を現した。

 ライオンや虎等の猫科の猛獣どころか、狼のそれよりも凶暴な前方に伸びた口。

 体表には、この迷宮のモンスター故か、いくつか鉱石が生えている。


 鉱石狼、あるいはマインウルフと探索者達からは呼称されるモンスターである。

 匂いでこちらに気づいたのか、移動している私に向かって勢いよく突っ込んでくる。

 3メートル程の大型の個体が二体と1.5メートルほどの小型の個体が三体。

  

  :前! 前!

  :止まらないのか!?

  :そのまま突っ込むの!?

  :いや、みつるさんの実力なら


 この程度の相手には《風研ぎ》による強化も必要ない。

 刀に魔力を通して、通り抜けざまに5体とも両断。

 そのまま死体の様子を見ること無く駆け抜ける。


 :うえっ、倫理フィルター!

 :この配信にはないです

 :みつるさんがつけたがらないからな

 :今でも完全に内蔵が

 :そりゃ両断されればそうもなる。


 その後小規模な採掘部に入ったり再び通路部に入ったりしながら迷宮を駆け抜ける。

流石にこの迷宮の地形は完全には頭に入っていないので、移動方向は咲さんのナビゲ‐ションだよりだ。 

 ちなみに普通の探索者には、壁に道筋を示した地図や看板がいくつも設置されているので、迷ってもなんとか帰れるようにはなっている。


 ただ、この迷宮の厄介なところはモンスターの種類だ。

 最初に倒した鉱石狼に加えて、頑丈な岩質と鉱石質の殻を纏ったマインクラブに、その鉱石蜘蛛と呼ばれる強靭な糸を吐き出す蜘蛛、廃坑兎と呼ばれる長い尻尾の先端が硬化していたり凶器を掴んで振り回したりする兎に、廃坑土人と呼ばれる頭部が存在せず、むき出しの筋肉と筋で構成された体で襲いかかってくるモンスター等、多種多様なモンスターが同一の迷宮内に存在しているのだ。

 

 大量に発生しているそれらを切り捨てながら、なんとか一つ目の救難信号の場所へと向かう。

 細い通路から飛び出したそこは、第二大規模採掘場と探索者間や正式な迷宮マップで呼称されているエリアだ。

 

 私が大規模採掘場に入った通路から更に二段程下の壁際に、あまりにも多数のモンスターに群がられながらも、なんとかタンクと剣士が耐えている探索者のパーティーを発見した。


「行きます」


 サポート部:気をつけてね

 :あそこに突っ込むのか!?

 :いくらなんでも無茶だろ

 :10体どころじゃないぞ

 :50以上いないか……? あれ


 木でできた足場から飛び降りると同時にシリンダーに手を触れて《風走り》を発動。

 この魔法は移動系の中でもかなり便利で、どれほど勢いがついていても、風の魔力がそれを軽減してくれる。


 そのまま一切の衝撃無く、数体のモンスターを切り捨てながら着地。

 更に回転するように複数体を切り払って、一瞬パーティーの方に余裕を作ってあげる。


「救助に来ました! モンスターを討伐するから後少し耐えてください!」

「は、はい……」


 突然のことで混乱しているらしいが、それに付き合っている暇は無い。

 刀を手に、パーティーの周囲に集まってきていた多数のモンスターを片っ端から切り裂いていく。

 一人だったら《風刃》でリーチを伸ばしてもっと派手にやるのだが、切ってはいけない相手がいるのと、この大規模採掘場は空中にいくつも木製の足場があるので、下手に斬ると崩落するおそれがあるため無茶が出来ないのだ。

  

 そのため、モンスターの駆除には1分近い時間がかかってしまった。


 :はっや

 :あのリーチ伸ばす魔法無しでこれか?

