第5話 今日もまた配信やっていきます
「えーと、配信開始されてますかね?」
確認に対する返答は、配信の方のコメント欄ではなくいつものチャットの方に届いた。
:されてるよー
「今日は皆さん配信の方には来てもらえないんですね」
思わずそうこぼしてしまう。
:うーん、そんなに昨日の最初の方のやり方気に入った?
それはもちろん、気に入ったに決まってる。
一度あの心地よさ、楽しさを知ってしまうと、もう戻れないと思うぐらいには、私は皆とワチャワチャしながら探索するのが心地よかった。
これまで私が迷宮を歩くときはほとんど1人だった。
大久保さんとか、今多分チャットを打っている天音さんとかはチャットでもちょくちょく返信をくれたりしていたが、他の人になるともう業務的な連絡ぐらいしかやり取りがなくなる。
『〇〇の方向に向かってくれ』
『モンスターの調査をしたから数度戦闘をしてほしい』 etc...
それが悪いとは言わない。
元々ギルド職員になる前、探索者を始めたときから私はソロだったし、それを気にしたことも無かった。
それよりも私はただ強くなりたかった。
モンスターと戦い、剣を振るい、ひたすらに強くなること、戦いの中に身を置くことを追い求めてきた。
今でもそれは変わらないと思う。
今だって戦いは好きだし、モンスターと剣を交えていれば自然と気分が高揚する。
人と付き合うのだって、あんまり親密な関係になるのは今でもあんまり得意じゃない。
でも昨日、そんな私の配信に普段サポートをしてくれているギルド職員の皆がやってきて、コメント欄で色々と教えてくれたり会話をしたりしていた。
誰かの声が側にあるのって楽しいな。
そう思った。
:そっか。うん、言いたいことはわかった
私が自分の思ったことを語ると、チャットをしている天音さんはそれに答えてくれた。
「だから、皆さんも来てほしいなって思うんですけど、駄目ですか?」
ずっと1人だったけど。
それを寂しいとも思っていなかったけど。
でも私の心はどこかで、一緒にいてくれる人を求めていたのかもしれない。
:取り敢えずね、そういうのを配信の視聴者とやれたら良いなって私達は思うわけよ
「視聴者さんと、ですか?」
:そう。昨日やったのは、まあ大分身内のノリが強い部類ではあると思うけど一般的な配信に近いところがあったと思うわ
あれがそうなんだ。
あんまり配信とか見たことが無いから実感が湧いてなかった。
「身内のノリ、っていうのは何のことですか?」
:配信の主催者は配信をしてる人、ここだとみつるちゃんなの。
その配信の内容を見て、配信者に対してコメントをするっていうのがセオリー。
そこで配信者以外の人が互いに会話をするっていうのは、あんまり大きな配信では許されないことなのよ。
配信をしている人、見ている人。
その双方向間のやり取りが普通で、見ている人同士がコメント欄を使って会話をするのは、ある種の越権行為ではないけれど、領分を越えた行為に当たるらしい。
:身内のノリって言ったのは、視聴者が少なくてその上いつも見ている人が同じような配信だと、もう視聴者と配信者含めてのグループで会話してるみたいな形になることがあるの。
昨日だと私達がコメント欄で話してたのはそれに当てはまる。
「だから身内のノリが強かった、ってことですか。普通なら、皆がコメント欄で話すようなことはないんですか?」
:みつるちゃんに対してコメントを送ることはあるけど、それこそコメントで送られた疑問にコメントで答えたり、コメントでやり取りするっていうのはほとんど無いと思う。
あんまり好まれないみたいなのよね、そういうの
まあバランスは難しいんだけど
そうなんだ。
配信ってやっぱり考えることがあって難しいんだなあ。
「でも、昨日のみんなでわちゃわちゃやる感じが楽しかったんですけど」
:うーん……
あまり言っては困らせてしまうだろうか。
:ゆくゆくは、なんだけどね。私達も配信の方にコメントするようにはしようと思ってはいるよ?
「はい?」
:あんまり最初から身内のノリでやり過ぎちゃうと、他の人が入ってきづらくなるらしいの。 私も調べてみただけなんだけどね。
ゆくゆくは、ってことは、皆もコメント欄に戻ってくる予定はある、ってことか。
でも、皆がずっといると、新しく来てくれた視聴者さんが困ってしまう。
「あ、だから今は我慢、ってこと?」
;そういうこと。配信してるのにも目的があるしね
つまり、今視聴者がいない状態で職員の皆、6人ぐらいでクローズドな配信が形成されてしまうと、私の名前を配信者としても広めるという目的が達成できなくなってしまう可能性があるのか。
「じゃあ、視聴者さんが増えたら皆配信にコメントしてくれるんですか?」
:皆じゃなくて、映像担当だけかな。他にも仕事あるし。
それに昨日みたいに私達同士のやり取りも控え気味でやるつもり
それは、さっき言ってた身内のノリというやつが強くなりすぎないようにするために必要なのだろう。
でも、皆もいつかは配信の方でコメントしてくれるようになるのか。
「じゃあ、皆が配信に来てくれるように頑張ります」
:うん、頑張ってください。それに、昨日みたいな感じで話せたら視聴者の人ともコメントでやり取り出来るんじゃない?
