第一章:身をもって知るは世界の現実(日本~中東)

第1話・人の命を守るマシン

『本社から零士・ベルンハルト名指しの指示だ』


 このひと言が全ての元凶と言える。藤堂堅治という本社社員が急病で倒れ、急遽ドバイに渡航したオレ。しかし旅の疲れのせいかウトウトしてしまい、目が覚めたら真っ暗な場所で縛られていた。これって……誘拐? 拉致? いや、マジで何がどうなってんスか。

 あの時電話に出さえしなければと考えもしたけど、もう完全に後の祭。


 ――事の始まりは3日前、過密スケジュールの案件が終わってすぐの事だった。





 いつもの居酒屋で飲んでいる時に会社から着信があった。押し付けられた面倒なプロジェクトがやっと終わり、定時退社して気を緩めたとたんにこれだ。上場企業の癖にマジでブラックだよな、ウチの会社。

 時間外の電話なんていつもならガン無視を決め込むところだ。しかし、カウンターに共鳴して店内に響きわたってしまった“機動戦史バンナム”のイントロに焦り、咄嗟に通話ボタンを押してしまった。


「あっ……」


 溜息をひとつつきながらスマホを耳に当てると、聞きたくもない先輩の声が聞こえて来る。ほんの30分前に『お疲れ様でした』と声をかけたばかりなのに。


〔おい、今の『あっ』ってなんだよ〕

「いえいえ、残念な事に拒否と間違えて応答を押してしまっただけです」

〔……ったく、お前だけだぞ、会社からの電話を拒否するのは〕

「だって、ろくな事ないじゃないっすか。それ解っててかけてくる先輩も大概っすよ」


 会社命令で電話をしてきているのは解るんだけど……コハダのあわ付けを肴に呑む“至福の時間”を邪魔されて、オレはぶつけ所のないモヤモヤを先輩に向ける事にした。……実行犯だし。


〔零士、お前さ……どこか具合悪くないか?〕

「なんすかその訳の分からない質問は」

〔腹が痛いとか水虫が痒いとかない?〕


 何を言いたいの解らない。そんなイライラを声に乗せて、わざと不機嫌な演出をする策士のオレ。まあ、実際気分良くはないけど。


「マジ訳わかんね~っすよ。取り合えず、今から会社に戻って先輩のキーボードの上にマヨネーズぶち撒ける位の体力はありますよ」

〔そうか、ならばよかった〕


 ……いいのかよ。


〔本社から零士・ベルンハルト名指しの指示だ〕


 やっぱりろくな事ないじゃないか。と、うな垂れながらコハダに乗っている刻み柚子を箸の先でつついた。押し付けられたプロジェクトの尻拭いが今日やっと終わったばかりで、明日の休日は布団から出ない覚悟だったのに。


「あの~、不備とクレームだらけでマジここ1カ月間休み無しだったんすけど?」

〔ああ、労基には友人がいるから安心してくれ〕

「意味わからんす……それで、何をやらせる気ですか?」

〔明日お前、ドバイ行きな〕

「……は?」


 まさしく『は?』しか言葉が出なかった。『サッカーやろうぜ、ボールはお前な!』的なノリで言う話じゃないだろ。いったい何を言っていやがるのですかこのコンチクショーは。

 そもそも散髪に行く時間すら取れなくて、伸びきった髪を後ろで束ねて我慢しているんだ。165センチという小柄な身長が災いしてか、後ろから見ると女性そのもの。今さっきも後ろからナンパされたくらいだ。


〔喜べ、会社の代表として世界デビューだぞ〕

「髪の毛ボサボサなんすよ。イケメンが世界デビューするには時期尚早かと」

〔そのイケメンのお前が設計したHuVerフーバーあるだろ?〕


 ……軽く流しやがりました、コンチクショーは。


「半年前のヤツっすね。災害支援特化性能のやつ……ってあれ、ドバイってまさか」

〔そう、そのまさかだよ〕


 ドバイで行われる工業機械の展示会『Industrial Expo in DUBAI~インダストリアル・エキスポ・イン・ドバイ~』が来週末から開催される。角橋重工はそのエキスポに、新開発の技術を詰め込んだHuVerフーバーを出展する事になっていた。そして会場ではスペック説明やデモンストレーションを行うためのスタッフが同行する。


「だってあれは営業とHVオペレーターが行くって話でしょ?」

〔そのHVオペレーターが急病でぶっ倒れたらしくてな。代役が必要なんだが、スペックを把握しているヤツですぐに渡航できるのってお前くらいしないないんだよ〕

「……なにその酷い扱い」

〔とりあえずHuVerフーバーは会社の船で送ってあるんだけどさ。動かせる奴が行かないと搬入出来ないんだわ〕

「それでオレっすか。……確かにライセンスはあるけど」

〔営業やメンテナンススタッフは2日後に行く事になっているから、搬入終わったらそれまで遊び放題だぞ。わー、やったね、うらやましいなー!〕

「1ミリも感情こもってないっすね」


 角橋重工が出展するのは、災害支援特化型として発表した人型汎用重機(Humanoidヒューマノイド Versatilityヴァーシティリティー Heavyヘビー Machinery マシーナリー 通称:HuVer/フーバー)だ。

 肩までの高さは4.4メートルで、一般的なHuVerフーバーよりも0.5メートル程小型。逆に細かい作業をするマニュピレーターは通常よりも一回り大きく、それでいて駆動系統の構造を全て設計し直して、今まで苦手とされていた生卵を割らずにつかめる程の精密性を誇っている。

 これは地震をはじめとする自然災害等での救助活動を想定した設計だ。より狭い場所に入り込み、瓦礫の下に閉じ込められた人を速やかに助ける事に特化した性能。もちろん従来通りの道具を使った作業も問題なくこなすことが出来る画期的なスペック。

 自慢じゃないが自慢しておこう。これを企画設計したのがこのオレ、零士ベルンハルトだ。


「まあ、しかたないっすよね」

「お、流石の零士君。頼むよ、未来のエース! じゃ、本社に連絡するから詳細は後でメール入れるわ」

「了解っす。おつか……」


 ガチャン……


 ……話の途中で切りやがった。ったく、営業マンなら受話器くらい静かに置きなさいよ。コンチクショー。


 渋々引き受けたのは確かだけど、自分が設計したマシンの評価を直に聴く機会なんて滅多にないから、そういった意味では楽しみがある。

 それにあのHuVerフーバーは外観にもこだわっていて、アニメ畑のメカデザイナーに、鎧をモチーフにした外装デザインをしてもらった。個人的にはプラモ化されても良い位だと思ってる。イメージは“民を守る騎士”、鎧を着た白いWhite騎士Knight。名付けてHuVer-WKホーバークだ。



 ――そう、オレの設計したHuVer-WKホーバークは、人の命を守るマシンなんだ。





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