PLAY52 衝突 ①

 あれから私達は、私達が落ちた所に着いた。


 ナヴィちゃんのおかげもあって、私達は迷うことなく元の場所に戻ることができた。


 でも難所があった。


 それは『奈落迷宮』の天井にぽっかり開いている大きな穴から吊るされていた銀色の糸――ガザドラさんが作ったであろう鉄の糸が私達の近くではなく、まるでドロドロの水の中にいる魚を捕るように、ううん……。釣り上げるようにその下水道の中央に吊るされていたのだ。


 あまりに遠すぎて、手が届かない。


 声を上げようにも、絶対に聞こえないようなところにガザドラさん達はいる。声を上げて動かしてと言っても無駄。


 ゆえに私達だけでその糸を取ろうと苦戦を強いられた。


 ジュウゴさんと虎次郎さん、シェーラちゃん、キョウヤさん、アキにぃはその水の中に入って泳いで取りに行くという行為を頑なに拒んだ。


 虎次郎さんは始終拒む言葉なんて言わなかったけど、正直なところ――入りたくないという気持ちが勝っていたらしい……。


 ジュウゴさんもこの大穴から落ちて、ダイブしたのが堪えたのか……、かなり嫌な……、じゃない、すごく嫌そうな顔をしていた。


 アキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃんは言わずもがな。特にシェーラちゃんはそのドロドロの水に入りたくないオーラを出しながら、アキにぃ達に『泳げ』と強要するくらいの嫌がり方だった。


 うーん……。そう言った心理はわかる気がする……。


 だってナヴィちゃん普段は可愛いのに、この下水道の話になった途端、すごいしわくちゃな顔をして嫌がっていたもの……。


 ナヴィちゃんが嫌がることなのだ。みんながすごく嫌がっても不思議ではない。


 更に言うと――私も正直、泳いで取りたくない気持ちが勝っていた……。


 でもそれをいち早く解決したのがヘルナイトさん。


 ヘルナイトさんは自分が持っている魔法のスキルでいとも簡単にその糸を取って引っ張って、事なきを得て……、いないや……。


 そんなのあるならさっさと使えって、アキにぃとキョウヤさん、シェーラちゃんに怒鳴られていたから……ね。そしてヘルナイトさんも珍しく驚いていた……。


 新鮮にして珍しい光景だった。それだけは言っておこう。うん。その時の私はそう思った。


 そして――


 ヘルナイトさんがその銀色の糸を掴んで、私達はそんなヘルナイトさんにしがみついていた。


 私とシェーラちゃんはヘルナイトさんの腕の中に納まり、マドゥードナの時と同じ体制になって、アキにぃとキョウヤさん、虎次郎さんとジュウゴさんは、ヘルナイトさんの胴体にがっしりとしがみついている。


「しっかりつかまってねーと……、落とされるな。これ」

「いやなこと言うなって……。そんなこと想像したくなかったのに……っ!」

「まぁこれも経験してなんぼと言うものじゃが……、老いぼれでもある儂も、こればかりは初めての体験じゃな」

「初体験ってか? おっさんがそうなら、俺達若年層も初めての人いっぱいいるよ……。大の大人の騎士の背中にしがみついて、身を預けるだなんて」


 ヘルナイトさんの背中にしがみついているキョウヤさん、アキにぃ、虎次郎さんにジュウゴさんが言う中、その光景を見ていたシェーラちゃんは、そんな四人を見て、そしてヘルナイトさんの方を見上げながら一言、小さくこう呟く。


