第10話 地球

 「地球に戻る。明らかな異常事態だ。君を連れて地球に帰還する」


 僕は彼女にそう告げた。


 エマと名乗る彼女は不思議そうに首を傾げた。


 「何言ってんの?行けるわけないじゃん」


 「いいから、指示に従って」


 「はぁ?」


 訝しそうに彼女は私を見る。


 ただすぐに顔を明るくさせた。


 「まぁいいよ。楽しそうだしね。着いてく着いてく」


 その言葉を聞き、自分が乗ってきた宇宙船に向かった。


 歩みは遅い。宇宙服を着ているのもあるが何より心因的な部分も大きかった。


 何が起きているのだろうか?


 この問題を克服できないでいた。


 どこまでも広がる森林のなかを進んでいく。


 動物の姿も昆虫の姿も見えない。そんな異様な光景の中を突っ切っていく。


 そしてふと不思議に思った。


 「君はここで暮らしていると言ってたね」


 「うん、そうだよ。ずっとここ」


 歩みは止めずに、話を続けた。


 「どうやって生活してるんだ?寝床は?それに食事はどうしてる?」


 「えぇー。お兄さんだいぶ変わってるね。食事なんてスポット行けば出てくるじゃん」


 「スポット?」


 聞き慣れない単語を耳にして、後ろを振り向いた。


 「みんな知ってるよ、必需だからね。今まで会ってきた人も全員知ってたよ」


 彼女はさも当然のように語る。


 「スポット、見てみる?すぐそこにあるけど」


 彼女はそう目の前を指差した。


 彼女が指さす方向、そこは自分が乗ってきた宇宙船の方向と合っていた。


 寄り道をするにはちょうどいい位置にある。


 「分かった、それも見よう。異星の探査も任務のうちだ」


 「異星ね。了解了解」


 そう言って案内された場所には何の変哲もない木が立っていた。


 他に比べて大きいぐらいの普通の木だったが。


 「ここが?」


 「そう、スポット。見てて」


 そう言って彼女は木に近寄り、木に向かって手を伸ばした。


 木に開いた穴の中に腕を滑り込ます。


 すると・・・。


 「ほい」


 彼女の手にはリンゴが握られていた。


 何もない場所からリンゴを取り出したように見せた。 

 タネも仕掛けもない感じない、まるで手品だった。


 「ここからご飯が出てくるの。ご飯以外にも、いろいろ出てくるよ。それも知らないなんて変だねお兄さんって。最近現れたとしても、普通みんな知ってるもんだけどなー」


 ふーむ、と彼女は不思議がる。


 「現れる?」


 「うん。スポットから出るのは食べ物だけじゃないよ。人もスポットから来るんだよ」


 「は・・・?」


 その言葉に何も言えなくなる。


 人が現れる?


 そう言ったのだろうか?


 「食べ物みたいに念じたら出てくるものじゃないけどね。周期的に神様が生成するみたい」


 「かみさま?」


 「うん。神様。私も2年前ぐらいにスポットから出てきたんだよね。『幸せを享受しましょう』みたいなお告げがあって、そうして私は作られたんだ」


 当然のことのように言う彼女は、ふざけている様子などなかった。


 「2年前?」


 「そう、駄目?おかしい?私が会った人たちはみんなそんな感じだったよ」


 何を言っているのだろうか?


 「君には赤ん坊だった時代はないのか?」


 「うん、ないね。みんなそうだよ。神様に『言語』とか『一般常識』を貰って生成されるんだよ。あとは『好きなように生きなさい』って言われて、この世界に放たれるんだよ」


 彼女の眉間に皺が寄る。


 「お兄さんは違うの?」


 「違うに決まっているだろ」


 動揺を隠せずに、そう言い切る。


 「普通、人は赤ん坊として産まれてきて、親や周囲の人間から言葉や文化を学んで成長するものだ。普通そうだろう?」


 「それって地球の時代の話でしょ。生殖行動を行なって、子供を授かるっていうの。神様からもらった一般常識にはそういう情報はあるけど。それって古いよ。お兄さんって昔からタイムスリップしてきたの?なんかそんな感じするー」


