第5話 炎の夢と、絶望の現実

宙に浮いたような感覚の中、レイズは目を開けた。


「ここは……」


時系列的には、龍魂を発現させ、気を失った後のこと。

しかし、本人には、その感覚は無い。それに、時間を追う頭も今は無かった。


上体を起こし、周囲を見回した瞬間、咄嗟に顔を庇ったレイズ。


「ッ……!?」


それもそのはず。

彼の周囲には、一面を覆う炎が燃え盛り、背高く揺らめいていたからだ。

しかし、これだけの火炎量なのに、実際は全く熱くない。が、先入観とは恐ろしく、彼の脳内は「熱い」ことだけが巡っていた。

炎から逃れようと、身体を捻ったり手で払ったりしているが、全くの無意味である。


これは、夢。だから、何も熱くないし、火傷もしていない。

本人は意識が朦朧としているせいで、まだピンと来ていないが、炎龍の夢だ。


燃え盛る火炎にビビりつつも、無害だと気付いた頃。

脳内も落ち着き、少しだけ冷静さを取り戻す。


改めて周囲を見るが、炎以外、何も見えない。


「…………」


ある意味当たり前だが、誰もいない。遠くを見ても、風景は闇。何もない、不思議な空間だ。


何もできず、呆然と燃える炎を眺めていると、揺らぎが変わった。


「!」


炎は明らかに龍の形に変化し、こちらを見ているではないか。


(おいおい!マジかよ……!?)


気付けば、周囲の炎もかなり近づいており、足を呑み込もうとするレベルだった。

慌てて足をばたつかせるが、効果はない。それどころか、複雑に絡んでくるようにも見える。


(っべぇって!!)


レイズは不思議な空間の中で暴れ回るが、全てが無駄。

炎は激しく燃え、揺らぎ、独特の音を発しながら、炎龍は彼の身体の周りをぐるぐると駆け巡る。

そして、何か言いたげに、まとわりつく龍は火を吹いた。


「!!」


紅に照らされる周囲と、自身の顔。

レイズは無意識に吹かれた火に手を伸ばすが、当然何も感じない。

周囲の炎から形成された龍、それが吐く炎でも、だ。


「(やっぱり)熱くない……」


だら、と力なく手を下ろす。やはり、何も感じない。

これは、『あの時感じた力』が、『炎の龍』であるから、か?

それとも、単に夢の中にいるからなのか?


「夢、だ。だよな……なぁ?」


自分に言い聞かせる。夢だと思いながら、心のどこかで嫌な予感はしていた。

気を失う前の、あの嫌な感覚と、微かに聞こえた悲鳴。


(現実なのか?)


と。


力が滅茶苦茶に溢れ出てきた、あの感覚。

視界一色の紅色。炎の力。

そう考えうると、辻褄が合いまくる。


「母さん……サザギシ……!!」


この際、畑はどうでもいい。二人は、無事なのか?

あの時、一番近くにいたのはサザギシだ。もしかしたら……

最悪な事態を想定してしまい、レイズは猛烈な吐き気を感じた。


「うッ……!」


そんなレイズにお構いなく、炎の龍はレイズの身体に巻き付いたまま、彼を覗き込んだ。

流動し、明確な形にならない龍。そんな龍を、レイズは睨みつける。


「……なんだよ、お前」


龍は何も言わない。

とぐろを巻くように、グルグルと龍が巻き付く。

巻きつかれた範囲も広くなっていくが、当然全く熱くない。

寧ろ、この炎の中に心地良さを抱いている自分もいる。こんなの、絶対に変だ。


「何なんだよ……!!」


彼は力を振り絞り、右腕を振り上げ、流動する炎に一発ぶち込もうとした。

明らかに敵意を持って振り上げた右腕だ。それなのに、龍は距離を詰めてきた。

そして、口であろう部位が動く。


「ワレハ……」

「え……?」


突然の野太い声。

レイズは手を止めた。その瞬間、炎の勢いが増した気がした。


(今、何か?)


「エンリュウ」

「エンリュウ……え、炎龍……!?」


声に出したつもりはなかったが、それに応えるように、その炎の龍は繰り返した。


「ソウダ。オマエノ、ココロノカタワレダ」

「心の、片割れ……?」


彼は信じられなかった。

確かに、村の仲間にも氷龍や水龍、もちろん、炎龍の魂の使い手もいた。

驚いたのは、その炎龍のパワーだ。これ程強力な炎は見たことがない。


グリージの龍力者は、作物に水をある水龍、凍てつく寒さの時は暖まったりする炎龍と、わりと平和な龍使いばかりだった。

そもそも論、ゴタゴタ言う前に、自分は無龍力者だ。

なのに、炎龍が心に鎮座しているらしい。


(夢じゃない!!全て……現実!!)


レイズは理解した。

なぜかは分からないが、自身が炎龍の力を得ていたこと。そして、訳も分からずその力を暴走させたこと。


そして。


グリージの畑を燃やし尽くし、サザギシをも燃やしてしまったことを。


「クソ……」


グリージについて考える暇もなく、炎龍はレイズに語りかける。


「メザメヨ……!!」

「うぐっ!!」


レイズは突き飛ばされたかのように目覚めた。

そこは、グリージの畑『だった』場所だった。


「うっ……!」


目覚めた瞬間、レイズは再び吐き気に襲われた。

畑は焼け、煙が上がっている。苦労して育てた野菜も、全て焼けていた。

あれから時間はあまり経過していないらしい。


「しっかりしろ!」と聞こえ、そちらに目を向けると、大人たちが、真っ黒な誰かを介抱しているのを見た。

その瞬間レイズは、ぞわりとした。彼には、それが誰なのか、すぐに分かった。


「サザ……ギシ……?」

「レイズ!!起きたのか!!」

「お前は無事か!?」

「あ、あぁ……」


レイズの声に、村の大人が声を掛けてくる。


「そんなことよ「大変なことになった!!村のあちこちで『龍の暴走』が起きている!!原因は分からないが……!!」

「暴走……」


一番の心配事を遮られ、現状を伝えられるレイズ。無意識に、自分の左胸を掴む。

(正確には位置が異なるが)心臓が痛い気がしていた。呼吸も荒い。汗が止まらない。


「あぁ。龍持ち(龍力者)じゃないヤツに、力が宿っているらしい」

「あの……それなら……俺、も……」


大人の顔が曇り、サザギシを見る。そして、レイズの方へ向き直った。

その顔は、全てを理解したかのようだった。


「そう……か」


すまない。と言われ、離れた場所で待機するよう言われたレイズ。

数十分待たされた後、村の数名が連れられてきた。

どうやら、龍持ち(龍力者)ではないのに、龍力を使えるようになった面々らしい。


「すまない。状況が分かるまで、離れていてくれ」


そう言われ、レイズは他の「暴走者」と共に、隔離されてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る