CHIPS 『奈落迷宮』脱出幕間劇

 私達はあの後、氷漬けになったオグトを置いて、私とヘルナイトさんが落ちてしまったところに戻っていた。


 後から見て、やっぱりここの水は特に黒くドロドロとしていて、流れているところの幅もかなり広い。


 走り幅跳びの人がこの場所を助走なしで飛んでも、絶対にドロドロの水にダイブしてしまうのがオチのような広さが私の目の前に広がっていた。


 そんな幅広いドロドロの水の道のど真ん中に……、それはあった。


 細くてきらきら光っている――さながら蜘蛛の糸のようなものがそこにあったのだ。


 きっとガザドラさんが作った鉄の糸だろう……。


 なぜそれがガザドラさんが作った糸だとわかったのか。


 それはアキにぃがその糸を見て小さく茫然とした顔で「あ、あれがガザドラが作った糸なのか……? なんであんな遠くに……?」と茫然とした言葉で言っていたので、私はそれを聞いてその糸がガザドラさんが作ったそれだと認知したのだ。


 それを見ていた私とヘルナイトさん、虎次郎さんとジュウゴさんはそっとアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃんを見ると……、その糸の周りをふよふよと飛んでいたこゆきちゃんはその糸をちょいちょいと指さしながら「ふぅ! ふぅ!」と鳴いて、興奮した表情で何かを言っていた。


 言っている内容まではわからないけど、それでも言いたいことはわかる。


 きっと、その糸の先にボルドさん達がいる。つまりは私とヘルナイトさんが落とされた大穴がこの上にあるということだ。


「……やっぱり深い」


 そう私は呟いてしまう。


 この状況のせいもあって、暗い穴が小さく見えて、遠く感じられたから……、私は長い道のりの始まりだと思いながら呟く。落ちてしまったら地獄付きのそれを見て――


 はぁ。


 私は見上げながらその大穴がある場所を見上げる。確かに、薄暗かったけど光が差し込んでいる。


 落ちた瞬間と同じ光景が見えるので、ここは正真正銘私達が落ちた場所だ。


「あー。確かに俺が落ちたところだなここは。上に小さいけど光が差し込んでいる。あの穴はっきりと覚えている。あそこから俺――ブラウーンドに落とされたんだ」


 ジュウゴさんはその頭上を見上げながら目を凝らして見る。


 それを聞いていたアキにぃは「やっぱり……」と小さく呟いた後、その上を見上げながらアキにぃは言う。


「あの人……、あんたがいない間に私腹を肥やしていましたよ」


 アキにぃは淡々としているけど、すごい嫌悪感を出しながら言った。


 それを聞いたジュウゴさんはがりっと頭を掻きながら、少しむすっとした顔をしてから小さい声で……。


「……そうかい」と言った。


 私はその話を聞きながら、ジュウゴさんのもしゃもしゃを見てブラウーンドさんの話が出た途端、ジュウゴさんは凄い赤いもしゃもしゃを出しながら項垂れているけど、アキにぃやキョウヤさん、そしてシェーラちゃんは赤や黒。そして青と言ったマーブルなもしゃもしゃを出していた。


