第6話 パトロールしながらお話
転移魔法陣を通って第6層に位置する迷宮へ移動する。
第6層ともなると所属する迷宮の数自体が多いので、それなりにサクサクと進んでいかないと時間がかかってしまう。
「迷宮の中を観察しながら歩きます」
:どういうところを見ながら歩いているか、教えて貰えると助かります
なるほど、たしかにそれもそうだ。
配信者なら、そういうことを話しながら探索をするものなんだろう。
配信者というのはずっと何かしら話しているイメージがある。
……私が言うのもなんだけど、それで索敵が甘くなって奇襲受けたりしてないよね?
「見ているのは、迷宮の全部です。モンスターも、破壊痕も、ギルドが設置した器具も、それから魔力とかも全部確認しながら歩いています」
:全部ですか? 明かりが壊されてたら困るから見てまわる、とかじゃないんですか?
そういうのも確かに見て回る。
でもその器具の確認というのは正直私でなくても出来るし、他の探索者がギルドに報告を上げればすぐに情報が回る。
私が特に気をつけるのは、他の探索者ではどうにもならないタイプの異常、異変だ。
「迷宮には色んな異変があります。今言ってくれたようにギルドが設置した探索しやすくするための器具が壊されることもありますし、激しい戦闘で地形が崩れていることもあります。他にも、よくある異変というのはある程度パターンがあります」
:それを確認するわけじゃないんですか?
「少し違います」
確かに、既に起こりうる異変がわかっているならそれを確認すれば良いのかもしれない。
例えば武器の点検をするときに、刃がかけてないか、パーツが緩んでいないか。
確認するのはそれぐらいだろう。
でも、私の仕事としてはそれだけでは不十分だ。
「迷宮で起こる異変の全てがわかっているわけではありません。これまで起こっていない異変が起こるかもしれません。だから私は、迷宮をできるだけよく見て、普段と様子が違うことを見つけるんです」
例えば。
昨日までは鉄で出来ていたはずの剣が、見た目が鉄なのに中身がスポンジになっているかもしれない。
あるいは、見た目は万全なのに、何故かモンスターに刃が通らなくなっているかもしれない。
そんな予想し得ない異常。
これをいち早く発見するのも、私の仕事だ。
「予想できる異変が起きてないか確認はします。でもそれだけじゃなくて、迷宮全体を見て異変を察知する。今やってるのはそういう仕事です」
:すごく、大事な仕事なんですね
「そう言って貰えると、嬉しいです」
視聴者さんに褒められてつい笑顔がこぼれてしまう。
私は、迷宮探索という活動そのものに貢献することが出来る今の仕事が大好きだ。
それを褒められたのだから、嬉しくて当然だ。
:みつるちゃん、その勢いでもうちょっと柔らかく話してみよう! 大丈夫! そこまで丁寧じゃなくても視聴者の人は大体受け入れてくれるから
「そうなんですか?」
:? 何がですか?
あう。
チャットの方の会話とコメントの方への反応が見てる人からしたらわかりづらいんだ。
今私はチャットの天音さんに反応したのに、視聴者さんの方に言ったみたいになってしまった。
「あ……その……」
なんと説明したら良いかオタオタしていると、天音さんが助け舟を出してくれた。
:こういうときは悩まないで聞きなって。考えすぎても答え出ないでしょ?
そっか、そうだよね。
自分の行動を相手がどう思うかなんて、どれだけ悩んでも答えは出ないのだ。
それなら思い切って相手に聞いてみた方が良い。
「私の話し方が、少し硬くないかって同僚の人に言われました。どう思われますか?」
:いつもはどんな感じなんですか?
いつもの話し方。
どんな感じ、と言われると言葉にするのが難しい。
けど今の話し方が、緊張と変なことを言わないようにという考えでガチガチになっているのは自分でもわかる。
「もう少し柔らかいと思います。です、ますぐらいの敬語は普段から使ってるんですが、ここまで硬くはない話し方です」
普段から敬語を使う話し方ではあるんだけど、今は視聴者さんを気にしすぎてガチガチの話し方になっていると思う。
言葉遣いだけじゃなくて話し方のリズムもすごく平坦になるように気をつけてるし、ペースもゆっくりめにしている。
正直自分でも、こんな話し方してる人がいたら丁寧だとは思うけど話しかけるのは絶対に無理だな、って思う。
それぐらい他人行儀な話し方をしてしまっている。
でも配信していることを意識すると、ついこうなっちゃうのだ。
:それぐらいなら気にしないで良いと思いますよ!
