第21話 居場所
ゆらり、とアリアは立ち上がった。
「ふざけないでほしいのです……」
「ひっこんでな!」ソロが唾を撒き散らす。「そもそも、こうなったのはあんたのせいだよ!」
ああ、そうだ。自分が愚かだった。
(だからって……なにもしないなんてできるわけないのです!)
自分が行動することで今より事態が悪化するかもしれない。
それでも《わたしにはなにもできないのです》と諦めて、《わたしなんてなにもしないほうがいいのです》と過ぎた失敗を言い訳に動かなければ必ず後悔する。
この世に完璧な人間などいない。
誰もが失敗する。
それが自然であり必然だ。
問題は失敗することではない。
どうやって失敗を取り返すかだ。
確かめるような足取りで距離を縮めるアリアに、ソロが身振り手振りで拒絶する。
「あ、あんた! なに近づいてんだい! あんたは動くなって、」
「黙りなさい」
聖女とは思えない低い声が言葉を遮る。
それでもまだ口を開こうとするソロに、嗜虐のアリアは鋭い眼差しで見下ろしながら続けた。
「汚い言葉しか吐けない無駄な口を閉じろと言ってるの」
「ひっ……」
と、ソロの唇から悲鳴が漏れる。それは声よりも、百人は殺した殺人鬼のような目つきに怯えたからだった。
嗜虐のアリアを解き放ったのは賭けだ。
コラス三姉弟を《根は良いやつ》だと分析したカルロスの人を見る目。
聖女としての資質を認めてくれたセレーナ。
その、どちらかが間違っていても上手くいかない。
固まっているソロを横ぎり、嗜虐のアリアはドリオの前に立った。
そしてソロに向けたのと同じ眼差しで巨体を見上げる。
「あなた、自分がなにしたかわかってるの」
「おで、おでは……」
「あなたに意思はないの? お姉ちゃんに言われたらなんでもするの? その頭は飾りなの? そうよね。中身がからっぽだから人を傷つけてなんとも思わないのよね?」
「ち、ちが……」
と、ドリオが頭を左右に振って後ずさる。
獲物を追いつめる狩人のように空いた距離を詰めた嗜虐のアリアは残酷な笑顔と殺人鬼の眼差しで、けれど声だけは可愛らしく訊いた。
「なにがちがうの?」
「ネ、ネーチャ……」
表情と声の不均衡が生み出した恐怖にドリオが涙目でソロを見やる。
「なんでもかんでも姉に頼るな!」
ぴしゃりと怒鳴りつけた嗜虐のアリアはそのまま、沈黙しているデュオを指さした。
「あなたもあなたよ。さっきからなに黙ってるの。弟がこんなにも責められているのにうろたえるだけなんて情けないとは思わないの?」
「ぼ……僕は……」
「自分が情けないって思ったら黙ってないわよね。ごめんなさい、わたしの考えが足りなかったみたい。いつまでもなにもできないまま、あなたはずっとそうしてなさい」
「弟を悪く言うんじゃないよ!」ソロが叫ぶ。「あんたが弟たちの何を知ってるんだい!」
「ワタシはあなたたちのことなんてなにも知らないわ」
と、嗜虐のアリアはしれっと言った。
それでさらにソロの顔が赤みを増す。
「だったら、」
「それでもこれだけはわかる。あなたの弟たちがダメなのは、あなたのせいよ」
「はあ?」ソロの顔がいびつに歪む。「アタイのなにが悪いっていうんだい! 親にも捨てられ、生まれた国の連中にも蔑まれて、それでもアタイは弟たちを守ってきたんだよ!」
「世の中が悪い。周りの人間が悪い。そうやって全部を周囲のせいにすれば楽でしょうね」
「知ったようなことを! あんたなんてこの国から出たことすらないくせに!」
「それでもわかることがあるのよ。ワタシはあなたよりも人と関わってきたもの」
「バカかい? アタイはいくつもの国を回ってきたんだよ!」
「それなのにまともな人間関係を築いてこなかったなんて、あなたはどれだけ無能なのかしら。見てればわかるわ。認めてくれない、本当の自分を見てくれない、そうやってすぐにあきらめてきたんでしょう? そんな薄っぺらい人間関係からなにを学べるの」
「アタイは……」
と、地面に視線を逃がしたソロに、嗜虐のアリアはとっておきの一言を投げた。
「だからあなたは、弟すらも信じられないのよ」