 神様。


 そう彼女は言い続けた。


 頭をよぎる一つの単語。


 カルダシェフ・スケールのタイプ5以上の存在。


 『素粒子技術の完成。素粒子の集団を構成する複雑な組織を人工的に作り出せる』その技術を思い出す。


 容易く時空を移動し、まるで3Dプリンターを使うように『命』を作ってしまうと評される。


 まるで、それそのものだ。


 「くそ・・・」


 頭が回る気分になった。


 「ちょっと休んだら?」


 「休もうと思ったとしても、ここじゃあ休めない。宇宙船に向かう」


 「あー。はいはい」


 彼女を連れて歩いた。


 地面が柔らかくなり、歩きづらいと感じた。それは膝に力が入らなくなっているのだと後で分かった。


 恐ろしい。


 そう思った。


 そして、自分の悪い予感が現実のものとなって襲いかかる。


 「なんで・・・?」


 自分が乗ってきたはずの宇宙船がなかった。


 着陸してきたはずの場所には何の変哲もない草原が広がっている。


 どうしてだ?


 場所は間違っていない。間違いなくここに着陸した。


 それにこの宇宙服の電子機器で扉の開閉ができるのだ。誰かが乗ろうと思って乗れるものじゃない。


 紛失でも、盗難でもない。


 なぜ、誰が、どうやって?


 浅くなる呼吸で正常ではない思考のまま、一つの代替案を思い付く。


 行方不明となっていた宇宙船に乗って帰る。


 それが地球へと帰還する唯一の方法に思えた。


 「戻るぞ!」


 彼女を連れ、先ほどの寂れた宇宙船に戻ってきた。


 宇宙船の型番から、何とか乗り込むことに成功する。


 動作は問題なく出来る。


 あとは・・・。


 「お兄さん、私宇宙行くのって初めてなんだよね。結構楽しみだわ」


 そう言われた。


 彼女を乗せて、旧型の宇宙船を出発させた。


 動作も、動力源も、異常がない。


 「行ける、帰れるぞ」


 ワープ装置を目標にセットする。


 目的地は地球。


 帰る。


 帰って報告する。


 この異常事態を持ち帰り、より多くの人員を派遣してもらう。


 それでいい。それが俺の仕事だ。


 それで仕事は完遂される。


 ・・・はずだった。


 ワープは正常に機能した。


 座標を確認しても、ここが地球から地上二千キロメートル上空であることは間違いない。


 何も間違っていない、はずなのに。


 「なんだ、これ」


 そこに地球はなかった。


 青く輝いていたはずの地表は捲れ上がり、赤黒く佇む惑星が目下に広がっている。


 座標の状況からも、これが地球であると指している。


 「なにが・・・」


 救難信号を押しても何も帰ってこない。


 滅んだよ・・・。


 その言葉が頭を行き来する。


 「これは」


 彼女の方向を振り向き、情報の収集を測ろうとする。


 しかし、荒廃した地球が存在することよりも驚愕すべき事態が目の前で起こっていた。


 「勝手に入り込んで悪いね。エマくんには寝てもらったよ」


 どこか聞き覚えのある違和感のある声。


 そこには宇宙服を着た。一人の人物が立っていた。


 「初めましてだね。ジョンくん」


 こんにちは。そう彼は続けた。


 目の前に見覚えのある顔をした人間が立っていた。


 人生で一番見たことがある顔。


 ジョン・ポール。


 私の姿をした何者かが私の声を発して立っていた。


 「少しだけ説明をさせて欲しい」


 そう目の前にいる私は語る。


 昔、よく考えていた。


 自分と同じ人間がいた場合。自分は自分が自分だと認識することができるだろうか?


 そう言うことを何度も考えた。


 自分に足りない自己意識を補うように、そんな思考実験を行った。


 そして、その答えに私は、今だに辿り着いていない。

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