第22話 コラス三姉弟の現在

 ひとしきり泣いたソロは、涙や鼻汁でぐしゃぐしゃになった顔を地面にこすりつけんばかりの勢いで頭を下げた。

 

「姐さん! アリアの姐さん! アタイは姐さんに一生ついていく! いや、ついていかせとくれ! だからお願いだ! アタイと弟たちをこの国に住まわせてくれないかい!」

「頭をあげてくださいなのです」アリアは少し困ってしまった。「わたしに付き従う必要はないのですよ。そんなことをしなくても、ここでちゃんと暮らして大丈夫なのです」

「そうはいかないよ!」

 

 バッと顔を持ち上げてソロは言う。

 

「アタイはアリアの姐さんに惚れたんだ! その心に! その人柄に惚れ込んじまったんだよ! これまでのアタイは弟たちを守るために生きてきた! けど、これからは姐さんのために生きてくよ!」

 

 その圧倒的な決意の迫力に、アリアは思わず後ずさった。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 重い。

 人生を捧げられても受け止めきれない。

 

 アリアの戸惑いなどお構いなしにソロがぼそりと言った。

 

「アリアの姐さんはさっき、アタイに言ってくれたじゃないか」

「なにを、なのです」

「アタイはなんでも選べるって。これが、アタイの選択だよ」

「言ったのです、けど……」

 

 それは、こういうつもりで言ったわけではない。

 

 アリアは助けを求めて先輩聖女を見やった。

 セレーナはにっこりと唇の両端を吊り上げ、こっくりと頷く。

 

《手を差し伸べたのなら最後までしっかり責任を持つのも聖女として大切なことですよ》

 

 まるで、そう言われている気がした。

 

(そうなのです……これは、わたしが始めたことなのですよ。だから、わたしが最後まで責任を持たないとダメなのです)

 

 コラス三姉弟をケニス小国に住まわせるというのはアリア個人が勝手に決めたことだ。セレーナやトーマス、カルロスは快く受け入れてくれるだろうけれど、決して国の総意ではない。

 

 反対する者は必ず出てくる。

 それが自然な反応だ。

 

 ここまでやって責任を他の誰かに押し付けることはできないし、三人だけの姉弟を見放すわけにもいかない。

 手を差し出したのは他の誰でもない、自分だ。

 コラス三姉弟と国民の間に立ち、和解の道を模索するのは自分の仕事だ。

 

 それは容易い道ではないだろう。

 時間も年単位でかかるはずだ。

 

(大変なのはここからなのです。だからこそ、わたしが一緒にがんばるのです!)

 

 それが大人としての、聖女としての、責任の取りかた。

 

 覚悟を決めたアリアは左手を腰に当て、右拳で自身の胸を叩いた。

 

「いいのです! 三人ともわたしについてくるのですよ! まとめて面倒みるのです!」

「アリアの姐さん、アタイは……」

 

 ソロが何かをつぶやく。

 だけど彼女の言葉は見物人たちの歓声にかき消された。

 

「すげえ! 聖女アリア!」

「言葉だけで三人をやっつけちまった!」

「さすが無慈悲な聖女さまだわ!」

「バカ! それを本人の前で言わないの!」

「ああー、オレも叱られたい!」

 

 歓声に聞き覚えのある声が交じっていたのをあえて無視して、アリアは天を仰いだ。

 晴天というには雲が多く、曇天というには光が眩しい。そんなどっちつかずの空に、アリアはぽつりと言葉を飛ばした。

 

「なんだか……どんどん理想の聖女から遠ざかってゆく気がするのですう……」

 

 そのか細い声は、数多の雑音に邪魔されて空には届かなかっただろう。

 


         ✝

 


「――ということがあって、ソロさんたちはケニス小国で暮らすようになったのです」

「ソロお姉ちゃんって悪い子だったんだねー」

 

 アリアの語りを聞き終えたヤンが無邪気に感想を述べる。

 それにはソロも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ハハ……返す言葉もないね。でも、せめてそこは悪い人にしておくれよ」

 

 ちなみに、とアリアは補足した。

 

「まだソロさんたちの家がなかったので、はじめは修道院で生活していたのです。長老さんが家を用意してくれたのは半月ほどが経った頃だったのです」

 

 そうだったね、とソロが言う。

 

「ドリオの体に合わせて改築までしてもらって、ほんと頭があがらないよ」

「お仕事が見つかったのも、ちょうどその頃だったのですよね?」

「ああ。デュオは家の一部を工房にして服や靴を作っててね、すぐに売れ切れるってカルロスのヤツが喜んでたよ。ドリオのほうは畑や牧場に行って、今では力持ちで疲れ知らずだって人気者さ」

 

 自身の武勇伝のように弟たちを誇らしく語るソロに、ヤンが素朴な疑問をぶつける。

 

「ソロお姉ちゃんは、なんのお仕事してるの?」

アタイかい? アタイは……アリアの姐さんの手伝いをしてるのさ!」

 

 ソロに視線で助けを求められ、アリアは助け船を出そうと口を開いた。けれど、それよりも早くヤンが純粋無垢な表情で言う。

 

「ソロお姉ちゃんは聖女さまになりたいの?」

「いや……そういうわけじゃないんだけどね」

「え? じゃあ無職ってこと?」

 

 ヤンの疑問はもっともだ。

 修道士見習い以外で聖女の手伝いをする仕事はない。

 

 ソロがたじたじになる。

 

「いや、無職っていいうか……」

「あ、そっか! ちゃんとしたお仕事は十五歳になってからじゃないとできないもんね!」

「だからアタイは二十歳だって言ってんだろ!」

「じゃあ、なんで働いてないの?」

 

 純粋で素朴な疑問ほど怖いものはない。

 

「う……だから、それは……っ」

 

 反論できずにいるソロに、アリアは言った。

 

「ソロさんの負けなのです。いいのですよ。なんちゃって幼女さんのままで」

「ちょ……っ、アリアの姐さんまで! そりゃあ、あんまりだよ!」

 

 どうやらヤンの思い違いを解けるのは、まだまだ先になりそうだ。

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