第8話 情報収集

 少し寂れた宇宙船を前に、少し放心した。


 そういえば近くに宇宙船が存在していると確認していたのだった。人影を追うのに集中して忘れていた。


 前へと進む。


 今回の任務、その目的の一つが目の前にいた。


 行方不明だった宇宙船。森に囲まれ、機体の一部に植物のツルが絡まっている。外殻が少しだけ剥がれているが、報告通りの宇宙船だった。


 その宇宙船にこびり付いているツルを払い、宇宙船の識別番号を確認する。


 『識別番号の一致、信号場所の一致、電子機の一致』


 間違いない。


 「報告にあった宇宙船だ」


 宇宙服についているカメラは正常に機能している。今見ている光景も帰って解析すれば何か分かるかもしれない。


 「しかし・・・」


 目の前に停止する宇宙船を眺める。


 「なんで・・・こんなに綺麗なんだ?」


 頭を傾げる。


 行方不明なら宇宙船の大破もありえた。


 もう信号を発信する機器しか機能しない可能性だってあったのに。どうして、ここまで土汚れも、擦れもないのだろうか?


 到底、行方が分からなくなった機体だとは考えにくかった。


 不可解だ。そう思っていた時だった。


 「あのー」


 人の声が聞こえた。


 宇宙服に付いているイヤホンが外界の音を拾い、そのまま耳に流れてくる。


 後ろから、人の声が聞こえてくる。


 「お兄さん、人間だよね」


 そう辿々しく尋ねる声が後ろから聞こえていた。


 恐る恐る振り向くと、そこには先ほどまで自分が追っていた人の姿があった。


 後ろ姿からでも伺えた草や木で作られた原始的な衣装に身を包み、宇宙服もガスマスク着けず、靴すら履かずに素足で地面に立っている。


 褐色の肌をもつ女性がいつの間にか後ろに存在している。


 「君は?」


 「うち?うちはエマ、お兄さんは?」


 肌の色や着ている服から、先ほどまで追っていた人影は彼女で決まりだった。


 だが・・・。


「君は誰だ?」


 行方不明になっている宇宙探査員ではなかった。


 その面影もない。


 肌の色で人を判断するのはコンプライアンスに抵触するので公にしないが、行方不明になっている宇宙探査員は黄色人種と白色人種の二人。


 目の前にいるのは黒色人種だ。エマという名前も報告にはなかった。


 「誰?って、マジウケるんですけど。知らないの当然なのに何度も確認するのって最高に面白いね。お兄さん混乱してる?フッ!フフッ!」


 何がウケるのか本当に分からない。ただ彼女は腹を抱えて笑い出した。


 「初対面なんだから当然だよね。ハハッ!何度も言ってるけど、うちの名前はエマ。あ、何度も言ってないわ。ウケるッ!」


 もう一度笑い出した。


 「そういうことを聞いているんじゃない」


 語気を強めて、そう言った。


 異常事態に陥っているのは確かだった。


 目の前には人の言葉を解する人間が一人。宇宙服も着ずに立っている。


 情報の収集、問題の解明に早く繋げていかなければならないのに。これでは話にならない。


 「君はどこの誰で、どうしてこんな所にいて、どうしてそんな格好をしているんだ?」


 「うーん。何言っているのか分かんない」


 話が通じないのか、話をする気がないないのか・・・。


 もしかしたら目の前にいるのは、ただの宇宙人なのかもしれない。


 言葉が通じない。


 言葉が通じているようで、何一つとして正しい答えが返ってこない。


 宇宙人でないのなら名のある病気にかかっているのかもしれない。


 幻覚、ARの類か?と疑い、腕を伸ばした。


 宇宙服のグローブ越しに、彼女の肌に触れた。


 実体はあるようだった・・・が。


 「え!なになに!お兄さん!何なの何なの、急に!えっ、セクハラ、セクハラなのお兄さん?」


 そう姦しく喚き立てられた。


 とんでもないバケモノに出会ってしまったのかもしれない。


 「なんてね!嘘々。大丈夫、怯えなくてもいいよ。セクハラなんて言って、攻撃したりしないからさ」


 本格的に殴りたくなってきた。


 もともと自分には社交性というものがほとんど無かったのを思い出す。


 こういうテンションの高い女性に対して、同じく気分を合わせてやろうなどという考えは思い浮かんでも実行できない。自分はそういう人間だった。社会一般では内向的と言うらしい。