サポートの皆が配信に来れるぐらい視聴者が集まるように頑張ろう。
そう決意したが、その直後の言葉でまた揺らいでしまった。
私に出来るだろうか。
知ってるサポートの皆じゃなくて、全く知らない人との会話。
そう思っていると、昨日のことを思い出す。
あまり意識してたくさん話せたわけではないけど、気づかないうちに視聴者さんとやり取りをしてたし、最後はぎこちなかったと思うけど話すことは出来た。
少なくとも、絶対に無理ってほどじゃなかった。
だったら、まだ知らない人相手に配信で話すのはちょっと怖いけどやってみないと。
じゃないと出来るかどうかなんて考えててもわからない。
戦闘と同じだ。
まずは安全なところでやって試してみる。
今の視聴者がほとんといない状態は、私が配信に慣れるために最適だろう。
それにもし無理ならコメントは無視していいとも言われているし。
視聴者の人に楽しんで貰うために視聴者の人に向けて話しかけたりしたほうが良いとは思うけど、無理ならばやらなくていいとも言われている。
そのワガママを、私は許して貰っている。
だからこそ、ちょっとずつだけど頑張ってみようと思う。
「よし、頑張ります」
:が、頑張ってください? ところで何を頑張るんですか?
「頑張って視聴者さんとも話してみようぇ、うええええええ!?」
気がつけば、視聴者さんが1人コメント欄に来ていた。
思わず声を上げてしまった。
また私は気づかないうちに視聴者さんと話してしまっていたらしい。
:昨日来てくれた人かな? 相変わらず配信に慣れてないので、温かい目で見てやってください
:あ、どうも、昨日も来たものです。マネージャーさん、ですかね? 昨日の配信見返したんですけど、途中でいなくなってましたよね?
混乱している間に、また天音ちゃんがコメント欄の方で助けてくれた。
でも、ずっとそのままでは、多分駄目なのだ。
「あ、えと、私が説明、します」
:頑張れみつるちゃん
チャットに届いた応援メッセージを見て息を整え、思考を落ち着けて話す。
「昨日最初にコメントしてくれてた人たちは、私のお仕事の同僚の人達です。それで、その人達がずっとコメント欄で話してたら、初めて見る人が入りづらいから、コメント欄からいなくなりました。……ということです」
ちょっと片言みたいになってしまった気がする。
もっとスムーズに話せるように、相手はいつもの皆ぐらいに思って意識しないようにしないと。
:なるほど……でも、それなら1人ぐらいはこっちにいたほうが塚原美剣さんも助かりません?
マネージャーとかがいる配信って結構そんな感じだと思います
それと名前はなんて呼べばいいですかね?
「あ、名前はみつるでお願いします。もうちゃんっていう歳ではないと思うので」
私はこれでも26歳だ。
あんまり社会経験が無いから人より大人びては無いと思うし見た目も探索者化の影響もあって幼く見えるけど、流石にちゃん付けで呼ばれる年齢は過ぎている。
:視聴者さんの言うことももっともなので、マネージャー兼説明係として1人だけこっちにいることにしたよー。
でも仕事の話はいつものチャットでするから、視聴者と話すのはまずはみつるが頑張ってみてね
「! はい! 頑張ります!」
コメント欄にも天音さん、になるかはわからないけど、サポートの人がいてくれるだけで心強い。
やることは変わらなくても、支えてくれる人がいるとわかるだけで落ち着けるのだ。
「それじゃあ、ちょっと最初が長くなりましたけど、今日も配信を始めます」
:はい、今日も凄いのを楽しみにしています!
視聴者の人も結構楽しみにしてくれているらしい。
でもごめんなさい、今日は昨日ほど激しい戦闘にはならないと思う。
:みつるちゃん、出来たら配信で何をするか簡単に説明すると、視聴者にもわかりやすいよ。
あとはギルドのお仕事も広めて欲しいから業務の説明、出来るならよろしくね
「あ、はい」
そうだ、それも配信の目的の1つとしてお願いされていたのだ。
実際に見せるだけじゃわからないこともあるから、説明をしたほうが見ている人に伝わりやすい。
ただモンスターを倒すことにも、私の仕事においてはいくつかの意図がある。
そういうのを、普通に話すように説明する。
「今日は、6層より上の迷宮の視察に行きます」
:パトロールってことですか?
パトロールって英語だけど、ちゃんとした意味はなんだっけ。
そう考えると、私が言った視察っていうのもわかりづらいな。
「迷宮に異常がないか、見てまわって、もし異常があったら私が対処するか、ギルドに報告します」
:なるほど。じゃあ積極的に戦ったりは無いんですね
「モンスターの様子によります。でも、大抵は何回か戦うことになります」
:そうなんですか?
そうなんです。
具体的に説明してしようと思ったけど、話している間足を止めていると今日の仕事が遅くなる。
それはいけない。
まあ私の仕事に一日のノルマみたいなのは設定されていないんだけど。
「取り敢えず見て回りながら、どんなことを観察しているか説明しますね」
さあ、今日も元気よく迷宮の見回りに行ってみよう。
これはこれで、時には私の予想以上のことがあるので、私のお気に入りの仕事なのだ。
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