PLAY51 対面と再会と脱出 ⑦

「お勤めご苦労様です。オグト」


 ザッドは顔だけ自由の身になったオグトを見上げながら、ふっと紳士の笑みで言う。


 それを聞いていたオグトはがくがく震える顔でザッドを見降ろし、ぎりぎりと歯を食いしばるような顔でオグトはザッドを見降ろす。


 まだジュウゴが作った神経毒が効いているのか、体を拘束している氷結の所為なのかはわからない。


 しかしオグトは『ふーっ! ふーっ!』と白くなる息を吐き、何とか意識を保つようにザッドを見降ろしながら――


「ざ……、ザッドッ! お、お前……っ! かふっ! うぅ! がぁ! なんでこんなところに……っ!」


 と、気力だけで彼は叫ぶ。


 オグトの気力を見ながらザッドはこつりと中世の傘を地面に向けて軽く小突き……、当たり前のような音色でこう言ったのだ。


「おやおや、『なんでこんなところに』ですか? そのようなご冗談はつまらないですよ。我は今現在配属した部下達の近況下見をしているのですよ? いつものことではありませんか」

「お前……、はぁ! お、オデのことを……、はぁ! 邪魔とみな、みなして……っ! ふぅ! ここに、と、飛ばし、た……っ! だろっ!」

「ええ」


 オグトの怒りを煽る様な眼差しを向け、ザッドは肩を竦めながら困ったように笑みを浮かべ、中世の傘に身を預けるようにして、彼は寄りかかりながらこう言った。


「確かに我はあなたをここに飛ばしました。あなたの素行の悪さ……。いいえ。あなたの品の無さに呆れて、失望してしまったのですよ。我々はこの世界を変えるために行動している同志『六芒星』。この世界の在り方を変えるためにある存在。異国で言うところの『革命家』ですよ? 我々はもっと紳士として、そして女の人で言うのであれば淑女として、清く正しい革命方法をしなければいけないのです。ですがね……」


 ザッドはちらり……。と、オグトを見上げる。


 豚特有の眼ではあるが、細く――その瞳の色や雰囲気から感じられる……。氷以上の冷たさ。見ただけで背筋が凍り付くような冷徹な目でオグトを見上げるザッド。


 それを見たオグトは、びくりと顔を引き攣らせて「……うぅっ!」と唸ってしまう。


 一瞬這い上がってきた動物的本能――恐怖が、彼の心をグラグラと揺さ振る。


 その光景を見ていた緑守は内心ザッドに感銘と言う感情を隠しながらその光景を見ている……。


 ――さすがはザッド様だ……。懐刀の名は伊達ではない。


 ――このお方はいつでもどこでも己の状況を有利に立たせる。ザッド様がその気になれば、いつでも王手チェック・メイトできる状況が出来上がる。


 ――ザッド様はそんなお方だ。だからこそ……、『六芒星』は動けている。


 ――幹部が二人もいない状況でも、『六芒星』の状態に変わりはない。


 ――ザッド様は……、身も心も、そして魔力もお強いお方だ。


 そう思いながら緑守はザッドの背中を見ながら、今では哀れに映ってしまうオグトの姿を、冥途の見上げのように目に焼き付けてみる。


 ザッドは震え上がってしまったオグトを見ながら、彼は冷静な音色で、礼儀正しくこう言った。


「あなたの行動のせいで、私達の仲間が減っているのは事実です。あなたにとってすれば――人は確かに食事と言う認知でしょう。しかしね……。仲間を喰うことはやめてもらいたい。そのせいで多くの仲間があなたのせいで犠牲となってしまった」

「……うっ! ううううっ!」


 唸るオグト。


 威嚇の唸りかもしれないが、それを聞いたところでザッドが折れるわけでも、彼の話を聞こうという心持になることはない。絶対にありえない。


 オグトはもう幹部ではない。つまるところ――


 ザッドとオグトは――の関係なのだ。


 部下の言い訳を上司が耳を傾けることなどない。ゆえにザッドはオグトを見上げながら、見下ろしているような目つきで彼は続けてこう言う。


「あなたは確かに強く、そして奇異な魔祖の使い手の魔女です。しかしそんな奇異な魔祖でも、デメリットがありすぎるのですよ。あなたのその『食』は……、相手を喰うことで力を発揮する。よくある触れた瞬間発動できるようなものですね。あなたはそれと同等。しかもただ食べて回復と強化をするだけの力の使い方をする。ガザドラやロゼロ。そしてラージェンラやオーヴェンは、その力の使い方に関して常日頃から研究しています」


