龍魂

熟田津ケィ

第1話 龍の発現

雲一つない晴天。無限に青空が広がっている。


視線を落とすと、目の前は畑。そこでは、野菜の水滴が太陽光を反射し、宝石のように輝いている。

少し視線をずらせば、底が見えるほどに澄んだ水の川や池。泳いでいる無数の魚は、どれも美しく、力強い。



この村の名は『緑林の村グリージ』

山中にあるこの村は、春夏秋冬の厳しさや恵み、優しさを知るのにもってこいの村だ。

人と自然との共存。

過度に生活インフラを取り入れず、暮らしている。


川のせせらぎ、鳥の囀ずりなど、都会では聞くことができない、グリージならではの音を聞くことができる。

そのため、都会方面からやってくる人たちもいる。


とは言え、グリージは大きい村ではない。

ガッツリ時間を使って滞在するというよりは、静かな自然を楽しみに訪れる程度だ。

実際、村人も観光に力を入れておらず、アクティビティもない。

せいぜいキャンプ・水遊び・昆虫採集等をする程度。それでも、都会の喧騒から解放され、スッキリ出来るのは間違いない。


自然と最も近い村の一つである。




そして、ここは、グリージのはずれにある畑。


「お~い、こっちは片付いたぞ~!」


野菜でいっぱいになった一輪車を並べ終え、少年が声を上げる。

彼の名前は、レイズ。歳は十代後半だ。茶色の髪を、やや左から分け、流している。

土まみれの作業着は、作業をサボらずに丁寧に行っている証拠だ。

冒頭の視点は、彼が見た風景である。


「ま、こんなもんかな」


彼は収穫した野菜を見て、満足気に頷いた。

茶色の瞳に野菜が映る。どれも大きく、色が濃い。

雨の日も風の日も世話した甲斐があるというものだ。


そんな彼を『大樹ユグドラシル』の木陰から見守る一人の女性、レーヌ。彼の母親だ。

栗色ストレートの髪。落ち着いた雰囲気の女性である。弁当を持ってきたついでに、彼の農作業を見守っている。

外で彼に話しかけることはない。シンプルに嫌がられるためだ。本当ならそこに居るだけでも煙たがられるが、作業に集中しているためか「あっち行け」の指示は飛んでこない。


レイズの声に呼ばれ、やってきた男が言う。


「おぉ、やるなボウズ!」

「ったりめぇだサザギシ!俺はいつまでもガキじゃねぇ」


と、語気は荒いが明るく返した。

彼も笑顔を絶やさない。

男の名前は、サザギシ。レイズにとって、農業の先生っぽい人だ。

白と銀色の中間の短い髪の初老の男だ。体系はしっかりしている。ただ、老化には勝てず、腰や肩に痛みを抱えている。表には、出さないが。


「言いやがる!まぁ、おれからみりゃ、まだまたガキだがな!」


農業を教えることに関して、サザギシは最初は乗り気ではなかった。しかし、彼の熱意と行動力はすばらしかった。

大人から見れば、村の子供は誰だろうと、いつまでたっても子供だが、一人で作業をこなし、収穫までもっていけたところを見ると「成長したな」感じるときはある。

喜ばしいことなのだが、同時になぜか寂しくもなってしまう。


「なぁ、次は何作る?」

「そうだな……」


野菜の出来や、次は何を作るかなどをサザギシと話しているうち、突然、レイズは身体の違和感を感じた。


「次は……」


身振り手振り交えて話していた彼だが、ピタ、と動きが止まる。


(なんだ?今、何か……?)


