第9話  ちょっと魅せるための戦い

「それじゃあ、行きます」


 :頑張れー!

 :心臓バクバクしてる

 :見てるのに緊張やばい

 :怖いもの見たさが強い


 さて、動画になるとなるといつもみたいにテンション上げるとちょっとうるさいかな。

 いやでもせっかく結構強い相手と相手の強みを出させて戦うんだし、楽しまなければ損だ。

 高ぶってきたら声が出るのは仕方ないということにしよう。 


 大水晶蠍のいる大部屋に入ると、先日とは違う、迷宮の白色から水色に近い水晶と同じ色の結晶を身体から生やした山がある。

 私に気づいてのそのそとこちらを向く。


 1対の大きな鋏と4本の足、そして本体と同じぐらいに長い尻尾。

 その全てが結晶に覆われて、本体の輪郭が見えない。

 最も稼働する尻尾部分ですらも、おそらくは摩耗で薄くなった結晶に覆われている。


 さてどう出てくるか。

 

 取り敢えず刀に最低限風研ぎをかけつつ出方を伺う。

 こちらを見た大水晶蠍は両ハサミと上体を上げて威嚇をした後、その片方のハサミを大きく振り上げた。

 

「フッ!」


 次の瞬間、眼前に飛んできた結晶の塊を地面に伏せること躱す。

 巨大なハサミが地面に叩きつけられ地面が砕けると同時に、ハサミから飛び出した結晶がこちらに向かって複数飛んできた。

 以前戦ったときはずっと近接戦をしていたので、遠距離攻撃は何気に初めてである。


 :死ぬ死ぬ死ぬ絶対死ぬって今の

 :今何が飛んだ? なんで避けれたの? いや避けないと危ないけどさ

 :地面割れてる……

 :えぐぅ


 さて、それじゃあ今度はこっちから攻撃してみよう。

 まずは取り敢えず剣でハサミを斬りつけてみる。


 ガキンという硬質な音とともに刀が弾かれた。

 そう、この大水晶蠍相手に、普通の風研ぎ程度では正直なところどうしようもない。

 これは風研ぎが悪いとかではなく、純粋に相性の問題だ。


 大水晶蠍を相手にするなら、斬撃よりも打撃、あるいは魔法。

 それも本体にダメージを通すのではなく、体表の結晶を破壊して本体を露出させなければいけない。


 刀をひっくり返して峰の部分で思い切りハサミをぶっ叩く。

 さっきの斬撃よりも良い衝撃が入ったと思うが、重量差は如何ともし難い。

 

 :えっぐい音した

 :今はさみ50センチぐらいずれなかった?

 :パワーどうなってんねんみつるちゃん

 :刀でハンマーみたいなことしてる


 大水晶蠍が高速で振り回すハサミをかいくぐり、身体を一回転するようにして振り回された尻尾を足元に入り込むことで回避する。

 やはり挙動が節足動物系の割には派手だ。 

 

 それでも大水晶蠍は身体を巧みに使って可動域のそれほどひどくないハサミを振り回す。 

 ついには大きく引いたハサミを振り回した勢いのまま、空中に勢いよく飛び上がり一回転までする。

 

 :跳んだ!?

 :いや無理だろこれ

 :攻撃範囲広すぎ! てかなんで避けれたの!? 未来予知!?


 まあ私は見きっているので全部避けているのだけど。

 でも普通の探索者なら、攻撃の予兆が見切れても巨体で距離を詰められると避けきれないかもしれない。

 でかい上に良く動く、しかも空間の広さに制限があるというのは結構探索者にとって厳しい条件だ。 


 :ひええ

 :遠間のカメラだからなんとか追える

 :これ近くでとったらどっちもボケボケやろなあ

 :大水晶蠍もだけどみつるちゃんえぐない?