さすがにその言葉は許せなかったようで、ソロが歯をむき出しにして叫んだ。
「バカを言うんじゃないよ! アタイが弟たちを信じてないわけないだろ!」
「あなたは信じてないわ。頼られ、守っていただけ。自分がやるから大丈夫、自分がいるから心配するな、そう言い続けてきたんでしょ? そうやって彼らから自信と思考する力を奪ってきたのよね?」
「………………」
「自信は後からついてくるものだわ。成功した経験が自信になるの。それなのにあなたは自分でなんでもやってしまった。そうやって弟の成長する機会を奪い続けてきたのよ」
唇を震わせ、ソロはしばらくのあいだ黙っていた。
その悔しそうな表情を目にしてアリアは賭けに勝ったと確信した。
ヤンに手をあげたドリオをソロは止めようとした。二人の会話から殴ったのがドリオの本意ではないと想像できる。ソロの《言いつけ》は《姉と兄を守れ》だったのだろう。
根が優しいなら言葉が届くと思った。
実際、アリアの言葉にソロは過剰に反応した。
「だったら、どうすりゃよかったんだい」
やがて唸るようにソロが言った。
「人見知りだから。鈍くさいから。子供にしか見えないから……そんなことぐらいで仕事をもらえなくて、バカにされて! どこの国でもそうだった! そうだよっ! なにがカノン教だ! あんたらだってアタイたちをのけ者にしてきたじゃないか! アタイがこいつらを守る以外にどうできたってんだよ! アタイが守らなきゃ誰も守ってくれやしなかったじゃないかっ!」
「ネーチャ……」
「お、お姉ちゃん……」
デュオとドリオが洟をすする。
コラス三姉弟が受けてきた差別は容易に想像できた。
人は自分と異なる存在に対して攻撃する時がある。
それは平和なケニス小国でも同じだ。いじめやいやがらせをする人はいるし、陰口を叩く人もいる。
その何倍もの苦痛をコラス三姉弟は味わってきたのだろう。
内なる自分を引っ込めたアリアは語りかけるように言った。
「あなたは……居場所がほしかった、のですね」
これが思い違いなら、すべて水の泡だ。
相手と心の距離を縮めることができなくなる。
うなだれるようにソロが頷いた。
「そうだよ……。けど、そんなモンはどこにもなかった。アタイらを受け入れてくれる場所なんて、どこにもなかったんだよ」
アリアは深く息を吸い込んだ。
そして、吐息を言葉に変えた。
「それは甘えなのです」
「なんだって?」
跳ねるようにあげられたソロの顔をアリアはまっすぐに見つめる。
「あなたは居場所がないと嘆いていますけど、それは当たり前なのです。あなたが望む居場所は、この世界のどこにもないのですよ」
「あんたは、アタイたちに死ねって言いたいのかい」
「ちがうのです。居場所は作るものだと言っているのですよ」
「そんな簡単に作れるならこんなことになってないんだよ!」
「そう思うのは一人でやろうとしているからなのです。そこが甘えであり、あなたが弟さんたちを信じていない部分なのです。お姉さんだからって全部を一人で背負う必要はないのですよ。もっと二人を頼ってもいいのですよ」
「デュオと、ドリオを……?」
弟たちを交互に見やるソロに、アリアは優しく言った。
「みなさんには欠点があるのです。でも誰にだって欠点があるように、誰にでも長所があるのです。みなさんの得意なものは、なんなのです?」
「デュオは賢くて器用なんだ。大抵のことなら一度習っただけで出来る。見とくれよ、アタイたちの靴だってデュオが作ったんだ」
誇るだけあって三人が履く靴は素人が作ったとは思えない代物だった。
長旅で古びてはいるものの造形は綺麗で穴が開いたり破れたりなどの目立った損傷もない。
だから不思議だった。
「それだけの腕があれば靴職人としてやっていけそうなのです」
「デュオも親方に弟子入りして靴職人になろうとしたさ。けど、長くは続かなかった。なんでかわかるかい? 靴職人になるのに靴だけ作ってりゃいいってわけじゃないんだ。材料を仕入れるにも、靴を売るにも、技術を学ぶのだって人との付き合いってのがある」
「それに耐えられなかったのです?」