「?」


 私はそのもしゃもしゃを感じながら、首を傾げてしまう。


 なぜマーブルなのかはわからないけど、私とヘルナイトさんがいない間……、上で何かがあったんだ。


 今は聞かない。聞くとすれば――上に戻ってきてから。その方がいいだろう。


 そう私は思った。


 因みに――私達の地下の戦いはこゆきちゃんを追いがてら走りながら話した。


 マリアンダのことやオグトのこと、その時オグトがマリアンダと瘴輝石を食べて、それを使って攻撃したこと。


 そしてそれもこれも――私の心を壊すためにしたことで、復讐のためにこんなことをしたこと。そしてこの場所に魔物がいないことについても話した。


 その話を聞いていたアキにぃは、踵を返してオグトのところに戻ろろうとしたけど、それをすぐさま止めて羽交い絞めにしたキョウヤさん。


 シェーラちゃんもそんなアキにぃを呆れながら見て――


「あんたが激怒したところで、あの鬼が反省すると思う? 見るからに頭悪そうだったし、それにあんな奴の拘束を解くなんて――私はしたくない」


 はっきりとした音色で、ツンッと言ったシェーラちゃん。


 それを聞いたアキにぃはむっとしてシェーラちゃんを見たけど、すぐにまたその場所に行こうとしていたので、私はそれを止めるために大丈夫と言ったのだけど……。


「それでも……っ! 俺はあのデブのことを許せないね……っ! なにせ、ハンナをズタボロにしようとしたんだろうっ!? イコールそれって食べようとしたってことだろうっ!? こんちくしょうめがぁああああっ! そんなこと、兄である俺が許すものかぁああああっ! 成敗してやるぅううううううううう……っっっ!」

「わかったわかった! そんなにがっつくな! あの時ちゃんと氷漬けになったんだから、当分の間あの氷の中で頭を冷やしてもらおう! というか解凍した瞬間補足されるような未来が視えそうで怖いからやめておけ! 後急いでいるんだろうっ!? みんなを待たせているんだ! 今はオグトじゃなくて目の前のことに集中しろいっ!」

「俺は何時でもハンナのことで頭がいっぱいだっっっ!!」

「うん。わかっていたけど末期だこいつ。こいつ正真正銘の重度のシスコンだったわ! オレ今回ではっきりした。こいつマジでやばいシスコンだったわっ!」

「ずっと前から私ははっきりしていたわ」


 アキにぃの言葉にキョウヤさんは宥めようと言葉を紡いでいたけど、アキにぃは全く聞いていないのか、ぐわっとオグトのような怒りの眼でキョウヤさんの方を振り向く。


 それを見た私はぎょっとしながらアキにぃを見ていたけど、キョウヤさんははっと新事実を見つけたかのような顔をして突っ込みを入れると、呆れていたシェーラちゃんは、すっと細い目でアキにぃ達を見つめて、淡々とした音色で突っ込みを入れた。


 その光景を見ていた虎次郎さんは「はっはっは!」と、腰に手を当てながら豪快に笑って――


「いやー! 若いとはいいこと! そして仲がよろしいようでじゃのぉ」


 と、シェーラちゃんに向かって言うと、シェーラちゃんはむすっとした顔で虎次郎さんがいる方向を向きながら、若干顔を赤くさせながら小さい声で……。


「仲なんて、そんなに良くないって……」と、照れているような言葉で言うシェーラちゃん。


 それを見ていた虎次郎さんは「はっはっは」と笑いながら悪そびれもなく「すまんすまん」と謝っていた。


 その光景を見ながらジュウゴさんは「面白い人たちだらけだねー」と、私を見下ろしながらにやにやした目つきで言うジュウゴさん。


 それを聞いた私は、その時ジュウゴさんを見上げながら控えめに微笑んで「はい。みんな面白い人たちだらけです」と言う。


 ジュウゴさんはそんな私の言葉が意外だったのか、目をぱちくりとさせながら私を見下ろし――そして頭をがりがりと掻きながら困ったように微笑んでこう言ってきたのだ。


「うーん。そこはちょっと困ったように笑うのが普通なんじゃないのかなー? オーケー?」

「?」


 ジュウゴさんの言葉を聞いた私は、首を傾げながらジュウゴさんを見る。


 私はただ正直に話しただけなのに、なぜ困った顔をするのかが疑問だった。正直に話してはいけないことだったのかな……? そんなことを思ってジュウゴさんを見上げていた……。


