第10話 ちょっとした飲み会

 夜、私はサポートの皆と他数名と一緒にお酒を飲みに来ていた。

 といっても私はお酒の美味しさを理解できてないのでノンアルコールドリンクしか飲まないけど。


「やあ、隣お邪魔するよ」

「あ、はいどうぞ。お疲れ様です」

「ありがとう。でも一番疲れてるのはみつるちゃんだろう?」


 私の隣に座ったのは、私の迷宮開拓他作業をサポート、記録する部署のメンバーである園田咲さん。 

 女性だけど凛々しくて、口調も女性らしくて可愛いと言うよりは男前でかっこいいという表現の方があう人だ。


 咲さんの言わんとするところがわからず首を傾げると、くすりと笑ってから教えてくれた。


「最近配信を頑張っているだろう? 慣れないことをして疲れてないかと思ってね」

「あ、配信のことか。うーん、私も驚いてるんですけど、思ったよりやれてるというか……。あんまり疲れる感じがしないんですよね」


 これは私も結構不思議に思っている。

 配信を初めてちょうど1週間が経つが、毎日知らない人たち相手に配信をしているのに嫌な思いをしたり疲労を感じるところが今のところないのだ。

 最初の私の想像だと、キラキラな配信を目指そうとして気疲れしたり、うまくやれない自分に苛立ったりしてしまうのかななんて思っていたので、自分について今一度考え直していたところである。


「最初はあまり気が向いてないようだったけど、何か思っていたのより良かったことがあったのかな?」

「うーん、心当たりかなっていうのはなんとなくあるんですけど、それでも良いですか?」

「うん、私に聞かせてくれるかい?」


 この話しかけ方からして、咲さんが私のストレス解消やメンタルケアを口頭でしようとしてくれているのはわかった。

 私はギルドにとっても非常に貴重な戦力なので、こうして食事の席だったり日常の雑談だったりで結構気を遣ってもらっている。

 それを遠慮するのも違うと思うので、こういうときは思う存分のって内心を吐き出させてもらっているのだ。


「最初は、配信ってすごくキラキラしたものだと思ってて、だからすごく頑張らないといけないんだろうなって思ってたんですよ。たくさんの人の前で話すのもあんまり得意じゃなかったですし」

「うん」

「でもやってみたら、私の知ってる配信みたいにコメントが目に追えない速度でバーって流れるようなことなんて無かったし、初日は途中から1人だけ来てくれただけだったじゃないですか」


 今思うと、あれがすごく良かったと思う。

 私が配信という行為、自分の映像を流しつつ、文字でコメントを送ってくる視聴者達とやり取りするという行為に慣れる機会になった。


「それでやってると、結構普通に話せるというか……画面の向こうだから大して反応を気にしないで良いけど、文字上は友達ぐらいの距離感で話せてるからあんまり疲労感を感じてないのかなって思います。今のところ自然体のまま配信が出来てるんですよね」

「そうか……問題が無いようで安心したよ」

「それに……」

「それに?」

「人と話しながら探索してるのは、結構楽しいなって最近思います」


 これが本当に自分でも意外だったのだけど。

 元々私は自分が戦うことと剣にしか興味が無い人間だと思っていたけど、配信の距離感が私にとってドンピシャでちょうどいいからか、配信で視聴者達と話しているのが予想外に心地いい。


「人が増えても大丈夫そうかな?」

「まだやってみないとわからないですけど……でもそれが必要なのはわかってますし、今は思ってた以上にやれてるので、頑張ります」


 人が増えたとき、それこそ10人20人とかじゃなくて、1000人、10000人あるいはそれ以上になったときに自分がどう感じるかというのは、今この瞬間にはわからない。

 多すぎる人にストレスを感じるのか。

 それとも今の配信でも、コメント欄の文章を相手として普通に話せているように、案外なんの問題もなくやっていけるのか。


 でもそれがギルド職員として必要なことで、私しか出来ないことだというなら、出来る限りはやってみたい。 


「……君の奉仕精神には本当に、頭が下がるよ」

「そうなんですか?」

「探索者というのは良くも悪くも個人主義だからね。クランなんかの所属する組織ならともかく、ギルドや国のために行動出来る者は少ないのさ」


 普通の探索者はそんな感じなのか。

 まあ確かに、大半の探索者は自分の利益が確保できればそれで良いのだろう。

 人を傷つけないとかモラルはあるが、結局的に個人主義だ。


 けど私は何かに尽くすというのが結構好きだ。

 己の道として貫きたいものはあれど、それと相反しなければ国やギルドのために働いてもいいと思う。

 

 尽くす相手が国やギルドに限定されているのは、多分その2つがギリギリ私の尽くすに足る相手のラインに入っているからだ。

 これが1人の人間とか、あるいは探索者による組織のクランとかだとそういう感想は無かっただろう。


 ただ運良く私が探索者というものに出会ってその道に踏み込んで。

 強くなって親族に招かれた先で私にしか出来ない役目を与えられた。

 そしてそれは私の目的に合致したものだった。


 だから、相手が私に牙をむかない限り私は、国やギルドに尽くしてみたいと思う。


「何か大きなもののために働くというのは、結構好きみたいです」

「そう言って貰えると、ギルドとしても助かるよ」


 実際、4層以降を安定して探索出来る探索者にとって、人や組織に雇われるというのはかなり割に合わない。

 いくら高待遇で迎えられると言っても、トップクラスの探索者は年に数千万から数億を稼ぐので、雇い主からの給与より自分の稼ぎの方が大きいことは往々にしてある。

 スポンサー契約でお金を出させるならともかく、雇われて下に付くというのはあらゆる面でメリットがないのだ。


 私においてもそうで、年収は他のギルド職員の3倍ほど貰っている。

 これは私が探索者としても大食いな部類に入るので食費の補填などもあるのだけど。


 でもそれぐらいの金額は、多分私が一週間から半月迷宮に潜っていれば稼ぎ出せる程度の金額だ。 

 あるいは、私しか到達していない階層の素材を高値で買ってもらえればもっと簡単にいけるかもしれない。

 

