第7話 過去-博士との会話①

 「ジョン君。今回の任務がどのようなものか君は正しく心得ているか?」


 そう博士は疑問を投げかけた。


 今回の任務。異星『H2P4』の探索。


 それを頭の中で反芻し、口に出して答えた。


 「今回の任務は、異星の探索、そして行方不明になった機体と乗組員の捜索。その認識では甘い・・・ということですか?」


 慇懃にそう答える。


 その回答を聞き、博士は鼻を鳴らしながら首を縦に振った。


 異星『H2P4』へと旅立つ前日のことだ。


 国連の宇宙探査局で、上司と今回の任務について話をしている。


 上級科学開発員である上司は『博士』という呼称で通っていた。


 「生きて帰れる確率は少ないと思っています」


 この任務について不可解な点が多い。


 どのような事態が起きるか想像がつかないため今回は自分一人の単独捜査を任されているのだ。


 犠牲者を最小限に抑えるためにも人間は一人でいい。


 それが上の判断だった。


 「うん、それはその通りだ。今回の任務は緊急性と危険性この両方が非常に高いレベルに位置している。君の生死が、今後の地球の進退にかかっていると考えてもらっても差し支えないだろう」


 生きて帰れる確率が少ない。それを隠そうともしない上司には好感が持てた。


 変に取り繕うとしない真っ直ぐな姿勢は、個人的に好きだった。


 「全力をかけて臨ませていただきます」


 そう遠くを見る自分に、博士はまた鼻を鳴らした。


 「私が言いたいのはもっと別のことだジョン君。異星には地球外生命体がいる可能性が確定している。そして、それだけでは済まない可能性が高い」


 「それだけでは済まない可能性・・・ですか?」


 「あぁ」


 博士は大きく頷いた。


「地球外を原生とする有機生命体との接触。それだけでは今回の任務は終わらないと私は考えている」


「地球外生命体との接触というだけでも驚異的だと思いますが・・・?」


「そうだ。驚異的なことだジョン君。歴史上、これは人類において大きな分岐点になることが示唆されている。しかし・・・しかしだ。私が危機感を覚えるのはその先だ」


「・・・と言いますと?」


 博士の言いたいことが分からない。回りくどい喋り方だったが気にせずに応対した。


「君はカルダシェフ・スケールについて知っているか?」


「カルダシェフ・スケールですか?・・・一応は存じていますが」


「うむ。今回の任務。私の悪い予感が当たってしまえば、おそらくカルダシェフ・スケールのタイプ5以上の存在と接触してしまうかもしれない」


 カルダシェフ・スケールのタイプ5以上。


 少し考えたが、何かの間違いだと思った。


『カルダシェフ・スケール』


 これは物理学者カルダシェフが作った『宇宙文明の発達度』を定めた規格だ。


 もともとはエネルギー使用に対する文明の分類として、タイプ1〜3までしか存在しなかったが、その後にタイプが増えていった歴史がある。


 タイプ4以上はサイエンス・フィクションの世界なので、博士が真面目な顔をして喋っているのが不可解に思えた。


 具体的なカルダシェフ・スケールの分類はこのようになる。


 タイプ0:『自然文明』自然そのものであり、自然と文明の違いが認識できないもの。ちなみにタイプ0.1を原始時代。タイプ0.2を火の発見と定義されている。


 タイプ1:『惑星文明』惑星で利用可能なすべてのエネルギーを使用および制御ができる。


 タイプ2:『恒星文明』恒星系で利用可能なすべてのエネルギーを使用および制御ができる。

 

 タイプ3:『銀河文明』銀河全体の規模でエネルギーを制御できる。

 

 タイプ4:『宇宙文明』複数の銀河団のエネルギーを使用できる。


 タイプ5:『多元宇宙文明』人類には観測不能とされる他の宇宙、多元宇宙を行き来できる文明。意識を肉体から解放することが可能となり、知識を持つ情報生命体として生きることができる。また「時空構造の操作」、「素粒子レベルの物質操作」さえも可能とされている。


 タイプ6:『多次元文明』別次元の物理法則を発展させ、宇宙さえも想像可能になった文明。神の領域とも呼ばれる。


 タイプ7:『上位文明』タイプ6の文明を超えた上位存在が位置する文明。認識すら不可能。


 人によってカルダシェフ・スケールの認識には違いが存在するが概ねこの通りになる。


 ちなみに現代の人類はタイプ2.5の複数の恒星系をエネルギーとして活用できるレベルと評されている。


 それにしても博士の言ったタイプ5以上となると想像がつかない。


 「タイプ5以上・・・ですか?」


 「その通りだ」


 「今回の任務でタイプ5以上の存在が確認出来るというのですか?」


 博士は少し怪訝そうな顔をしながら頷いた。


 「そうだと何度も言っているだろう」


 何度も確認されるのが不服そうだった。


 「すみません・・・カルダシェフ・スケールはそもそも科学的に否定されているものですから」


 「・・・その意見は分かる。だが今回は分かりやすさも込めてこのスケールを使って説明しただけだ」


 パラドックスが生じてしまうという観点から多元宇宙は存在しないとする見方もある。そんなことを無視してまでも博士は何を伝えようとしているのだろうか?


 「科学者が科学的に否定されている理論を用いるのはおかしいと思うが、いつだって異常事態は我々の想像を超えてくる」


 「はぁ・・・」


 「だからこそ、今回の任務については個人的な話を君にしようと思ったんだ。科学者としてではなく、私個人としての危機感を君に伝えたい」


 それが疑問の種だった。


 「この事象について瞬時に理解しろとは言わん。しかし、頭の隅に入れておいてほしい」


 「尽力してみます・・・」


 頭の隅に入れていれることで、何かが変わるとも思えない。


 「あぁ。意識したところでタイプ5以上に人類が太刀打ちすることは困難だ」


 タイプ5以上の文明が存在することすら怪しいが、博士はあることを前提で話している。それが少しだけ可笑しかった。


 タイプ5以上の文明と技術力。


 想像することさえも難しい。特に「素粒子技術の完成。素粒子の集団を構成する複雑な組織を人工的に作り出せる」と言われている件に関しては眉唾物だ。容易く時空を移動し、まるで3Dプリンターを使うように『命』を作ってしまうと評される。


 「そんな存在がいたら、どうすればいいんでしょうか?」


 「うむ。何も出来ない」


 そうキッパリ言い切る博士に対して、ため息を吐くことはしなかった。


 何が言いたいんですか?と聞きたくなるが黙って話の続きを待った。


「接触した時点で人類の繁栄と破滅はその地球外生命体に委ねられる。できるだけ刺激しないのが正しいやり方になるが、宇宙船で異星に着陸した時点でそれも不可能だろう」


 つまりだな・・・と博士が続ける。


 「もし最悪のケースに遭遇し、人類史が終わりを迎えることがあっても・・・」


 博士は頷きながら答えた。


 「それは君の責任ではない」


 キメ顔で締める博士。


 当たり前ですよ。そう言いかけて飲み込んだ。


 この人は僕にそれを伝えるために呼び出したと言うのだろうか。


 ほとほと溜め息が吐かれる。


 その時は何も気にしていなかった。ただ身の危険だけを気にしている自分がいた。

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