 そして現在に戻り……、私は再度銀色の糸を見る。


「…………遠い。と言うかあれ……、お魚を釣る釣り竿みたい……」


 私は小さく、そん光景を見ながら、誰もが思うであろうその言葉をつぶやく……。本当にそう見えてしまったから、つい……。えへ。


「しかし……、これではあの糸を掴むことができないぞ」


 ヘルナイトさんはその中央に吊るされた糸を見ながら、顎に手を当てて考える仕草をして言う。


 それを聞いた私は、はっとして本題でもあるその糸を見る。


 みんながヘルナイトさんの言葉を聞いて、すぐにその光る糸に目をやると、糸はゆらっと小さく揺れて、また一直線のそれに戻る。


 それを見ていたキョウヤさんはがくりと項垂れながら……。


「あの大穴からどろっどろの魚を釣るわけじゃないんだから……、もうちょっとオレ達のことを考慮してくれっての……」


 と言いながら、項垂れていたその頭を持ち上げて、その上空の小さな穴を見上げる。


 あ。ちなみにシェーラちゃんたちの体に纏わりついていたあのドロドロはもうない。


 シェーラちゃんの我慢がもう限界だったから、彼女は半分きれながらスキルを使ってキョウヤさんとアキにぃと一緒に体中を水で洗い落としたのだ。


 おかげで三人の体はびしょびしょ。ぽたぽたとその服から水滴が垂れていく……。


 ドロドロはなくなったけど、臭いがまだ残っているらしく……、シェーラちゃんは自分の体をクンクンッと嗅ぎながら、少しむすっと膨れた顔をして――小さな声でこう言ったのを、私は近くにいたので聞き取った。



「…………出たらシャワー浴びたい……」



 それを聞いた私も、長い間この下水道にいるせいで、もしかしたら服や体にその臭いにおいがこびりついているかもしれない。そう思いながら私は走りながら臭いを嗅いでいたことをしっかりと覚えている。


 下水道にいたのでその臭いはわからないけど、きっと臭いだろう……。


 ………………私もここから出たら、先にシャワーがあったら入りたい……。


 そう思っていると――アキにぃは見上げて深い深い溜息を吐いているキョウヤさんを見て、怒っているような顔をしながらその小さな穴を見上げるようにして見てから、アキにぃは言う。


「というかあいつらなんであんなところにあの鉄の糸を吊るしたんだろう……? あれだと全然届かないんだけど……。嫌がらせ?」

「いやがらせだったら戻った時に怒鳴ろうとは思う。だがよく見てみろ……。オレ達が落ちてきたあの穴、かなり小さいし、上から見下ろした時も全然下見えなかった。これってオレ達の判断が招いたことだし、ここはあまりぐちぐち言わないでおこうぜ……」


 アキにぃの言葉に、キョウヤさんは腰に手を当てながらまた頭を垂らして深い溜息を吐く。


 その言葉を聞いていたアキにぃは、うーんっと言いながらその中央につるされている鉄の糸をじっと凝視して、黙ってしまう。


 あの場所に糸がある。そして手を伸ばしても絶対に届かないその糸を見て、私は首をひねりながらこう思った。


 どうやってあの場所にある糸をここまで持っていこうか。と――


 単純に考えれば泳いでその糸を掴んで、またUターンして戻ってくればそれでいいのだけど……、それは即消去。


 理由はこのどろっどろの水。


 この水に入ったシェーラちゃんたちがあんなに嫌がるほどの水なのだ。


 帽子の中にいたナヴィちゃんも、その泥水を見るだけで心底いやそうな顔をして顔をくしゃりと歪ませている。


 それくらいこの水に入ることは自分のプライドを捨てるようなものなのだと、私は改めて知る。


 そしてナヴィちゃんのそのくしゃり顔がすごい……、いかついおじいさんのような顔をしているから、不覚にも笑いが込み上げてきたというのはここだけの秘密だ。


 するとそんなキョウヤさんの話を聞いていたジュウゴさんが、あっけからんとした顔でけらけら笑いながら――




「なら泳いで取りに行けば」

「それなら唯一汚れていないあんたが行け」




 と言った瞬間、その言葉を言う前にキョウヤさんは真剣だけど凄みがあるような目でジュウゴさんを見て突っ込みを入れる。


 その言葉を聞いたジュウゴさんはあれ……? と言う顔をしながら首を傾げて、そして人差し指で自分の頬をポリポリと掻きながら……。


「いやいや……、冒険者って案外常日頃から冒険しているでしょ……? だったらこんな泥水だって」

「人間……、あ。今は人間じゃなくて亜人とかだったな。でも生きて意思を持っているものとして、この泥身時にもう一度ダイブして泥泥まみれになるのは絶対嫌だ! オレは一回で心折れかけたもんっ!」

