PLAY51 対面と再会と脱出 ⑥

「ふぅ」


 アキにぃはライフル銃を下ろして緊張の糸を解すように息を吐く。


 私はすぐにヘルナイトさんから降りてお礼を言った後、すぐにシェーラちゃんのところに駆け寄って――


「シェーラちゃん……、ありがとう」


 と、お礼を言った瞬間……、シェーラちゃんはにっこりと私を見て、珍しい微笑みを浮かべながら――



 がしりと私の頬を掴んで、そのまま横に引っ張って伸ばした。



 効果音で言うところの――『むにーっ』である。


「ふ。ふえ?」


 私はそれを受けてぱちくりとしながらシェーラちゃんを見ると、シェーラちゃんはにっこりしているのに、なぜかすごい赤いもしゃもしゃを出しながら私の頬をムニムニと伸ばしては戻してを繰り返して――にっこりしているのにすごい低い音色で……。


「あんたね……。今まで思っていたけど、どんだけ厄介ごとに巻き込まれているのよ……っ! こっちもこっちでひどかったけど、こっちも同等にひどいじゃない……っ! 一体何があったらこんな惨状になっているのよ……っ! 少しはちゃんと説明してよね……! こっちはこっちで、あんたやヘルナイトのことを心配していたんだから……っ!」


「ふ、ふえぇ……。ふぉふぇんふぁふぁい……っ」


 ムニムニとされながら私はつねられているその頬の痛みを感じながら謝る。シェーラちゃんに伝わっているかはわからないけど、それでも必死に伝える。


 すると――ヘルナイトさんもこっちに来て、シェーラちゃんの話を聞いていたのか、鎧越しで頬を指で掻きながら申し訳なさそうに……。


「う、む……。心配をかけたな……。すまない。私がいながら」


 と、シェーラちゃんに対して謝ろうとした時――シェーラちゃんはそんなヘルナイトさんをじろりと、睨みつけて見上げながら――声を荒げてこう言ってきた。


「そうね。あんたも少しは荒いやり方でハンナを守ることくらいできないのかしら? あんた男でしょ? ちょっとはハンナを死ぬ気で守るくらいの勢いで行きなさいよ」

「……む。すまない」

「謝るなら行動で反省を示してっ」

「あ、ああ…………」


 シェーラちゃんはヘルナイトさんに向かって苛立ちをぶつけるように怒鳴りながら言う。


 それを聞いていたヘルナイトさんは、珍しく返す言葉がないような雰囲気で、シェーラちゃんの言葉に対して頷く。


 私はその光景を頬を掴まれた状態で聞いていると、シェーラちゃんはむすっとした顔で私の顔を見つめながら――シェーラちゃんはふぅっと、呆れたため息を吐きながら私の顔を見て……、ヘルナイトさんの顔を見上げて、心底呆れたため息を吐くと……。