「――怪我した子供を背中に乗せて飛んでいるヒーローみたい……」


 それを聞いた瞬間、私ははっと息を呑んで確かにと思って、ヘルナイトさんを見上げてしまった。


 私達の心中を察していないヘルナイトさんにとってすれば、一体何を言っているのだろうという気持ちだろう……。ヘルナイトさんは首を傾げながら私達二人を見降ろしていた。


 そのあとすぐに気持ちを切り替えたのか……、ヘルナイトさんは私とシェーラちゃんを抱えた状態で器用に鉄の糸をしっかりとつかみながら――私達に言う。


「――心の準備はいいか?」


 その言葉に、私はこくりと頷いて――シェーラちゃんも頷き、アキにぃ達も頷いてからジュウゴさんがこう言う。


「まぁいつでもどうぞ。オーケー?」


 その言葉を聞いたヘルナイトさんは、私達の言葉に対して頷いてから、掴んでいたその鉄の糸を――


 くぃ! くぃ! と引っ張る。


 すると――


「!」


 一瞬だった。本当に一瞬の間に――


 世界がものすごい速さで動いて……、そのまま釣られてしまった魚のように、私達はどんどん上に向かって引っ張られていく……。と同時だった。



「――きたあああああああああああああああああああああっっっっ!」



 上からガザドラさんの声が響いたと同時に、暗い世界が――一瞬のうちに明るい世界になったのだった。


 ふわりと、急激な引き寄せに驚いたのは一瞬で、そのあと来た一瞬の浮遊感。


 それを受けながら、私は「わ」と言う声を出して驚いたと同時に、視界の下に広がる光景を見て、安堵と喜び、そして疑念を顔に出した。


 視界の下――それは大穴の傍にいたみんなを見て、私は安堵と喜びの顔を表に出したのだ。


 剣を持って、その刃を鉄の糸にしたそれを綱引きのように引っ張っていたガザドラさんと、その腰にしがみついて一緒に引っ張っていたメウラヴダーさんとギンロさん。そしてガルーラさん。ダディエルさんは私達を見上げながら驚いた顔をしてその光景を見ている。ティズ君もその光景を見て、驚いた顔をして「わ」と声を上げている。


 そしてその光景をただ鑑賞する様に見ていたクルーザァーさんとティティさん。


 そして………。なぜだろうか、視界の端にふっと映ってしまった……。頬を大きなこぶで埋め尽くされているブラウーンドさん? らしき人が、がっくりと意識を飛ばしているかのように倒れている。


 さらに言うと、この場所にリンドーさん、紅さん、ボルドさんにスナッティさんがいない。


 そう思っていると、突然起きた浮遊感は、突然消えてしまい、次に来た落下感に驚いてしまう私。


「っ!」


 驚いて、ぎゅっと目を瞑ってしまいそうになったけど、すぐにその浮遊感が消える。簡単な話だけど――ヘルナイトさんが地面に向けて衝撃を押さえながら着地してくれたので、私はそれを受けながらほっと胸を撫でおろした。


「びっくりしたぁ……」


 ほっと胸を撫で下ろす私を見てか、シェーラちゃんは肩を竦めて――少し小馬鹿にするような顔をしてからはんっと鼻で笑って……。


「いつもならそんなに驚かないくせにね」と言う。


 その言葉を聞いていた私は、シェーラちゃんを見ながら「そ、そうかな……?」と首を傾げながら聞く。シェーラちゃんは頷きながら「ええ」と言って――


「私が見た限り、こっちが驚かされることばかりだもの。新鮮だったわ」と言って、シェーラちゃんはそのままヘルナイトさんの腕の中からするりと抜けて、地面に飛び降りる。


 シェーラちゃんが飛び降りたと同時に、アキにぃ、キョウヤさん、虎次郎さんにジュウゴさんがヘルナイトさんの背中から降りて辺りを見回す。


 私も驚いた顔のままヘルナイトさんから降りて、すぐにみんなの方を見て、確認しようとした時……。


「ハンナさんっ!」

「! わぁ!」


 突然私の視界一杯に広がったティティさんの顔。しかもティズ君にしか見せていない心配と言う感情が私の視界に広がって、そのまま私をぎゅっと抱きしめてきた。


 ティズ君にしていることを、今度は私にしてきたティティさん。その光景を見ながらティズ君は私に近付いて来て……。


「よかった……。生きている」


 と、ほっと胸を撫で下ろして、前よりも感情豊かなその顔で安堵のそれを浮かべる。私はそれを見て、驚いた目をしながらティズ君を見て、困惑しながらも私はこう言葉を言う。


「あ、えっと……、うん。ただいま」


 その言葉を聞いて、ティズ君は更に安堵の表情を浮かべながら、「はああああああ」と長い長い溜息――ううん。この場合は安心の吐息を吐いたのだ。


 それを聞いて見ていた私は、少し見ない間に何があったのだろうと思いながら辺りを見ると――


 ――


 そう思ってしまった。


 そんな私の心境など、誰も読むことなんてできない。ゆえにティティさんはぎゅぅっと私を抱きしめながら心配だったという気持ちがわかる様な音色でこう言ったのだ。


「よかったです……っ。本当にご無事でよかったです……! まさかこんなことになっているとは思ってもおらず、救出が遅れてしまい、申し訳ございませんでした……っ!」

「まぁあんなことがあったんだ。仕方ねーって」

「あなたは勝手に間に入り込まないでください。私は今ハンナさんと武神様……、と言っても、武神様に至っては心配などしなくても百パーセントの確率で生存でしょう。ゆえに感動の再会を邪魔しないでください。銃しか撃てない足捻りのお方」

