第33話 作戦会議

 八月八日。

 マルイモのミルク煮で朝食をすませたあと、マザー修道院の多目的部屋では四人の聖女が作戦会議を行っていた。

 そこにソロの姿はない。前もって来なくていいとアリアが伝えていたからだ。

 

「まずは、聖女アリアの導きがどのように始まり、どのような経緯で広まったかを、わかる範囲で教えていただけますか」

 

 プランに促され、アリアは打ち明けた。

 自身の恥を自分の口から話すというのは本当に耐え難かったけれど、正確な情報を共有しなければ打開策も生まれない。

 

「わたしは人見知りの激しい子供だったのです」

 

 話し出しは今回の件とは無関係のような昔話だ。

 にもかかわらず、誰も口を挟まない。

 さすがは聖女様たちだ。長い話も聞くことに慣れている。

 

 だからアリアも話しやすかった。

 恥ずかしいからといって嘘をつかず、誇張も脚色もせずに、ただ事実だけを淡々と述べてゆく。

 

 アリアが人見知りだったこと。

 

 カルロスという青年に人見知りを克服する手助けをしてもらったけど、そのせいでアリアのなかに嗜虐的な性格が生まれたこと。

 

 聖女に就いたお祝いの席でお酒に酔ったアリアが初めての導きでジュリアンに暴言を吐いたこと。

 

 それからしばらくは誰もアリアに導きを求めなかったこと。

 

 ジュリアンに恋人が出来て、同じような導きを求める信者さんが増えたこと。

 

 そのすべてがカルロスの計画だったこと。

 

 カルロスに陥れられたのに、また騙されて現在に至ること。

 

「すべての元凶は、そのカルロス・ジュードさんという青年のようですね」

 と、話を聞き終えたプランが吐息に言葉を乗せた。


 ちゃんと伝わっていたことにアリアはホッとする。

 

 プランと同じく難しい表情になっているロズがセレーナに尋ねた。

 

「聖女アリアの話を疑っているわけではありませんが、そのカルロスさんという方は本当に《自分と同じ性癖の人間を増やす》という計画を企てるような方ですの? アタクシには女性に殴られたり暴言を吐かれて喜ぶ男性がいるとは、今でも信じられませんのよ」

「残念ながら聖女アリアの話は事実だと思います。カルロスさんは行商人として優秀な方ですが……なんと申しますか、少し変わっている方なのです。それがケニス小国では常識になっていて、子供でも周知しているほどです」

「それほどとは……」

 と、ロズが絶句する。


 その隣でプランが長テーブルに乗せた手の指を組み、親指を付けたり離したりさせながら言った。

 

「世の中には様々な方がいらっしゃいますからね。そういった方もいらっしゃるのでしょう。問題なのは聖女アリアの導きをどのようにして正常な導きに戻すかですわ」

「自然に鎮まってゆく、というのは考えられないのです?」

 

 アリアのほのかな期待を含んだ質問に、ロズが口を開く。

 

「そういうことが絶対に起こらないとは誰にも断言できません。ですが、ここまで浸透してしまったあとでは時間が解決するというのは楽観が過ぎますのよ」

「小国には娯楽がありません。だから、おかしなことが流行したりする。今回の件は、そういった小国ならではの風潮があるのかもしれませんね」

 

 セレーナの呟きにプランがが同意する。

 

「それは大いにあるでしょう。だとしても、小国であることを嘆いても現実は何も変わりません。重要なのは今、どうするかですよ」

 

 もっともな意見だ。けれど、そんなことは今さら言われなくてもわかっている。その《どうするか》が思いつかないから困っているのだ。

 

 短い沈黙のあとで、ロズが言った。

 

「やはりここは信者様の意識改革を試みるべきではありませんの?」

「信者様の感覚を正常に戻すのは必須ですわね」プランが賛成する。「聖女アリア、あなたはこれまでに信者様を説得したことがありますか?」

「はじめの頃は、それとなく説得しようとしていたのです。でも、求められれば可能な限り応えるのが聖女の役目だと思ったら強くは言えなかったのですよ」

「信者さんを第一に考えるように教えたのはわたくしです。それが裏目に出てしまうとは思いませんでした。申し訳ありません」

 

 頭を下げるセレーナに、プランが穏やかに微笑む。

 

「謝ることはありませんよ、聖女セレーナ。信者様を第一に考えるのはカノン教の基本ですもの。間違ってはいません」

「そう言っていただけると助かります、聖女プラン」

「では、聖女アリアの導きに訪れた信者様を説得するところから始めますのよ。そこから徐々に正常な意識を浸透させてゆきましょう」

 と、ロズがとりあえずの方針を確認する。

 

 それに賛同するセレーナとプランを横目で見やったあと、アリアは不安を口にした。

 

「けれど、一度変えた趣向をまた変えることなんてできるのです? わたしが言うのもおかしい気もするのですけど、信者さんたちは手強いのですよ」

 

 すると、他国の聖女たちが自信ありげに言った。

 

「聖女アリアはまだ一年目ですからね。そう思うのも仕方のないことですわ」

「アタクシたちは何百、何千という導きをこなしてきましたのよ。任せてください」

 

 それから四人の聖女たちは通常どおりの作業をこなしながら信者さんを待つことにした。

 

 けれど、いざ待ち構えているときに限って信者さんはなかなか来ない。

 

 アリアの導きを求める信者さんがようやくやって来たのは午後になってからだった。

 訪ねてきた信者さんは、アリアも見知った顔だった。

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