「本当に心配したんだから――少しは私達の身になりなさいよ」


 と、小さい声で、目をそらしながら言うシェーラちゃん。何だろうか、少し恥ずかしそうにしている。


 その顔を見ながら、私は頬を掴まれた状態でシェーラちゃんの名前を呼ぶけど、シェーラちゃんは何も言葉を返さない。


 ヘルナイトさんはそんなシェーラちゃんのことを見降ろしながら、ふっと小さく微笑むような声を出して、シェーラちゃんの頭に手を置きながら、ゆるゆると撫でて――


「そうか……、すまないな」と、凛とした音色で、穏やかに謝るヘルナイトさん。


 それを受けていたシェーラちゃんは、私の頬から手を離してヘルナイトさんの手を自分の頭から離すようにぐっとその手を上に押し出す。


 そして――


「そう思うんだったらここから名誉挽回して。あんた達のせいでかなりの時間ロスなんだから」


 と、ツンッとした音色で言うシェーラちゃん。


 それを聞いたヘルナイトさんは、その言葉に頷いて「ああ。そうだな」と言う。


 私もそのシェーラちゃんの言葉に対して、シェーラちゃんに心配をかけてしまったという罪悪感を感じながら、自分の浅はかな判断に対して自戒しながら……。


「ごめんね……、シェーラちゃぶっ!」


 と、言い終わる前にシェーラちゃんは私の頬をまるでハエたたきのように挟んで叩いてから、シェーラちゃんは私の頬をがしりと掴んで、ドスの聞いた音色で――


「あんたはもう少し重く反省しなさいぃぃぃ~っ!」


 と、私の頬をぐにぐにと形を変えながら言った。


 私はそれを受けながら、頬に来る小さな痛覚を感じながら「いたたたたっ」と、小さく叫んでシェーラちゃんのその行動を止めようとシェーラちゃんの手を掴む。


 けどあまり効果はなく、シェーラちゃんはそのままぐにぐにと私の頬の形を変えていく。


 すると――


「シェーラの方が二人のことを一番心配していたのかよ」


 キョウヤさんは槍をそっと背に背負いながら言う。それを聞いていた私は頬を掴まれた状態で「ふぉうふぁふぁん」と言うと、それを聞いていたシェーラちゃんは、すぐに私の頬から手を離して――むすっとした顔をしたまま……。


「心配しない方がいいって言いたいの? 心配する方が普通だと私は思うわ。あんたは心配じゃなかったの? 私はすごく心配だったわよ。最強だけど天然の騎士に」

「む?」

「回復しかできないけど心優しすぎて自己犠牲が大きすぎるドエムのような思考を持っている女が一緒って、心配で心配で仕方ないでしょうが」

「にゃっ?」


 なんとも悪口のようなことを言われてしまい、ヘルナイトさんはぎょっとしてシェーラちゃんを見降ろし、私もそれを聞いて頭に岩が落ちてきたかのような衝撃を受けてしまう。


 それを聞いていたキョウヤさんは小さい声で「お前のその罵倒も通常だな……」

 と言って、ふと視界の端に入ったそれを見て、ざぁっと青ざめながら、すぐに後ろの方を向く。


 私とヘルナイトさん、そしてシェーラちゃんがその光景を見て、キョウヤさんの背後にいる人を見るために、みんなで体を横に傾けながら見ると……。


 そこにいたのは――虎次郎さんだった。虎次郎さんは自分の手を見ながら『ぐっ』と握って、『ぱっ』と開きながら、自分の手を凝視する。まるで機能を確かめているような光景だ。


 キョウヤさんはそのまますたすたと早足で虎次郎さんのところに向かい、疑念を抱いて首を傾げている私とヘルナイトさん。そしてその光景をじっと見ているシェーラちゃんをよそに、キョウヤさんは虎次郎さんを見て、申し訳なさそうに頭を垂らして――虎次郎さんがキョウヤさんの存在に気付いた瞬間。


「えっと、場の流れと言うか、なんかすいません。大事な盾を使って、有ろうことか壊してしまって……」


 キョウヤさんを虎次郎さんに謝る。


 それを聞いていた虎次郎さんは「はて?」と、突然来たキョウヤさんを見て首を傾げながら理由を聞いている。


 それを聞いていた私は、負とキョウヤさんがさっき見ていたところを見ると――その場所にあったのは、虎次郎さんが使っていた盾だった。その盾はキレイに真っ二つに割れていて、もう盾として使えない状態になっていた。


 それを見た私は、内心これか。と思って、再度キョウヤさんを見る。キョウヤさんは虎次郎さんに対してジャスチャーをしながら説明して、落ちて使えなくなってしまった盾を指さしながら説明していた。


 …………って、あれ?


 さっきからアキにぃとジュウゴさんの姿が見えないと思ったら、二人とも少し離れたところで何かを話している。


 しかもアキにぃがすごく怖い顔をして、ジュウゴさんに向かって威嚇している……?