 :まじで異次元だろ

 :普通あの数なら何十分とかかると思うんですが

 :みつるさんじゃなくてみつる様じゃん


 モンスターの駆除を終えた私は、急いで呆ける冒険者パーティーに駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「あ、」


 大丈夫ですか、と声をかけてみたものの、最初に見た段階で4人パーティーのうち魔法使いか負傷して倒れているのが見える。

 だからこの言葉は、呆ける他3人の探索者達に気付けをするための言葉だ。


「取り敢えずちょっと傷見せて貰ってもいいですか?」

「は、え、ちょっ」


 ようやく事態が飲み込めてきたのだろう、タンク役をしていた探索者が止めに入ろうとするが、私は無視して魔法使いの女性の傷の様子を確認する。


「皆さんにはすぐにこの迷宮から脱出してもらうので、その前にこの人が動かして大丈夫か確認してます。良いですよね?」

「あっ、はい……」


 こういうときは有無を言わせない勢いで言ったほうが相手が押されて自然と飲み込んでくれるのでお得だ。

 

 見たところ、傷は腹胸から腹かけてに受けた切り傷が大きい。

 結構深くいっているのか、血が出て纏う白衣が赤く染まっている。

 私は躊躇うこと無く彼女の服を破って患部を確認する。


 :ズバッと言ったな

 :oh...

 :倫理フィルターが来い!!

 :医療ドラマでもそんなところ見せねえぞ!


「厳しいな……」


 思わずそんな言葉が漏れてしまう。

 多分彼女の傷は、内臓まで傷つけている。

 このまま移動させては、地上に到着する前に息絶える可能性が高い。


「厳しい、って、茉莉は助からないんですか!?」

「いや、あの、落ち着い──」

「応急処置じゃ間に合いそうにない傷だ……」

「くそっ、あん時俺が守れてれば……! それなら茉莉に治してもらえたのに……!」

「っ、そうじゃねえか! お前があんとき茉莉に庇われてなきゃ──」


 パーティー間で言い争いに発展してしまう。

 今はそんなことしてる場合じゃないのに。

 

 どうしたら良いかと私が思案していると、咲さんからメッセージが届いた。


 :その女の子、ヒーラーじゃないかな。もしそうなら、みつるちゃんの魔法で一時的に意識を取り戻して貰って、それから彼女自身に治療をしてもらうことは出来ないだろうか。


 そう言われて彼女の姿に視線をやると、魔法使いの装備の上からもう一枚、白衣を纏っているのに気づく。

 この白衣は、今回のような事態が起こったときに人命救助に役立つ回復魔法を使える人が着るように指示されるものだ。

 つまり、彼女が起きさえすれば回復魔法が使える。


「よし」


 咲さんの言う通りにやってみることに決めた私は、ポーチから普段は使わないしキューブを取り出す。

 これは、この魔法の適正が低い私の能力を補うために回路を増設したけっか、シリンダーで収まらなくなった魔法結晶だ。


「あの、皆さん──」


 そしてパーティーメンバーに声をかけようとするが、頭を抱えながら地面を叩いていたり、あるいはつかみ合いをしていたりと阿鼻叫喚の様子が見て取れる。

 

 :迷宮で不慮の事態になると急に焦るんだよな

 :冷静でいられなくなるのはわかる

 :みつるちゃんの声聞こえてないな……

 :理性的な判断は命がかかった状況じゃあできなくなるもんよ

 :それにしても5層探索者が無様過ぎんか? もうちょっと落ち着けよ

 応急処置が出来ない、と言った男性だけが、なんとかしようと応急処置キットを広げていたようだが、それも諦めてしまって今は地面に散らばっている。


 それほどに彼女の傷は大きい。


「話を聞け!!」


 そんな彼らに私の話を聞かせるために、私は声に魔力を載せて大声を張り上げた。

 ピタリ、と3人の動きが止まってこちらに視線を向ける。


 そこで私は、ようやく本題を切り出せた。


「彼女を助ける方法があるかもしれません。だから、手伝ってください」

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