第2話 配信、ほんとにやるの?

 端末を確認すると時刻は午後7時。

 普通の企業ならそろそろ帰り始める時間かもしれないけど、私の所属している探索者互助組合庁、通称ギルド本部はまだまだ元気一杯に活動している最中だ。

 

 というのも迷宮というのは24時間営業であるし、探索者も中には夜に活動する者もいる。

 その中で不測の事態が発生したときに即応できるように、ローテーションを組んで常に庁舎に人がいるようになっているのだ。

 ちなみにここで言う不測の事態は、探索者がモンスターに殺されそうという程度の問題は含まれていない。


「お疲れ様です」

「お疲れさまでーす」

「お疲れ様ー」


 セキュリティを抜けて普段席を置いている部署の部屋に入ると、数人の職員が会議用の小さな机を囲んでいた。

 

「もう会議やってるんですか?」

「休憩がてらその準備をな」

「あ、会議の時間明日の9時からになりました。塚原さん出れます?」


 ちょっとお腹が気になり始めている中年の男性が上谷さん、ここの部署のナンバー2だ。

 時間を教えてくれた若い人は今日チャットしてくれていた大久保くん。

 そしてもう一人、眼鏡の寡黙な男性が藤原さん。


 他にも今日はもう帰ってしまっているが女性職員が2人と室長。

 私を含めてわずか7人のこの部署が、実は迷宮の最前線を行っていると聞いて誰が信じるだろうか。


「明日9時からですね。じゃあもう今日は帰って寝ます」

「うん、そうして。というか塚原さんはもっと休んで? 室長が怖いからさ」

「はーい」


 ワーカーホリックっていうわけではないけども。

 私は迷宮での戦闘が大好きで、迷宮をあるき回るのがお仕事だ。

 それで人より遥かに高い給料を貰っていたりもする。


 だから少しぐらい迷宮にいる時間が長くたって、おかしくはないと思うのだ。


「塚原さん」

「はい?」


 取り敢えず私のデスクに整理されて置かれている資料を軽く確認だけしていると、藤原さんが珍しく言葉を発した。

 いや、別に話さない人ではないんだけど、私がずっとこの人たちといるわけではないので必然口頭で会話をする機会が少なく、その中でも無口気味な藤原さんの肉声をあまり聞いたことが無いのだ。


「配信の件についてですが」

「うげっ」


 そんな藤原さんの口から出てきた話題は、今一番の懸念材料だった。

 何を隠そう、この部署で一番最初に配信の話を持ち出し来て私が断ったのがこの藤原さんである。

 ちなみに本当に一番最初に言い出したのは、さっき迷宮内で電話してきた井宮だ。


「明日の説明には私も同行しますのでよろしくお願いします」

「ええ~ほんとですかあ」

「本当です」

「嫌だなあ……」


 ここの人まで来るとなると、いよいよ抗いようがなくなる。

 そんなに私が配信をするのって大事なことなの?

