第17話 迷宮の価値、人の価値

 警報が鳴り響く第4層の迷宮を駆け抜け、複数回魔法陣を踏んで移動を繰り返す。

 迷宮に設置された魔法陣は、全ての迷宮が互いにつながっているわけではなく、蟻の巣のように繋がっている迷宮と、他の迷宮を経由しないと行けない迷宮がある。


 しかも第4層から第5層への移動には、特定の迷宮に存在する特別な魔法陣が必要になる。

 そのため、目的の迷宮までの移動にそれなりに時間がかかってしまう。


 これは魔法陣の仕様というよりも、研究者達が転移用の魔法陣を解析しきれていない結果、自由に魔法陣同士、迷宮同士を繋げる段階まで到達出来ていないために、ギルドが設置する魔法陣でも完全に自由な転移が再現出来ていないからだ。

 そのため第1層から第3層あたりまでなら問題はないが、特に第5層以降の迷宮に向かう場合には、複数の迷宮を経由する必要が出てきてしまう。


 :無知ですまんけど魔力暴走と魔力変動って何?

 :それは俺も気になった。魔力変動は知ってるけど魔力暴走ってなんぞ?

 :速報あった。はっ?

 :どうした?

 :鍾乳洞窟と第5層の不明な地点で同時に魔力変動

 :は、まじ?


 それは少し困る。

 二箇所同時に魔力災害が起こる、というのはなかなか無いことだ。

 そして私の体が一つしかない以上、両方に同時に対応することは不可能だ。

 そしてどちらにより探索者が大勢いるかといえば、間違いなく第一層の鍾乳洞窟だ。

 

 つまり、そちらに行ったほうが救える人の数は多い。 


 それでも私は、走る足を止めない。

 私に第5層の廃坑迷宮に向かうように指示をしたのは咲さん達サポートチームで、私は皆を信頼しているから。

 みんなが私をこちらに行かせたということは、そこには意味がある。


:二箇所同時とか聞いたこと無いぞ!

:というか魔力暴走ってなんだ初めて聞いた

:みつるちゃん、わざわざ行くなら深い方の対処するより第1層で人助けた方が良いんじゃ……

:そうじゃん。第5層とか人ほとんどいないかいても相当な腕利きだろ。

:少数のそっち助けに行くのはなんで?

:というかそもそも魔力変動に自分から突っ込むのがありえん。死ぬぞ


「咲さん、お願いします」


 私が説明出来る限りしてもいいけど、抜けがあるかもしれないし、それで話していたから本気で移動してなかった、なんて責められるのは嫌だ。

 それにせっかくサポート部の皆がついてくれているのだ。

 こういうときこそ、皆の力を借りたい。

 だから説明はサポート部の誰かに任せることにして私は足を進める。


 サポート部:今から説明するから、落ち着いて聞いてくれるかな?

 :はい! 落ち着きます!

 :いや、でも絶対鍾乳洞窟に行かせた方が良いって

 :それも説明してくれるんじゃねえの?

 :そんなこと言ってる今この瞬間にも人は死んでるんですが

 :普通に死んで欲しくないから逃げて欲しいんだけど。

 :第1層なら対応出来そうだけど第5層の魔力変動は無理でしょ


 やっぱり私が話さなくて良かった。

 これほどまでに混乱している状態だと、うまく言葉が使えるサポート部の皆の方が良い。

 私が変に口を挟んでも、余計な混乱を招いてしまうだけだ。


 サポート部:さて、落ち着いたところで説明を始めるよ。

 サポート部:まずみつるちゃんを第5層にむかわせているのにはちゃんと理由がある。

 サポート部:その前提を理解した上で、今からの話を聞いてほしい。良いかい?

 :うぬぬ、納得がいかんけど聞く

 :ちゃんと説明してくれるならそれで

 :その間みつるちゃんは向かってるんでしょ?

 :早く説明してくれ

 :出来ればその間みつるちゃんは止まってくれ……死んでほしくない

 サポート部:それじゃあ魔力変動と魔力暴走から説明するよ


 混乱していたり動揺していたりするコメント欄を無視して、咲さんは無理やり説明をすることにしたらしい。

 強引だけど、混乱してる人に丁寧に話を聞いてもらうよりは、無理矢理にでも説明して納得してもらったほうが確実に早い。


 サポート部:まず魔力変動というのは、普段は層ごとに一定の迷宮内に漂う魔力が、突然変動を起こして溢れ出す現象だ。基本的には層単位ではなく迷宮単位で起こるよ。これが起こったときには、溢れ出た魔力でモンスターが一気に強化され活性化する。