 もちろん――我もです。と、己に胸に手を当てながら言うザッド。


 それを聞いていたオグトはぎりぎりと歯を食いしばりながら言いたいことがあるのだが、ザッドの雰囲気に呑まれているせいで、うまく言葉を紡ぐことができなくなっていた。


 それを見ていたザッドは、更にオグトを見下すような目で見ながら――彼は続けてこう言葉を並べる。


 畳み掛けるように、彼は言った。


「あなたはただ食べるだけで強化と回復をしているだけの怠慢者。ギルド長でも私達でも流浪でも……、己のことについて研究することは視線なことなのです。あなたがしていたことは無駄だったとは言いませんよ。しかしそれは――研究者にとってすれば『進化の退化』取っても過言ではないのです。あなたがこうなってしまったのはただ一つ……、いいえ。二つでしょうね……」


 彼はオグトに見えるように右手を突き出し、その手をとある形に変えていきながら、彼は言う。否――告げる。


 オグトがなぜ――ハンナ達に負けたのか。


「――一つ」オグトは右手の形を人差し指が立っている状態にして言う。


「あなたは己の力を過大評価し過ぎた」

「っ! お、オデが……っ!? ど、どういうことだ……っ!」

「言った通りです。あなたは己の力を過大評価し過ぎている。あなたの魔祖は『食』。ゆえに何かを食べれば回復でき、強化もできる。ということは、食べなければあなたはただの人食鬼ではありませんか」


 普通に考えればわかることです。


 そうザッドは言う。呆れて肩をすくめながら言うザッドに、オグトは「ぐぎぎぎっ!」と、唸りながら体を動かそうとする。しかし凍っているせいでうまく体が動かない。


 ――ぐぅ! 動けん……っ! くそ! オデがこんなことで……っ! あのヤブ (ジュウゴ)の煙を吸ったせいだ……っ! そうでなかったらこんなことにならなかった……っ!


 ――オデが負けることなど……、ありえないんだっ!


 そんなことを考えているオグトに向かって、ザッドはその突きつけた指を動かして、今度は中指と人差し指を突き付けた形に変えてから――


「――二つ」と言う。


 それを聞いたオグトは、「ぐぅ!」と、まるでライオンが唸るような声を上げながらザッドを見降ろすと、ザッドはその突きつけた指をそっと下しながら、彼はオグトに向かって――冷酷な音色でこう言った。



「あなたはあの二人を侮りすぎた。それこそが今回最大の敗因です」



 ザッドははっきりと、そしてオグトでもわかるようなことを突き付けたのだ。


 オグトはそれを聞いて、「ぐぅ?」と唸るような声を出しながら、ザッドを見降ろして彼は聞いた。若干慌てたような音色で、彼はザッドに聞いた。


「そ、それは一体どういうことだ……っ!? オデが、オデより弱い奴に対して油断したとでも言いたいのか……っ!? オデは人食鬼族の英雄だぞっ! なのになんでオデがあんな弱い奴らに対して警戒しないといけないんだっ!?」


 その言葉に対して、ザッドは少し考える仕草をしてから「そうですね……」と相槌を打ってから彼はオグトを見上げて――


「あなたはあの二人……。あなたに屈辱的な敗北を叩きつけた魔王族の鬼士――ヘルナイトと、そんなヘルナイトが必死の思いで守ろうとしている浄化の力を持った少女。彼等はこの短期間で『八神』の内の三体……。『火』のサラマンダー。『雷』のライジン。『水』のリヴァイアサンを浄化しています」