 そんな中で、ギルド職員として雇われたまま活動している私は割と異端の部類だろう。

 今現在の稼ぎだって、私がドロップしたアイテムはギルドに提出して、代わりに魔法結晶や武器防具など必要になったときは経費で落としてもらうという契約を結んでいるが、私がギルドに還元した稼ぎの方が多いはずだ。


 それでも私は、この組織のために働くのも悪くないなと思ってる。

 

 そもそも私は自分の名前を上げたいとかお金が山程欲しいとかいう一般的な欲がほとんどないのだ。

 シンプルに、迷宮を歩いてモンスターと戦って己を鍛えたい。

 それだけが私の欲であるが故に、それが保証されている限りでは誰かのために働くというのもなんら苦ではない。


 そして同時に今では、ギルドの、国の役に立ちたいという思いもしっかりと私の中にある。

 加えてそこに親しくなったサポートの皆がいれば、是非やらせて欲しいと思う程度には気に入っている。


「ああー、みつるちゃんと咲しゃん何話してるんれすか~?」


 咲さんとの静かな時間を楽しんでいると、明らかに酔っ払った天音さんがグラス片手にやってきた。

 これだけ酔っ払っても翌日に引きずらないのは凄いと思う。


「みつるちゃんは、とても凄いという話しをしていたんだ」

「そんな話でしたっけ???」


 いや確かに私はとても凄いとは思うけど、今はそういう話じゃなかったよね?

 というか凄いという話で言えば、私の部署の人たちもかなり凄いと思う。

 

 私みたいにオンリーワンのスペックをというわけでは無いけども、たった6人でやるには業務内容が重たいし多すぎると思う。

 

「皆さんも凄いと思いますけど……」

「そりゃそうでしょ~」

「え?」

「らって凄い人じゃないと、みつるちゃんのサポートなんてさせてもらえないから! わらしこれれもすごいからね!」


 酔っ払ってるなあ。

 咲さんの方に視線を向けると、苦笑しながらも頷いていた。


「迷宮の進行度というのは、今現在の国際社会では最も大切なことだと言えるからね。その最前線を切り開いているみつるちゃんのサポートをするなら最低限優秀でないと務まらないよ」


 なんと。


「……そこまで考えたこと無かったです」

「そんなことを考えさせないくらい、私達がうまくサポート出来ていたということさ」


 確かに、私は心置きなく普段の仕事を出来ている。

 迷宮を歩き回って新しいエリアを探索して。

 モンスターと戦って強さを確認したり、危険なモンスターがいたら記録したり。


 その中でまごついたことや、私の行動に無闇に制限がかけられたことはない。


「今更ですけど、いつもありがとうございます」

「ふふっ、お役に立ててるようで何よりだよ。それに、こちらこそ楽しい業務をさせてくれてありがとう」

「楽しい、ですか?」

「みつるちゃんの探索は見てるだけで刺激的だよ。全く新しい世界を私達が切り開いている。そういう感覚は、なかなか得られるものじゃないよ」


 咲さんを始めとした私をサポートする部署の人たちの仕事は結構多岐に渡る。


 まずは私の探索のサポート。

 新しい迷宮の際は、危険に陥らないように声をかけてくれたり、探索の指針を示したりしてくれる。

 

 次に、私が探索した迷宮の記録をもとにした迷宮内マップの作成、及び投光器や転移魔法陣を始めとした迷宮内設備を設置する部署に受け渡すための情報の整理。

 いずれ私が開拓した階層に一般の探索者が降りてきたときには、転移魔法陣をあちこちに置いたり、暗ければ投光器を設置したりする必要がある。

 それに必要な情報を、私1人の探索から出来る限り引き出す。


 他にも、私が回収してきた魔石や素材などのドロップアイテムを研究に回す手続きや、私が迷宮探索に必要とする魔法結晶などに関する書類や、定期的に私が行う既存階層の巡回の報告など。

 

 室長である私の叔父などは、政府や政治家のお偉いさんと良く会議をしているらしく、ほとんど部署の部屋には戻ってこないぐらいだ。


「つまり、Win-Winってことですね」

「そう言って貰えるとありがたいね。今回は君にとっては必要のない配信業なんてものを押し付けてしまったわけだし」

「うぇへへ~、咲さ~ん」

「ふふっ、お疲れ様、天音ちゃん」


 お腹に抱きついてぐりぐりと顔を擦り付ける天音さんをあやしながら、咲さんは謝罪の言葉を向けてくる。

 なんというか、一度私がそれなりにしっかりと断ったせいで結構気にしてくれているみたいだ。

 まあ私とギルドの契約内容を考えると、配信をしているのも私の善意という形になるわけだしね。

 

 あくまで私は迷宮探索をして新しい迷宮を開拓し、ギルドはそれをバックアップする。

 代わりに私は迷宮を探索する際にある程度指示に従うという形で貢献するというのが、おおまかに私とギルドの間で交わされている契約だ。

 まあ実際は色々と条件設定とかはあるけど。


「でも、今は私がやってみようと思ってるから大丈夫ですよ」

「……君が楽しくやれるなら、それに越したことはないよ」


 私は私のやりたいことをやる。

 それは私が探索者になる前に決めたことで、これからも変わることはない。

 

 けどその中で誰かの役に立てるというなら、そっちの方向にも少し頑張ってみようと思うのだ。



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