第16話 違和感の正体
剣舞を視聴者とサポートの皆の前で披露した結果思った以上の反響があった翌日。
残りの第4層の迷宮のパトロールを終えた私は、やはり、どこか違和感を覚えていた。
「うーん……」
:どうした急に悩み出して
:事件発生か?
:なんか困ったことでもあった?
:みつるさんが困るって相当やばくね?
:ところで俺はやっぱりみつるちゃんって呼びたいです
コメント欄のみんなも心配してくれているが、何か特段困ったことが発生した、というわけではない。
ただ、拭いきれない違和感がある。
「なんっか違和感あるんですよねえ。咲さん、なんかおかしなこと無かったですか? 今日だけじゃなくて今回の6層から4層までのパトロール全部含めて、なんですけど」
サポート部:少しこちらで確認させるよ。けど今回は、特に無かったように思うけどね。6層のボスモンスターもビハインドブルーのボスもオメガ化してるのはいつものことだからね。視聴者の皆は、何か思いついたりしたかい?
:そもそも5、6層の探索してるのが異次元過ぎて何もわかりません!
:後モンスター倒すときビュンビュン行くから基本目に追えないし
:そもそもオメガ化ってなんぞや→サポート部
「あ、オメガ化っていうのは私達が使ってる区分みたいなものです。迷宮のモンスターって、時々同じ種類でも普通のモンスターより強い個体がいるじゃないですか。そういうモンスターを、何種類かのパターンにわけて呼称してるんです」
例えば、単純に他の個体よりも純粋に強力な個体はアルファ個体。
これは体が全体的に一回り大きかったり爪や牙が鋭く大きかったりと、純粋にその種のモンスターの強化種のようなものだ。
このタイプは、攻撃力に速度、体力と全体的にノーマルの個体よりも強力な傾向にある。
他にはベータ個体なんかもいる。
こちらはアルファ個体とは違って、基本は通常の個体と変わらない。
ただ、例えばウルフならば牙や爪だけが異様に発達していたり、先日倒したヤドカリならばヤドだけが巨大化していたりと、通常の個体と比べて一部だけが異常に発達、成長している個体が存在する。
そんな個体を総じてベータ個体と呼ぶ。
その強さは様々で、むしろ余計なところが強化されたために弱くなっているようなβ個体もいれば、純粋に凶器となる部分が強化されて強くなっているβ個体もいる。
ただ全体的に、元のモンスターからバランスが崩れるので、戦い方が変則的になるという点で、相手をするのが面倒なのがβ個体だ。
続いてガンマ個体。
これは生まれからして通常の個体やアルファ個体とは別物で、まず見た目からして大きく違う。
色合いが通常個体やそれと同じアルファ個体とは大きく異なり、更にウルフであれば牙や爪、前肢の筋肉、ヤドカリならばヤドやハサミといった、攻撃や防御において重要となる部分がバランスよく発達している。
その見た目から、人によっては亜種などと呼ぶこともある。
見た目上は、色違いのアルファ個体、というのが一番適切だろうか。
その強さは生半可なものではなく、ノーマルのそのモンスター複数を楽に倒せる探索者でも、ガンマ個体一体に大きく苦労することもあるほどだ。
ちなみにこの三種ならば、脅威度はガンマ>アルファ>ベータ個体の順に高いが、ベータ個体の発達部位とモンスターの種類によっては逆転することもある。
またベータ個体については、通常個体だけでなくアルファ個体とガンマ個体にも発現しうる特性だ。
つまり、アルファ個体として全体的に大きく強靭な上に、更に牙が発達したウルフ、なんてそんざいも考えられる。
そして最後にオメガ個体。
これはこれまでの三つと違って、発生した瞬間からの区分ではない。
そもそもモンスターは繁殖するのではなく自然と迷宮に出現する、ゲーム用語で言うならば湧く、リポップする、といった増え方をする。
その発生した瞬間から決まっているのが、上記のアルファ、ベータ、ガンマ個体だ。
オメガ個体はそれらとは違い、基本的に長生きした個体が到達するある種の極地だ。