 あんなきらびやかなのとか、全くもって出来る気がしない。


 私がうなだれていると、端末を囲んでいた残りの2人が話にはいってきた。


「藤原くん、それって配信の件?」

「そうです」

「それって、塚原さんの探索を動画配信するってやつですか」


 どうやら、既に部署内で話は回っているらしい。

 私だけがほとんどここに来ないので、軽く打診されて断ったという状況なのだ。


「そんなに私が配信するのって需要があるんですか?」


 せっかくなので、思い切ってここの人たちに聞いてみることにした。

 局長さんの部下の人よりもここの人たちの方が遥かに話し易いし。


 私の問いに顔を見合わせると、代表して上谷さんが口を開いた。

 ついでに大久保くんがホワイトボードを引っ張ってくるほどの徹底ぶりだ。



 その後1時間ほどかけて私は、自分の探索を配信にすることの重要性について説明され、納得させられるのだった。






 翌日昼頃。今日は朝から迷宮に潜ることもなく、藤原さんと一緒に指定された本部の会議室にやってきている。

 お相手方の席には以前から見知っている局長さんはおらず、その部下の人が1人だけ座っている。


「時間にはまだ早いですけど、もう揃ってるみたいだし初めて大丈夫ですか?」

「あ、私は大丈夫です。お願いします」

「私も大丈夫です」


 では、軽く自己紹介を、と、立ち上がった相手方が私達の方へと歩いてくる。

 整った顔に浮かべられた笑顔は、その丸メガネもあってかどこか胡散臭い。

 私より歳上なのか歳下なのか、それすらもわからない男性だ。


 慌てて立ち上がって迎えると、名詞を差し出された。


「探索促進局の川端と言います。そちらさんのことは井宮くんから伺っとります」

「え、はい。井宮の上司さんですか?」

「そうですそうです。今回の発案したのも井宮くんやし、それはもう色々と話を聞いとります」


 まさかの言い出しっぺは私の腐れ縁。

 かつて初めてギルドとつながりを持ったときに、私の世話などをしてくれたのがあの井宮という同い年の男性職員なのだ。

 その後私をサポートする専用の部署が出来てからは以前ほど関わることはなくなったが、今でも一番親しい職員だと思う。


 そんなあいつが言い出しっぺ。

 初めて動画配信の話を振ってきたときには、会議でそんな話が出たんだけど、とあっけからんとしていたくせに。


「塚原美剣みつるです。ギルド所属の迷宮開拓者兼異常監視員をしてます。名刺はちょっと持ち合わせが無くて……」

「大丈夫ですよ。あなたほどの重要人物のことはもちろん知っとりますから」


 元々ギルド職員も特定の人たち以外と関わらないので名刺なんて作っていない。

 加えて、私のことはそれなりに機密事項になっているはずだ。

 となると、この人はそれを知っているぐらいの偉い人だということ。

 

 まあ井宮の上司なら偉い人で当然か。

 彼も結構な出世をしているエリートらしいし。

 確か親御さんが政治家だとか言っていたはずだ。


「それじゃあ、早速ですけど説明に入らせてもらいます。取り敢えず資料見てください」


 改めて説明が始まって、私は手元の資料に視線を落とす。


「…………」

「想定していた3倍は多いですな」


 え、え?

 昨日3人から1時間もかけて教えられた内容よりも遥かに多い内容に頭が痛くなる。

 そんなにたくさんのことが考えられるんだ、と感心していたのは氷山の一角に過ぎなかったらしい。

 

 中には『国家間での示威行為』とかいうのもある。◯慰の誤字じゃないよね?


「見て貰ったらわかる通り、動画配信をして得られるメリットゆうのは、とんでもなく多いわけですわ」

「こんなにあるんですね……」


 隣では早速藤原さんが資料に書き込みを始めている。

 

 取り敢えず目を通してみるけど、あんまり細かいことはわからない。

 昔から歴史の教科書とか目が滑ってばっかだったもんな、私。

 迷宮関連の情報ならこの倍の文字の密度でも余裕で読めるのに。


「全部説明するのも時間かかるんで、今回は動画配信のメリットやなくて、動画配信でどうしても解決してほしいことだけ説明させてもらいます」

「なる、ほど?」

「つまり、わざわざ動画配信をしてまで改善したいこと、というわけですか」

「そですそです」


 首を傾げていると、藤原さんがため息をついてから説明してくれる。

 私だって傷つくことはあるんだぞ。


「塚原さんが動画配信をすると、たくさんのことに良い影響が与えられます。これは理解してますか」

「ふんふん」


 それはもう。

 昨日3人がかりで教えられたことを全部忘れるほど私は鳥頭じゃない。

 全部暗唱しろって言われたら流石に困るけど……。


「ただ、その良い影響の中には、別に無くても良いものもたくさんあります。例えばあなたが動画配信をすることで収益を得られるでしょうが、それは無くても良いものです」

「お金はたくさんあるから、ですか?」

「有り体に言えばそうです。つまりこれは、なくても良いがあったら嬉しいメリットと言えます」


 なるほど。

 言いたいことがちょっとわかってきた。

 つまり、メリットはたくさんあるけどその中には別に無くても困らないメリットもあって、そして逆に、無いと困るメリットもある。


「逆に、動画配信で解決して欲しい問題というのもあります。それを今から説明してくださるわけです」

「わかりました。ありがとうございます」

「大丈夫ですか? ほな説明させてもらいますよ」


 頷いて、私も藤原さん同様にボールペンを取り出す。

 全部理解できるとは思わないけど、メモをしておけば後から見返せる。


「まず、今この国の迷宮探索は停滞してます。それはわかっとりますよね?」

「……7層に進める人が私以外にほとんどいない、ってことですね」

「そうです。いやあ、ほとんどってことは知ってはるんですね。あっちのことも」

「以前、会う機会があったので」


 私は、ギルドの最強戦力である。

 その事実は認識しているし、ちゃんと心にもとどめている。

 