 :どっちもやばい


 それでも、躱しつつ、時に足の下をくぐり抜けて空間が広い方へと逃れつつ戦い、じっくりと体表の結晶をへし折っていく。

 まずは右のハサミ、そして左のハサミ。

 まあそのハサミの結晶を砕くのにも今は加減をしているので結構な時間がかかってしまうけど。

 

 片方のハサミの結晶がある程度剥がれたところで一度距離を取り、複数の魔法を放つ。

 火属性の攻撃魔法火吹きひふきの後に水属性の攻撃魔法水穿ちみずうがち

 熱してからの急激な冷却で、大水晶蠍の結晶をもろくする。

 多分普通の探索者が大水晶蠍を相手するなら、これは必須の技術になってくると思う。


 :え待って3属性? 

 :風に加えて火と水も使えんの? それってなんてチート?

 :魔法って適正あるなしだったよな?


 その後も振り回される尻尾やハサミを回避しつつ、両ハサミと本体の背中の結晶を片っ端から破壊していく。

 

 時折大水晶蠍が自分から結晶をバラマキ、それを爆発させて衝撃波を放つような攻撃方法を取ってくるが、知っていれば対処はそこまで難しくない。

 大水晶蠍の体表にある結晶よりも分離された結晶は小さいし脆いので破壊は容易いのだ。

 加えて爆破まではラグがあるので、良く警戒していれば自分の周囲に飛んできた結晶を破壊したり、結晶の無い空白地帯に逃げ込むだけで避けれる。

 

 大水晶蠍においてはそんなしょっぱい絡め手よりも、体躯と質量、身体能力を活かしたゴリ押しの方が遥かに怖い。

 厳にハサミを突き出した突進から地面をえぐるように振り上げられる攻撃で大部屋の壁もえぐられ、生えていた結晶がそこかしこに散らばっている。


 そうやって見た目上は派手な、そして進行は遅い戦闘をしばらく続けていると、突如として私に攻撃を続けていた大水晶蠍が動きを止めた。


『KISYAAAAA!!』


 威嚇のように身体を開くのではなく、ギュッと縮こまるようにして上げられた咆哮。

 それに合わせて、体中に残っていた結晶が弾けるようにして四方八方へと飛び散った。


「チッ!」


 自分に向かって飛んでくる分だけを叩き落とすけれども、全身に残っていた結晶が砕けて飛来するので数が多い。

 

 更に、結晶を全て剥がして軽装になった大水晶蠍は、両のハサミを地面へと突き刺して一層大きな咆哮を上げた。


「っ来たっ」


 わずかに反応が遅れた。

 大水晶蠍の咆哮に呼応するように、飛び散った結晶が一斉に弾け飛んだ。


 油断したわけじゃない。

 大水晶蠍に思い通りに戦闘をさせるなら、これは絶対に通らなければいけない工程だ。

 むしろこの攻撃があるからこそ、大水晶蠍に自分のペースを掴ませてはいけないとも言える。


 周囲から一瞬にして遅い来る衝撃波。

 それに対する私の答えは決まっている。


 “全部斬る”


 衝撃波がどうした、それはたかが1つの物理現象、力の波及に過ぎず。

 より強い力でねじ伏せれば打ち消すことが出来る。

 

 大水晶蠍の咆哮に連鎖するように無数の結晶が破裂し、衝撃波が私を飲み込むように大部屋を埋め尽くす。

 あ、もしかしてこれ撮影用のドローン逝ったかな?

 

 それに対して私は、手に持つ刀と全身に魔力を込めて、全身全霊で振り回す。

 正面に振り下ろし、そこから振り上げ横払い。

 10を超える斬撃を一瞬のうちに放ち、そこから発生した衝撃波で大水晶蠍の攻撃を打ち消した。

 刀を振るうほどに高揚する。

 

「やるじゃあないか」


 ちゃんと解説動画として作るなら、障壁系の魔法や攻撃系の中でも衝撃波を打ち消せる魔法を使った方が良かったのかもしれない。

 

 でも私の剣士としての血が騒いでしまった。

 強い相手こそ、この手に持つ刀で斬り伏せる。

 それが私の戦いだ。


 :大丈夫ですか!?