「大人が『もん』とか言うな。師匠行ってよ」

「すまないな。儂も体験してなんじゃが、二度とこの泥水には入りたくない。ゆえに今回は儂の甘えを許してほしい」

「っち!」

「というか……、みんなどんだけこの泥水に入りたくないの? 俺もその一人だけど……」


 キョウヤさんに対して、珍しくシェーラちゃんが突っ込みを入れる。でもその目は死んでいるようで、覇気もない。


 シェーラちゃんはちらりと自分の背後にいる虎次郎さんを見て言うけど、虎次郎さんもどうやら体験しているらしく、そっと手を突き出しながら遠慮がちに断った。


 それを見たシェーラちゃんは大きく舌打ちを一回出していたけど……、誰もそのことについて突っ込む人はいなかった。


 ジュウゴさんは呆れながらそんなに入りたくないんだということを再認識した。


 私もその一人である。入ったことないけど……、ナヴィちゃんのこのしわくちゃ顔を見て、ドロドロになった瞬間を思い出した瞬間……、直感が囁いた。


 この泥水に入ってはいけないと……。

 

 そんな光景を見ていた私は、ふと足元を流れるそのどろどろとしな水を見る。


 ナヴィちゃんでさえもすごいドロドロになって、そんなナヴィちゃんを手に乗せていた時の感触は、今でも忘れられないけど、みんなの気持ちはよくわかる。入っていなくても……。こんなドロドロの水に入りたくない。一瞬にして飛び込もうという意思が折れてしまう……。


 その水を見降ろしながら、私ははぁっと溜息を吐いて、再度アキにぃ達を見ると……。


「キョウヤが無理なら、アキ――あんたが飛び込んで泳いでいきなさい。私は絶対無理だからあんたかヤブのどちらかがあの糸を」

「いやいやいや! 俺になんでその嫌な仕事を押し付けるのっ!? いくら何でも男女差別がひどすぎやしないかっ!?」

「青髪のお姫さんよりも人魚姫ちゃんの方が毒が多い気がする……、そして俺は藪じゃないよ一応……。オーケー?」

よ。自分が嫌なことを他人に押し付けてはいけんぞ。それだから孤児院でもお前さんは友達が少なかったんじゃ。少しは素直に」

「――今リアル事情っているっ? と言うか私も嫌だから……って!」


 シェーラちゃんは自分が飛び降りたくないから他人に任せようとして指をさしながらアキにぃ達に言ったけど、キョウヤさんと同じように三人は拒否反応を起こしてシェーラちゃんに怒鳴りつけた。


 虎次郎さんに至っては注意するような口調で言うけど、それを聞いていたシェーラちゃんはそんな虎次郎さんの口走った言葉を聞いて、顔をぼっと赤くさせて手をぶんぶんっと振りながらそれ以上は言わないでほしいというような行動をした瞬間――


 シェーラちゃんは何かを思い出したらしく……、そのままドロドロの水の水戸の中央にある銀色の糸――の近くを飛んでそわそわしていたこゆきちゃんを見てシェーラちゃんは叫んだ。


「こゆき! その糸をこっちに持ってきてほしいのっ! 飛べるあんたにしかできないことよっ!」

「なんかいいように使ってごめんな! こゆき!」


 キョウヤさんもシェーラちゃんの考えていることに気付いたのか、手をポンっと叩いてこゆきちゃんに向かって叫ぶと、こゆきちゃんは「ふぅ!」と心臓の位置をぺちんっと叩いて胸を張ってから、こゆきちゃんは近くにあったその銀色の糸をガシッと掴む。


 そしてそのまま私達のところに向かってその糸を引っ張ろうとした。


 けど……………。


「……………………あれ?」


 と、私はこゆきちゃんの光景を見ながら首を傾げていた。みんなもそうだった。


 みんな最初こそ、期待の眼でこゆきちゃんを見て、虎次郎さんも驚いた目をして手を叩きながら「その手があったか!」と、目からうろこのような顔をして驚きを見せていたけど……。