 私はそれを見ながら、アキにぃとジュウゴさんが一体何を話しているのだろうと興味を示した後すぐに……、聞かないでおこうと直感に従って、再度キョウヤさんに目を移した。


 キョウヤさんの言葉に、虎次郎さんは陽気に「ははは!」と笑いながら……。


「なぁに! 若いもんがそんな小さなことでしょげるでない。あの盾も安物。お前さんが使っておる物とは比べ物にならないほどの安物。売却百じゃぞ? そろそろ変え時と思っておったから助かったというのが本音じゃ」

「安物って……、一体どんな盾を使っていたんだよおっさん……。完全に上級物と思っていたぜ……」


 と言いながら、さっきまでの緊張の糸が緩んだのか、キョウヤさんは肩の力を抜きながらほっと胸を撫で下ろす。それを聞いた虎次郎さんは、「はっはっは!」と笑いながらキョウヤさんの肩を叩いて――


「よいよい。儂は何も怒っておらん。むしろこんなさぷらなんとかしてくれるとはな」

「それきっとサプライズって言いたいのか? どんだけ外来語苦手なんだよ……」

「儂はもう六十五超えとるからな。外国語やは好きではない」


 と言って、虎次郎さんはキョウヤさんの突っ込みを聞きながら、そっと体を傾けて、私たちの方を見る。ううん――強いて言うのならば……。


 シェーラちゃんを見ていた虎次郎さん。


「う」


 シェーラちゃんは虎次郎さんを見て、むっとした顔で虎次郎さんから視線を逸らす。


 それを見ていた虎次郎さんは、うんうんっと頷きながらシェーラちゃんを見て……。小さく「やはりな」と言いながら――虎次郎さんは言う。そっぽを向いているシェーラちゃんに向かって……。




「久しいのぉ。元気にしとったか? 




「シェレラで、今はシェーラよ。……」


 むすっと頬を膨らませて、強調する様に言ったシェーラちゃん。それを聞いていた虎次郎さんは、後頭部に手を付けながら困ったように笑って――


「そうかそうか! すまなかったなしぇーら。しかし今の名前の方が言いやすいのぉ」と、悪そびれもなく言う。


 そんな二人の会話を聞いていた私は、内心こう思った。やっぱりと――


 それもそうだろう……。前にシェーラちゃんは、リヴァイアサン浄化の後、アクアロイアのお城でこんなことを話していた。


 自分には師匠がいる。そして師匠は砂の国にいると――


 その言葉通りだった。その情報通り――シェーラちゃんのお師匠様……、虎次郎さんはここにいた。


 いたというか……、初日にここに落ちてしまっただけなんだけど……。それでも、再会できてよかった……。


 そう私は思いながら、きゅっと胸のあたりで握りこぶしを作る。その握りこぶしの中にあるのは……、怒りではない。これは、喜びが詰まったものだ。


 シェーラちゃんはそんな虎次郎さんをそっと見ながら……、虎次郎さんに対して再度そっぽを向きながら……、小さい声で「そう……」と、少し照れた顔をして言った。


 それを聞いていたキョウヤさんは、きょとんっとした顔をして、私にそっと近付きながらこそっと小さい声で私の耳にその口を近付けて――


「え? どういうことだ? シェーラとおっさんって、知り合いだったのかよ……」


 と聞いてきた。小さい声で。


 それを聞いた私は小さい声「はい」と頷きながら、事のあらましと言うか、シェーラちゃんと虎次郎さんのことについて簡単に説明する。


 それを聞いていたキョウヤさんとヘルナイトさんは、納得するように頷きながらシェーラちゃんを見る。


 シェーラちゃんはそんな二人と私を見て、ぼっと顔を赤くさせながら声にならないような唸り声を上げて、そのままキョウヤさんの背中……腰に向かって拳を叩きつける。


 ぽこぽこと無言で叩きつける。


「~~~~~っっ!」

「あてててっ! んだよそのぐるぐるパンチッ! 意外とお前強く叩いているだろっ! 痛ーって! バカやめろって! いててててっ!」


 キョウヤさんは本当に痛がっていたけど、シェーラちゃんはその赤い顔のままポコポコとキョウヤさんを殴っていた。ずっと殴っているその光景を見ながら、私はうんうんっと頷きながら微笑んでいる虎次郎さんを見上げながら、控えめに微笑んで――


