第7話 意外と楽しいな?

 視聴者が2人に増えて、少しだけにぎやかになった配信をしながら迷宮の探索を進める。

 道中、移動の都合上どうしても気づかれるモンスターがいたときには一刀のもとに斬り伏せた。


 この水晶迷宮クリスタル・ケイヴは、迷宮全体に巨大な水晶が存在している広めの洞窟みたいな場所だ。

 第1層の洞窟迷宮ザ・ケイヴほどに狭い場所はあまりなく、四方を地面や天井から生えた水晶に囲まれた洞窟のようになってはいるものの、空間自体はそれなりに広い。


「モンスターを見るのも基準があるんですよ」

 

 遠目に見かけたモンスターと戦わないのか、という質問に答えるために、まずは私の迷宮探索におけるモンスターとの戦闘のスタンスを説明する。


「今日の巡回は迷宮に異常が無いか見て回るためなので、異常がないモンスターはそのまま放置します。別にわざわざ倒さなくて良いですからね」


 :異常なモンスターもいる、ってことですか?

 :稼ぐための探索っていうよりパトロールみたいなもんか。収入は大丈夫なん?

 

 うわ、視聴者が2人に増えただけで質問が倍になる。

 これもっと人数増えたら大変なことになるのかな。

 それともそうなったらみんな質問は控えてくれたりするのか。


「収入は私はちょっと他の探索者さんと違うんですよね。ギルド所属なので定期的にお給料が出てるので」

  

 私の雇用形態とかについては、細かいことは説明しない事になっている。

 契約の内容なんて他人には明かさないのが普通だし、私がギルドに雇われてお給料をもらいながら探索をしている、ということだけがわかればいい。


「それと異常なモンスターですね。まあ上の層だとあんまり見かけないかもしれないですけど、5、6層だといますねえ」


 4層までだとそれなりに人が入ってモンスターを倒してくれるので、探索者の手によって異常のない迷宮が保たれている。

 けど5、6層はちょっと違う。


「5層と6層の迷宮って、敵が強いのもあってあんまり人が来ないんですよね。だから放っておくと長生きするモンスターが出てきて──」


 小声で話しながら歩いていた私は、水晶迷宮の最深部に位置する大部屋の中を覗く。

 大部屋の主はただ1体。

 ここまで道中倒してきたのよりも遥かに巨大な、あるいは動いていなければ水晶の山かと見紛うほどの巨体をした大水晶蠍だ。


 :でっ、か……

 :2層の女王蜘蛛と同じくらいか?


「あー、やっぱりか」


 そっと気配を消して覗いたモンスターの身体に生える結晶の色は、迷宮内に生えていたり他のモンスターが生やしている青白い、水色にも見える色合いではなく、青黒い暗色をしていた。

 形状も、通常のダイヤモンドのような美しい結晶ではなく、全体的に大きく、また尖った殺傷能力の高そうな形状に発達している。

 

「普通の個体ならあの体表の水晶ってもっと明るい色合いしてる形も大人しいんですよ。それこそ水晶狼とか水晶蠍が生やしてたみたいな。けど長生きしてると、あんな感じでモンスターが強くなることがあるんですよね」


 一旦引っ込んで、視聴者さん達に簡単に説明する。

 以前パトロールをしたのは3ヶ月以上前だっけ。

 下の方の層は魔力が濃いから、モンスターが強くなりやすい環境にあるため、それぐらいの期間でも場合によっては強化個体になってたりするのである。


「そういう長生きして強化されたモンスターは特に危険だから、私が見て回って間引く仕事もやってます」


 :勝てるんですか?

 :間引くってモンスター減らしとくってこと?


「勝てますよ。このモンスターはちょっと苦労するかなとは思いますけど。でも間引いておかないと、色々とまずいんですよね。それこそ他の探索者さんが知らないままに交戦したらもう助からないので」


 他にもいくつか理由はあるのだけれど。

 でも迷宮内で何らかの個体で通常より強い状態になっているモンスターは脅威以外の何物でもない。

 普通の探索者が知らずに接敵してしまえば、負ける可能性が高い。

 

 全ての探索者を助けるのは物理的にも不可能だけど、せめてこういう不慮の事故のような形で亡くなるのは防げるならば防いでおきたいのがギルドとしての見解だ。


 :だから異常に強いモンスターは倒しておいて、その迷宮本来の強さを持つモンスターを残すってことか


「そんな感じです。迷宮を探索する以上常に死ぬ可能性はありますけど、無謀に強いモンスターに挑んで死ぬのと、ちゃんと適正な強さを考えて来たのにモンスターが強くなってて死ぬのだと話が違いますからね」