 :つまりモンスターが普段よりいきなり強く凶暴になって、その迷宮が適正の探索者じゃ全く歯が立たなくなるってことだ

 :……こわっ

 :ほんとに災害じゃん


 一度これが起こってしまうと、数日は危険度が上昇した状態が継続する。

 その間は普段安全に狩りが行えるような場所もいきなりレッドゾーンになるので、初心者どころか熟練の探索者でも、適正レベルの迷宮での魔力変動に対応することは難しい。

 起こっただけで探索者を死にいざなう災害。

 それが魔力変動だ。


 サポート部:そしてもう一つの魔力災害が魔力暴走。これはつい最近ギルドでも魔力災害の一つとして見なされ初めたものだ。内容としては、魔力変動同様に溢れ出した魔力が、魔力変動とは違ってモンスターの強化に使用されず新しいモンスターの形成に使用される、と考えられている。

 :と、考えられている?

 :実際は違う、ってこと?

 サポート部:いや、まだ確実に起こっているか確認出来ていないんだ。魔力変動の最中にモンスターが増えているかどうかなんて、そうそう確認出来ないだろう?

      だからそれらしき現象が確認された仮説という程度に過ぎないんだ。


 これは私が第6層での探索中に遭遇した魔力変動の際に気づいたことだ。

 直前までにモンスターを相当間引いていたのに、魔力変動が起こった際にモンスターが大量に出現したのである。

 それを見た私とサポートの皆の間で、もしかしたら私達の知る魔力変動は魔力災害の一つに過ぎないのかもしれない、という予想が生まれた。


サポート部:ちなみにみつるちゃんにモンスターを駆除してもらってるのも、迷宮の魔力の循環をしっかり行わせることで魔力災害の軽減が出来ないか、っていう試みなんだよね

:あー、なるほど

:確かに魔力が溜まったりあふれるのが原因なら、ちゃんと使わせてやれば良い、っていう発想になるのか

:でも魔力の流れとかそんなはっきり判明しているの?

サポート部:してないよ。そういう推測が為されてるだけ。

     迷宮は魔力が循環してる。モンスターは魔力で形成される。

     長生きした個体は多くの魔力を溜め込んでオメガ個体になる。

     そういうのを組み合わせた結果、ちゃんとモンスターを倒し続けてれば、災害の回数は減るんじゃないか、ってね。


 実際迷宮探索初期と今では、魔力災害の回数に多少の差はあるらしい。

 多少の差と言っても、統計学的に一応有意な差かな? ぐらいの微妙な感じらしいけど。

 

:実際その活動って効果あるの?

サポート部:ある、と思ってやるしかないって感じかな。例えばこれで放置して大規模な魔力災害が起こった時、対処しなかったからだ、となったら困るだろう?

:わざわざ魔力災害起こしてまで調べるわけにもいかないしなあ

:今回はどうなの?

サポート部:間引いてる最中からみつるちゃんが違和感を訴えてたからね。

     今回は間引く以前に、モンスターのオメガ化に繋がるはずの魔力が魔力災害に流れたんじゃないか、と考えることが出来る。

     だから間引いても溢れる魔力は既に溜まってた、ってことだね 

:なるほどなあ……違和感ってそういうのも含めての違和感なのか

:みつるさんの仕事結構重大だな

:むしろ本当なら他の有力な探索者を雇って大々的にやるべきことでは?


 でも、そもそも魔力災害なんてそんな頻繁に起こるものじゃない。

 少なくとも探索者が多い上層中層までなら、何ヶ月かに一回起こる程度だ。

 だからこそ、私達の仮説を立証するためのサンプルが足りないわけでもあるけど。


 だから変に探索者を大規模に雇ったりクエストを出したりしてやってもらう、というわけにも行かず、私が一人で全部対応して回ることになってしまっているのだ。

 私がギルドに雇われてるのも、ギルドが探索者を雇いたかったとかじゃなく、私という突出した戦力を確保しておきたかったという意味合いが強いだろうし。


 サポート部:そこで、みつるちゃんを第5層に向かわせた理由だけど、もし仮に第5層で魔力暴走、つまりモンスターの凶暴化だけじゃなくて大量発生が起こっていたとき、最悪の場合にはモンスターによる『迷宮越境』が起こる可能性があるんだ。

 :また知らない単語が出てきた。

 :字面から見るに、迷宮の境を越える、ってことか?

 :何が?

 :いや……モンスターが?

 :は???


