第15話 ファンタジーな迷宮ならこういうのもありでしょ?
「ここもパトロール終わりましたけど、次まで行きますか?」
地海迷宮ビハインドブルーでの駆除祭りが終わった後も、他の第4層の迷宮に移動してパトロールを続けた。
サポート部:うーん、どうしよっか。時間が微妙だよねえ
:みつるさん定時っていう概念とかあるの?
:探索者には無いんじゃないの? そういうの
:俺探索者だし無いけど、ギルドと契約してるなら別では? 労働系の法律とかありそう
地海迷宮ビハインドブルーのように、人がほとんど入らないせいでモンスターを駆除する必要が出てくるような迷宮はほとんどない。
とはいえ他の迷宮のパトロールが簡単かというとそういうわけでもない。
場所によっては、探索者とモンスターの戦闘によってギルドが設置した投光器だったり配線が破壊されていて修理の手配をしないといけないこともあるし、場合によっては要救助状態の人を救助したり、モンスターに敗れた探索者の遺品を回収して場所を記録したりする必要も出てくる。
他にも、迷宮の破壊された地形は時間経過で修復されるとはいえ、一時的に危険な状態になった場所などはギルドで共有して探索者に情報提供をしなければならない。
ビハインドブルーの後の迷宮でそんな色々が重なった結果、私の探索制限時間まで微妙な時間しか残らなかったのである。
本当はもう一つぐらい迷宮を回ろうかと思っていたんだけど。
サポート部:今日はもうそこまでにしておこっか。後はみつるちゃんの自由にしていいよ~
:これはホワイト企業
:探索者に深層に潜らせてるのに?
:ブラック企業でした
:手のひらくるっくるじゃん
:でも実際サポートは凄い丁寧だよな
:そんだけみつるさんが大事にされてるってことだろ
コメント欄で繰り広げられるコントに少し笑ってしまう。
人が多くなると苦しくなるかと思っていたけど、こういうちょっとしたやり取りを見ていると、どこか楽しく感じられる。
やっぱり自分が関わらずに行われているかぎりは、画面の向こう側の出来事になって気にする必要が無くなるからだろうか。
「わかりました。じゃあ今日は配信はここまでにしますね。後は見てもつまらないと思うので」
そう言って配信を切ろうとすると、慌てたようにコメントが流れる。
:待って待って待って
:みつるさんのすること全部俺達からしたら凄い価値があることなんだよなあ
:ご自分の価値がわかってらっしゃらない!?
:見せたくないことじゃない限りは配信でも見せてほしいです
:取り敢えず何をするつもりなのか聞きたい
サポート部:みつるちゃん人気者だねえ。でも嫌ならちゃんと断るようにね。全部を見せなきゃいけないわけじゃないんだから
今からは別に戦闘なんてするつもりが無かったというか、個人的な儀式をやっておこうと思っただけなんだけど。
別に見られたくないわけじゃないけど、私の迷宮探索を求めている人たちからしたらつまらないものだと思ったのだ。
でもそういうなら、見てもらうのも悪くないかもしれない。
「えと、別に見られるのが嫌、とかじゃなくて、本当につまらないだろうな、と思っただけなんですけど……取り敢えず、場所移動しますね」
今いる場所は第4層の樹海迷宮グレートウッド。
大樹が大量に生えた結果、日の光もほとんど差し込まない薄暗い空間になった森で構成された迷宮である。
なお構成しているのは森だけど、ボーンルインズとは違ってちゃんと迷宮の端がそんなに広くない範囲で存在している。
そんな森の中で今からやろうと考えていることをするわけにもいかず、森の中で少しでも日の光が差し込んでいる場所を探してウロウロと歩き回る。
:何か探してるの?
:モンスターのレアドロップ探しとか?
:迷宮なら何見ても楽しいわこの配信
「あ、いえ、日光がちゃんと入ってるところが無いかなと思って……ありましたね」
コメントに返事したまさにその瞬間に、大樹の裏側に日光の差し込むそれなりに広い空間が見えた。
直径5メートルも無いぐらいの狭い空間だが、これだけあれば十分である。
「じゃあ、見ててくださいね。あ、ドローンの撮影お願いします」
サポート部:何やるか説明してー
:なにするんやろな
:日光浴とか?