通常モンスターは、どんな個体であろうと出現した後は探索者が来たら襲いかかり、戦闘をしていずれ討ち取られる。
あるいは、自然と寿命を迎えて魔力に溶けて消えることもある。
だが時折そうならずに長生きする個体がいる。
そういう個体は、迷宮内に漂う魔力を次第に吸収していき、ある一線を超えたところで、通常種とは比較にならない能力を持ったオメガ個体へと進化するのだ。
長生きをした老練の個体が魔力によって強化されてオメガ個体になる場合が多い、と思ってくれればいい。
ちなみにアルファ個体やベータ個体、ガンマ個体でもオメガ個体に到達することがある。
その強さは通常種から比較すれば、もはやボスモンスターと読んで差し支えないほどのものになる。
そしてこの他にも、時折ネームドと言われる個体が存在する。
といってもこれは上記のような区分ではなく、特に特徴的かつ強力なモンスターに探索者たちが個体識別名をつけたものだ。
『〇〇層の〇〇迷宮に針が異常に巨大化したデズビーがいる。あいつは危険だ』
『巨大な針を持つデズビーか。それじゃあそいつのことは『大針のザ・ビー』と呼んで注意喚起をしよう』
おおよそこんなイメージである。
この場合は、針が巨大化したデズビーのβ個体か、あるいはαβ個体に対して、固有の名称をつけて警戒を促しているのである。
実際はもっと覚えやすくするためにかっこいい名前がつけられたりするのだが、あいにくと私にはネーミングセンスが無いらしい。
「区分としてはこんな感じですね。だいだい今ので全部だと思います」
:そんなこと考えた事無かったけど、確かにたまに強い個体いたな
:不謹慎かもしれんが厨二心をくすぐられるな
:オメガ個体かっけえ……
:あ、じゃあアーカイブで見た瞬殺された方の第六層の水晶迷宮のボスがオメガ個体で、その後真面目に戦った方が通常個体って感じ?
「そうですそうです。皆さん理解が早いですね。時々ボスモンスターでも、ガンマ個体かつベータ個体で、それが長生きしてオメガ個体化した化け物みたないのがいたりするんですよね……」
だから定期的な間引きは必要なのである。
そして今のところ下層と呼称される5層、6層で出来るのは私ぐらいしかいない。
いや、いるにはいるんだけど、彼ら彼女らは他の仕事に従事してるし。
:なんだその悪魔合体
:一番起きちゃ行けないミラクルじゃん
:え、ということは、中層でも普段人がいかないビハインドブルーとか、上層の人がいかないような場所のモンスターもオメガ化する可能性があるってことですか?
:まじで?
「え、と。咲さん、これ答えて良いんでしょうか?」
聞かれた内容に、私の話してはいけない機密が入っていないか咲さんに尋ねる。
サポート部:それぐらいなら良いよ。どうせ私達の推測に過ぎないものだしね
:何、なんか機密みたいなのに触れた感じ?
:話せないことなら全然話さなくて良いんやで
「あ、いえ、大丈夫そうです。さっきの質問の答えですけど、ビハインドブルーの方はイエスで、上層の方はノーです。上層は同じ迷宮内でモンスターが討伐されるじゃないですか。だから長生きな個体に吸収されるはずの魔力が、新しい個体の生成に使われるんじゃないか、っていうのが私達のたてた仮説です。だから実際にオメガ個体はめったに発生しないんですよね。発生にも時間がかかりますし」
:なる、ほど?
:あー、なんとなくわかったような
:リソースをどこに使うかって話かな
:普通は新しいモンスターの生成に使うけど、モンスターが討伐されないところだとモンスターの強化に回される感じか
「あ、そうですね。そんな感じです。だから逆に、ビハインドブルーはほとんど人が入らないから、オメガ個体が発生しやす、く……」
あれ、オメガ個体、そんなにいた?
何体かは倒した覚えはあるけど、ボスも通常個体だったし。
それじゃあその前の第6層は?
こっちもオメガ個体と戦った記憶はほとんど無い。
水晶迷宮の大水晶蠍がオメガ化していただけで、他のモンスターは通常個体ばかりだった気がする。
:あれ、画面止まった?