 そして、この魔力暴走の怖い点が、まさに今咲さんが説明した迷宮越境という現象だ。

 多分これが第5層で起こったときに地獄の蓋が開くから、咲さんは私を第5層に向かわせたのだと思う。


 サポート部:読んで字の通り、魔力暴走によって大量出現したモンスターが、迷宮の範囲を超えて他の迷宮に溢れ出す現象だ。これが起こったとき何が引き起こされるのか、まだ私達もはっきりとはわかってないんだ。

      でも、下手をすればそれが迷宮から迷宮へとどんどん伝播して、上層にまで深層のモンスターがあふれるような状況になってしまうかもしれない。

      だから、こういう言い方は良くないかもしれないけど、みつるちゃん以外でも対応出来る第1層の魔力変動は対応出来る人たちに対応してもらう。

      そしてその間にみつるちゃんが、第5層の魔力変動、魔力暴走を出来る限り潰して沈静化する。

      魔力暴走さえ止めてしまえば、後は放っておいても魔力変動は落ち着くだろうしね。   

      そうすればみつるちゃんも第1層の応援に行くことが出来る。


 つまりは優先順位の話なのだ。

 私が第1層の一つの迷宮に向かって、魔力変動で活性化したモンスターに殺されるはずだった人を助けるのと。

 第5層の迷宮に向かって、起こるかわからない迷宮越境の可能性を潰してから、既に多くの人命が失われた第1層の迷宮に向かうか。


 私とサポート部の皆、つまりギルド職員は、これを希望値ではなく絶望値で考える。

 そんな言葉無いだろう、なんて言うのはちょっと待ってほしい。


 つまり、どちらの方が最悪の事態へと状況がころんだときに、より悪い状況になるか、ということだ。


 :今目の前の助けられる命よりも、将来奪われるかもしれない命を取る、ってこと?

 :洞窟迷宮の人死だけですむ第1層と、下手すれば上から下まで全部の迷宮に広がるかもしれない第5層のどっちを対処するか、ってことか

 :でも第5層放っておいても何も起きないかもしれないんだろ?

 :確かに。なら確実に救える方を救ってほしいわ

 :それに広まったところで迷宮に入らなければいいだけだしな


 まあ普通の人達が考えることは、やっぱりどれだけの命が助かるか、ということぐらいなのだろう。

 でも私達はギルド職員だから。


 サポート部:時間経過で収集がつくとは限らないし、それだとしばらく迷宮が使えなくなってしまうだろう。

      第1層程度の魔力変動なら、みつるちゃん以外にも対応出来る探索者はそれなりにいる。

      ならそっちの可能性を消す方が私達にとっては望ましいんだ。 

 :は?

 :人命よりも迷宮から得られる利益が大事なのか!?

 :いや、その発言はギルド職員がしたら駄目だろう

 :人が死んでんだぞ!? 流石に状況考えろよ!!


 咲さん……わざと自分が罰を背負おうとしてくれているのかな。

 でも、私がそれぐらいの事で思い悩む人間ではないことは知っているだろうし。

 ということは、そういった実情も配信を通して広めるという話になっているのだろうか。


 なら、私もせっかくだから一つ、二つ話しておこう。


「皆さん、知ってますか?」


 :何、みつるちゃん

 :みつるさん、このサポート部の中の人やばいよ

 :人として言っちゃいけないこと言ってる


 コメントで咲さんを批判する言葉を無視して私は続ける。

 こういう覚悟が決まったとき、というかやりたいことが明確なときは、全く物怖じせずに話せるんだよね。


「今の世界の国の力関係って、迷宮を何層まで到達出来ているかで決まるらしいですよ。その分質の高い魔石がドロップするからです」


 :そうなの?

 :なんかそんな話は聞いたことあるな。

 :だから各国が迷宮探索に大金をかけて支援してるんだっけ

 :日本はアメリカとか中国と比べて遅れてるはず。みつるちゃんは例外だけど。


「私の価値って、核ミサイル十発より高いらしいですよ。国防の観点から見れば、ですけど」


 初めてそれを聞かされたときは、私も恐ろしく思った。

 自分がそれほどの重圧を背負わなければならないのか、と。


 だが違うのだ。


「迷宮探索って、探索者個人にとっては命がけのお金稼ぎかもしれないですけど、私達ギルドからしたら、国防にも世界のパワーバランスにもかかる、重大な役割なんです。だから、一般の探索者さんと、私達の視点が合わないことも当然出てきます」


 その重大な役割を担って、迷宮探索という活動を支援、促進しているのが、ギルドという組織に所属する人たちなのである。

 その頑張りは、ときに国を守り、ときに経済の発展に繋がる大きなものなのだ。

 例え冷血だ、酷薄だと一般人や一般の探索者になじられようと、彼ら彼女らは、国のために自分たちの役割を全うしているだけなのだ。


「でも、だからこそ、私達のことを知ってほしい。探索者の皆さんを支援して、でも、場合によってはより大きな利益のために見捨てることしか出来ない私達を。私は、ギルド職員の一人としてそう思います」


 そこでちょうど目の前に、目的の迷宮に繋がる魔法陣が見えた。

 コメント欄の皆の反応を見ないままに、私はそこに向けて飛び込んだのだった。

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