第4話 裏切りと失敗

レイやクラウド、騎士団員が見守る中、グランズの儀式は続いている。

祭壇の紋章は強く光る一方で、集まってきた龍魂ードラゴン・ソウルーは、黒く光る。

付かず離れずの距離を維持したまま、漂う龍魂。薄い黒の軌跡を描きながら、浮遊している。


と、ある変化に気付くレイ。


「……だいぶ色が濃くなってきたな」

「あぁ」


数分経過しただろうか。黒い霧が濃くなっていた。数が増えてきた影響か。

僅かな変化故、今の今まで気付かなかった。

色濃くなると同時に、龍魂独特の圧力が強くなる。闇龍ばかり集まっているためか、嫌な気配も強い。


自分や団員たちは、ただ見ていることしかできない。

シンプルにここに立っているだけで、歴史的瞬間に立ち会える。非常に幸運なメンバーだ。


同時に、グランズが強く信頼している人物たちである。

そんな団員たちに、誇れるように儀式を遂行する必要がある。

グランズは汗を滲ませながら、背中で後方を感じている。団員たちの不安と緊張。

距離こそあっても、間近に感じる。

だが、この程度のプレッシャー、どうってことない。そのために、日々力を磨いてきたのだ。


「…………」


グランズは、龍圧と独特の嫌な気配に耐えている。黒い霧が更に濃くなり、だんだんと球体に変化していく。


(後半戦、ですよ。グランズ様)


姿勢を崩さないまま、ハーストは主に思いを送る。

霊能者から聞いた情報では、ここまで来れば、儀式は終盤だと。


ただ、光り輝いていた紋章の光が一瞬、ほんの一瞬だけ陰った。


(そろそろ、か……)


レイは、その陰りを見逃さなかった。

定位置に着く前に床に転がした、毒ガス玉。ただ、ターゲットは王のみで、低威力。

また、甘い匂いで鼻を誤魔化しているために、バレにくい。どうやら、上手く行ったらしい。


即座に少しだけ腰を下げ、身構える。

隣で妙な動きをしても、クラウドは気付かない。良くも悪くも、王に集中している。


「もうすぐだ」


クラウドの言うように、闇の球体が完成しようとしていた。

ここまで来れば、あと一息。


「……っ……く……」


グランズが、腕にまとわりつく霧を完全消去しようと足腰に力を入れた時だ。


「!?」


ぐら、とグランズの脳が揺れた。

否、揺らされたように全体が揺らいだ。


「な……!?」


体が動かない。視界が歪み、霞む。自分の手先が見えなくなった。

視界も歪み、上下左右が分からなくなる。脳の処理が追いつかず、闇の霧の中にいる感覚に陥るグランズ。


(なんだ……これは……!?)


間もなく、腕の霧が大きく揺れた。

祭壇の光が激しく点滅する。これは、力の供給が乱れた証。


それに応じてか、球体に落ち着き始めたそれは、ぐにゃりと変形し、龍の形を模した。

龍魂ードラゴン・ソウルーの反撃である。力が逆流し、腕が千切れそうな程の激痛が走る。


「がぁっ…………!!」


グランズのうめきと共に、耳を塞ぎたくなるほど気味の悪い音が辺りに響いた。


その気味の悪い悲鳴なのか、声なのか分からない音に、兵士らは立っていられなくなる。

ある者は膝をつき、ある者は気を失った。次々と倒れ、場は騒然となる。


「ちッ……!?」


クラウドも例外ではなく、よろける。だが、膝は付かない。剣の柄に手を掛け、戦闘に備える。


(敵か!?)


そして辺りを見回し、状況を確認する。敵の姿は確認できない。

ただ、大きな変化は、それだけではなかった。


(レイが……いない?)


先ほどまで隣にいた、レイがいない。

だが、気付いたときには、もう遅い。その事実が確認できた瞬間、頭部に大きな一撃を受けた。


「ぐッ!?」


視界の端で、長髪を捉えるクラウド。背後に回っていたレイからの一撃だった。

龍圧と相まって、急激に意識が遠のく。床に倒れこむ瞬間、誰かに抱えられる感覚を感じたが、それは誰か分からない。

クラウドの意識は、既に闇の中に落ちていたのだから。


「よし……全員イッったな?」


レイは、気を失ったクラウドを抱きかかえ、辺りを見回す。

場は大混乱だ。マトモに立っているのは自分くらいだ。とは言え、自分もかなりキツイ状況だ。

『予め、こうなることが分かっていたため』対処できたに過ぎない。


クラウドはここに置いていくが、グランズの真正面では被害を直で食らう。

少し場所は変えさせてもらう。ただ、団員たちとは死角になる位置で、な。


(……すまんな。巻き込んじまって)


後は、グランズの腕の龍を解放し、毒ガス玉の回収をするだけ。簡単なお仕事である。

彼はまだ、しぶとく龍の霧を制御している。頑張っているようだが、もう眠れ。

目的が達成されるまで、もう少し。


「さぁ。仕上げだ」


レイはグランズに近づき、クラウドと同じように、後頭部を殴った。


「グウッ……!」


グランズが気を失うと、同時に霧状の龍は膨れ上がり、闇龍の大爆発を起こした。

これは、力の逆流と、龍力の流れが乱れたこと、そして、別個体の龍魂ードラゴン・ソウルーの反発によるものだ。


「!!!!!」


爆風により、吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる兵士たち。運の悪いものは、壁を越えて下の階に落ちていく。

龍の爆発故に、圧力が凄まじい。この圧力は、レイグランズの外の木々をも揺らしたという。


まさしく、地獄絵図だ。


最後尾で、意識がかすかに残っていた兵士は、遠退く意識の中で、はっきりとそれを記憶に焼き付けた。

もし、生き伸びることができれば、皆にこの事実を伝えるために。



「レイ……クラ……ド……裏切……った……」



グランズにより霧となっていた黒の龍魂は、王都が管理していた炎、氷、水、雷など他の龍魂をも引き連れ、散っていった。

正確には、巨大な龍力の乱れにより、龍魂が吸い寄せられた。それらが、散っていく黒の龍魂に引っ張られる形で、空を舞っているもの。


レイズがグリージで龍魂を発現させたのは、その数分後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る