 よかったですね。虎次郎さん――シェーラちゃんと再会できて。


 と、心の中でその言葉を思う。声には出さない。そしたらシェーラちゃんはさらに照れてしまうから。そう予想した私は敢えて声に出さないで重いだけで留めた。


 すると――


「ハンナっ!」

「!」


 と、アキにぃの声が聞こえて、その方向を見ると、アキにぃは慌てながら私に駆け寄って来たのだ。背後でやつれかけたジュウゴさんを連れてきて……。


 私はアキにぃの顔を見て名前を呼ぶと、アキにぃはスライディングのようにずさぁっと座りながら滑り込んできてから、私の頬を包み込むように両手で押さえつけて、そして怯えているような顔で顔の隅々を見ながらアキにぃは――


「大丈夫か? 頭とか顔とか怪我していないか? あとあの鬼野郎に変なことされていないよな?」と、昔のように心配しながら聞いてくるアキにぃ。


 それを思い出しながら私は、控えめに微笑んで――


「うん。大丈夫。みんないてくれたし、アキにぃ達が来てくれたから全然平気」と、今回は六割本当で、四割嘘の言葉を言う。


 それを聞いていたアキにぃは、少し納得がいかないような顔をしていたけど、少しして「そうか……」と、聞いても無駄だろうという顔をして、無理に納得するようなしぐさをする。でも頬を包んでいる手は離さない。なんだか私……、肉まんになった気分だ……。シェーラちゃんの時もそうだし、アキにぃの時も……。うぅ……。


 四割の嘘――それはオグトがしたことに対しての罪悪感。だから全然平気ではない。


 平気と言う言葉はアキにぃ達を心配させないための口実と言っておいた方がいいかもしれない。正直に言ってしまえば、きっとアキにぃは衰弱するくらい私のことを気に掛けるに違いないから……きっと。


 その言葉を聞いていたヘルナイトさんの視線に気付かず、私はアキにぃに微笑みかける。余計な心配はさせないように、そう思っていると……。


「お取込み中のところ失礼オーケー?」と、ジュウゴさんの気怠いような声が聞こえてきた。


 それを聞いたアキにぃ達ははっと振り向きながらジュウゴさんを見ると、ジュウゴさんはそんな私達 (と言うかアキにぃの方を注意深く) を見ながら困ったように笑みを浮かべて、「あ、あーははは……」と無理に笑いの声を出しながら両手を前に出して――警戒しないでほしいというもしゃもしゃを出しながらジュウゴさんはこう言う。


「いや、そんな警戒しないで、確かに俺はあんたの妹さんを『お姫さん』って呼んでいたけど、そんな邪な感情抱いていないから、これ愛称だから、ね? オーケー?」

「………………」

「あー、うん。そこにいる赤髪エルフのお兄さんが全然信じていないよね……?」


 アキにぃを見てびくりと顔を引きつらせているジュウゴさん。


 キョウヤさんはそんなジュウゴさんを困った顔を見て、アキにぃの頭に向けて握り拳の正拳を――『ごつんっ!』と打ち付ける。


 それを受けてしまったアキにぃは「うげっ!」と言う声と共に、私の頬を包んでいた手を離して、頭を押さえつけながら痛みに耐えて唸る。


 しゃがみながら耐えているその背中を見た私は、大丈夫かな……。と思いながらそっとジュウゴさんの方に目を移す。


 ジュウゴさんを見ながらキョウヤさんは頭を垂らして――


「すんません。あいつ相当なシス……っ! えっと……、そう言った思考の人なんです」


 と、その場しのぎのようなことを言うキョウヤさん。


 アキにぃに対して言っている『シスコン』と言う言葉が、このアズールで通用するのか少し不安だったのだろうけど、ジュウゴさんはそんなキョウヤさんを見ながら「いやいや」とひらひらと右手を振りながら――


「いいっていいって。見た限りエルフのお兄さんは凄くお姫さ……っ! じゃなくて、お嬢ちゃんのことをとても大事にしているみたいだからね……。俺もその気持ちわかるし、全然怒っていないよ」

「いや――むしろ怒ってほしいところっす」


 ……キョウヤさんはジュウゴさんの眼を見ながら真剣な音色ではっきりと言った。


 それを聞いていた私は、むすっとしているシェーラちゃんの……、汚れてしまった体を見て、内心癇に障るようなことを聞いてごめんね。と思いながら――私はシェーラちゃんに聞いた。