「デュオは昔から人見知りで会話が苦手だった。それでも今ほどじゃなかった。その時のデュオは苦手なりに周りと仲良くやろうって頑張ったんだ。でもデュオは他のヤツより覚えが早くて、腕も良すぎた。そのせいで他の弟子連中から反感を買っちまったんだ。あとは想像がつくだろ? 狭い環境で孤立した人間がどんな仕打ちを受けるかなんてさ」
アリアは黙っていた。
「ドリオも似たようなもんさ。力はあるけど、ちょっと頭が弱くて鈍いからね。仕事が見つかっても騙されて給料を横取りされたりしてね」
「ソロさんはどうなのです?」
「アタイ……?」
「そうなのです。ソロさんの長所はなんなのです?」
「アタイに長所なんかないよ。見てのとおり、子供にしか見えない大人さ」
ソロが自暴自棄気味に言う。
すると、二人の弟たちが激しく異を唱えた。
「ネーチャ、いいとこ、いっぱい!」
「そ、そうだよ……っ! お、お姉ちゃんは……どんなときでも、ぼ、僕たちを…諦めないでくれたじゃない、か!」
「あんたたち……」
驚いた表情でデュオとドリオをふり返るソロに、アリアはそっと言った。
「長所がない人なんていないのです。ただ、自分では気づきにくいだけなのですよ」
「いくら長所があっても、こいつらにしか認めてもらえないんじゃ意味ないよ」
「まだそんな甘えたことを言うのです? さっきからあなたは当たり前なことばかり言ってるのですよ」
「当たり前なことだって?」
「誰も自分たちを受け入れてくれないとか、長所を見てくれないとか、それは当然なのです。だってあなたは相手が受け入れる前に、相手があなたたたちの長所に気づく前に、あなたは自分であきらめてきたのです。いいのです? あなたはあなたしかいないのです。あなた以外はあなたではないのです。自分ではない誰かをわかるのは、ものすごく時間がかかるのですよ。それは何十年も連れ添った夫婦でも、ひょんなことから新しい発見をするほどわかりにくいのです。それを短い時間ですまそうとするなんて甘えなのです」
ふん、とぶっきらぼうにソロが鼻を鳴らす。
「あんたは正しいよ。けど、正しいだけさ。あれこれ言っても所詮は口だけだろ。正しさだけじゃなんにも守れやしないんだよ。なにもしないんだったら口出ししないどくれ!」
「では、なにかをしたら口を出してもいいのです?」
「アタイたちに有益ならね」
「約束なのですよ?」
「いいよ。それで? なにをしてくれるんだい? 食べ物でも恵んでくれるのかい?」
試すような視線を送ってくるソロに、アリアは聖女らしい微笑みを返した。
「わたしがみなさんに与えるのは……居場所、なのです」
「居場所ねえ。あんたはさっき居場所は作るもんだって言わなかったかい?」
「だからわたしが与えるのは、この国で居場所を作る方法なのです」
「ほほう? そんなことが本当にあんたみたいなションベン臭いガキにできんのかい?」
挑発には応えずに、アリアは馴染みの雑貨屋兼行商人を呼びつけた。
「カルロスさん!」
「はいはい、なんですか?」
と、すぐにカルロスが駆け寄ってくる。
アリアはソロの足もとを指で示した。
「あの靴、カルロスさんから見てどうなのです?」
「それは……商品として、ってことですよね」
「はいなのです。売り物になりそうなのですか?」
うーん、と思案顔で唸ったカルロスが、ソロに片方の靴をよこすよう要求する。
ソロは素直に従った。
靴を受け取ったカルロスは表面を撫で、内側に手を入れ、持ち上げて底を見たりしながら品質を確認してゆく。
やがて、ソロに靴を返したカルロスが首だけ動かしてデュオを見やった。
「これを作ったのがデュオくんだっていうのは、本当なのか?」
「う、あ……」
首を左右に振りながら視線を泳がせるデュオ。
それを見かねたソロが間に入る。
「べつにカルロスは責めてるんじゃないよ。ただ質問してるだけさ」
それでどうにか落ち着いたデュオが、おずおずと頷いた。
「は、はい……ぼ、僕……で……」
話の中心になるのが耐えられないようで最後のほうは聞き取れない。
ふむ、と顎を撫でるカルロスは行商人の顔をしていた。
「これを一足つくるのに、どれくらいかかる?」
