第13話 サクサク行きますよ

 大海迷宮の円状の地形をぐるっと歩いて巡回をする。

 ここの迷宮で探索者が戦うモンスターは実質一種類しかいないので、戦闘も特に考えることなく、向こうが気づいて攻撃してくるときだけ迎撃する。

 こんな階層でわざわざ気配を隠したりはしない。

 

 :ヤドカリでっかいな

 :モンスターそれしかおらんの? ずっとヤドカリ斬ってるけど

 :大海迷宮知らんのか?


「実際はもっとモンスターいますよ? ただここの迷宮は海に住んでるモンスターが多いんですよ。魚とか。だから私達が陸で戦えるのは、陸に上がって来てくれるヤドカリしかいないって感じです」


 他のモンスターだと、魚っぽいモンスターとか昔の海で泳いでた恐竜みたいなモンスターが多いらしい。

 そしてそういうモンスターは、海に入っていかないと攻撃してこない。

 だからこの迷宮では、唯一陸に上がってくる巨大ヤドカリを探索者が迎撃するという形になっている。


 ここくらいなら迷宮内に拠点を築けそうな気もするよね。

 やどかりだって大きくて殻が頑丈なだけで圧倒的な速度とか遠距離攻撃を持ってるわけじゃないし。

 まあ転移魔法陣ですぐ外に出れるから迷宮内の拠点なんて必要無いんだけど。


 :というかさっきからヤドカリ殻ごとスパスパいってないか?

 :お前誰もがあえて無視していたことを

 :深淵を散歩出来る女だぞ それぐらい出来るに決まってるだろ

 :俺たちの常識ではかっていい人じゃないんだ

 :関節狙って斬る人は知ってるけど殻斬るのは聞いたこと無い


 そしてその唯一のモンスターである巨大ヤドカリだが、これがまた少しばかりめんどくさいモンスターだ。

 その戦い方や特性もそうだが、迷宮のバランスといえばいいだろうか。

 

 この2メートルあるヤドカリは、とにかく硬いのである。

 それはもう、5層に降りれるような探索者でも普通には甲殻を切り裂けないほどに。

 いわんや、4層相当の探索者をや、というやつである。


 だが一方で、戦い方にこれといった脅威はない。

 そう、4層という迷宮も厳しくなる階層で、ヤドカリの戦闘方法自体にさしたる脅威が無いのである。

 

「ここのヤドカリは基本的にのろいんですよね。だから追いかけられて逃げられないなんてことはなくて、ヤドカリの殻を破壊できる魔法使いの人とかがいたらもう遠くからどこどこ魔法撃ってるだけで倒せちゃうぐらいに」


 :それが出来たら苦労はしない

 :確か熱伝導率が低い素材で火属性は効かないんだよな

 :そもそも硬いからそれ以外の魔法も効き悪いし

 :剣で斬るのも無理だしな


「ヤドカリを斬れない人が変に斬り掛かったら駄目ですよ。弾かれて体勢が崩れたところに、パワーと硬さとサイズだけはあるハサミ食らってKOです」


 大きいし硬いし攻撃の威力はあるのだ。

 そう威力は。


 だけど普通に距離を維持していればそもそも当たる攻撃じゃない。

 そしてここのヤドカリに、その距離を詰めて戦う機動力はない。


 つまり、的なのだ。


「ここのヤドカリって、ヤドカリを倒せる攻撃が出来る人からしたらカモなんですよね。動きは遅いし距離取ってれば攻撃はしてこないですから。タイミング見計らって仕留めれば簡単に倒せるんです。でもヤドカリを倒せる攻撃力が無い人からしたら、攻撃は弾かれるし、弾かれて体勢崩れたところに重たい一撃があるしでとても強いモンスターになるんですよ」


 そういう意味では、多分ここで一番稼げるのは5層クラスの実力がある探索者だろう。

 安定を取りつつのろい的を倒していればお金になるのだ。


「なので、正直4層の中ではちょっと異質な迷宮だと思います。もし皆さんもここに来ることがあったら、無闇に攻撃しないでちゃんと安全な距離を保ちつつ色々やってみてください。他の迷宮のモンスターみたいに攻撃能力が高いわけじゃないので、ゆっくりじっくり考えやすい相手ではありますよ」


 :ええー? そんな簡単に行く

 :距離取ってる分には安全なのはそうか 動き遅いし

 :こいつにやられる人は、こいつを倒せないあまり攻撃範囲に入ってカウンター食らってるってことか

 :探索者には冷静であることが求められる

  この巨体を前にしてな


 そういう事情があるから、実のところここは第4層の迷宮の中では不人気な部類に入る。

 第4層クラスの探索者ではヤドカリを仕留めるのが少しばかり難しく、また返り討ちにあう危険性が高いからだ。

 