迷宮配信者の中には視聴者に向かって『雑魚』とか言いまくってる人もいますし!
「そんな人がいるんですか!?」
:いますよ! でもそういう配信者でも好きな人はいます
みつるさんもあんまり気にしなくて良いと思いますよ
そんなのを聞くと、たしかに私の普段の話し方ぐらい全く大したことないなって思えてくる。
というか視聴者に暴言吐く配信者ってどういうことなの。
配信者の人たちって、配信の視聴者数がそのままお金になったりするから嫌われないように言葉遣いに気をつけるものなんじゃないのか。
「その、そういう人って大丈夫なんですか?」
:大丈夫っていうと、嫌われるか、ってことですか?
「それもありますし、お金とかも……」
絶対普通の人だと嫌がって配信見てもらえなくなると思うんだけど。
:それがですね、そういう配信が好きな人も一定数いるんですよ。
とても多いってわけじゃないですけど、その人もそれなりの配信者さんですよ
「ええええええ……なんか、配信に対するイメージがガラガラと崩れてく気がする……」
配信って、もっとこう見てて楽しくて心地よくて、誰もが喜ぶようなものじゃないの?
:丁寧な配信とか綺麗な盛り上がりとかが見たかったらテレビ見たら良いんですよ
それぞれの配信者がそれぞれの良さを活かして、それが好きな人が見に来てるんです。
みつるさんは、少なくとも強さとか可愛さは結構人気になると思いますよ
「うぇ!? 可愛さ!?」
強さはわかるけど可愛さ!?
:だから、そんな話し方とか気にしすぎなくていいと思います。
唐突な発言に私が焦っているのに、唯一の視聴者さんは気にすることなく、普段通りの私で良いのだと言ってくる。
本当にそれで良いのだろうか。
普段通りの私ってなると、ちょっと戦闘狂なところはあるけど他はどこにでもいる感じになると思うけど。
いや、でも折角の視聴者さんの意見である。
まずはそれを、取り入れてみようではないか。
「よし、わかった。それじゃあ、もっと普段通りにやってみようと思う……ます。ちょっと意識しちゃって変になってる気もする、しますけど、そのうち慣れると思います」
:そっちの方が、さっきの堅い話し方よりは聞いてて楽しいです
まあ、そうだよね。
私だってガチガチの堅い言葉遣いの人よりも、適度に砕けた人と話したい。
「それじゃあ、取り敢えず探索続けて行きます。異変があったらまた言いますね。ちょっとそれ以外で何話したら良いかわからないので黙っちゃうことが多くなるかもしれないですけど」
:迷宮配信なのでずっとしゃべってなくても大丈夫ですよ。
戦闘中まで話してる人もいますけど、正直危ないと思います。
「それは私も絶対に危ないと思う。そんなので怪我されたり死んじゃったりしたら困るよ」
そんな恐ろしいことをしている人がいるのか。
戦闘中に『腕、足、頭!』みたいな感じで狙うところを叫ぶぐらいなら出来るかもしれないけど。
それでも私の戦闘の速度帯だと難しいかな。
「取り敢えず私はそんなことはしません。その代わりに、戦う前とか後にちょっとだけ説明するようにしてみるね」
:楽しみにしてます
よし、楽しみにしてくれるらしい。
なら今日も、できれば私が倒さないといけないモンスターが出ることを願っておこう。
取り敢えず会話に一段落ついて、迷宮の様子を見ながら歩いていると気になるものを見つけた。
「これ……」
まだ新しい、赤い液体が水晶が露出する地面や壁にベッタリと。
その近くには、ひしゃげた金属片と折れた剣が落ちている。
それを確認した私は、ドローンでそれを映しつつサポートの人に話しかけた。
「回収はどうしますか?」
:そこは他の冒険者に任せるのは厳しいね。一応ドローンで撮影してから回収しておいて
「わかりました」
現場や周辺、迷宮のどのあたりかわかる映像を撮影した後、腰の空間拡張済みのウエストポーチから大きな布を取り出して、落ちている金属の欠片や折れた剣を包み、ポーチに収納する。
探索者自身が残っていない場合はポーチにしまえるから回収がしやすい。
:あの、これってまさか……
「あ……」
配信中だというのが一瞬思考からとんでいた。
仕事の対象が来ると意識がくるっとそっちに向いてしまう。
「血と、折れた剣と、おそらく鎧の破片です。ごめんなさい、説明無しで映しちゃいました」
:え、あ、倫理フィルターはつけないんですか?