 :死んだ!?

 :おい不吉なこと言うな!!

 :わーここまで派手かー

 :おいおいおいおいおい 

 :あ、映像もどピンピンしてんな!?


『GSYAAAAA!!』


 目の前に立つ、全ての鎧を脱ぎ捨てた大水晶蠍がこちらを威嚇するようにハサミを広げる。

 ゴツゴツとしていた体躯はいっそ細すぎるほどスリムになり、体表は凹凸の少ない甲殻に覆われている。


「かかっておいで」


 さあ、殺り合おうじゃないか。


 手招きをした直後、大水晶蠍が先程までより更に速い速度で突っ込んできた。 

 私はそれを最小限の動きで躱しながら、振るわれるハサミと尻尾をめがけて刀を叩きつける。 

 甲殻があるけど、結晶で普段守られているからかたいして硬くなく、順調に傷をつけることが出来る。


 けれど、それで戦いが簡単になったというわけではない。


 抜き身の刀。

 それが私の、結晶を脱ぎ捨てた大水晶蠍に対する感想。

 鋭く、速く、苛烈に。

 防御は捨て、ただ敵を斬るそのためだけにある。


 :まだ上があんのか

 :速すぎ

 :防御を捨てて攻撃と速度特化になった感じか

 :すげえとしか


 けれど、相手が鎧を捨てたことで私の攻撃もたやすく通るようになっている。

 前半の消耗戦のように長時間の削り合いはもう起きない。

 後はどちらが先に倒れるか。


 その後10分ほどの戦闘の後。

 私が止めとなる強力な攻撃を与えたわけではないが、ハサミが片方根本から切断され、尻尾や胴体にも多数の切り傷が出来た結果動きが鈍っていった大水晶蠍は、力尽きるように地面に倒れ伏すと魔力に溶けて消えていった。


「失血死か……」


 頭を潰したわけでも心臓を貫いたわけでもないけれど。

 体中の大量の傷によって、大水晶蠍は力尽きた。

 正直ちょっと物足りない終わりだけど、一撃で殺さないように気をつけて戦っていたのでむしろこれが理想の終わりだったかもしれない。


「こんな感じです。参考になりますか?」


 :お疲れ様! 撮れ高最高だよ!

 :ならないです

 :わかるのと出来るのは違う

 :まずその技量が無い

 :ポイント解説だけでもしてくれませんか?

 :コレ見て喜ぶギルド職員も化け物やなって


 視聴者達は、見ていても真似するのは難しいという人が多いらしい。

 まあ真似できるなら今頃素晴らしい探索者になっているだろう。

 なんせ、今一番進んでいる表の探索者の最前線がこの第6層なのだから。


「ポイントはいくつかありますね。取り敢えず言えるのは、普通のパーティーとかで来たなら第2形態にならせたら駄目ってことですかね。後は途中で結晶全部吹き飛ばして一斉に爆破する攻撃は、魔法でガチガチに防御しないと全滅必至ですね」


 :あれか

 :あれどうやって防いだの?

 :そもそもどういう攻撃?


「あれは体中の結晶を撒き散らして、それを一斉に爆破してエリア全体を吹き飛ばす超広範囲攻撃です。最初の方に地面に結晶突き立てては爆破してたと思うんですけど、あれを全部一斉にやった感じです」


 あの攻撃は大水晶蠍の必殺技に近い代物だと思う。 

 当然その後も鎧を脱ぎ捨てて身軽になって攻撃はしてくるけど、攻撃範囲が一番厳しいのはあの攻撃だ。

 他の攻撃は避けれるかもしれないけど、あの攻撃だけはいち早く気づいて大部屋から離脱するか、防御を固めて受け切るしかない。


「私は衝撃波を全部斬りました。言っても物理現象と魔力の混合攻撃なので、こっちも魔力込めてより強い斬撃で叩き切ればいけますよ」


 :なんて?