「何気に俺のことディスってないっ!? 後あの捻りは事故だっ!」


 ティティさんは突然割り込んできたギンロさんに向かって、冷たい眼差しで感情の無い音色で毒を吐く。それを聞いていたギンロさんは口をがぱりと開けながら漫画のショック顔を披露する。


 指をさしながら反論しているけど、ティティさんはその言葉を無視して私のことを抱きしめていた……。


 えっと、ちょっと……、く、くるひぃ……っ! うぐぐ。


 すると――


「しっかしよく戻ってきたな。てかく」

「……………………………………………………………………」

「あ、なんか癇に障る様な事、俺言ったか……? なんかごめんな、うん。キョウヤごめんな」


 少し離れたところでダディエルさんはキョウヤさんと話していたけど、最初に出た言葉を聞いたキョウヤさんは、下水道で起こったことに対して嫌な記憶しかないせいで、キョウヤさんは珍しくダディエルさんを睨みつけていた。


 ダディエルさんはその顔を見て、びくっと肩を震わせながらキョウヤさんにおずおずとした態度で謝っている光景を目にする。


 ……と言うか、今ダディエルさん『くさい』って言いかけた……?


 その言葉を聞いた私は、ティティさんに抱きしめられながら腕を鼻に近づける。すんすん嗅いでみる。


「? どうしました?」


 ティティさんに首を傾げられて聞かれたので、私はそれをすぐにやめてティティさんを見上げながら「えっと……、大丈夫です」と言いかけた時……。


「あ、大丈夫だよ。


 と、ティズ君は何の悪そびれもなく断言してくれた。断言してくれたのはありがたいけど……、そんなに臭くないってことは、少し臭いってことだよね……?


「あ、うん…………。そうなんだ。ありがとう……」


 私はそれを聞いて、ショックと安堵が混ざったかのような複雑な顔をしてティズ君に向かってお礼を言った。ティズ君は照れ臭そうに、あの時よりも感情豊かな顔をして笑っていた。


「うむうむ! 皆無事でなによりだな!」

「よく生きて帰って帰れたな。最大級の広さなんだろう? その迷宮とは、よく迷わずにここまでこれたことは褒めてやる。しかし異臭が目立つな」

「……あんたは毒を吐くことしかできんのか……っ!」


 ガザドラさんやクルーザァーさんが言う中、クルーザァーさんの合理的ともいえるような言葉を聞いたアキにぃは、少し怒りを露にしながら震える声で言う。そんなアキにぃの背後では、シェーラちゃんは黒と赤のもしゃもしゃを湯気の様に出しながら怒りを露にしていた……。


 例えるなら――悪魔みたいだった。うん。本当に悪魔みたいなそれだった。


 その光景を見ていた虎次郎さんは、よっこらせっと言いながら腰に手を当てて――


「ようやく外か。何日……、否。何か月ぶりの外じゃろうか」と言いながら、明るいとはいえこの中はテントの中。でも光は差し込んではいる。その光を見上げながら虎次郎さんは言う。


 そんな虎次郎さんを見ながらシェーラちゃんは呆れた目をして「なに感傷に浸っているのかしら……」と、虎次郎さんを横目で一瞥しながら言った。


 その光景を見ていたメウラヴダーさんとガルーラさんは――


「しかし、よく戻ってきたな」

「感心したぞ! それでこそお前は強かな女だ!」


 と、シェーラちゃんの肩を叩いて今回のことを称賛するメウラヴダーさん。そしてガルーラさんはシェーラちゃんの頭を叩きながらははは! と豪快に笑う。


 それを受けていたシェーラちゃんは、珍しいことにその手を払い除けるような反論を全くしなかった。私はそれを見て驚いた顔をしていたけど (まだ抱きしめられているので体の自由が利かない) 、メウラヴダーさんは少し離れたところにいる虎次郎さんを見て、はたりと目を点にした後……。


「あの……、あなたは……?」と聞いてきた。


 それを聞いた私達以外のみんながはっとして、くるんっと虎次郎さんのほうを見て凝視する。


 いくつもの視線が、虎次郎さんに集まっていく。


 それを見た虎次郎さんは、握り拳を手の平をトンっと叩いて、何かを思い出したかのようなしぐさをしてから虎次郎さんは――


「おお。遅くなってしまったな」と言って、虎次郎さんはみんなの視線を浴びながらも普段と変わらないような面持ちで、すっとその場に座り込んだ。


 しかも――剣道でよくするような立ち膝の座り方をし、そのまま膝のところに手を乗せて、背筋をピンッと伸ばしてから――虎次郎さんは刀のような鋭い目つきでこう言ったのだ。