 でも同時に、ギルドや国はまだまだ大きな戦力を抱えている。

 その人達も今の私同様表舞台には出ないけれど、その実力が確かなものであるのを私は知っている。


「《深淵の悲劇》が起きてからもう10年になります。ええ加減、先に進みたい。それが国としての考えです」

「それに私の配信が役立つ、ってことですか。戦い方を参考にするとか?」

「これまた細かい説明が色々あるんですよ。戦闘技術の伝承だとか攻略情報の解説だとか探索者の士気向上だとか。全部説明します? それともそういうのがあるんです、いう形にしときます?」


 1つの問題に対する解決のアプローチにも様々な形がある。

 そして私の配信は、それを同時に補うことが出来るらしい。


「いえ、大丈夫です。そういう理由がたくさんあるとわかれば」


 それがわかれば、私が配信を承諾するには十分だ。


 私はこのギルドという組織に所属してから、そこで働いている人、特に下っ端ではなく上の地位にいる人のことは基本的に信頼するように決めている。

 もちろん私から搾取するような行動とか、こっそりアイテムを持ってこさせて横領しようとするとかは別だが。


 私には迷宮に関する知識と探索するための能力しかない。

 だからこそ、それを補いサポートしてくれる人たちを求めて、ギルドに探索者としてではなく直属の職員として所属した。

 だから、今回の件もちゃんとした理由があるというのであれば引き受けるのは吝かではない。


 ただ──


「私、配信のやり方とかわからないんですけど、どうしたら良いですか?」


 私が配信の話を振られたときに断ったのは、何もメリットが無かったからなんて理由ではない。

 メリットが無い行動なんてたくさんあると思ってるし、私は迷宮探索ができれば満足なのだから、それを配信するというのは別に活動の邪魔をするものじゃないと思ってる。


 ただ、すごくシンプルな話、私は配信というものがやり方が良くわからないのだ。


「ああ、それならそっちの人がレクチャーしてくれると思いますけど」

「そうじゃなくて、ですね。配信って、なんかゲームとかしながらたくさん話たりしてるじゃないですか。視聴者さんの声に応えたり、コメントを読んだり。後は雑談とかもしてますよね。あそこまで話したりスムーズに出来る気が全くしないんです。そもそも人の前で話すの苦手で……」


 そう、私は大勢の前で話すのが苦手なのである。


 そう答えると、川端さんはきょとんとした顔でこっちを見てきた。

 胡散臭い笑顔がなくなった方がいい顔をしてると思う。


「えーと、いつもこんな感じなんです?」

「真面目な方ですから」


 何の話だろうか。

 首を傾げていると、咳払いをした川端さんが再び話し始めた。


「塚原さん、迷宮配信って、そこまでやらなくて良いんですよ?」

「え、そうなんですか?」

「そら、そういうエンターテイメントをやってる連中もおりますけどね。でも塚原さんにやってほしいのはそういうのじゃないんですわ」

「配信という言葉を聞いてゲーム配信などと勘違いをしたのかもしれませんが、要するに、普段私達に対して公開している映像を、世界中に向けて公開しても構わないか、という要請です」

「そうなんですか!?」


 驚く私に川端さんも藤原さんも呆れた顔で頷いている。

 てっきりそういうのを私に求めて配信をしないか、なんて言ってきているのかと思っていた。


「もちろん全く話さなくても良いというわけではありません。例えば戦闘技術やモンスターの倒し方の解説動画を作る際には口頭で説明してもらう必要があります。後から別の人が台詞を入れることも出来ますが、あなたという頼れる戦力がギルドにもいるということを主張したいので、できる限り塚原さん自身が話すのが望ましいです」

「それ僕の説明なんやけど。まあええか。他にもメリットの中に、ギルドのイメージ向上てあるやろ? 塚原さんが迷宮で活動して人助けやとか新しい迷宮の開拓やとかしてるときの映像を流して、ギルドも忙しく働いてますよ、言うのを出したいんよ。その時には配信で軽く説明したりはしてもらいたい、とは思うけどな」