 そんな内向的な自分にとっては、この手の気分の高揚を全面に押し出し、その気分を周りに振りかざす人間はテロにも近しい存在だった。


 これが任務でなかったら、早足でこの場を後にしているところだが。そうも言っていられない。


 そうこう考えているところに、彼女は顔を近づけてきた。宇宙服の中を覗きこむようにして、目線を宇宙服のヘルメット部分に合わせてくる。


「・・・うーん。中が見えない。脱いでよ、その宇宙服」


「なぜ?」


「声はダンディでいい感じなんだけど、顔が見えないとね。顔見せてくれたら、質問に答えるよ」


 ニヤニヤと笑いながら、そう語る彼女に黙って従った。


 宇宙服の頭を覆うガラスは、ただのガラスではない。地球上には存在しない強烈な紫外線や放射線を守るようにフィルターが設けてある。


 なのでマジックミラーのようにこちらから外を見ることはできるが、外から中を見ることができない仕組みになっている。


 手首にあるボタンを押し、ガラスをスクリーンとして自分の顔を映し出した。


 「あれ?脱がないの?」


 「それは断る。完全に無害と確認できたとしても異星でむざむざ宇宙服を脱いだりしない。明らかにガイドラインを逸脱した行為だ」


「あっそ・・・」


 普通は脱いで行動できるものではない。


 目の前の彼女が宇宙服なしで生きて行動していることが異常であって、宇宙服を脱ぐという選択肢は存在しないのだ。


 「ふむふむ」


 そう彼女はヘルメットに映し出された顔をまじまじと見つめる。


 なんというか無礼だな。礼儀というか、人としてのマナーがなっていない。子供を相手にしている気分だ。


「うん。まぁ、いいんじゃない。60点。及第点は上げとくよ」


 彼女は私の顔面を指差しながら、そう言い切った。


 目の前に出されている指をそのまま逆の方向に曲げてあげたら、彼女は夢から覚めるかもしれない。


 などを少し考えてやめた。


 混乱を加速させるようなことはしない。


 「ふっふ!怒った?」


 「怒らせる可能性があると分かっているなら、最初っからやらないで欲しい。『社交性がある』というのは何もハキハキと喋ることだけを指している訳じゃない。礼儀がなんであるか勘違いしているなら今から正した方がいい」


 それを聞き。ハハっ、と彼女はまた笑った。


 「正論で人を殴るの、気持ちいい?」


 「物理的に殴れたらもっと気分が良かっただろうね。それがないだけ人格者だと思って欲しいな」


 久しぶりに、こんなに喋った気がする。


 何かに気付いても口出しはしない、そういう人間だったはずだが、ペラペラと乗せられて喋ってしまった。


 自分が自分じゃないみたいだ。


 「いい性格してるね。お兄さん」


 「気に入ってくれたら何よりだ」


 「ハハっ。うん、会話楽しませてもらったし。じゃあ、質問に答えようかな。お兄さんが聞きたいことってなんだっけ?」


 そう彼女から問いかけられる。


 質問したいこと。そんなの全部だ。


 どうして君がここにいるのか?なぜ宇宙服を着ていないのか?他に人間はいるのか?


 聞きたいことなど山ほどあった。


 しかし、それを言えるほど時間は多くない。相手も悪い。


 質問する内容を極力絞り、そして発言する。


 「君はどこから来たんだ?」


 それが最初の質問。


 森林部族のような格好した彼女を見て、この星で生活しているように思われた。


 だから、ここで質問をさせてもらった。


 そして彼女の答えは。


 「ん?どこって、ここだよ。この森から来た、って言えばいいのかな?」


 そういうことではない。やってきた方向ではなく、今まで暮らしてきた場所を聞きたかったんだが・・・。


 そう思い次の質問をする。


 「君は地球から来たのか?」


 その問いかけに、彼女は首を横に降った。


 「ううん、違うよ。地球ってあれでしょ。私たちがもともと住んでいた惑星でしょ」


 「・・・?」


 違う?


 私たち?


 もともと住んでいた?


 ・・・?