あうあう、とデュオがまた挙動不審になってしまう。
これでは話が進まないからとソロが弟から話を聞き出し、それをカルロスに伝える。
「材料と必要な設備があれば十四日で作れるそうだよ」
「十四日だって!」
「な、なんだい。十四日じゃダメなのかい」
「その逆だよ! 普通は靴を作るのに三十日近くかかるんだ。しかもこの靴は職人にも負けてない。それを十四日で作れるなんて! 人間業とは思えないよ!」
「へん! どうだい! デュオはすごいんだよ!」
と、ソロがたったいま知ったばかりの偉業をさも自身の手柄のように胸を張る。
アリアはカルロスに確認した。
「それはつまり、売り物としては申し分ないってことなのです?」
「もちろんですとも!」
「なら、問題は材料と設備なのです。カルロスさん、頼めるのですか?」
「いいですけど……彼らってそんなお金持ってないですよね」
「先行投資という形で、どうにかならないのです? 通常の半分の時間で作れるなら効率は倍ですし、投資分を取り戻すのにそれほど時間はかからないと思うのです」
「まあ、そうかもしれないですけどね」
と、カルロスにしては珍しく返事が煮えきらない。
「それにデュオさんは器用だという話ですから、服や他の物も作れるようになるかもしれないのです」
「服ならもう作れるよ。アタイらの普段着はデュオの手製だからね」
と、即座にソロが新情報を明かす。
それでもカルロスは顔をしかめていた。
脳内で様々な計算が行われているのだろう。
そこに、すっかり存在感が薄れていたトーマスが口を挟んだ。
「お金なら私が出すよ」
「長老?」
思いもよらぬ申し出にカルロスの声が裏返る。
トーマスは目を細めながら静かに言った。
「デュオくんが靴職人と服職人を兼任してくれるならありがたい。ゆくゆくはその技術を他の者に伝えて量産の態勢を整えられるからね。そうなればカルロスくん、キミにとってもおいしい話じゃないかな?」
「長老は、それでいいんですか?」
そう言ったカルロスの瞳は疑心に満ちていた。
根は良いと自身で分析しておきながらデュオを疑うのは矛盾しているようだけれど、商売人としての彼は普段よりも慎重なのだろう。それくらいでなければケニス小国から出て売買などできないのだ。世界は善意だけで切り抜けられるほど優しく出来てはいない。
「かまわないよ」すべてを承知したようにトーマスが頷く。「もし彼らに逃げられたとしても私は後悔なんてしない。若者に夢を見るのは年寄りの楽しみだからね」
「五十歳になったばかりなのに老け込むのはまだまだ早すぎますよ」
と、穏やかで優しい声が入ってくる。
セレーナだ。
彼女の遠く後方では、横たわるサニーの手をしっかりと握りしめて見守るヤンの姿がある。
「サニーさんは!」
間髪入れずに尋ねたアリアに、セレーナが満面の笑みで応えた。
「心配いりません。頭を強く打って気絶していただけで怪我は思ったほどひどくありませんでした。まだ意識は戻っていませんが、一時間も待たずに目を覚ますでしょう」
「よかったのですう……」
ホッとしたアリアは、トーマスに向き直った。
「長老さん、わたしからもお願いがあるのです」
「聖女アリアがお願いとは珍しいですな。いったいなんでしょう?」
「ドリオさんのことなのです」
サニーの無事を聞いて表情がほぐれたドリオに視線を投げてアリアは続ける。
「彼ほどの恵まれた体格と力があればいろいろできると思うのです。長老さんが信頼できる人たちのなかで、ドリオさんを雇ってくれそうな人を紹介してもらいたいのですよ」
「それならこちらから頼みたいくらいですよ。今は若い人が少ないですからね。労働力が増えるのは実にありがたい。彼ならすぐ人気者になれると思いますよ」
ありがとうございますなのです、とお礼を言ってから今度はソロに向き直る。
そして腰を落としたアリアは彼女と視線を合わせた。
「ソロさんには弟さんと国の人たちの架け橋になってもらいたいのです」
「架け橋?」
「弟さんたちは社交性に欠けるのです。そこを補ってほしいのですよ」
「……なんでだい」
と、ソロが睨む。
「なにがなのです?」