「そ、それがどうしたんだ……っ?」


 一体何を言っているのか。


 そんなことを思いながらオグトは聞く。そんな質問に対してザッドは頭を抱えながら深い深いため気を吐いて――


「まだわからないのですね……」と言いながら、彼はその質問の返答をする。



「『終焉の瘴気』が発生し、『八神』がその瘴気に侵されて、早二百五十年と言うべきでしょうか……。その二百五十年の間、いかなる浄化士や異国の退魔師がその『八神』の浄化をしようと挑んできました。しかし結果は惨敗。サラマンダーを浄化する前にやられてしまうことのが関の山だった。ですが、今になってあの少女はあろうことか……。サリア教の神――サリアフィアが持っていた最強の詠唱……、『大天使の息吹』を授かり、今現在『土』のガーディアンを浄化しようとしている。しかもあと少しで、帝国に辿り着いてしまうというところまで来ているんです。そしてあなたは教訓しないのですか? アルテットミアであなたはあの騎士に殺されかけてしまった。ですがあれは――まだ手加減しているんです。あなたはその手加減された状態で負けてしまった。そして――」



 ザッドは言う。


 はっきりとした音色で言う。




――




 オグトがその言葉を聞いて、馬鹿な。と言いたげの表情を浮かべながらザッドを見降ろし、ザッドの背後では、ぐっと歯を食いしばって、悔しそうに握り拳を作っている緑守がいた。


 彼は国境の村で、一時的ではあるがヘルナイトを無力化して、ハンナを嬲ろうとしたことがある。が、それも結局は無駄に終わった。


 ナヴィのせいで彼の計画は台無しに終わり、両腕を失いかけ、そして殺されかけた。否――倒されそうになったのだ。ヘルナイトに。


 ザッドが言うようなによって、彼は殺されかけたのだ。


 ――あの力は異常だ。


 緑守は思った。あの時起こったことがフラッシュバックとして甦る。


 あの威力を思い出し、本能が囁いているのか、彼はぐっと握り拳を作りながら恐怖に震えていた。


 青ざめる顔を横目で見ていたザッドは、そんな緑守に声をかけることなどなく、ただただ彼はその光景を、まるで劣化品を見るような目で見ただけで、すぐにオグトに向けて視線を移した。


 ザッドは言う。


「しかしあなた相手ならばきっとと思っていたのですが、とんだ拍子抜けですね」


 はっと鼻で笑うような音色で言うザッド。


 それを聞いていたオグトは、ぎりっと、もう何度目になるのかわからないような食いしばりをして、彼はザッドを見降ろしながら――荒げる。


「ひょ……、拍子抜け……だとぉっ!? お前オデを誰だと思って言っているんだっ!? もともと仲間だっただろうっ! オデは」

「えーえー。わかっていますよ。あなたは人食鬼のオグトですよね? ですけどあなたにその言葉、そっくりそのまま返したい気持ちでいっぱいなんです。なぜって? あなたは仲間である部下を食事と言い張っていたではありませんか。道徳や協調性、品格などまるでないあなたの言葉から仲間と言う言葉が出るだなんて……、吐き気を催すような空気になってしまいましたね」