 こゆきちゃんがその場から動かない……、と言うかその場でもごもごと動いているだけで、その場から動こうとしないそれを見て、みんな首を傾げてこゆきちゃんを見守っていた。


 私もどうしたんだろうと思いながら見ていると、ヘルナイトさんはその光景を見て、はっと何かに気付いたかのような声を上げて――


「まさか……」と言い、ヘルナイトさんはこゆきちゃんを見ながら小さい声で言葉を零す……。



「――?」



『あ』


 とみんなが、私も一緒にヘルナイトさんの言葉を聞いて、一瞬で理解してこゆきちゃんを見る。あ、虎次郎さんとジュウゴさんだけは首を傾げていたけど……。


 ヘルナイトさんが言っていた『重くて動かせない』と言う言葉は、その言葉通りと言ったほうがいいだろう。その言葉通り。


 その言葉とは――


 最初に言ったとおりだけど、その糸はガザドラさんが作った鉄の糸で、要は少し重い糸なのだ。普通の糸ではない。丈夫で固くて、ちょっとやそっとでは切れない――


 蜘蛛の糸よりも安心で登れそうなそれだけど、結局は鉄。武器の金属片を使っているから、重いのは当たり前。


 そんな重い糸なら、常人なら簡単に手に取って引っ張れると思う。けど私達はこゆきちゃんにそのひもを持ってきてほしいと頼んだ。汚れたくないから。


 その頼み通り、こゆきちゃんは小さい体でその糸を掴んで、引っ張ろうとした。


 引っ張ろうとしたけど、今のこゆきちゃんは小人並みに小ささと力。ゆえに……。


 重い鉄の糸を引っ張るほど、こゆきちゃんは力がない。という結果を見出してしまったのだ。


 と言うか、小さなこゆきちゃんだからこそ、腕力とかそういった押し出す力、引っ張る力がが全くないということにも気づいた。


「ふぅううううぅぅぅぅぅ~っ」


 と、鳴きながら真っ白い顔を真っ赤にさせながら、ぶるぶると震えてその鉄の糸を引っ張っているけど……、小さい体なので引っ張ることができないらしい。鉄の糸が全然動いていないところを見たキョウヤさんは……。



「わかった! わかったからそのまま戻って来なさい! 糸から手を離しなさいっ! ありがとう! そしてごめんこゆきちゃんっ!!」



 慌てた様子でこゆきちゃんに向かって叫ぶと、こゆきちゃんはショックを受けたような顔をしてからしょんぼりと頭を垂らして、「ふぅ~……」と鳴きながら、鉄の糸から手を離してよろよろと飛んで戻ってくる。


 その光景を見ていたキョウヤさんは、罪悪感に駆られたような顔をしてこゆきちゃんを見ながら「なんかごめん。本当にごめん……っ!」と言いながら、頭を垂らしながら片手を突き出して、謝っているポーズをとっていた。


 それを見ていたジュウゴさんは「いい案だったんだけどなー」と肩を竦めながら言う。


 シェーラちゃんもこゆきちゃんを見ながら申し訳なさそうに「……無理に頼んでごめん」と、素直に謝った。


 こゆきちゃんはしょんぼりと頭を垂らしながら私の近くに向かって飛んできて、再度「ふぅー……」と、溜息交じりに鳴き声を言う。私はそれを見て、頭を優しくなでながら「ごめんね。無理させて。そしてありがとう」と言って、私はこゆきちゃんを慰めた。


 それを聞いていたアキにぃは、頬を指で掻きながら申し訳なさそうにしてこゆきちゃんを見ながら、重い口を開くように……。


「うーん……。これでもダメか……」と言ってから、アキにぃはすぐにキョウヤさんを見て――


「やっぱりキョウヤに泳いで」

「やだっつってんだろ。だったらお前が行け」

「俺も嫌だから行かない方を選択する。キョウヤなら泳ぎ得意だろう?」

「どうひっくり返してもオレに行かせる気満々だな……。だが断る」


 アキにぃとキョウヤさんの会話を聞きながら、私はこゆきちゃんを腕の中に納めて抱きかかえながらその光景を見て、そして鉄の糸を見て、意を決する。


 いやでもなんでも、私が飛び降りて泳いでいけば――何とかなる。


 そう思った私は、アキにぃに向かって『私が行く』と声をかけようとした。その時だった。


「みんな――下がっていろ」と、ヘルナイトさんの凛とした声が響いた。


 その声を聞いたみんながヘルナイトさんの方を向いて、いつの間にか大剣を引き抜いているヘルナイトさんを見た私達は、ヘルナイトさんの言われるがままその場から少し離れる。