「なんでアタイたちにここまでするのかって訊いてんだよ! こんなに首突っ込んで、あんたは何がしたいんだい! こんなことして何かあんたの得になんのかい!」
「わたしは聖女なのです。困っている人がいるなら手を差し伸べるのが役目なのです。そこに損得は関係ないのです。だからソロさんの力にもなるのですよ」
「たった、そんだけの理由だってのかい」
「たった、それだけの理由なのですよ」
そしてアリアは改めて訊いた。
「ソロ・コラスさん。あなたはどうしたいのです?」
「どうしたいって……」
まるで怯えたようにソロが足をよろめかせる。
きっと怖いのだ。
ソロは数えきれない苦労をして、たくさんの努力を重ね、それでも欲しかったモノは手に入らなかった。
けれど今、その欲しかったモノがすぐそばまで来ている。少し手を伸ばすだけで届く距離だ。
それなのに彼女は戸惑い、躊躇してしまう。
ふいに落ちてきた幸福が怖いからだ。
彼女は何度も裏切られてきた。人にも、期待にも、幾度となくそっぽを向かれ続けた。そんな彼女が何かを信じるには心に傷を負いすぎたのだ。
アリアはソロがこれ以上どこにもいけないように彼女の頬を優しく両手で挟み込む。
「この国で居場所を掴みたいのならそうしたらいいのです。でも、それを受け入れるかはソロさんの自由なのです。あなたはなんでも選べるのですよ。だから、このまま国を出て行くなら止めたりもしないのです」
アリアは囁くような声で付け足した。
「選んで、決めるのは……あなた、なのですよ」
ソロは今にも泣きそうな表情になっていた。
唇を半開きにし、歯を食いしばり、目の周囲にある筋肉が小刻みに痙攣して長い睫を震わせる。
ほどなくして彼女の大きな瞳から涙がほろほろとこぼれ落ちた。
「アタイ、アダイはあ……」ソロが嗚咽の間から気持ちを吐き出してゆく。「ここで、暮らじでも……ほんどに、いいのがい?」
「もちろんなのですよ」やわらかな頬から手を離したアリアは力強く頷いた。「でも覚悟は必要なのです。あなたたちがしたことは許されないのです。それは、わかるのですね?」
ソロが獣のような声で首を縦に振る。
「あなたたちの行いを、この国の人たちはずっと忘れてはくれないのです。過ちをなかったことにはできないのです。それでも、これから新しく信頼を積み重ねてゆくことはできるのです。ただし、それはとても険しい道なのです。ひどい言葉を投げられることも、何年も経ったあとで犯した過ちを蒸し返されることもあるのです。この国で暮らすとはそういうことなのです。ソロ・コラスさん、それらと一生、向き合う覚悟はあるのですか?」
最後にアリアは、
「もしその覚悟があるのなら、わたしたちと共にこのケニス小国で生きてゆくのですよ」
ぽん、とソロの肩に手を置いた。
本当にそっと、赤子の頬に触れるような感覚で置いたはずだった。それでも彼女の小さな体は支えを失った人形のように崩れた。
え、と驚くアリアの脚にしがみついたソロが周囲の目などおかまいなしに号泣する。
「うあああああああ……っ!」
その母親の愛情に縋る幼子のようなソロの姿にアリアはふと思った。
(張り詰めていた緊張が、ようやく解けたのですね)
守らなければとソロは三姉弟の年長者として必死に足掻いてきた。
それが何年も続いていたのだ。
居場所もなく、心が休まるひと時さえもなく、ひたすらに頑張ってきた。
そんなソロが、やっと居場所を手に入れようとしている。
「思いっきり泣くといいのです」
ひどく困難だった旅を終わらせようとしている彼女の、どこまでも尊くて強い姿を笑う人がいたなら叱りつけてやる。あなたはこの涙を笑うだけの苦労をしてきたのですかと怒ってやる。
だから思いっきり泣けばいい。
アリアはソロの小さな、だけど大きい背中を覆い被さるように抱きしめた。
「もういいのです。もう、あなた一人が頑張らなくても大丈夫なのですよ。これまで、よく頑張ったのです」
ソロの泣き叫ぶ声が、ひときわ大きく空へと昇る。
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