 迷宮探索をする以上、どうしても命の危険というのはある。

 リターンも大きいが当然ながらリスクも大きい。

  

 だからこそ探索者は武器や鎧に身を固め、自分の強さにあった迷宮へ探索に赴く。

 そのバランスが崩れてしまうと普通に探索に入ることすら困難になる。


 だから私みたいに安定して見て回れるものが、迷宮のバランスが崩れていないか定期的に巡回するように依頼を受ける。

 私は基本5、6層の担当で人が捕まらなかったときは4層、3層にも出向くけど、3、4層は大抵他の腕利きの冒険者がギルドから依頼を受ける形で派遣されるらしい。


「それじゃあ、さっさとあいつしばいて次の迷宮に行きますね」


 :そんな軽く……

 :蹂躙ですか?

 

 5層、6層だけでも回らないといけない迷宮の数は10を超える。

 1日で全部は無理だけど、今日だけで3つは迷宮を回っておきたい。


「あ、ちなみに巡回のお仕事してるときは速く倒したいので、基本出し惜しみはしません。ちゃんと戦ってるのが見たかったら私が特訓してる時とか見てくださいね」


 :なんて?

 :昨日のあれ手加減だったんですか

 :この前のって?

 :昨日の配信で最後に戦闘してたんですけど……あれは絶対見たほうが良いと思います

 :ほーん二窓するわ


 ポーチからシリンダー状の魔法結晶を取り出して魔力を流す。

 魔法結晶はあらかじめ特定の魔法を発動するための回路が組み込まれた魔導具で、そこに魔力を流すことでその術式を手軽に発動することが出来る道具だ。

 

 今回発動した魔法は、風研かぜとという、武器の鋭さを上げる補助系の魔法だ。

 私はこれを自分の魔力の操作で補って更に応用した魔法に変化させる。

 

 その名も風刃ふうじん

 元々ある刃の表面に風の刃を形成する風研ぎを自力で制御して、刀の延長線上に風の刃を形成する。


 :風属性の魔法ですかね?

 :魔力結晶持ってんのか。 てかこれなんの魔法だ?


 魔法を発動した剣を携えた私が大部屋内に駆け込むと、大水晶蠍がのっしのっしと振り返ろうとした。

 もし私が戦いを楽しみに来ていたなら、ここで待って正面からやり合った。

 でも今回は、早急な駆除が目的だ。


 だから、振り向き途中の大水晶蠍に対して剣を振り上げて。

 そして風刃によってリーチが遥かに長くなった刀を真っ直ぐに振り下ろした。


 背中に生えている巨大な結晶塊と刀の刃、そしてその延長の風の刃が接触する。

 流石に堅い。

 この迷宮のモンスターが身体に生やしている結晶は、大抵かなりの硬度をしていて攻撃には苦労する。

 

 けど私の敵じゃない。

 もうそこは、私が何年も前に通り過ぎた場所だ。


 振り下ろしでモンスターの身体が縦に両断され、続いて引き戻してからの横切りで横向きに真っ二つになる。

 それで完全に絶命した大水晶蠍は魔力に溶けて消え、後には魔石だけがポツンと残った。


「ふう、はい、終わり」


 :はあ……夢ですかね

 :CGかな?


「現実ですってば。私強いって言ったでしょ?」


 自分でも見たはずの映像が信じられないという視聴者たちに文句を言う。

 ちゃんと強さがわかるように一撃で倒したじゃないか。

 まあ見せて無くてもそれが一番速いので一撃で倒したんだけど。


「あ、ちなみにこの大水晶蠍、ちゃんと強いモンスターなので、簡単に倒せるだろ、みたいな感じで戦い挑まないでくださいね。私がやったのはいわゆる、変身するヒーローの変身中に攻撃して倒したようなものなので」


 :本来はもっと強い感じですか?