「正直、ほんとにここで死んじゃう人はもっと落ち着いて探索してくれないかなと思いますね……」


 攻撃性の高いモンスターに攻撃されて負けたり、足の速いモンスターに追われて逃げられなかったり。

 そういうのはわかる。

 でもこの迷宮に関しては探索者自身がちゃんと引き際をわきまえて無茶をしなければ死ぬことはないのに。

 

 そのあたりギルドから解説動画とか出してくれないかなあ。


「サポートの皆さん、ここの迷宮についての啓発動画とか作れません?」


 サポート部:啓発動画かい? 内容はどう言ったものを想定しているのかな

 

 私が考えていたことを説明すると、少し間を置いてから返答があった。


 サポート部:そういった動画自体は非常に有用だと思う。ただ、作るなら全部の迷宮でという話になりかねないね。

 少しこちらでも相談してみるよ

 :俺は探索者ではないけどあったら助かると思う

 :良いアイデアだと思ったけどな

 :でも誰が作るって話だよな

 :難しいな


「他の迷宮とここじゃあ大分方向性が違うんですけどね。まあ考えるのはおまかせして、ちゃっちゃと探索してしまいましょう」


 実際全部の迷宮の攻略動画みたいなのとか、作るのは非常に難しい。

 迷宮は広いしモンスターは多いし。

 この大海迷宮ラディアント・ブルーの陸地部分が限られた地形しか無く、モンスターも実質一種類であるがゆえにそこだけなら出来るかなと思ったんだけど。


 なかなかうまくいかないものである。

 私だって、そんな動画の撮影を手伝って欲しいと言われてもあんまり引き受けたくない。

 私の仕事は下の方の層の開拓なのだから。

 そして私以外の探索者も似たような感想を抱くのだろう。


 『自分は自分の探索があるから』と。

 探索者ってそういうものだしね。

 まあ私はどうしても必要だという形でギルドから頼まれたらやるけど、そういう私以外でも出来る仕事をギルドは私に頼んでこないからね。


 ぐるーっと陸地部分、白い砂浜と磯のようになってる岩場にわずかに生えている南国系の木々があるエリアなどを歩いて巡回を終える。

 多分それなりに探索者が入っているのだろう、長生きして強化されたモンスターやそれに近づきつつあるモンスターは見かけなかった。

 他に異常もなく──


「どうだろう」


 :どうした?

 :何かあった?

 サポート部:少しでも感じたことがあるなら言ってほしいね。考えたり調べたりするのは私達の仕事だから


 いざ巡回を追えて振り返ってみると、ほんの少しだけ引っかかった違和感。

 探索中は、配信に集中していたなんてこともなく常に意識は周りに向けていたが特に違和感を感じなかった。


 けれど全体を通して考えると、違和感が形になってくる。


「ものすごく曖昧なんですけど」


 サポート部:うん

 :なんか怖いこと言う感じ?

 :ちょっと茶化すの待ったほうが良いんでない?


「ヤドカリ、少ない気がしました」


 ここの迷宮のヤドカリは単体では御しやすい。

 たとえヤドカリを倒せない探索者でも、やばいと思ったら簡単に逃げられる。

 注意しなければいけないのは、踏み込みすぎてカウンターを受けてしまうことと、他のヤドカリが寄ってきて囲まれること。


 そう言われるぐらいにはやどかりはいた、はずだ。

 今日の探索で見たやどかり、そこまでいたか?


 サポート部:映像見返して調べてみるよ。君の勘はよく当たる


「間違ってたらすいません」


 サポート部:勘違いならそれでいいさ

 :……もう話しても良い感じですか?

 サポート部:ああ、失礼。もう大丈夫だよ。後はこちらの仕事だ

 :楽しく配信見てたけどなんか緊迫した場面だったな

 :他の配信者でも探索に真剣なのはよくあるけど、今のは仕事でやってるんだなってのが良くわかったわ


 ちょっと空気を緊迫させてしまった。

 でも私の勘はよくあたるのだ。

 これだけ危険な迷宮で命を繋いできたのである。

 危機に対する勘の1つや2つ生まれようというものだ。


「それじゃあ一周してしまったので、次の迷宮に移動しますよ~。次はこの迷宮の地下にある地海迷宮に行きます」


 それはさておき、話題を切り替えて次の迷宮に向かうことにする。

 視聴者達は迷宮の外から見ている人たちだし、不用意に緊張させる必要もない。


 その後場所を移して私は巡回を再開した。

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