第30話 聖女二人、来たる
アリアがマザー修道院に戻ると、多目的部屋ではセレーナが見知らぬ二人の女性を応対していた。
アリアを見て、紺色の修道服に身を包む二人の訪問者が素早く立ち上がる。
「はじめまして。こうしてお目にかかれた幸運を女神カノンに感謝します。ワタクシはケニス小国の東にあるアドニス小国で聖女をしております、プランと申しますわ」
先に挨拶をしてきたのは、セレーナの向かいに座っていた初老の女性だ。
修道服の衣擦れする音もほとんどさせずに美麗な所作で頭を下げる。
プランの隣に立つ中年女性もまた修道服姿で無駄のない会釈をした。
「はじめまして。アタクシはロズ。ケニス小国の北東にあるミール小国で聖女をしております。よろしくお願いしますのよ」
「はあ、はあ……。ご、ご丁寧にありがとうございますなのです。わたしは聖女アリアなのです。こちらこそ、よろしくお願いしますなのです」
息も絶え絶えに自己紹介するアリアに、プランが微笑みを向ける。それは実に聖女らしい、穏やかな笑みだった。
「ずいぶんとお疲れのようですわね」
「お、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんなのです。急いで戻ってきたものですから……」
「お呼びしたのはアタクシたちですから」ロズが言う。「ですが、ゆっくりで構わないとお伝えしたはずですのよ?」
そんなことは一言も聞いていない。
アリアは右隣を無言で睨んだ。
ソロが斜め上方に目線を逃がしながら弁解する。
「だ、だれにだってうっかりすることはあるさ。それに間違ってはなかったろ?」
「正しくもないと思うのですよ」
なにが《聖女が攻めてきた》だ。
二人とも普通の、立派な聖女様ではないか。
「まだそちらの方の紹介をされていませんが、どういった方なのでしょう?」
プランに促されてアリアはソロを紹介した。
「これは失礼しましたなのです。彼女はソロ・コラス。わたしの……友人? なのです」
「そこは断言しておくれよ。ま、アタイとアリアの姐さんは友人って言うより、師匠と弟子の関係に近いかもね。アタイはここで姐さんの手伝いをしてるんだよ」
「ソロさんは聖女見習いですの? それにしては修道服を着ていませんけど」
不思議そうな視線を送ってくるロズに、ソロがキッパリと言う。
「そりゃそうさ。アタイは聖女になる気なんてないからね」
セレーナに向き直ったプランが口調を強くした。
「聖女見習いではなく、聖女になる気もない子供に聖女の作業を手伝わせるのはいかがなものでしょう? あまり感心できることではありませんわよ」
「アタイは二十だよ」
と、ソロが飽き飽きした様子でぶっきらぼうに自身の年齢を告げる。
プランとロズが驚いたように目を見開いた。が、すぐに《うそでしょう?》とでも言いたげな疑心の視線をソロに向ける。
これまでに幾度となく繰り返されてきた反応にソロは溜息を隠さない。
セレーナがやんわりと肯定した。
「ソロさんは立派な大人ですよ」
セレーナの言葉を疑うわけにはいかない。
プランがソロに頭を下げた。
「そうとは知らずに無礼な発言をしてしまいましたこと、申し訳ありませんでした」
「いいよ。毎度のことだからね」
掌を顔の横でひらつかせるソロを一瞥したあとで、セレーナが提案する。
「全員の紹介も終わったことですし、そろそろ座ってお話しになりませんか? 新しいお茶もお注ぎしますね」
そうしてアリアとセレーナとで人数分のお茶を準備して、ようやく全員が席に着いた。
セレーナの向かいにプランが、セレーナの隣に座るアリアの向かいにロズが、アリアの隣にはソロが座った。
セレーナが居住まいを正す。
「それでは、遥々ケニス小国までお越しくださった理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
アリアも背筋を伸ばした。
他国の聖女が訪問してくるのは珍しい。
よほどの用件があるのだろう。
ロズが、ひとつ咳払いをする。
「アタクシたちは確認しに来ましたの」
「確認……とは、なにをでしょうか」
ロズが隣に目配せする。
視線を受け取ったプランがセレーナとアリアを順番に見やって口を開いた。
「無慈悲な聖女、と呼ばれる聖女……そんな者が実在するのかをですよ」
アリアは身も心も凍りつく思いだった。
まさか自分が他国にまで知れ渡っているとは想像もしていなかったからだ。
ロズが付け加える。
「そんな聖女がいるだなんてアタクシたちも本気にはしていません。ですが、その聖女が神聖な導きの場で信者様を罵っているという噂が流れているのは事実ですのよ。そして新しいものが好きな人というのは、どこの国にもいるもので、導きで罵倒を求める信者様が出始めていますの。このままでは聖女の印象が悪くなる一方でしょう? ですから、みなでこの状況を打開する方法を探ろうと思い、今日は訪問させてもらいましたのよ」
「……それはご足労をおかけして心が痛みます」
そう言ったセレーナの微笑みが苦しそうに見えるのは見間違いではないだろう。
「こちらの目的をご理解いただいたところで」プランが言う。「まずは、事実確認をさせてください。あくまでも噂だとは思いますが……無慈悲な聖女と呼ばれるような聖女は、こちらにいらっしゃったりしませんわよね?」
「誠に申し上げにくいことですが……無慈悲な聖女と陰で呼ばれる者はおります」
と、セレーナが困り顔で打ち明ける。
この場で誤魔化すのは簡単だ。
けれど、そんな嘘は一日でも滞在すれば看破されてしまう。
ここは正直に事実を述べるしかなかった。
「「まあっ!」」
と、二人の聖女が大仰に驚き声をあげる。
それからロゼが畳み掛けるように続けた。
「まさか本当に実在していたなんて! 聖女セレーナ、あなたが件の聖女ですの?」
「いいえ、わたくしではありません。わたくしの隣に座る、聖女アリアのほうです」
そのとたん、グルンッ、とプランとロズの視線が同時にアリアを向く。
二人の見開いていた瞳が、さらに大きくなっていた。
「聖女セレーナも人が悪いですわ」プランがぎこちなく微笑む。「どう見ても、まだ聖女になって間もないではありませんか。それとも聖女アリアもソロさんのようにお若く見える方なのでしょうか」
「おっしゃるとおり、わたしは聖女一年目の新人なのです」
「一年目ですか」外見と実年齢が一致したことに納得した様子のプランが「えっ、一年目なのですか」とすぐに前のめりになる。
アリアが短く肯定すると、ロズが声音を高くして叫んだ。
「聖女アリアは一年目からなにをしているのです!」
「落ち着くのです、聖女ロズ」プランの穏やかな声が響く。「ここで話しているだけでは実態は掴めません。聖女セレーナと聖女アリアは噂が事実だと認めていますが、噂とは往々にして誇張されるものですわ」
「そ、そうですね。取り乱して申し訳ありません、聖女プラン」
プランに頭を下げたロズがセレーナとアリアに視線を移して続ける。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。さらに失礼を重ねるようですが、お願いがありますのよ。ぜひ、聖女アリアの導きを拝見させてください」
セレーナがアリアを見つめる。
《決めるのはあなたですよ》
と、無言の瞳は語っているようだった。
自由にしていいなら断りたい。
だけど、
「わかりましたなのです。どうぞ、ご覧になってくださいなのです」
アリアは、そう頷くしたなかった。
いくら決定権を委ねられても拒否などできるわけがない。
そもそも拒否したところでプランとロズが納得するとも思えなかった。
それくらいの決意と執着がなければ、わざわざケニス小国まで来たりはしないだろう。
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