:いやなんか考えてるなこれは
:違和感の正体に気づいたとか?
そもそも第5層ならともかく、第6層に入るのは本当に命知らずな一部の人たちだけだ。
ならば当然、モンスターも戦闘する機会が少なくて長生きしがちなはず。
なのに、あの程度しかオメガ個体がいない?
そんな優しい話、あるわけが──
「咲さん。映像の確認、第6層の迷宮と第4層のビハインドブルーのモンスターがオメガ個体だったか確認してもらえますか?」
サポート部:わかった。少し時間を貰うよ
:なになに、何事?
:急にみつるさんの声が厳しくなった。
:みつるちゃん、何に気付いたのか説明してくれ
:パトロール始める頃に、迷宮の違和感を探す、って言ってたやつですか?
「そう、それです。私のパトロールはモンスターを間引くだけじゃなくて、迷宮全体の異常、つまり、普段と違うことや迷宮に対する私達の知識と違うことが無いか確認するためのものでもあるんです」
:その違和感が今回はあった、ってこと?
:それってどんな違和感だったん?
:あんな速度で倒しながらそんなことまで見てるのか……
:深刻な話だったりしますか?
「……まだわかりません。迷宮のことはわからないことが多いんです。私も、他の探索者さんより先に進んで、その迷宮の記録をサポート部署の皆さんが分析したりしてくれています。それでも、わからないことばっかりなんですよ。迷宮のことなんて……」
だから、私という使いづらい人材を雇ってまで、ギルドは迷宮の調査を続けている。
普段は最前線の開拓をしてマッピングを続けている私だけど、それ以外にも一部エリアのモンスターを殲滅してその後の再出現の様子を確認したりと、ギルドの研究部署発案の実験や観察だってやっている。
それでも、迷宮という存在についてはわからないものが多いのだ。
何故出現したのか、モンスターはどうやって生まれているのか。
魔法陣で迷宮同士がつながっているが、そもそも迷宮は現実の地球と同じ次元に存在しているのか。
サポート部:取り敢えず、みつるちゃんの仕事は終わりだ。今日は後は自由にして貰って大丈夫だよ
:自由、つまり戦闘ですね!?
:これまで見たこと無いモンスターとの戦い見たいです。7層以降が良い
:何回でも見たいと思ってしまうんだよなああの強さ
:違和感あるのに何かしなくていいの?
みんな私の戦っている様子を見るのが好きらしい。
まあ迷宮探索配信のおもしろいところって、結局如何にかっこよく戦うか、みたいなところあるし、私の配信を見ている人たちもそうなんだろう。
「何すれば良いかわからないんですよね。違和感はあるんですけど、それがどうなるか。だから取り敢えず、調べるのはサポートの皆さんに任せて、私は深層で戦ってきます──」
そう言い切ろうとした直後だった。
迷宮内に、耳をつんざく警報が鳴り響く。
「咲さん」
:!?
:なにこのうるさいの
:緊急非難警報!? って迷宮でも災害があるのか!?
:何事何事!?
壁にギルドによって設置されたスピーカーから、警報と避難命令の放送が鳴り響く。
こういう場面で使われるから、迷宮内にはギルドの手によってスピーカーや電球などの設備が大量に設置されているのだ。
私があたりを警戒する中、コメント欄に咲さんが姿を表す。
サポート部:みつるちゃん、今すぐ第5層の廃坑迷宮マインメイズに向かってくれ。魔力値の大幅な上昇が起こっている。おそらく魔力変動か魔力暴走が起こっているはずだよ。
場所は黄鉄鉱道から第三大空洞にかけてだ。
よろしく頼むよ
「わかりました」
:っ、まさか魔力変動の対応に行くのか?
:無茶だろ! しかも第5層って、どれだけ強力なモンスターが出現するか
:駄目だ、もう完全に聞いてない
どうやら私の勘はちゃんと当たっていたらしい。
魔力変動と魔力暴走。
迷宮で起こる魔力災害という特殊な災害で、探索者達に襲いかかる大いなる災い。
それが今、迷宮にいる探索者達に牙をむこうとしていた。
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