 ザッドはオグトの言葉を聞きながら、口に手を当てて不愉快な表情を浮かべる。


 さっきまでの礼儀正しさなどない……。今となっては完全に使い捨てを見るような蔑んだ目でザッドはオグトを見ていた。


 その表情と雰囲気、そして仕草を見ていたオグトは今まで溜めていた怒りを力に変換して、氷漬けになっているその体に力を入れる。


「うううううぐううううううううううううっっっ!」


 オグトは唸りながら体に力を入れる。体を力ませる。


 すると――氷から『ビキッ』と言う音が聞こえたと同時に、氷結に小さなひびが入ったのだ。


 それを見ていた緑守ははっとその光景を目にして、すぐにザッドの前に立って武器である鉄球を構えようとした時――ザッドはそんな緑守の肩をポンッと叩きながら……。


「緑守。あなたは下がりなさい」


 と冷静で、何も恐れていなうような音色でザッドは言う。緑守はそんなザッドの方を振り向きながら、表情も恐れてないような顔をしているザッドを見ながら――


「で、ですがあの者は……っ! いろんな他種族を喰っては滅ぼした異常な存在っ! ここであなたが食べられてしまえば――」

「ええ、死にますね。豚人族オークの血もここで絶たれてしまうでしょう」

「でしたら――っ!」

「ですので」


 と、ザッドは緑守の肩を掴みながら、彼はいつものような冷静で気品溢れるような笑みで――こう言ったのだ。







 ザッドは平然とした音色で言ったのだ。


 それを聞いた緑守は、一体何を言い出すんだこの人は、と思いながら疑念の眼でザッドを見ていた。しかしザッドはその言葉を言ったと同時に、あと少しでその氷結を力任せに壊そうとするオグトを見据えながら、彼はすぅっと息を吸って――それから……。



「§ΛΩ¶ЖβδξД」と、唱えた。



 妙に聞きなれない、否――完全に聞き取れないような発音を聞いた緑守は、首を傾げながら内心……、魔女の言葉……、なのだろうか。と思いながらオグトを見た瞬間だった。


 緑守ははっと息を呑むように声を発した後、彼はその光景を目に焼き付けて、ただただその光景を見ながら仁王立ちのまま立ち尽くしていた。


 当たり前だろう……。なにせ――



「あ、がぁ……、あああ、ああああっ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」



 オグトは今まで力んでいた力を一気に消して、否――それどころではない事態に陥ってしまい、彼は脂汗を流しながら血走った目で天井を見上げて叫びだしたのだ。


 苦痛の叫びを、断末魔の叫びを上げたのだ。


 それを聞いていた緑守は、驚いた目でその光景を見て、唖然と口を上げて固まっている。


 固まりながら叫んで、首をぶんぶんッと左右前後に振りながら暴れているオグトを見て、彼は今起こっているこの状況に不安を抱いた。


 このような状況を口走ったザッドは、その光景を見上げながら鑑賞していた。


 ただ――鑑賞していたのだ。


 オグトは叫び、緑守は驚きのあまりに固まり、ザッドは鑑賞している。とても異常な光景であることは間違いなしだろう。


 しかし、緑守はふとある光景を見てしまう。


 それはオグトの口からこぼれ出る半透明の何か。それはオグトの口からずるるっと上に向かって這い出てきて、そのままザッドの手に向かってふぃっと飛んでいく。


 まるで幽霊のように、それはザッドの手に火の玉の様に――半透明の火の玉がその手に収まる。


「…………………っ!」


 それを見たリョクシュは、目を見開きながらそれを見て、そしていまだに叫んで暴れているオグトを交互に見て、緑守は思った。否――疑念を抱いたのだ。


 ――あれは一体……。それに、ザッド様は一体オグトに対して何をしたのだ……?


 と、その疑念を心の中で呟きながら、緑守はその火の玉を再度見る。生きて、死んで、そして死霊族として生き返った後の何百年間……、今まで見たことがないそれを見て、緑守は再度ザッドを見る。


 ザッドは未だに暴れ、そして叫んでいるオグトを鑑賞していた。


 ただただ――鑑賞していた。オグトを見せ物のように見て、彼は何も手を出さなかった。


 緑守は一瞬だが、ザッドに対しする恐怖心が芽生えかけた。その時だけだったが、彼が一体何を考えているのかわからなくなったのだ。


 今まではそんなこと考えずとも、彼はザッドに心酔してそんな感情など抱かなかった。しかし今になって、その感情が一瞬芽生えかけたのだ。植物で言うところの芽。それが土から這い出てきて、緑守に恐怖心を芽生えさせたのだ。


