第2話 王国騎士団
時は少し遡る。
雲一つない青空。
ここは、レイズの暮らしているグリージから遠く離れた王都、レイグランズだ。
この国最大の都市で、地図的にも中心に位置している。
王が暮らすレイグランズ城、国を守る王国騎士団。その基地本部もある。
緩やかな山全体が王都として成り立っているため、外から城まで行くには、それなりの高低差がある。
この構造のため、王都内に坂道は多い。だが、皆慣れているようで、難なく生活している。
また、レイグランズ郊外には港もあり、船で出入りすることも多い。
それに加え、飛行艇発着が可能なエリアもあり、陸・海・空全ての交通の便が揃っている。
非常に便利な立地である。
さて、レイグランズ中心のレイグランズ城。
城内部のある廊下で、男二人が外を眺めながら、待機していた。
「ち……遅いな」
そう呟いたのは、レイ=シャルトゥ。
包帯で右目を隠すように巻いているのが目を引く。そして、その包帯をを隠すように前髪を伸ばしている。髪は腰のやや上あたりまで伸ばしている。色は暗めの茶色で、サラサラだ。よく手入れされている。
袖口の広い、膝下くらいまであるコートを直に身に着け、前は全開、へそも丸見えだった。
暑いのか、寒いのか分からない格好だ。
年齢は40を超えているが、龍力を操る『龍力者』は、通常の人間とは老いのスピードが異なる。
「年齢考えろ」と言われそうな服装だが、見た目は若い。よって、違和感ない格好に見える。
そして、もう一人の男。
「確かに……遅い」
そうゆっくりと繰り返したもう一人の男。名は、クラウド=リオネート。
左目にかかる位の長さの金髪で、全身黒の服に身を包み、腰に大きな剣を携えている。
この時期寒くはないが、首元を隠すようにマフラーを巻いている。
年齢は20代後半。
彼はレイとは違い、どこか優しげな印象を受ける。
しかし、彼の瞳は、なぜか悲しそうだ。
二人共、騎士団に所属している。彼らが制服を着用していないのは、それなりの地位にいるためである。
団員は原則着用する服だが、『ある一定の地位』を超えると、自由になる。また、その上司が許可した場合も。
さて、ここで言う、『地位』とは、階級だけのことではない。よって、『力』と置き換えても問題ないだろう。
そして、二人は同じ部隊に所属する上司と部下。
上司であるレイがその地位を超えており、部下にも「服装は自由」と指示している。
そのため、自身の好きで、動きやすい服装にしている。
「時間は過ぎてるはずだろ?」
「……あぁ。だが、(時間を)守れた時の方が少ない」
「……は、そりゃそうだ」
部下であるクラウドは敬語を使わないが、レイは一切気にしていない。
大事なのは、「背中を預ける価値があるか否か」だ。だから、許容している。
これが雑魚であれば、言葉遣いから叩き直すところである。まぁ、そもそも部下として受け入れない可能性が高いが。
彼らは今、人を待っている。
ある『儀式』の準備ができたら呼びに来るはずなのだが、予定時間は過ぎている。
予定時間が守れた時の方が少ないため、待つのは慣れたものだが、気持ちが落ち着かない。
それに、ただ待っているだけだとしても、気も身体も疲れる。
レイはため息を漏らす。
「だりぃな……」
「……同意する」
レイの小言に、クラウドは小声でボヤく。
待つだけでも疲れるのはそうだが、特にここ最近、非常に身体がだるい。
レイにしては珍しく、任務を連続で入れてきたのが大きいと彼は思っている。
連日の勤務の疲れが溜まって、身体がだる重いのだ、と。
それと、考えたくはないが、もう一点。
(年か……?)
