第5話 過去-自分を思う心

「俺は根性があります。根性だったら誰にも負けません」


 宇宙探査員になるための試験の前日。そう語る同級生がいた。


 面接の練習をしていた彼はそう自分をアピールする練習を行なっていた。


 彼の名前は覚えていない。


 彼は宇宙探査員の一次試験に落ちたからだ。同級生だったが同僚にはならなかった。


 一次試験は「筆記試験」、「運動試験」そして「ストレス耐性試験」が行われた。


 彼はストレス耐性試験で結果を残せなかった。そういった噂を嘲笑とともに聞いた。


 噂は噂でしかなく信憑性は薄いが、それでもそんな風に噂が広がる理由は分かる。


 みんなで彼が脱落したことを笑う気持ちも、彼が馬鹿にされる気持ちも分かった。


 「根性がある」それを公言し、あまつさえ面接でそれを語ろうというのだ。侮蔑の対象となるのも頷ける。


 自称「根性あり」は、あっけなく一次試験で落とされた。笑いものにもされるだろう。


 企業や政府は「自称」を許さない。


「能力を持っています」と大言を吐いても試験に合格できないことを彼は知らなかったようだった。


「どうして根性があるのに、その根性を使って勉学や運動に奮闘してこなかったのですか?」そういった疑問を投げかけてくれるほど企業も政府も優しくない。


 企業や政府は試験を受けにくる人間を一人一人精査もしないし、感想も述べない。


 個々人の長所に対する進言も、短所に対する苦言も、企業も政府も語らない。


 「またの機会に」そうメールで送り、脱落者を一掃する。


 こうして自称「根性がある」彼は脱落したのだ。


 身を粉にして自己研鑽を積んできた同級生にとって、彼は頭の悪い生き物でしかなかった。


 「現実が見えていない」


 彼に対して、そう言った感想が述べられ。周りにいた同級生は一様に頭を縦に振った。「間違いない」とみんなが言っているようだった。


 その現場の中で、僕は彼を少しだけ羨んでいた。


 「僕には根性があります。根性だったら誰にも負けません」


 こう語る彼の輝いた眼に、だ。


 自信。少なくとも彼は自分を信じていた。


 自分は他とは違う、そう思えるほどの強烈な自我。


 それを羨ましいと思った。


 「愚かな勇者」より「賢い臆病者」が生き残る時代だ。過度な自信は呪いになり得る。


 しかしそれでも、「自分を自分だ」と。


「自分が自分だ」と。周囲と自分が違うことを、自分が何者でもない自分自身だと思い込める彼の自己意識に、僕は少しだけ憧れていた。

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