「儂は虎次郎と言うものである。の監視役としてお目付け賜ったものであり、ここでは冒険者の『』を生業としている。以後――よろしくお見知りおきを」


 虎次郎さんの行動と言葉、そしてその雰囲気を見たダディエルさん達は一瞬怖気づいたかのような顔の強張りを見せたけど、それに臆することなくクルーザァーさんは顎に手を当てて考える仕草をしてからこう言った。


「監視者か……」


 その言葉を聞いた瞬間、私はまた思い出す。


 シェーラちゃんが言っていたことだ。


 シェーラちゃんはリヴァイアサンの浄化が成功した時、お師匠――虎次郎さんのことについて話していた。一つは砂の国にいること。そしてもう一つは――エレンさん、ネルセスと同じように監視者をしていたこと。


 そのことを思い出した私は、そう言えばと思いながら虎次郎さんを見て、一抹の希望を抱いてしまう。


 監視者と言うことは、もしかしたらRCのことについて知っているのかもしれない。


 なんでこんなことをしたのかもわかるかもしれない。


 そう思いながら私は何とかティティさんの腕の中から脱出して、虎次郎さんに聞こうとした時だった。


「ならば話は早いな。監視者と言うことは……、理事長のことについて何か知っていることはないか?」と、クルーザァーさんは持ち前の合理的な言い方で虎次郎さんに聞いてきた。


 誰もがそのことを聞いて、ごくりと生唾を呑む音が聞こえる。でもティティさんとガザドラさん、ヘルナイトさ何だけは首を傾げて何の話をしているのだろうという雰囲気で見ていた。でもクルーザァーさんはそんな三人を無視するかのように、クルーザァーさんは虎次郎さんに聞く。


「何を知っている?」と――


 その言葉を聞いた虎次郎さんは、そのまま座った状態で、静かに口を開けて――



「いや――儂はそう言った難しいことはあまりせん主義でな。ほとんど『ゆうれいぶいん』のような存在じゃったらしいからのぉ……。よくはわからん。それに初日であの迷宮じゃ。どうなっているのかがさっぱり」



「――使えねぇっ」



 虎次郎さんの言葉を聞いていたクルーザァーさんは、苛立つような音色で毒を吐いた。舌打ちも付け加えて……。


 その言葉を聞いていたみんなもがくりと希望から絶望のそれに変わってショックを受けている。


 シェーラちゃんだけはやっぱりと言うような困った顔をして首を傾げていた。それを見ていた私は、あ――こんな感じなんだ。と思いながら虎次郎さんに視線を移す。


 虎次郎さんは頭を掻きながら「はっはっは!」と、少し申し訳なさそうだけど、みんなの真意を知らないのか、すぐに「すまんすまん!」と平謝りしていた。


「…………いったい何の話をしているんでしょうかね」

「ううむ。吾輩にもわからんことだな。異国の者たちは」

「異国にもきっと特殊な規則があるのだろう。そこはあえて言わないほうがいいと私はいいと思うぞ」


 後ろからティティさん、ガザドラさん、そしてヘルナイトさんの声が聞こえてきたけど、その言葉を聞きながら私は内心違うという気持ちを込めながら心の底から謝罪した。心の声で……。


 と思った時、私は再度ここにいない人達を見ながら、私は近くにいたメウラヴダーさんの背中をとんとんっと叩いて、彼を見上げながらこう聞いた。


「あの……、ボルドさんとリンドーさん、紅さんと……、スナッティさんは?」


 と聞いた瞬間だった。


 今まで穏やかな空気が漂っていた空間が一気に凍り付いた。シェーラちゃんの『氷河の再来リ・アブソリュートゼロ』のような凍り付いたかのような雰囲気になってしまったのだ。


「? ? ??」


 私はその凍り付いた光景を見て、辺りを見回しながらどうなっているんだろうという目で見回していた。


 ヘルナイトさんもその光景を見て、「……どうしたんだ?」と聞きながら、ガザドラさんとティティさんに聞いていた。虎次郎さんもきょろきょろとあたりを見回しながら「ん?」と首を傾げていた。