 ヘルナイトさんは大剣を構えたまま――すぅっと息を吸って、静かに唱える。



「『海神鞭わだつみべん』」



 と言った瞬間、大剣の刃がごぽりと液体状に変わって、そのままどんどん飴細工のように伸びていく。さながら水の鞭だ。


 あの時――オグトを拘束した時と同じあの技だ。


 それを見た私はヘルナイトさんを見上げて、そして小さな声で「すごい」と言うと、ヘルナイトさんはその手に持った鞭をくいっと振り上げて、そのまま一気に振り下ろす。


 鞭をしならせるようにして、その水の鞭を鉄の糸がぶら下がっているところに向けて放ったのだ。


 ひゅんっっ! と言う空気を切る音と、しゅるんっとその鉄の糸に絡まる水の鞭。


 絡まったところを見たヘルナイトさんは、その鞭をもう片方の手で掴んでから、『ぐっぐっ』と引っ張って、取れないかを確認した後……、それを綱引きのように引っ張って鉄の糸を引き付ける。


 その光景を見ていたジュウゴさんと虎次郎さん、そして私は「おぉぉ」と声を上げながら流れるような一瞬のそれを見て、思わず拍手をしてしまいそうになった。


 けどできなかった。


 私はふと視界の端に入ってしまったシェーラちゃん、キョウヤさん。そしてアキにぃの、目を見開いて、驚愕のその眼でヘルナイトさんをまるで恨んでいるような雰囲気で見ている三人を見て、一瞬拍手しそうなそれを止めてしまった。


 その雰囲気を察したのか、ヘルナイトさんはふとアキにぃ達の方に視線を移して――


「? どうした?」


 と聞くと、その質問に対して、アキにぃは静かな音色で、でも怒っているというもしゃもしゃを出しながら、アキにぃは言った。


「それ……、鞭の魔法?」


 その言葉を聞いたヘルナイトさんは、一瞬きょとんっとしてその話を聞いていたけど、すぐに「ああ」と言い……、水の鞭となっている大剣を見ながら――


「これか。これは前に話していた『宿魔祖』の一種――水の魔祖を大剣に宿し、鞭のようにしならせて攻撃し、斬ることもできるものだ。これは広範囲での攻撃しか使えない故、あまり使うことはないが……。? どうした?」


 と、ヘルナイトさんはアキにぃ達から出ているそれを今更ながら感じたようだ。


 三人の赤いもしゃもしゃ――怒りのもしゃもしゃを察知して、ヘルナイトさんは聞くけど、三人はヘルナイトさんの話を聞いて、だんだん怒りの眼に変えていきながら――三人はヘルナイトさんに向かってこう叫んだ。




「「「――だったらすぐに出せぇっっっ!!」」」




 その魂の叫びを聞いたヘルナイトさんは、ぎょっとしながら珍しく肩を震わせて驚いていた。


 私はそれを見て、目を点にしながらその光景を見て、虎次郎さんは「はっはっは!」と笑いながら「元気なことはいいことじゃ!」と言いながら豪快に笑う。


 ジュウゴさんは引き攣った笑みを浮かべて「今までの意見と苦労、そして時間が台無しだな……」と呆れながら言っていた……。



 ◆     ◆



 そんな口論が続いている最中……、その鉄の糸を釣りのように垂らしていたガザドラは内心――昔こうして食料を釣っていたな……。と、思い出に浸りながら合図を待っていた。


 胡坐をかいてその時が来るのを、じっと待っていた。


「…………それ釣りじゃなくてもいいんじゃないか? ロープとかあっただろ……」


 メウラヴダーのもっともな意見を無視して……、じっと待っていた。

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