気付けば二十代後半。三十に手が届く年齢だ。~24歳までのようにはいかない。
その現実を突きつけられ、クラウドは静かに肩を落とす。
静かに肩を落とすクラウドを横目に、レイも静かに息をつく。
(耐えろよ……もう少しだ)
ぼんやりと鼓舞しながら、レイグランズを見下ろすレイ。
と、階段の方から足音が近づいてきた。
「お」
「……来たか」
甲冑の音にクラウドがマフラーを翻して振り向いた。
ガチガチの銀鎧を固めた男、二人にとって、馴染み深い顔。
「遅すぎだろ。全く……」
レイは、しらけた表情で彼を見た。
遅れて苛立っているのもあるが、彼の格好も気になる。
(……格好は自由なのに、甲冑を選んでいるとはな)
騎士団隊長ハースト。文字通り、騎士団の隊長を任されている。
別部隊ではあるが、レイも同じく隊長という立場だ。レイよりも数年若いが、力量は認められている。
服装についても、(自分の強い意向で)地位ある人間は自由になっている。否、自由にした。
だから、伸び伸びした格好にすればいいのに、彼はわざわざ重たい甲冑を選んでいる。
まぁ、自由だから、別に良いのだが。
(これが、『差』かねぇ……)
また、ハーストは王に忠誠を誓っているが、自分はそうではない。
彼は王の代わりに命を指し出せるレベルだろうが、自分はそうはなれなかった。
ただ、別段犬猿の仲ではなく、普通の関係値である。
仕事のことや休暇のこと、予定を聞いたり聞かれたり、同僚なら普段話すであろう内容は話せる仲だ。
二人とも口数は多くない。それもあり、雑談を積極的に行うような関係ではなかった。
彼は二人の前に立つと、踵をカチリと鳴らし、こう言った。
「遅れて申し訳ありません。儀式の準備が整いました。今すぐ、聖壇へお越しください」
言い終わると同時にハーストはきびきびとした動きで去って行った。
いつ見ても動きにキレがある。珍しく緊張しているのだろうか。
彼の姿が見えなくなると、レイは、喉の奥で、くっと笑う。
「いよいよだな」
「……あぁ。行くか」
先を行くクラウドの後に歩き始めるレイ。
ある儀式。
これは、確実に失敗する。否、失敗『させる』。
これから起こる最悪の事態など、国王たちは知らない。
もちろん、前を歩いているクラウドも。
計画通り行けば、二度と王都には戻れなくなる。
そう思うと、寂しさも込み上げてきた。辞める気は、ないが。
(……この風景も、見納めだな)
最大都市の王都。
この国の中心となる拠点の、最高地点。
町も、海も、山も、霊峰も、レイにとっては最後。
(……城も、か)
王都レイグランズにあるグランズ城。白壁で、左右対称の作りをしている。
広く、どのフロアも似たような構造で地下もあるゆえに新人の兵士はよく迷う。
彼らが今から行くのは、そこの屋上だ。そこには、聖壇と呼ばれる一画がある。
儀式は、そこで行われる。
「……散々待たせやがって」
長髪の下で、レイは不適な笑みを浮かべる。
「…………」
クラウドは黙って歩いている。明らかに聞こえた音量だったが、何も言わないのは、単なる独り言なのか、ハーストに向けて言ったのかが分からなかったから。
それに、彼は基本、こういう時は反応しない。気を引く話題ならば、話は別だが。
そうこうしながら二人は、屋上の儀式の壇『龍の腰掛け』に向かうのだった。
この時、既にレイの作戦は始まっていた。
表向きは、王が執り行う神聖なる儀式。本当の目的は、誰も知らない。
「これで……ヤツの力が……」
(力……?)
レイは思わず笑みを溢す。それに、楽しみすぎて声に出していたらしい。
「何か言ったか?」
クラウドが若干振り返り、聞いてくる。
「なにも。気にするな」
すぐに表情を直し、冷静さを取り戻すレイ。「そうか」と言って歩き始めたクラウドを見る。
彼は変に鋭い。普段はマジで反応薄いクセに、こういう時に限って反応しやがる。
作戦はバレていないだろうか。仮に、バレていたとしても、変更はない。
運命のカウントダウンは、確実に刻まれている。
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