第14話 つまり奇襲はしんどいって話

 続いての巡回場所は、大海迷宮ラディアントブルーの地下に存在すると考えられている迷宮、地海迷宮ビハインドブルーだ。

  

 さて、ここの迷宮の視察は、他とはちょっと様子が違う。


「ここが地海迷宮ビハインドブルーです」


 大海迷宮ラディアントブルーから転移魔法陣で転移した先に広がるのは、美しく幻想的な地底洞窟。

 あちこちに自生している黄色く光る苔と天井部から水か何かを通してか差し込む青い光。

 そしてそれら全部を無為にする大量に設置された投光器。


 :おおおおお……?

 :綺麗なのかと思ったら投光器邪魔じゃない?

 :投光器で完全に台無しなんだけど笑笑

 :地底洞窟っぽいかと思ったけどそれなりに広さはありそうだな


「投光器はですね、ちょっとこの迷宮の特性上無いと仕方がないものなんですよね」


 もちろん他の暗い迷宮、例えば第一層の洞窟迷宮ザ・ケイヴとか、第二層の大樹迷宮グリーンクレイドルの一部とかも、投光器が設置されている。

 でもここの場合は、せっかく綺麗なのにな、なんて思ったりもする。


 とはいえここでの探索を安全にしてもらうならば、投光器は最低限必要だし、投光器があったとしてもここの探索は非常に危険なのだ。


「取り敢えず先に言っておくと、この迷宮は視察が目的じゃなくて、モンスターの駆除が目的です。なのでバンバン斬っていくので、驚かないでくださいね」


 :駆除? 物騒だな

 :モンスターの駆除って何だ、危険なやつがいるってこと?

 :あー、地海迷宮ってあれか

 :熟練の探索者でも行きたがらないところか。

 :なにそれ


 移動を初めて早速遭遇した巨大ヤドカリに一撃を入れてハサミを切り裂──

 

 こうとした瞬間に横合いから飛んできた攻撃を察知して、一度後ろに飛び下がった。

 飛んできた攻撃の飛んでいった方向をちらっと見ると、岩肌が砕けているのが見える。


 :なにっ?

 :今なんか避けた?

 :壁えぐれてるやん、岩だろあれ

 :あぶなっ! 


「これがあるから、ここの迷宮は危ないんですよね」


 今度はヤドカリに自分からは近づかず、再び先程の攻撃が飛んできたのを回避してからヤドカリの懐に入り込む。

 《風研ぎ》を纏わせた刀でまずはヤドカリのハサミを切り飛ばし、更に踏み込んで胴体を深く切り裂く。

 

 更にそれで絶命したヤドカリが魔力に溶けて消えようとしている中から飛び出し、ベルトから取り出したナイフを一本、刀の背にこすりつけて《風研ぎ》の魔力を纏わせてから、奥に広がる水場へと向けて投擲する。

 投げたナイフに手応えを感じたので、後は専用のシリンダーに魔力を流し、投擲したナイフを手元に呼び戻してようやく戦闘が終了した。


「この階層の戦闘は大体こんな感じですね」


 :何が起きたのかわからん

 :相変わらず速すんぎ

 :何か投げて、その後キャッチしたよな?

 :あの危ない遠距離攻撃何?

 :見えるニキいるのまじでなんなんだ


「さっきのは巨大鉄砲魚ですね。テッポウウオっていう地球の魚知ってますか? 口から水を吐いて虫を落として食べたりする魚なんですけど」


 :あーなんか見たことある

 :想像はついた

 :え、そんなのがいるの?

 :それがいるからそこ不人気なんだよなあ


 さっきの戦闘は、まずヤドカリと私が戦闘を開始。

 そして私がヤドカリに攻撃を加えようとしたところを、横合いの水場に潜んでいた巨大鉄砲魚が狙撃してきて、私が一旦ヤドカリから距離を取りながらそれを回避。

 そして鉄砲魚の存在が確認できたので、今度は先に鉄砲魚に撃たせてから鉄砲魚のチャージ中にヤドカリを討伐。

 その後投げナイフで鉄砲魚を仕留めて、そのナイフを回収したという流れだ。


「──っていう戦いでした。わかります、かね?」


 :わかるけどわからない

 :どうやって鉄砲魚の攻撃には気付いたの?

 :投げたナイフを回収したのは何? 魔法?