 :いけないんだよなあ

 :攻撃を斬るとはなんぞ

 :見えなかったのが悔やまれる


 攻撃を斬るってソロで剣士やってると割と必要になる技術だと思う。

 今回の攻撃だけじゃなくて、飽和レベルの魔法をぶっ放してくるモンスターもいるし、火炎ブレスで辺り一面を飲み込むモンスターもいる。

 そういうのを相手にする時には、物体以外が斬れないとちょっと厳しい。


「後は魔法を惜しみなく打つことですかね。魔法で直接破壊とは行きませんけど、大水晶蠍の結晶って魔法攻撃が当たると耐久力が下がるみたいだから、魔法で削るのが定石だと思う」


 :ほーん

 :魔法か……魔法結晶高いんだよな

 :魔法使いは必須かねえ

 :非探索者だから詳しくないけど魔法って難しいの?

 :普通に魔法使える人はかなり希少だし、魔法発動を補助する道具はめちゃくちゃ高い


「パーティーで来るならそのあたりはどうにかしてほしいですね。というかしないとどっちにしろこの先厳しいと思います。私もどうしようもない場面があるから魔法とか使ってるので」


 私は剣や刀が大好きだし、それ一本で全部片付くならそれでも良いと思っている。

 でも完全に純粋物理だけではダメージを与えられない相手とかもいる、広範囲過ぎて剣一本、刀一振りでは対処できないような攻撃もある。

 だからこそ魔法や魔力の操作技術を鍛えて使っているのだ。


「あ、説明忘れてましたけど、良い感じに結晶を削ってしまうと大爆発をやられるので、狙うなら一箇所だけ結晶を剥がしてそこから止めを刺す短期決戦ですね。第2形態出さないためにも、相手に暴れさせないためにもそれが大事です」

 

 :短期決戦!?

 :あれを相手に……?

 :またまた冗談を

 :一番難しそうなのが一番安全とはこれいかに 


 本気なんだよなあ。

 失敗すれば命に関わるから慎重に行きたいって人が多いのはわかるけど、特に下の層に行くとモンスターの攻撃も苛烈になってくる。

 そんな環境では、じっくり戦うよりも相手に攻撃させないうちにトドメを刺す方が安全だったりするのだ。

 

 まあそれが難しいのは百も承知なんだけど、短期決戦で倒しきれるならそっちの方が安定するのは確かである。

 

「普通に倒せる実力があるなら、下手に相手に付き合うよりも速攻狙った方が結局安定するんだよね」


 まあそれは、ある程度その迷宮を安定して探索出来るようになった冒険者にしか出来ないことなんだけど。

 

「というかみんな大水晶蠍の攻撃捌ききれる自信あるの?」


 :無茶を言うな

 :無理

 :トップクラスの探索者でも厳しいんですわ

 :無理です


「だったら攻撃させる前にどうにかしようよ。変にじっくり行って相手に攻撃されたら死ぬよ? その前に仕留めきれれば安全なんだから速攻あるのみだよ」


 さて、取り敢えず今日の配信に立てていた予定は終わった。

 大水晶蠍と戦うのに時間がかかったとはいえ、いつもならまだまだ迷宮で戦っている時間ではあるんだけど。


「それじゃあ今日はギルドの皆とご飯食べに行くので、ちょっと早いけどこのあたりで配信終わります。次回は第4層の巡回です。他の探索者も多いと思うのでちょっとのんびりめのペースになると思いますけど、良かったらまた見に来てください」


 :お疲れ様です。絶対また来ます

 :次も見に来るわ

 :見ないという選択肢がない

 :美味いもの食えよー 迷宮探索に人生振り込み過ぎで見てて怖い

 :よーし今日の仕事終わり!

 :仕事しろギルド職員

 :もう定時は過ぎてるし!!


 コメント欄でちょっとしたやり取りが行われているのを見てくすっと笑う。

 こういうのとてもほのぼのしてて、普段迷宮探索と鍛錬とモンスターとの戦闘が好きですみたいな私でも、なんか良いなあ、なんて思うのだ。


「それじゃあみなさん、また明日!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る