 一瞬でも声を上げて呼べばいい。ザッド様と――。


 しかしできないのだ。


「――っ!」


 一瞬芽生えてしまった恐怖は、彼の心に根付いてしまい……、忠誠心を、心酔の意思をかき乱す。


 何の感情もない――ただの黒一色の眼でその光景を見ているザッドを見ていた緑守は……、ただただその光景を傍観することしかできなかった。


 ただの観客に徹することしか――この惨劇の一場面を見るだけの人物として、その仕事を全うすることしかできなかった。


 オグトは未だに叫びながら、ぶるぶると震える顔で、脂汗を流しながら彼は叫び続ける。声が潰れてしまうのではないか。そう思うくらい彼は大きな声で叫び続ける。


 叫んで、何かから逃れようとしているその光景を見て、ザッドは小さく――「よし」と言う。


 と同時だった。




 ――ばしゅぅ! と……、




 ハンナ達が魔物を倒した後、よく黒く変色して黒い霧と化して消えてしまうような光景が、オグトの身にも起きたのだ。


 それを見た緑守は、驚いた目をしてその光景を見て、すぐにザッドの方を見てから彼は、震える声で、緊張する己の気持ちを抑えつけながら、平常を保ったその顔でこう聞いた。


「な、なにがあったのですか……? ザッド様」


 その言葉に対して、ザッドは緑守の方を振り向きながら、いつもの気品溢れる紳士の笑みで、彼は言った。片手にオグトの口から出てきた半透明のそれを手にしながら――


「何があった? 及第点の回答ではありませんよ緑守。この場合はこの質問が及第点です。『一体何をなさったのですか?』ですよ」

「…………っ」


 と、ザッドは緑守に向かって微笑みながら言う。しかもその質問に対して適切ではないことを指摘して。


 それを聞いた緑守はうっと唸るような声を上げてから、申し訳なさそうに頭を垂らして――


「も、申し訳ございません……」と、ザッドに対して謝罪する。


 しかしザッドはそのことについてあまり怒っていないようで、彼は紳士的振る舞いで「いえいえ……。誰にだって失敗はあります。今度気を付ければいいのですよ」と言ってから、オグトがいなくなってしまった氷結を見て、彼は返答する。


「まぁ――あなたはこの光景を見るのは初めてですよね。今まで見せたことがない光景でしたから、混乱するのは当たり前です」

「…………それでは、あなた様の言葉を踏襲します。いったい何をなさったのですか?」

「ふむ……。及第点ではありませんが、見てしまったものですからね。正直にお話ししましょう」


 緑守の言葉を聞いたザッドは、観念したかのような唸り声を上げて、くるりと緑守の方を見ながら――彼はその半透明の火の玉を見せつけて……、彼はこう言う。


「まず初めに、緑守。今あなたが見たのはです」

「奥の……手? 準備と言いますと……、何のために準備なのでしょうか……?」


 その言葉に対してザッドは「そうですね……」と言いながら、その手に持っている半透明の火の玉を見ながら、続けてこう言う。


「まぁ――これは奥の手を発動させるために必要なものとでも言っておきましょう。簡単に言うと――これは……」


 ザッドの言葉を聞いていた緑守は、はっと息を呑み、そして見開かれる視界でザッドを捉えながら――彼は驚愕の表情で……。


「そ、そのようなことが……っ!?」と、驚きの音色で聞いた。


 それを聞いていたザッドは頷いて――


「ええ。ですのでこれは奥の手の準備運動。にして――これはなのです」


 と言いながら、彼は懐からそっと手に収まるくらい小さな瘴輝石を出して……。


「マナ・ポケット――『インボックス』」


 と唱えた瞬間、ザッドの手に収まっていたその石がチカリと輝きだし、反対の手に持っていたその半透明のそれを、掃除機のように吸収してしまい、すべてを吸収したと同時にふっとその光は消えてしまう。


 その光景を見ていた緑守はオグトの口から出てきたそれを収納した瘴輝石を見つめて愛しむように見ていたザッドを見て、彼はふと、頭の片隅でこんなことを思っていた。


 ――この人は、一体何の目的でこんなことをしているんだ。と……。


 そんな疑念を微かに漏れ出していた緑守を見ながらザッドはそれを懐に戻し、そのまま紳士の笑みを浮かべながら彼は通常と変わらない音色で言った。


「それでは――行きましょう。もうここには用はありません。こんなところで油を売らずに、いち早くこの世界を『六芒星』の皆が住みやすい世界に変えないと」


 そう言うと、ザッドと緑守はまるで黒い霧のように突然現れて消えていく。


 その空間にある、大きな氷しかないその空間を後にして……。

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