第3話 それでは配信を始めます
動画配信の件について私が承諾した次の日。
早速私の迷宮探索の配信が始まった。
「と言ってもやることは変わらないんだけど」
:いきなり人が増えすぎても塚原さんの負担になっちゃいますもんね
私の探索の様子の配信だけど、大々的な宣伝はしないことになった。
まずいきなり人が増えても私が対応できないし、ギルドという堅い組織の宣伝ではエンターテイメントの側面が削れてしまって、配信に求める効果が発揮できない可能性が高いらしい。
そんなわけで結局、普段ギルドに中継している映像を配信サイトにも流すことから始めることになった。
:みつるちゃん頑張れー
:緊張してとちるなよ
:皆々様、業務の最中ということをお忘れ無きよう
代わりにコメント欄には、私をサポートする部署の人たちがそれぞれの端末で繋いでおくようになっている。
もともと私の探索で歩いたエリアをドローンを通して監視するのは彼ら彼女らの仕事だし、こうして数名でも配信の視聴者がいれば動画サイトの検索の上位に出てきやすくなるかもしれない。
そういうアイデアだ。
:塚原さんおはようございます。開拓室の皆さんもどーも。ところで配信タイトル、なんでこれなんです?
ついでに、昨日説明に来てくれた川端さんだとかの、庁内のそれなりの地位がある人も見に来ることもあるらしい。
局長が見に来ることもあると聞いたときには目が飛び出るかと思った。
それだけ私の配信には期待しているし、私の待遇には気をつけてくれているそうだ。
「これですか? 私の座右の銘なんですよ。『今日は死ぬのに良い日だ。そう思えるぐらいの人生を毎日生きていこう』って。私ももっと迷宮歩かないとなって思えます」
:なんでそうなるのか本当にわからないっす
:思考が迷宮に飛躍するのはみつるちゃんの困った癖だよね
:こんなんだからサポートのしがいもあるんだけどね
私の配信のタイトルは、昨日寝る前に考えて決めた。
『Today is a good day to die』という、ネイティブアメリカンの思想。
詳しくは知らないけど、確か詩だったかと思う。
私もネットで見かけたこの言葉とその解釈を気に入っているだけなので、本当のところは知らないのだが。
今日は死ぬのに良い日である、という一見死ぬことを意識した言葉の裏側に、なぜなら私は今日を素晴らしく生きているからであり、そして今日死ぬとしても後悔しないほどの幸せを感じるような最高の生き方をしているからだ、という生き方に対する考え方がある。
私もそうやって生きようと思った。
ただ漫然と生きて、そして老い衰えていつか死ぬであろう道を辿ろうとしていた私は、その日から自分の人生の行く先を定めた。
そして気がついたら今こうやって、ギルド所属の開拓者として活動をしている。
「さてじゃあ取り敢えず、今日はボーンルインズのマッピングを主にやって行きます」
:映像の確認は任されました
:これ誰が今日映像についてるかわかりにくくない?
:そこは要改善ということにしておきましょう
「皆さん同じ部署にいるんだから口でしゃべりません? まあ私も皆さんと一緒に探索しているみたいで楽しいですけど」
これまでは私のドローンが撮影した映像を大体常時3人以上で確認していたが、チャットに出てくるのは1人だけだった。
けれどこの配信というスタイルにしたことで、普段画面の向こう側で完結している会話が私の方まで届く。
ずっと迷宮では1人だと思っていたけれど、これはこれで楽しいかもしれない。
ひとまず今日やるのは、迷宮をひたすら歩き回っての詳細なマッピングだ。
と言っても私がいちいち足を止めて地図を書くとかじゃなくて、普通の速度で私が歩いている間にドローンで映像を撮影して、それを解析してもらってマッピングをする。
そして私がモンスターの傾向とか戦闘した際の所感とかエリアの特性を伝えて、それをまとめる。
そうやって、未知の迷宮を開拓していく。
それが私の仕事の1つだ。
迷宮の入り口に設置した魔法陣から初めて、まずは付近の地形をザーッと見ていく。
:相変わらず見づらいなここ
:みつるちゃんは気配に鋭いけど、これだけ木があると奇襲が怖いよねえ
この迷宮第9
遺跡と言っても様々で、例えば砦みたいな壁に囲われてスケルトンがそこを防衛しているところもあれば、ただ横に長い防壁の上にスケルトンのアーチャーがひしめいていたり、あるいは結構しっかりとしたお城みたいな構造をした遺跡の中にスケルトンの軍隊がみっしりと詰まっていたり。
高台にのぼると森の上に飛び出して見える遺跡について把握しやすいが、それについては先日終わっているので今日は地道に森の中を歩く。
そんなことをしていると、森の中にスケルトンを発見。
:やっぱりあれ見えるって凄いよ
:とてもじゃないが、自分がそこにいてもモンスターに気づける気がしないな
コメント欄に部署のみんなの声が流れている間に、木の幹を蹴ってペアのスケルトンに接近。
1体を背中から両断し、もう1体が気づいて振り返る前に叩き切る。
頑丈な鎧も、私が本気で斬ろうと思えば切断出来る。
切断したスケルトンがドロップした魔石1つと両手剣はマジックバッグとか言われる内部領域を拡張する魔法のかかったウエストポーチに放り込んでおく。
剣は高性能だけど、ぶっちゃけ私の活動が秘匿されているので販売するわけにもいかず倉庫に詰め込みっぱなしになっている。
「……ちょっと質問なんですけど、私の探索配信するってことは、これまでストックしてた武器とか出せるってことですか?」
:少しずつだが、出していくだろうね。全部は無理だよ。迷宮関連の市場が混乱する
:ストックが大量だからなあ。全部出すと他の探索者が稼ぐ余地がなくなっちまう
なるほど。
私は他の人より強いのでその分質の高いアイテムをたくさん拾って帰れるが、それを全部市場に流してしまうと他の人が命がけでそういうアイテムを拾って帰っても価値が上がらなくなってしまうのか。
:あ、せっかくコメント出来るから、疑問とかあったら私達も聞いても良い?
