第9話 過去-博士との会話②

「しかし、いきなりカルダシェフ・スケールを持ち出された時は驚きましたよ。博士はSF作家になるおつもりですか?」


 皮肉を込めて言ったつもりだった。


 だがその言葉を博士は真正面から受け止める博士の姿があった。


 「それもいいかもしれないな」


 その言葉には脱力感がみられた。


 異星に向かう前日、博士と二人で会話をしている時の話だ。


 『もし人類史が終わりを迎えようとしても、それは君のせいではない』


 そんな奇妙でありがたい言葉を貰ったあと、私は博士と一緒に食事を摂っていた。


 宇宙探査を行う前は、こうやって博士と一緒に会話をして食事をすることが日課となっていた。


 「驚きました。そんな夢をお持ちだったのですね」


 自分は博士を見据えて、そう喋った。


 SFを論破するのが科学者の仕事だと思っていただけに、博士がそんな夢を語るとは思わなかった。


 「それもいいな、と言っただけだ。それになるつもりはないよ。ただそんな可能性もあってもいいなと考えただけだ」


 博士は続けた。


 「引き合いに出したカルダシェフ・スケールも、ただの人の妄想に過ぎない。あれは将来こんな未来が訪れればいいな、という人の夢その軌跡であると考えている」


 「人の夢の軌跡ですか?」


 「そうだ。人は夢を追い求める生物なんだよ」


 博士は疲れ切ったように言う。


 先ほどから元気がない。


 「人は夢を見て、それを追いかける。こうなりたい、これが欲しい。現実をよくするための欲望だ」


 「夢・・・」


 ここで言う夢とは、寝ている時に見る幻覚のことでなく、人が描いた空想のことだろう。


 「現実に対する逃避行動。また、精神的な自己防衛手段の一つですね」


 「まぁ。そうとも言う」


 人間の行動に染みついた習性だ。


 少し先の未来を見つめ、それがより良いものだと信じ込む。


 それにより自身の精神状態を良好に保つのだ。


 すぐ先の未来、遠い先の未来に自分の幸福があると思う。それだけで人はストレスを感じにくくなる。


 目標とは言い難い遠い存在だったとしても、人は心の健康を手にすることが出来るのだ。


 始皇帝は万里の長城を作る時にこの手法を使ったと言われるし、戦争捕虜になった人物は将来の夢を想像することで自殺を防いでいたとされている。


 「現実に打ち勝つための目標設定でもある。それが吉と出るかは分からないがね・・・」


 「何か思うところがあるんですか?」


 「うむ」


 博士は少しだけ深いため息を吐いた。


 「今回の任務、中止にすべきだと上に打診した」


 「先ほどの地球外生命体との接触の件ですか?」


 その言葉に博士は首を縦に振った。


 「あぁ、そうだ。慎重に行動をするべきだと進言したが聞きいられなかった」


 博士は腹立たしそうに鼻を鳴らした。


 「異星の植民地化。それは早ければ早いほどいい、そう言うだけでな。駄目だったよ」


 そう語る目には憂いを漂わせている。


 「人間の欲望は以上だ。この地球という大陸を支配してもなお、その野望は止まらない。他の天体に目を向けて、大地を羨望するなど、愚行だ。今は留まることを知るべきだ」


 そう力無く呟いた。


 「先ほどのカルダシェフ・スケールも人の夢の一部だ。こうなりたい。こうなったら素晴らしい。こういう技術が作られれば、発見されれば、開拓されれば。そういった意図を感じるよ」


 「フィクションは普通そういうものでしょう」


 「あぁ、それもそうだな」


 人は新たなる大地を空想し、それを目指す。


 人は空想により夢を語り、ここまで成長してきた。だからこそ人類はここまで発展できた。今更それを否定する気はないが・・・。


 「すまない。ジョンくん。先に謝っておく」


 「何に対して謝っているんですか?」


 「全てだ。この任務を中止出来なかったことも含めて、人類が決断したこの行動に私は謝罪する」


 博士は目を閉じて、天に向かってそう告白した。


 自分が人類代表のように語る博士の姿が、とても面白く見えた。


 こういう大袈裟な表現をよくする人だった。


 「任務の中止は別に必要ないですよ。任務がなかったら食いっぱぐれですからね。仕事ですから死んでも文句は言いませんよ」


 死んだら文句も言えないのだが・・・。


 「それが仕事ですから」


 仕事に対する覚悟は、ずいぶん前に決まっていた。


 宇宙探査員選抜試験のすぐあと、自分とは何かを模索していた時に思いついた。


 仕事をこなす人間になる。


 それが自分の自己意識だった。

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