倫理フィルター。
配信を見ている人の中には、同業者である探索者もいるが迷宮に入ったことのない一般人もいる。
そんな人たちに、迷宮の凄惨な戦闘をそのまま見せるというのはいささか酷である。
例えば、配信中にモンスターに負けて、そのまま配信が繋がったままモンスターに貪られた人がいる。
例えば、巨大な昆虫系のモンスターがあまりにもおぞましくて、視聴者が尋常ではない恐怖を覚えることがある。
この迷宮においては、モンスターは魔力の塊のようなものなのでモンスター自体は血を撒き散らさないし死体もすぐに消えるので内臓が見えたりもしない。
たまに体液が毒だったりすると斬ったところから吹き出してきたりはするけど。
けれどそれでも、探索者の怪我やモンスターのおぞましさで視聴者が恐怖や嫌悪感を感じることは多々ある。
そこにフィルターをかけて映像を大人しくしてくれるのが倫理フィルターだ。
「私は倫理フィルターは使わないって決めてるので、使わないですね」
私はそんな倫理フィルターを使わないという判断を、ちょっとわがままだけど通させてもらった。
:なんでですか? だって明らかにグロい映像はフィルターあったほうが良いんじゃ?
「私はそういう怪我とか血とか、グロかったりするの全部含めて迷宮探索だと思うんですよ。そりゃあ、配信者さんが視聴者に嫌なものを見せないために倫理フィルターをかけるのはわかりますよ? でも私はギルド所属の開拓者です。視聴者の人に、迷宮探索のリアルを見せるのも私が配信をする意味なんじゃないかって思ってます」
:こんにちは~初見です
:迷宮探索のリアル、ですか
なんと。
このタイミングで新しい視聴者さんだ。
こういうときって遡って最初から説明した方が良いんだろうか。
でも簡単に説明できるものじゃないし。
「こんにちは、よろしくお願いします」
:気になるなら配信さかのぼってください、っていうので良いと思うよ
そんなところに天音さんからアドバイスが届いたので、ありがたく採用させてもらう。
「詳しいことが気になったら、配信を遡ってみてください。見ないと状況が分かりづらいと思うので」
:? なんかあった感じ?
:倫理フィルターを使わないのはわかりましたけど、概要欄には書いておいた方が良いと思います。
見ない人が多いかもしれないですけど
「あ、そうですね。概要欄に追加しましょう」
:遡って見てきた。死んでたのか
概要欄を書き終えてみると、そんなコメントが届いていた。
これはちょっと説明をしておきたい。
「あの血を流した人が生きてるか死んでるのか、私の口からは断言しません。ていうのは、助かってるのか亡くなっているのか私にはわからないんですよ。なので、取り敢えず証拠品だけ回収して、後でギルドに提出するって感じです。なのでコメントもなるべく死んだっていう断言はしないようにしてください。死体が残ってたりしたら別ですけど」
:確かにあれではわからんのか
:気をつけます
:というかそこ、映像見る限り第6層の迷宮じゃね? なんでそこにソロで行ってんの?
新しく来た配信者さんが、カメラを見てそのことにようやく気づいたらしい。
まあ今どき、第6層でもこの迷宮に来る人は相当少ないしね。
だからこそ私が重点的に見回りをしているのだ。
「詳しい事情は概要欄に書いてるので、取り敢えずそれを1回読んでほしいです。そしてここは迷宮第6層、水晶迷宮クリスタル・ケイヴであってますよ。ここまで来る探索者さんは本当に少ないんですよね……」
だからこそ、惜しい。
先程の血の主がせめて無事でいて欲しいと願う。
「さて、それじゃあ見回り続けますよ~」
:え、これ、ま? 概要欄の説明冗談ならまじでやめとけ。
そこは本気で死ぬぞ
:俺もその反応したなあ
「説明しても信じられないと思うんですよ。でもモンスターと戦うとこ見たらわかると思うのでそれまで見てってください。今日も多分、何回か戦うことになると思うので」
こればっかりはね。
言葉を尽くして理解してもらうよりも、実際に深層レベルのモンスターを蹴散らして理解してもらった方が速い。
:えらく自信満々だなあ。あんまり無茶な配信は怖いから見たくないんだけど
:楽しみにしてます
「それじゃあ、他の迷宮も見ないといけないのでサクッと見て回っちゃいましょう」
1つの迷宮にいつまでもいてられない。
私は再び周囲を観察しながら、迷宮の探索を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます