第16話 ソロの誤算

 町を出た一行は国道を北上していた。

 

 道中、カルロスが頻繁に話しかけてきた。

 はじめは鬱陶しかったのに彼の話術は巧みで、

 

「それにしてもドリオくん、キミはずいぶん体が大きいね。え? まだ十五歳なの? いやー、オレもそれくらい大きい男になりたいもんだね」

 

「デュオくん、そんなに前髪伸びてちゃんと見えてる? ああ、べつに悪いとかじゃないよ。ただ、もったいないと思って。綺麗な顔してるんだから、もっと自信持てばいいのに」

 

 ドリオだけでなく、人見知りのデュオまでもが初対面の相手に笑顔を見せていた。

 

「なあ、あんた」

 と、ソロは好奇心から尋ねた。

 

 けれど質問の続きを口にするよりも前に、なに、と首だけでふり向いたカルロスが笑顔で言葉を足す。

 

「あ、でもその前に、そろそろ名前で呼んでほしいな。せっかく知り合えたんだ。もっと仲良くなりたいからさ。 んー……そうするとオレはキミをなんて呼べばいいかな? ソロちゃん? は年上に失礼だし、やっぱりソロさん?」

 

 用事が済めば立ち去るだけの国だ。誰かと仲良くなるつもりなどない。だけど、ここで頑なに拒むのも不自然な気がする。

 仕方なく話を合わせた。

 

「ソロでいいよ。さんなんて付けられたら寒気がするからね。アタイもあんたをカルロスって呼ばせてもらうよ」

「わかった。それで、ソロ。なんの質問?」

「カルロスは親切にしてくれるけど、アタイらを怪しいとは思わないのかい?」

「思わないよ?」

「アタイやデュオはともかく、ドリオが怖くないのかい?」

「ネーチャ、ひどいおー」

 

 うしろから追いかけてきた声にカルロスはドリオを一瞥だけして進行方向に視線を戻す。

 

「雑貨屋をして、行商もやってるんだけどさ」

 

 数秒、なんのことかわからなかった。

 けれど、すぐにカルロス自身の話だと気づく。

 

「行商をしてると色んなモノを見るし、色んな人にも会う。そうしてオレは、外見だけで判断すると大切なモノが見えなくなるって知った。だから他の人より少しばかり大きいからって怖がったりしないよ。それに体が大きい人は優しいって言うでしょ?」

 

 ソロは泣きそうになった。

 やっと弟の本質を見てくれる人に巡り逢えた気がした。

 

「この国のヤツは、みんなカルロスみたいに優しいのかい」

「オレは優しいわけじゃないよ。思ったことを言ってるだけさ。そのせいで、よく女の子からは気持ち悪がられてる。まあ、それが気持ち良いんだけどね」

 

 微妙な発言になんと返していいか悩んでいると突然、カルロスが畑に向かって叫んだ。

 

「おーい! 長老ー! お客さんだよーっ!」

 

 遠くの畑で誰かが立ち上がるのが、かろうじて見えた。

 

 

「はじめまして。私はトーマス・ドエと申します」

 と、ソファーに座った丸顔の中年男が、テーブルを挟んで向かいに座るソロと、彼女の後ろに佇むデュオとドリオに深々と頭を下げる。

 

 カルロスの案内で無事にトーマスと会うことができたソロたちは、

 

『立ち話もなんですから』

 というトーマスの意向で彼の自宅に招かれていた。

 

「長老って呼ばれてるから、もっと年寄りが出てくるもんだと思ってたよ」

 

 ソロの素直な感想に、なはは、とトーマスが薄く笑う。

 

「よく言われますよ。長老は、この国の代表者に与えられる称号みたいなものなんです」

「ふうん。でも、トーマスさんだっけ? あんた、ほんとにこの国で一番エライのかい?」

「偉いかはわかりませんが、国の代表をやらせてもらってます。どうしてですか?」

「国の代表ってわりには、ずいぶんと味気ない家に住んでるんだね」

 

 ソロは室内を無遠慮に見回す。

 

 トーマスの家は平凡な丸太造りをしていた。

 広さは三人が暮らせる程度で、内装もテーブルやソファーなどの生活に必要な物しかない。

 金持ちの家には見えなかった。

 

「国民から税金を徴収するのをやめましたからね。代表といっても名ばかりですよ」

「税金を取るのをやめただって?」ソロは耳を疑った。「なんで?」

「小さな国ですから。税金を取らなくてもどうにかなるものなんですよ」

「災害とかで金がいるようになったらどうすんだい! まさか、あんたの懐で全部まかなうってわけじゃないんだろ?」

「困ったときはお互い様ってやつですよ。余裕のある人から寄付してもらうんです」

「そんなバカげた話が……」

 

 信じられないという気持ちと、呆れたという気持ちが半々だった。そんな他人の善意を前提にした国政なんて聞いたことがない。

 