「良いですよ。戦闘してないときなら答えられますし」
ここのスケルトンは特に索敵能力が高いということもない。
もちろん迷宮の中では下の方の層なので水準は高いのだが、よくも悪くも普通のモンスターだ。
だから普通に小声で話すぐらいなら、私の方が先に相手を発見できる。
:じゃあ、ここのエリアでモンスター見つけたときみつるちゃん木の幹蹴って移動するけど、なんでそうしてるの?
「ああ、あれは足音を出さないためです。足元に結構草が生えてるので普通に地面を走ると音が出ちゃうんですよ」
迷宮探索の知恵ってやつだ。
:……草のあるところを移動すると音が出るって言うのだけ記録しておくね
:木の幹の間を跳ね回れってのは無茶だからな
「頑張れば出来ると思うんですけどねえ」
私だって昔は出来なかったのだ。
でもこの迷宮で戦って強くなるに当たって、ただ地面を歩いて剣を振り回すだけではとてもじゃないが対応できない。
だから色々と訓練したのである。
魔法結晶を使ってみたり、探索者として強化された身体能力を活かしてみたり、ネットとかで軽業を調べて真似してみたり。
「そう言えば今普通の探索者さん達はどれぐらいの強さなんですかね。私そのあたり詳しくないんですけど」
:あー、そうよね。ずっと潜ってるから配信なんて見る暇ないでしょうし
:塚原さんの認識は重要ですので、ある程度こちらで説明できるようまとめておきます
:よっ、インテリ眼鏡!
:Kさん、仕事をしてください
こういう時に藤原さんは頼りになる。
でも資料が完璧すぎるから、自分で説明するんじゃなくて私の机の上に付箋で『この資料読んでおいてください』とか貼ってることがほとんどだ。
だから昨日までほとんど声を聞いたことが無かったんだけど。
ちなみに配信において私は実名だけど、他の職員さん達は頭文字で呼ぶことになっている。
私も偽名にしないかという提案もあったのだけど、私の場合は本名知られたところで困ることが全くないし、個人を売って行きたいので実名で行くということになった。
そうこうしながら森を歩いていると、少し開けた空き地の先に迷宮の入り口から一番近くの遺跡が見えてきた。
大きな門の正面には2体のスケルトンが歩哨として立ち、遺跡をぐるっと囲む壁の上も弓を持ったスケルトンがうろうろと歩き回っている。
:砦タイプだね
:他にどんなタイプの遺跡がありましたっけ?
:O、お前情報まとめるときはちゃんと分類してまとめとけよ。後で見直しづらいだろ
遺跡は取り敢えず砦、城、防壁、野営地だな
:お説教は配信に流さないでくださいよ! いや別に現実でやってほしくも無いっすけど!
みんな配信見ながらいつもこんな話してるんだなあ。
これまでは短い連絡のチャットだけだったけど、こうやってみんなのやり取りが見えるのは結構私は好きかもしれない。
「遺跡って中まで入ってスケルトン全部倒してから詳細な映像撮りますか?」
:後回しで良いと思います
:同じくです
:あー、遺跡は場所と概要のみで、詳細は後回しにする。塚原も戦闘は減るだろうが理解してくれ
「自分の仕事はわかってますよ。勝手やるときは好きにさせてもらってるんだから、お仕事のときはちゃんとやります」
普段から私の探索先やすることが全部決められているわけでもないし、ずっと自由で無ければ嫌だなんて言う気もない。
お仕事で迷宮を歩けるのだし、自由時間には戦闘も出来るし、部署のみんなは気にしてくれるけど特に私に不満は無いのだ。
「それじゃあこの後どうしますか? 雑に歩くとここマップ作れませんよね?」
:資料を送っておいたからそれ通りに移動して貰えるかい?
一瞬バイブした端末を確認すると、先日高台から撮影した画像を参考に作成したルート図が届いていた。
森が多い代わり映えの無いエリアだと、こういう時に目印が少ないから本当にやっかいなんだよね。
特に洞窟とか巨大樹の上とか移動できる場所が限られるところと違ってどこまでも歩けるので、位置関係が把握しづらいのだ。
取り敢えず移動してきた魔法陣と最寄りの遺跡の場所を参考にしてルートを見つけ、それに従って森の中を歩く。
遺跡の場所と特徴を映像で記録しつつ、森の中で高台になっていたり窪地になっている場所をルート上だけだが記録したり。
一応遺跡から出て行動しているスケルトンと遭遇した場所を記録したりしていく。
「森のスケルトンの移動ルート、決まってたりするんですかね」
:なんでそう思うの?
「だってここの遺跡って砦に城に防壁に野営地って、どれも軍事関連じゃないですか。ってことは森を歩いているスケルトンも定期パトロールなんじゃないですか?」
:そう思って一応遭遇記録からパターン性を探してるがサンプルが少なすぎるな。それか一度スケルトンの跡をつけてみればわかるかもしれないが
サポートの皆と相談しながら、迷宮内部のデータを取っていく。
そんな作業を続けてお昼すぎ。カロリーバーをいくつか食べて栄養補給をしていると、配信の視聴者数を示す数字が1つ増えた。
:こんにちは、初見です
それは、私の配信に初めて、サポートの皆以外の人がやってきた瞬間だった。
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