 冷たいものが腹に触れたような気がした。


 嫌な予感。その前兆が胸の奥を触り、呼吸を浅くした。


 「私たち、ということは。君以外にも人がいるんだね?」


 「ううん。違う違う。ウチはずっと一人だったよ。私たちって言ったのは、私たち人類が、っていう意味。昔は数人、人もいたけど。死んじゃったり、いなくなっちゃたりして。ここ最近ではずっとウチ一人だよ」


 まずいな。


 彼女の発言は私の理解が追いつかない位置にあった。


 何を言っているのか分からない。


 「ここら辺では、だいぶ前から一人で暮らしてるよ。ここら辺から外のことは知らないけどね、私は外に出ない派だから。たまに現れる人もすぐにどっか旅に出ちゃうんだよね。変なの」


 彼女は平然とそう言った。


 一人。


 外に出ない。


 現れる人。


 「だからお兄さんを見た時。ちょっとビックリしちゃって逃げちゃった。久方ぶりの人が宇宙服っぽいの着てうろうろしてるからさ。変質者かと思って、ちょっと距離取っちゃったよ」


 ハハっ。そう彼女は笑った。


 「君は・・・。ここは・・・?」


 「あれ?お兄さん。顔色悪いよ。大丈夫?」


 彼女の顔を見る。どう見ても人間にしか見えない。


 空を見る。月の直径数倍もの衛生が空を浮かんでいる。どう見てもここは地球ではない。


 噛み合わない会話。


 彼女の常識と、僕の常識がすれ違いを見せている。


 まるで異文化人と交流をしているようだった。


 言葉は通じる。それなのに・・・。


 「もともと住んでいた・・・というのはどういう意味だ?」


 「ん?」


 「さっき君が言っただろ。地球は・・・私達がもともと住んでいたって」


 「あぁ、あれね」


 彼女は自分が発言した内容を振り返るように、視線を上に向けて思案するような格好を見せた。


「地球って人類がもともと住んでた星でしょ?色々と文明発達させて頑張ってた時代はみんなそこに住んでいたんだよ。もしかして・・・お兄さん。知らないの?」


 怪訝そうに彼女は呟いた。


 息が浅くなる。


 彼女の喋る内容が理解できない。


 「私を揶揄っているのか?」


 なるべく真剣に、そう答えた。


 揶揄っている。そう言ってくれればどれだけ救われただろうか。


 「お兄さんさ、けっこう真摯に喋ってるんだけど。それはちょっと失礼なんじゃない?」


 目尻を上げ、彼女は私に忠告をした。


 「お兄さんから質問してきたんだよ。ウチのこと信用できなっていうなら質問する必要なくない?ウチも答える意味ないし、ふざけてるって思うんなら、もう何も答えないよ」


 薄く開いた目から眼光が鋭く輝いた。


 「でも、まぁ最初に私がふざけすぎたってのもあるか・・・。それはそれとして、今は真剣だから素直に聞いてほしいな」


 不貞腐れたように口を尖らせ、こちらを睨みつける。


 何が嘘で、何が本当なのか分からない。


 もし彼女のいう言葉が全部本当だったなら。


 「・・・次の質問をしてもいいか?」


 彼女は手をこちらに向けて「どうぞ」とだけ言った。


 自分の中で這い回る恐怖。その大本を口に出した。


 「地球は・・・今どうなってる?」


 その言葉を不思議そうに聞き、彼女は首を傾げた。


 「滅んだよ。隕石・・・だっけ?爆弾だったか、超重力だったかで住めなくなっちゃたんじゃなかった?」


 彼女は当然のようにそう語り。


 指を下に向けた。


 「だからウチら、ここにいるんじゃん?」


 その指は大地を指している。


 植物が生い茂る大地。


 暮らすことに不自由のないこの異星を指していた。


 「滅んだ・・・?」


 間抜けなような顔をしていたかもしれない。


 呆然とその単語だけを頭の中で反芻していた。


 地球が滅んだ。


 「バカバカしい」


 ひどい悪夢を見ている。そう思い込むことしか出来なかった。


 「そんなこと・・・あるわけないだろう」


 自分の気骨を保つために絞り尽くした声は、あまりに弱々しく。


 自身の胸騒ぎと呼応するように、『通信圏外』という文字が宇宙服のパッドからチカチカと点滅していた。

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