「まあ、我関せずって人は確かにいます。それでも他人の痛みをわかって、寄付してくれる人も大勢いますから。それに助けられた側は、助けられたことを忘れないものです。そして今度は助けられた側が困っている誰かを助ける。悪いことだけでもありません」

 

 ソロは愕然とした。

 裏切られた経験はあるはずだ。なのに、どうしてそこまで他人を信じられる。また裏切られるのが怖くないのか。

 とても正気の沙汰とは思えない。

 

「っていうか長老。こういうときってお茶とか出すもんじゃないですか?」

 と、トーマスの隣に座るカルロスがいまさらながらに指摘する。

 

「ああ! これは気が利きませんでした!」

 

 腰を浮かせかけたトーマスを、ソロは片手で制した。

 

「いいよいいよ、そういうのは後でさ」

 

 茶や菓子に用はない。

 求めているのはガッツリ食べら栄養だ。

 具体的には肉。

 

「そういや、こっちの紹介がまだだったね」ソロは親指で順番に示す。「アタイはソロ・コラス。で、うしろの二人は弟で従者さ。ひょろいのがデュオ、デカいのがドリオってんだ」

 

 挨拶しな、とソロに促されて二人の弟がぎこちなく頭を下げる。

 

「ど……ども」

「おでドリオ、よどじぐ」

 

 二人に会釈を返したトーマスは、急に真剣な顔つきになって居住まいを正した。

 

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」

「アタイは修士でね」ソロは早々に本題をきり出す。「オーディラル教の教えを広める旅をしてるんだ。この国にもぜひ、オーディラル教の良さを知ってもらいたいんだよ」

「オーディラル教を、このケニス小国で、ですか?」

 と、トーマスが驚いた表情になった。

 

 オーディラル教とカノン教は完全に住み分けがなされ、お互いの間には深い溝がある。

 

 原因の一つは、それぞれの教えが正反対であること。

 オーディラル教では《人は生まれながらにして優秀な者とそうでない者に分かれている。優秀な者がそうでない者を導くことが幸福への近道なのだ》と説き、カノン教では《人間とは、ひとりひとりが掛け替えのない存在であり、ただそこにいるだけで素晴らしいことである。命とは、生まれてきただけでも奇跡なのだ》と教えている。

 

 基本理念の差違は、そのまま宗教の在り方にも表れていた。

 オーディラル教では会則という決まりごとで修士や信徒との関わりにおいて何より上下関係を重んじる。対してカノン教では修道士や信者との間に上下関係は存在せず、彼らと寄り添う道を選んだ。

 

 そういう決定的な違いが、かつて大きな争いを起こした。何万人もの犠牲者を出した過去の傷は硬いしこりとなって両者の間に残り、現在でも小競り合いを生んでいる。

 

 だからトーマスの驚きは当然で、戸惑うのも自然な反応だった。

 

 しかし、ここまではソロの計算どおりだ。

 

「ま、驚くのも無理はないさ」

 

 ソロは世間話でもするかのような軽い調子で続ける。

 

「オーディラル教とカノン教の間には溝があるからね。だからって諦めてたら平行線のままだろ? それをどうにかしたくてアタイはあちこち回ってるのさ」

「なるほど、そういうことでしたか。それは遠路遥々お疲れ様です」

 

 トーマスの表情が緩むのを確認してソロは心のなかでほくそ笑んだ。

 やはりスカプラリオの違いには気がついていないようだ。

 

「んじゃ、さっそく親睦を深めるために、」

「ですが、そういったお話なら私より適任者がおります」

「なんだって?」

 と、ソロは初めて顔をゆがめた。

 

 嫌な予感がする。

 

 トーマスが笑顔で言う。

 

「そういうお話でしたらぜひ、聖女セレーナとお話しください」

 

 数瞬、思考が停止した。

 

「聖女っていうのはつまり……オーディラル教でいうところの修士だろ?」

「そうだと思います」

「まさか、こんな小さい国にそういうのがいるとは思わなかったよ」

「ええ、我が国は恵まれています。今年からは新人も加わって二人になりましたから」

「二人? 一人じゃないのかい!」

 と、ソロは思わず声を大きくした。

 

 計算外もいいところだ。

 

「二人です。それとも、うちの国に聖女がいては何か都合が悪かったですかな?」

 

 探るような視線を向けられていることに気づき、ソロは咄嗟に平静を装った。

 

「い、意外なだけだよ。ここくらいの国ならそういう連中はいないことが多いからさ」

「そうでしたか。これは失礼しました」トーマスが立ち上がる。「では、聖女セレーナがおりますマザー聖堂までご案内しましょう。聖堂までは二十分ほどです」

 

 ここまできたら策を巡らしようがない。

 ソロは静かに返答して腰をあげた。

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