 :不意打ちしなければ強いなら、不意打ちで倒せば良くね


「不意打ちするにしても、私と同じぐらいの攻撃力が無いと駄目ですよ。私は風魔法を特によく使うので練度が高いし、そもそも刀の扱いをずーっと鍛えてるから斬れます。けど普通なら魔法で強化した剣でも弾かれると思いますよ。あれ本当に硬いので」


 ;一応補足すると、みつるちゃんの攻撃の威力というか斬れ味を出せる探索者は今のところ他にいないよ。

  他にいない唯一無二だからこそみつるちゃんをギルドで雇ってるわけ

  ついでに言えば、6層を探索できるレベルの探索者が大水晶蠍と戦うなら地道に背中を殴って結晶を劣化させて剥がしてって、丸裸にしてから本体を傷つけるぐらいしかダメージ与えられないからね

  後はみつるちゃん、大水晶蠍の戦闘方法説明しておいてね


 補足のために天音さんが出てきてくれた。

 確かに、魔法の威力ならともかく、魔法で強化した剣の斬れ味なら私が一番か。

 どっちかというと剣、刀は相手を斬れるものって大前提があるぐらいに重点的にそこは鍛えてるから考えたこともなかった。


「大水晶蠍の戦い方、ですか……。基本的に、見た目以上にアグレッシブですね。最初振り返るのはあんまり早くないですけど、一度戦闘態勢に入ったら尻尾とかハサミで凄い速度で攻撃してきますね」


 あの体型のモンスターでもあれだけ動けるんだ、と感動した覚えがある。

 上の方のエリアにいるヤドカリとか巨大蜘蛛とか巨大甲虫とかの影響で、節足動物系のモンスターは動きが単調だと思っていたので良い意味で驚かされた。


 :探索者やってないからイメージわかない

 :いつかその戦闘も見せてもらえると嬉しいです


「戦う訓練とかだともっと下の方のモンスターとするので、このモンスターと本気で戦うことはもう無いんですけど……折角なので、いつか時間があるときにやろうかなと思います」


 視聴者のリクエストに答える。

 こういうのが配信者だよね?

 大水晶蠍と戦うぐらいなら自分の訓練時間にでも出来るし、全くの無意味かと言われるとそうではないので、一度くらいは破ってみようと思う。


 :ありがとうございます!

 :調べたけど公開されてる映像の限りでは大水晶蠍との戦闘とか無いぞ……もうここまで来たら流石に信じるけど、凄い配信者なんだなみつるちゃん


「ちゃんはちょっと、そういう歳じゃないので男性に言われるのはちょっと恥ずかしいです。呼び捨てとかさんの方が嬉しいです」


 天音さんとか女性陣なら良いんだけど、男性だと思うとちょっと恥ずかしさがある。


「あ、ちなみに大水晶蠍は戦闘中に第2形態になって戦い方が変わるので、実際に戦うまで楽しみにしておいてくださいね!」


 :ちょっと待て

 :情報を出してくるペースはもう少し手加減してもらえると助かります……


「? 何を待つんですか?」


 :出される情報がいちいちとんでもなすぎてちょっとついていけない。もうちょっと手加減してくれ

 :みつるさんの配信は驚きの連続なので驚き疲れてるんです。それと『ちょっと待て』っていうのは、衝撃の事実が明らかになったときとかにネットで使われる定型文みたいなものなので、あんまり気にしないで大丈夫だと思います


 定型文? 

 何か元ネタがある言い回しのことだろうか。

 そういうのがあるとはサポートの皆に軽く聞いていはいたけど、実際にどんなものなのかは私は知らない。

 配信するならちゃんと勉強しておいた方が良いかもしれない。


「えと、でも多分私の配信って、普通の人からしたら知らない情報ばっかりだと思うんですけど……」

 

 :わかってます! コメントで『ちょっと待て』とか『手加減して欲しい』って言ってるときは、だいたい自分で驚きを吐き出すために言ってるので、あんまり気にせずに、ちょっとだけわかりやすく説明してくれたりしたら助かります

 :そう言えば配信初心者さんだったっけ。あんまりコメント欄は気にしないようにな。別に全部のコメントが反応してほしくて書いてるわけじゃないし。

  そもそも配信は配信者のものだから自分の思うようにするべし!


 なるほど?

 そういう意味でもコメントを無視して良いことはあるのか。

 反応してほしくて書いてるわけじゃないコメントというとあんまり思いつかないけど、『凄いです!』みたいなのもそれに当てはまるのかな。

 自分の感想を吐き出すだけのコメントとか、そういうことだろう。


 :配信しながら慣れてこーね


 天音さんもこう言っているし、気にしすぎないようにしよう。


「気にしすぎない程度に気にするように頑張ります」


 まだまだ、私の配信者としての道は険しいらしい。

 でも、人と話してるのって、やっぱりちょっと楽しい。

 だから、これからも配信に慣れていけるように頑張っていこうと思う。

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