「やっぱりそれなりに話さないと駄目ですか……」

 

 大勢相手にたくさん話すのは難しそうだな、と思いながらそう尋ねると、川端さんが困った顔で首を横に振る。


「さっきも言った通り、一番解決したいのはこの国の迷宮探索の停滞なわけですわ。そこに新しい風を吹き込むには、いつも7層より下を散歩しとる塚原さんの配信をただずーっと流すあだけでも十分、ゆうのが、僕ら判断ですわ」

「塚原さんはその辺り意外と敏いので理解されていると思いますが、塚原さんが1人で楽しそうに散歩したり刀の訓練をしている場所は、他のほとんどの探索者からすれば1秒でも生き延びれたら大健闘な死のエリアです。そんなところのモンスターを倒してしまう探索者がいる。それだけで先に進もうかと考える探索者は多いでしょうし、迷宮探索も活性化するでしょう。他の解説やギルドの活動についての報告などは、記録してある映像に私達が字幕をつければどうにでもなります」


 なるほど。 


 2人の話を整理すると、普通の人が到達できないエリアを探索し、そこのモンスターを討伐している映像だけで十分に影響力がある。

 だから私はそれを流しているだけで良いし、特に何かしなければいけないことはない。


 だが私がもっと頑張って配信に力をいれれば他にもたくさんのメリットがギルドとか国にとってあるので、出来ることなら是非頑張って欲しい。


「ってことですか?」

「そういうことですわ。最低限、普段こっちに送っとる映像を配信サイトにも流して貰えれば、取り敢えず僕の目的は達成できるゆうわけです」

「塚原さんとは元々の契約もありますし、迷宮開拓と監視と塚原さんにお願いしている以上以上大きな負担をかけたくはありません。もし負担になるというのであれば、配信のコメントすら見なくても結構です。ただいつも通りに活動している映像を公開して良いと許可をいただければ」


 それならば、私も特に気にしなくても済むかもしれない。

 そもそも迷宮を探索しているときはほとんとそっちに集中して余計なことが頭に浮かばないのが私だ。

 いつも通りにドローンで撮影していつも通り映像を送るだけなら、何も気になることはない。

 その送る先がどこなのかなんて、探索をしている私にはわかっていないのだ。


「それなら、やれる気がします」

「ほんまですか? 配信の許可、出してもらえますか?」

「はい。私がたくさん話したりするのは難しいけど、映像を公開するだけなら。それに──」

「それに?」

「それが少しでも皆さんの役に立つなら、やってみます」


 私がそう言った途端、川端さんが顔を抑えて天井を見上げてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「めっちゃええ子やん!」

「あっ、大丈夫ですね」


 心配して損した。


 

 その後いくつか配信に関する事項を確認した後、会はお開きとなった。


「藤原さん」

「何か」

「あんさん、めちゃくちゃ優秀やね。うちの部下に欲しいくらいや」


 会が終わった後帰る用意をしていると、川端さんと藤原さんが何か話していた。

 こうして並んでいるのをみると、同じ細身眼鏡系の男性でも全く雰囲気が違う。


 というか藤原さんの優秀さ、本当に私もそう思った。

 これまでほとんど声を聞いたことが無かったから寡黙な人だと思っていたのに、今日は私が困っていたらすごくわかりやすく説明をしてくれた。

 官僚さんだから凄い人だとは思ってたけど、思って以上に更にすごかった。 


 そもそも藤原さんだって今日の説明を聞いたり資料を見るのは初めてだったはずだ。

 それなのに短い時間で中身を把握して私に説明をしてくれた。

 本当に凄い人だと思う。


「お褒めいただき恐悦至極。ですが私は今の仕事を気に入っていますので」

「ははっ、そらそうやろ。最強の探索者をサポートして、誰も知らんところ開拓するなんて。僕もうちょっと若かったらなあ」

「歓迎しますよ。また問題が発生してこれからしばらく会議続きですから」

「それは勘弁ですわ」


 そんな人が、今の仕事を。

 私のことをサポートする仕事を気に入っていると言ってくれる。

 

 私も今まで通り。

 迷宮探索は私のしたいことだけれど、それに期待をかけて、応援してくれている人たちがいる。

 

 明日からまた頑張っていこう。

 そう思えた。

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