:それやったら余計ファンなるわ
日光の照らす中央に進み出た私は、刀を抜き、右手で柄を、左手で刃の背を持ち、軽くお辞儀をするように頭を下げながら刀を上に掲げる。
そしてそれをゆっくりと納刀。
一度前に向かって礼を行うと、刀の柄に手を載せ。
刀を抜き払い、横薙ぎに。
そこから振り抜いた刀を顔の前に立てるように引き戻し、左足を一歩、続けて右足を大きく退きつつ、正面に対して半身で刀を構える。
その間、一切私は目を開けていない。
ただ感じるのは、手にのる刀の重みと刀が空を切り裂く感触と。
風と木と大地と空との息吹と大いなる魔力の流れを。
視界を塞ぐことで鋭くなった感覚によって、より広く、より外へと知覚を広げていく。
そのまま幾度も態勢を変え向きを変え角度を変えて、刀を振るっては引き戻し、構えては振り抜き。
足を踏み変え態勢を低く、高く、静と動の差をつけて。
傍目から見ればただ振り下ろしているように見えるかもしれないが、これは、私にとっては、“舞”である。
幼い頃に、祖父が神主を務めていた神社で見た、神に奉納するという舞。
私は親不孝者でそんな家を離れて来てしまったが、それでも今、私が最強への道を、刀を極める道を志すというのならば、それを神への捧げ物にするのもありではないか、と考えたわけである。
ついでに言うならば、この迷宮の世界というのは、外の現実世界と違ってファンタジーが平気でまかり通る世界だ。
であるならば、ここならば私の捧げ物も神に届くのではないか、という思いもある。
そして願わくば、神が私の願いを叶えてくれんことも。
やがて頭の中でなり続けた太鼓と鐘の音が止み、私の舞も終わりを迎える。
最後には最初と全く同じように右手に柄、左手に刀の背、刃を上にして刀を掲げ、静かに納刀、そして一礼をする。
これで一連の、私が最近始めたばかりの舞は終わりだ。
ちなみに迷宮でやるのはこれが初めてである。
いつもは家に帰った後に、普段の刀とは別の小刀を使って舞っている。
でも、今度からはちゃんと迷宮の中でやろうと思う。
舞を舞ううちに自然と一体化していく感覚や、力が溢れてくる感覚を覚えたのは初めてだ。
家で一人で舞っているときのそれとは、全く感覚が違った。
いつも使っている刀を持って舞を舞ったのも意味があったのだろう。
おそらくだが、迷宮内で儀式的なことをすることが何らかの効果を生み出している。
あるいは本当に神に私の捧げ物が届いたのか。
そこまではわからないが、思いつきで始めたこの舞にはどうやら意味があったらしい。
「どうでしたか?」
日の当たるエリアから出て、ドローンの側まで近寄る。
が、どうも返事がない。
サポートのみんなからのコメントも、視聴者達からのコメントも。
「おーい? もしもーし?」
ドローンを手に持ってペンペンと叩くと、ハッとしたようにドローンが動き始めたので空中に話した。
サポート部:いや、凄いもの見せてもらったわ
:やばい、なみdsがちmsらn
:落ち着け。でも確かに、なんか感動した
:今の、神楽っていうの? 祭りとかでやってるやつ
:ちょっと違うんじゃないかと思うけど。どっちかというと剣舞だと思う
:すごく凄かったです! また見たいです!
「お、おお!? そんなに私の剣舞凄かったですか!? 普通にやっただけなんですけど!?」
思わぬ高評価にこちらが驚いてしまう。
私としては、もうぼやけた記憶に今戦う自分の刀という道を混ぜて作った、ほとんど自作の剣舞だったんだけど。
それでも神様に届くといいな、という思いがあったから出来る限りかっこよく、出来る限り技術を要求するような内容にはしているけども。
音楽も演出も無い演出なんてその道を知らない人からすれば退屈なものに過ぎないと思ったが、意外とそうでも無かったらしい。
「えと、今のは、私が刀の道を極めたいと思っているから、刀とか戦いの神様に、今の私の培ったものとか思いとかが届くと良いな、と思って考えた舞です。いつもは小刀でやってるんですけど、今日は時間があったので迷宮でいつもの刀でやってみました」
:神様に届くように……
:そんなこと考えたことも無かったな
:久しぶりにお参りに行こうかな
:今度迷宮行くときはお守り買ってお参りしてからにしよ
:みんな即物的だなw でも確かに普段は忘れてるけど、日本は八百万の神々の国だもんな
「私の家系がもともとそういう家系だったから思いついたんですけどね」
小さい頃はずっと神社の境内で遊んでいたし、祭りに参加したり巫女さんの真似事をしたこともある。
結局そっちの道には進まずに探索者になってしまってはいるけど。
神様に思いを届けるなら、別に職業に限らず出来るのではないか、とつい最近、配信者という、誰かに何かを届ける仕事について考えているときに思いついたのだ。
「え、と、それじゃあ、今日の配信はここで終わりますね?」
:そう言えばそんな話だったっけ
:すごすぎて忘れてたわ
:お疲れ様!
:お疲れー
:次回も楽しみにしてます
配信を切って小さく息を吐く。
まさかのまさか、最後に変なことで褒められて驚いてしまったけど、今日もうまく配信が出来たと思う。
最初はなんとなくで忌避感を持っていた配信だが、今では初めて良かったな、と思うようになってきていた。
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