 :大変だろうけど全部説明してほしい

 :敵に対してみつるさんだけ動きが早送りみたいです

 

「鉄砲魚がいるのは元から知ってたし、ずっと気配探知してるから攻撃してきたら気づきますよ。これは探索者やってたらだんだん身につくと思います、よ?」


 多分。

 私だって何か特別なことをやっているわけではないし。

 だんだんモンスターがこっちにたくさんいるな、とかなんとなくわかってくるあれを、私は高レベルで出来るというだけの話だ。


「投げたナイフは特殊な魔法用のシリンダー使ってます。いちいち投げっぱなしだとコストがひどいので、投げた後呼び戻す用の魔法回路をナイフの柄とシリンダーに刻んでるんです」


 :一体いくつ魔法結晶持ってるんですかねえ

 :シリンダーの方が安く思えるぐらいに高いナイフis何?

 :最適化されてるな

 :気配探知とかいう新しいワード

 :なんとくなくわかっても攻撃来るとかわからんわからん


「まあそこは練度の差ってことです。それじゃあサクサク行きますよ」


 ビハインドブルーでの初戦も終わり、ここからは駆け足で出てくるモンスターを処理していく。

 ヤドカリは先程までと変わらずハサミの関節を斬った後胴体を。

 鉄砲魚はこちらを攻撃した直後に出来る隙に向けてナイフを投擲して倒していく。


 そうしていくと、今度はわずかに足元に水が溜まっている場所に来た。

 溜まっているといっても足首までも無いぐらいだが、それでも踏み込めば靴が濡れる。

 そして私は、靴が濡れるのを躊躇わないでそこに踏み込んだ。


 次の瞬間。


「フンッ」


 すぐ近くにあった地面に開いた穴から、ウツボのようなワームのようなモンスターが飛び出してくる。

 すぐに反応した私は当然、それの首を跳ねて討伐する。


「今のがこの地海迷宮ビハインドブルーで奇襲を仕掛けてくるモンスターその2です。その1はさっきの鉄砲魚ですね。この二体がいるから、このビハインドブルーは人気が無いんですよね。奇襲が刺さりすぎてベテランの探索者でも死にやすいので」


 :なんか出た! とおもったら次の瞬間には死んでたわ

 :相変わらず反応速度早すぎる

 :ガチで見えん

 :あの速度で襲ってくるのか、怖

 :ビハインドブルーはベテランでも近づきたがらない場所だからな


 どうも以前までと違って、探索者か地上のスポーツ選手か何かで、他の人よりも動きの速いモンスターや私の動きが見えている人がいるらしい。

 本当は全ての探索者が見えるようになってくれれば嬉しいんだけど、まあ難しいだろう。


「そうなんですよね。狭い空間にヤドカリとあともう一種類巨大シャコのモンスターが居る上に、そいつらと戦ってたら鉄砲魚とワームが奇襲をしてくるので戦いにくいんですよ。投光器が大量に設置されてるのも、少しでも戦いやすいように、って設置したものなんですけど……」


 実際のところは、そんなギルドの気遣いがあっても人が集まってこないのが実情である。

 ダンジョンでモンスターを倒して入手できるものは、モンスターがドロップする魔石と一部素材なのだが、ここ地海迷宮ビハインドブルーで取れる魔石は、同じ質の魔石が第4層の他の迷宮でも入手できるので、わざわざ死にやすいここに来る必要が無いのだ。


 そのせいでこの地海迷宮では、モンスターが探索者に討伐されずに長生きしたり、場合によっては大量発生していたりすることがある。

 今回の私の仕事は、そんな手つかずのモンスター達を討伐して、地海迷宮ビハインドブルーを一度リセットすることだ。


「といっても海にいるモンスターは無理なんですけどね」


 :何か言ってる?

 :ザクザク敵斬りながら考え事か?