 ガザドラさんはむっと唸りながら言葉を探っていて、ティティさんはため息を深く吐きながら言葉を濁していた。


 みんなも、今までの穏やかな雰囲気を壊して、俯いて、暗い表情になりながら口を閉じている。


 一体何があったのだろうか……。私とヘルナイトさんが下にいる間――何があったのだろう。そう思っていると……。


 メウラヴダーさんはそっとしゃがんで、私の視線に合わせるようにした後、私の肩をそっと掴んで――神妙な面持ちでこう言ってきた。


「………ハンナ、ちゃんで、いいかな?」

「? あ、はい……」


 恐る恐ると言うような感じで聞いてくるメウラヴダーさんに、私は驚きながらもこくりと頷いて承諾する。


 その言葉を聞いたメウラヴダーさんは、ぐっと唇を噤んで、そのまま私の顔を見てから――


「――驚かないで、そして絶望しないで聞いてくれ」と言って、メウラヴダーさんは地上で起こったことを話した。


 淡々とではない。重々しく、そして私の想像を絶するような――絶望的な連鎖の話を聞かされた。


 まず――ジュウゴさんがいない間、ブラウーンドさんを筆頭に帝国の人達との何かが行われていた。多くの子供達、大人達、そして魔女の媒体やイェーガー王子の鬼の角のようなものを見せながら何かを話していたけど……、きっとそれは……これ以上は言えない。言いたくない……。


 大量の食料と医療費。私達がいない間にダディエルさんが調べたけど、その中には娯楽の物もいっぱい入っていた。そして――遊ぶためのお金も入っていた。


 アキにぃ達が言っていた私腹を肥やしていた。ジュウゴさんが言っていたむかつく存在。


 それはきっと――ブラウーンドさんがしたことに対しての、ブラウーンドさんへの憎しみだったんだ。


 それを聞いた時点で、すでに精神的ダメージだったのだけど、これからが本当の絶望だった。


 メウラヴダーさんは重い口を開けるように、ぎゅっと唇を噤んでから、私を見てこう言った。


 言った言葉は短かったけど、それだけでも大ダメージを与えるような言葉を私に向けたのだ。




 スナッティさんが裏切った。




 それだけ。


 それだけでも、私はオグトのあの精神的攻撃を上回るような精神攻撃を受けてしまう。


 スナッティさんが裏切った。と言うのは簡単で弱い攻撃。重い攻撃はここからだ。


 スナッティさんは実は――『BLACK COMPANY』に内通しており、クルーザァーさんの言った通り、私達の中に裏切者がいたということが判明したのだ。しかもお金を貰って、こっちの情報を逐一報告していたらしい。


 その言葉を聞いた私は、俯いて、茫然としながら言葉を発することなんてできなかった。


 メウラヴダーさんは申し訳なさそうに謝っていたけど、私は生返事で答えていただけ。


 みんながあんなに思いつめて、凍り付いた雰囲気を出していた理由が分かった。みんな――スナッティさんの裏切りや非道なことがあったことを思い出してしまったから……、あんなに穏やかな空気がいとも簡単に壊れてしまったのだ。


 私はそれを聞いて、絶句しながらその話を聞き終えて、メウラヴダーさんの顔を見る。メウラヴダーさんの顔は真剣そのもの。みんなも嘘なんてついてない真剣な顔だ。


 それを見て、私はそれが真実だと突きつけられる。


 マリアンダと瘴輝石の破壊 (死)と同格の痛み。苦しみ。


 その事実を知ってしまい、俯いたまま私は小さな声で「どうして……?」と、戸惑いの声を上げてしまう。


 戸惑いながら、なんでこうなってしまったのかと思考を巡らせることができなくなっていた私は、なんでこうなってしまったの。なんでこうなったの? そんな言葉が頭を過り、そして声を出してしまったのだ。


 なんでこうなったのかをよく考えずに……。


 すると――




「お前――何ふざけたことを言っているんだ……?」




 声が聞こえた。


 その声を聞いて、私は後ろの方を振り向いて、ティティさん達の背後にいた人物を見た瞬間、思わずぎょっと目を見開いてしまった。誰もが目を見開いて驚いている。


 ヘルナイトさんもその人の顔を見て「…………どうしたんだ?」と聞いていたけど、そんなヘルナイトさんの言葉を無視して、あろうことかドンッとぶつかってヘルナイトさんを乱暴にどかしながら――その人は私に向かって歩みを進めた。


 背後でおどおどと見ているボルドさんとリンドーさんを無視して……。


 紅さんは、私を怨敵のような目つきで睨んでいた……。


「く、紅さん……?」


 混乱している私をしり目に紅さんは私を睨みつけながら――大きく舌打ちをして開口こう言ったのだ。私にも理解できないような言葉を言ったのだ。











 そんな言葉を吐き、紅さんは私の服を掴み上げながら首を絞めるようにして私を見下ろして、睨みつけていた……。


 混乱している私の顔を見て、更に苛立ちを募らせながら……。

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