うまく言えないが、『何かが入ってきた』感覚になる。本当にうまく言えないが、そうとしか思えない感覚だった。


「ん……レイズ?」


サザギシが、心配そうにこちらの様子を伺っている。

それは理解できるのに、応えることができない。


「ぁ……」


頑張って反応しようにも、声が出ない。喉が、完全に閉じているかのようだ。

普段は気にすら留めない、心臓の鼓動。それが物凄く煩い。それだけでなく、徐々に早くなっていくのを感じる。

これは、前にこっそり飲んだ酒の後のような感覚。アルコールを急激に摂取したかのような感覚。


痛むわけでも、気持ち悪くなるわけでもないが、彼は胸を押さえ、激しくもがいた。


「ぐっ!」

「どうした!!おい!!レイズ!!」


サザギシがレイズの肩を掴み、顔を覗き込む。


顔色が悪く、額には脂汗をかいている。おい、平気か!?と声を掛けるが、反応はない。

当然だ。もう彼の声は、レイズには聞こえていない。


「ふっ……あぁ……えっ!?」


急に、身体中に凄まじい程の痛みと熱が走った。

それは、手を通じてサザギシに伝わる。突然の発熱に、慌てて手を離す。


「ッつ!!お前……!?」


手に残る、高火力のオーラ。

間違いない、炎(龍)の力だ。


「マズい……!」


サザギシは急いでレイズから離れる。

これは、龍力。


「レイズ!!」


声のする方を見ると、彼の母親がこちらに向かって走ってきている所だった。

しかし、危険だ。巻き込まれる。

サザギシは叫ぶ。


「ッ……逃げるんだ!!」

「でも!!」

「もうムリだ!!とにかく逃げろ!!」

「ッ!!」


レーヌは一瞬迷いを見せる。が、背を向け、村の方角へ走り出す。

が、足が震えて思うように走れない。かくん、と膝をつき、こけてしまう。


「レーヌ!!」

「!」


サザギシが叫んだ直後、爆発でも起きたのか、と思うほど大きな音と共に、レイズの身体を炎が包んだ。


「うわぁぁぁぁあ!!」


あまりの苦痛に、レイズは吼えた。

その悲痛な叫びには、龍のような咆哮も混ざっていた。


「ッつ……」


一番近くにいたサザギシは、叫ぶことなく、驚きの前にその炎に呑まれしまう。

範囲外にいたレーヌも驚く。逃げなければと本能が叫んでいるが、足が言うことを聞かない。しかし、逃げなければ。自分の子供から。

そうしなければ、自分の身が危ない。声も出せず、ただ燃え上がる炎を見ていた。


「あ……あぁぁぁぁあああああッ!!」


レイズの体から放出される炎は、いつの間にか龍の形を模し、レイズの腕には巻き付いていた。

レーヌは目を見開いた。


(あれは……!?)


見慣れている。炎の龍。

間違いなく、龍魂による龍力。

なぜ、『龍魂を持たない』我が息子から、龍が出たのかは分からない。

しかし、レイズの身体からは龍の力が放出されている。


「そん……な……」


放出される熱と圧力。そして炎。

全てがそれを物語っている。


「アァ!!」


と、突然、レイズの叫びとともに、腕に巻き付いた龍がと大きく膨れ上がった。


(逃げないと……!!)


防御本能。彼女は背を向け、震える足を叩き、なんとか駆け出した。レイズの脇で、サザギシが炎から逃れようともがいてたが、彼女はそのことすら忘れている。


そして。


「!!!!!!」


爆発の轟音と灼熱とともに、レイズの周囲を炎の龍が駆け巡った。

そして、その力は天に向かって放出される。

力は天に向かったが、放出される圧は、四方八方に飛んだ。もちろん、母やサザギシの方向にも。


「……!!」


レーヌは風圧に押し飛ばされ、畑の近くを流れている川に落ちた。

サザギシは、地面で転がっていたせいか、圧からは逃れている。


ただ、レイズにそれらを確認する頭はない。

力のピークが過ぎ、喉奥から声が漏れる。


「ぁ……あ……」


解放される炎の力は、穏やかになっていく。

力を解放し続け、そのまま彼は気を失った。どさ、と力なく大地に転がるレイズ。


グリージの畑は、見るも無残な光景に変わってしまった。

収穫した野菜は焼け、成長途中のモノも灰になっている。当然、耕していた畑も圧で荒れ果てている。

数秒で、全てが変わってしまった。


その中でひとつ、大樹ユグドラシルだけは、変わらぬ姿でそこに栄えていた。

荒んだ畑を、風が悲しく翔けていく。全ては、ここから始まった。

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