 :この一分で斬ったモンスターだけでいくらになるんだろ

 :*彼女は特別な訓練を受けています

 :ベテランの冒険者でもパーティー組んで丁寧に戦う第4層のモンスターが……

 :シャコパンえぐっ


 ヤドカリの中身を切り裂き、鉄砲魚をナイフで串刺しにし、ワームの頭を切り飛ばし、巨大シャコは側面に回り込んで甲殻の隙間から体を両断する。

 この階層の相手ならば、もはや作業レベルで駆除出来る能力が私にはあるのだ。


 そのまま適度に、と言ってもいつもよりはかなり多めにモンスターを間引きながら進んでいくと、やがて地海迷宮の終着点にたどり着いた。


「あそこ、あの少し降ってる先が、この迷宮のボスモンスターがいる場所です。網目みたいになった地底洞窟が、最終的に全部あそこに集まってる感じですね」


 :そこの地図見たけど、凄い構造してるな

 :中央にボス部屋があってそこに向かうのか

 :この手の迷宮で最奥じゃないの珍しくない?

 :ボスってどんなのだっけここ

 :ボス討伐戦!! みたいです!!


 第1層の洞窟迷宮ザ・ケイヴとか、第6層の水晶迷宮クリスタルケイヴとかの、閉所型かつ洞窟型の迷宮の場合は、大抵迷宮の入口から一番離れた奥にボスモンスターのいる部屋がある。

 それに比べてここビハインドブルーのボス部屋は、迷宮の一番奥じゃなくて中央部にある。

 

 でもこれは何もおかしなことじゃない。

 あちこちの迷宮にある転移魔法陣から転移してきた探索者は、この迷宮の一番外側、外周部分に転移してくるようになっている。

 そしてそこから探索を始めるのだが、全体で見ると巨大な蜘蛛の巣のような構造になっているこのビハインドブルーの中で、全ての転移魔法陣の位置から一番遠い先が、中央部のボス部屋になるのである。


 そういう意味では、枝分かれはあるものの進行方向がある程度決まっている他の迷宮と比べて、ぐるりと円を描く構造になっているのがこの迷宮の異質な点だろう。


「ボスはヤドカリとシャコを足して割らないまま3倍にした感じのやつですね。ほら」


 そう言いながら、ボス部屋の中をドローンで撮影してみる。

 そこには、先程まで斬りまくっていたヤドカリの中身がシャコになった巨大なモンスターが鎮座していた。

 ボスだから大きさは大きいが、大水晶蠍みたいに老齢によって強化されている様子はない。


 :でっっっか

 :ボスモンスターってなんでどれもこうでかいのん?

 :第6層の土塊迷宮ソイルゴレムのボスの話する?

 :実際でかいとそれだけで強いしな

 :おまっ、それは駄目だろ


 この疑問に対して、私とサポートしてくれてるギルドの職員の間では一応推測がされてはいるんだけど。

 でもそれは一般に広まっていることではないし、現段階で確信があるわけでもないので口にはしないでおく。


「それじゃ、取り敢えずあれ斬ってさっさと次に行きますね」


 :サクッと言ったなあ

 :まあ今までを見てればね

 :頑張れ~


 視聴者のみんなの応援を受けながら、ボス部屋へ突入。

 《風研ぎ》を更に研ぎ上げて《風刃》に。

 そしてそれで数度斬れば、あっという間にボスはバラバラ、討伐完了である。


 :サクッといったなあ

 :瞬殺される宿シャコがかわいそう……

 :頑張ったら相手が可哀想なんだが


「仕方ないですよ、これは戦闘じゃなくて駆除なんですから」


 正直このあたりのモンスターは本気を出してしまえば相手にならない。

 大体第7層の一部と第8層あたりから少しは骨のある相手が出てきて、第8層の一部と第9層の大半が、今の私の攻撃力だと《風刃》だけじゃ足りなくなってくるぐらいだ。


 :そもそもなんで駆除するんだっけ?

 :なんだっけ、放置すると長生きして強くなりすぎるんだっけ?

 :大水晶蠍のときにそんな話してたな


「そうですね。モンスターが長生きすると面倒なので定期的に倒して回ってる感じです」


 他にも理由はあるけど。

 その推測は、私達ギルド職員の間での秘密だ。

 どうせ答えも出ないことだし、公表することはないだろう。


「じゃあ、次の迷宮に行きますね」


 :行ってらっしゃい!

 :いや俺等は普通に見てるけどね

 サポート部:みつるちゃんお疲れ様~。次は樹海迷宮グレートウッドだね。無理しないでね~

 :サポートの人らもずっと見てるんだな


「ふふっ」


 コメントで行われるコントに思わず笑ってしまい、その後のサポートの多分天音さんからの労いの言葉に心が温かくなる。


 さあ、ここからも頑張ってしてパトロールしていこう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る