第6話 違和感

 目が覚め、飛び起きた。


 遠くなっていた意識が戻ってくるのを感じて、自分が意識を失っていたことに気付いた。


 自分の周囲を見渡すが、ほとんど暗闇で何も見えない。


 上から差し込む少量の光で、自分が土の上に落下したのだと辛うじて確認できた。


 ゆっくりと清明になってくる意識の中で、自分が何者なのかを思い出す。


 ジョン・ポール。27歳。国連宇宙探査員の一人。

異星『H2P4』の調査、行方不明の探査員の捜索のため異星にやってきた。


 異星の捜査中に洞穴に転落、意識消失後に意識回復。


 「うん、思い出せる。大丈夫、正常だ」


 宇宙服の手首部分に装着されているパネルに触れ、自分の身体と宇宙服に異常があるか確認した。


 『バイタル異常なし』


 『外装損傷なし』


 出血もなければ、呼吸の異常もない。


 まるでただ寝て起きたかのように、体には何事もなかった。


 洞穴に落ち、暗闇の中に入った洞穴はそこまで高さはなかった。土がクッションになり、ほとんど衝撃を受けなかったのだろう。


 高所からの落下を錯覚し、そのショックで意識を消失してしまったようだった。ジェットコースターに乗って意識を失う人間の気持ちが少しだけ分かった気がする。


 あたりを見渡し、洞穴の中を眺めた。上から光が差し込んでいるが穴の中には暗闇が広がり、木の根のような感触は分かるが、それ以外は何も分からなかった。


 「どうなっているんだ・・・ここ?」


 地面にある窪みに身を沈めながら、上を見た。暗闇の上に穴が空いて、そこから光がさしている。おそらくあの穴から落ちたのだろう。


 地面から光が差し込む穴までほとんど高さはない。よくて2メートル。ジャンプすれば届く位置だった。


 「っしょ」


 土を蹴って出口となる穴に向かって腕を伸ばす。地上に指をかけ体を持ち上げた。


 なんの支障もなく洞穴から顔を出し、体が地上に出た。


 光が顔面を叩き、ここが地上であると再確認する。


 体は問題なく動き、任務に支障はなかった。


 パネルから現在の時刻を確認する。先ほどから大して時間は変わっていない。意識を消失していた時間はほとんどなかったようだ。


「ん?」


 パネルの端にあるはずの電波受信のマークが表示されていなかった。


『受信圏外』そう記されている。


 先ほど落ちた時に、宇宙服を損傷させてしまったのだろうか?


 連絡を取るための受送信機能が停止していた。


 自身の宇宙船、そしてワープホールを仲介して地球と連絡を取るための機能なのだが。ここには受信圏外と記されている。


 宇宙船が発する電波と、こちらの送信する電波で成り立っている。宇宙船との距離はせいぜい300メートル、そもそも圏外になるはずがない。


 宇宙服を確認するが『外装損傷なし』という表記に変わりはなかった。


 この宇宙服というより、宇宙船やワープホールに何か問題が起こったと考えられる。


 疑問を持ち、すぐに宇宙船へと戻る準備を整える。


 洞穴に落ちて意識を消失した。それに宇宙服を強く打った可能性がある。とりあえず一度宇宙船に戻り、再出発しよう。


 そう考えて、あたりを見渡す。


 洞穴に落ちる前と変わらない風景がある。


・・・はずだが。


「なんだ?」


 奇妙な感覚に襲われた。


 違和感という言葉が一番しっくりくるだろう。


 そこに無いはずの物がある。そこに有るはずの物がない。そんな違和感が頭を駆け巡った。


「こんな風景だったか?」


 森は森だ。先ほどと変わっている様子はないが、何かが違う。


 間違い探しをしている気分だ。


 通って来た道に、これほどまで草が生い茂っていただろうか?


 ここまで日影が広かっただろうか?


 少しだけの違和感。


 その理由を解明できないまま。現状での異常は認められないと判断し、自分が乗ってきた宇宙船に戻ろうとした時だった。


 ガサガサと後ろから音が聞こえた。


 風や自然物の音ではない。


 心臓の鼓動が強くなり、嫌な汗が身体中から滲み出る。


 異様な星だ。たとえバケモノが出てきたとしてもおかしくない。


 咄嗟に後ろを振り向く、そこには人が走っていた。


 背を向けて走る人間の姿がそこにあった。


 「ちょっ!」


 すぐに宇宙服のスピーカーをオンにした。


 「止まりなさい!」


 その走る人間に向かって声を張り上げる。


 その後ろ姿を見るに、宇宙服などは着ていなかった。


 木皮や草で出来た服を身に付けているだけだったが、その後ろ姿は紛れもなく人間だった。


 ここは異星だぞ!なんでそんな格好をしているんだ⁈


 この異星に、ほとんど裸同然の人間がいるという現実が、バケモノに出くわすよりも奇妙なことだった。


 「止まれ!」


 こちらの忠告を無視して、どんどんと遠ざかっていく。


 「くそ!」


 その背を追うようにして走った。


 宇宙服を着ていたため走る速度は遅いが、ここで見失うわけにはいかなかった。


 あの人間は行方不明になった宇宙探査員の可能性がある。あれを保護するのも任務のうちだった。


 あちらは宇宙服を着ていない。連絡の取りようもないのに見失えば、この広大な異星を探索する羽目になりかねない。


 姿を追い、全力で駆けた。


 風がマイクを擦り、風切り音が耳元で鳴る。


 体力が消耗しているのが分かる。ピピっと音が鳴り『酸素消費量が増大しています』と音声警告が流れてきた。


 どれだけ走っても、その後ろ姿に追いつくことは出来ない。


 とうとう、その後ろ姿は視界から消えてしまった。


 「・・・くそ」


 膝に手をつきながら呼吸を整える。


 いつの間にか森林が終わりを迎えていた。人の姿を追って、森の出口まで走って来たようだった。


 背の高い木が無くなり、視界が開けた。


 「・・・あ」


 思わず声が漏れた。


 緑が広がる自然のなかに、金属で出来た人工物がそこに立っていた。


 錆びついた宇宙船の姿がそこにあった。


 一年前に行方不明になった宇宙船。


 自分の目的の一つ。それが目の前に存在した。

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