「あの……、シェーラちゃん。そう言えば私達を探しにここまで来たんだよね……?」

「! え、あ、うん……」


 と、シェーラちゃんは私の声を聞いてはっとしたけど、すぐに自分のそのドロドロの体を見て、しょんぼりしながら頷く。その後小さな声で……。


 お風呂入りたい。


 と、覇気のない音色で言うシェーラちゃん。


 それを聞いた私は心底申し訳なさそうに謝った。心の中で……。


 ナヴィちゃんもきっとこんな気持ちでずっといたのだろう……。そう思うと本当に申し訳なさがどんどん募っていく……。


 すると――ジュウゴさんはシェーラちゃん達を見ながら「ふーん……」と顎を指で撫でつつ、こんなことを言いだす。


「ということは……、ってことだよな? ここに俺を突き落としたことを。お嬢ちゃん達を突き落として、そのあと何があったかは知らないけど……、何かをして、お兄さん達が懲らしめたからここまで来たと」

「………まぁ、そんなところっす」

「?」


 ジュウゴさんの言葉を聞きながら、キョウヤさんは腑に落ちないような顔をしてから頭をがりがりと掻く。


 それを見ていた私はキョウヤさんやシェーラちゃん、そしてアキにぃの顔が突然変わったことに疑念を抱いた。


 その顔は悲しいことがあった時に出る苦痛の顔。


 そんな顔を見た私は、首を傾げながら私達がいない間、上で何があったのだろうと思いアキにぃ達に聞こうとした時、虎次郎さんはそんなジュウゴさんの言葉を聞きながら腕を組んで――


「……それがどうしたと言うんじゃ?」と、ジュウゴさんに対して質問する虎次郎さん。


 ジュウゴさんはその虎次郎さんの質問に対して、「簡単な話だけどさ……」と言いながら、彼はにっと意地悪そうな笑みを浮かべながらこう言う。


「つまり――ここに落ちたわけじゃないだろう? ってこと。何の策もなしに落ちてくるような人達じゃないっていうのは、初めて見た時から思っていたし、先に落ちてきたであろうこの二人はブラウーンドの罠にはまったって感じだったしさ……。ようはここから脱出する手立てというか、手引きがあるからここに落ちてきた。オーケーだよね?」


 その言葉に対して、アキにぃは頭を撫でながら半泣き顔で「……はい……っ!」と言って頷く。


 ジュウゴさんはそれを聞いて「だよね?」と頷いて言う。そんな言葉を聞いていたシェーラちゃんは、巣こそい驚いた顔をして――


「あんた……、エスパー?」と、少し冗談交じりの言葉をジュウゴさんに投げ掛けると、ジュウゴさんは首を横に振りながら、狐特有の笑みを浮かべて――


「いんや。勘」と、はっきりとした音色で言った。


 それを聞いていた私は、シェーラちゃんを見ながら「脱出って、もしかして……」と、恐る恐ると言う形で聞くと、シェーラちゃんは私の顔を見ながらふんっと鼻で笑うようにつんとした顔で――


「そうよ。あんた達が突き落とされたところに、ボルドとクルーザァー達がいるわ」


 戻った後で、すべて話すわ。


 と、シェーラちゃんは最後意味深なことを言う。それを聞いた私は、首を傾げながらシェーラちゃんを見たけど、シェーラちゃんの口からは、それ以上の言葉は紡がれなかった。


 アキにぃもキョウヤさんも、上で何が起こったのか。ということについて、決して口を開くことはなかった。


 まるで――上での出来事を思い出したくないような、ううん……。まるで……、夢であってほしいと願っているような、それでいて心に秘めている静かな怒りを抑えているような、そんなもしゃもしゃを出して、三人はそれ以上の言葉を言うことはなかった。


 ヘルナイトさんもそれに関して何かを感じたのか、ジュウゴさんを見て話を変えるように――


「それなら、すぐにでもここから出ないといけないな。ボルド殿達を待たせているのならば尚更だ」と言うヘルナイトさん。


 それを聞いたジュウゴさんも即賛成する様に頷いて――


「そんじゃま――上に戻ってからじっくりと話を聞こうか」と言って、ジュウゴさんは今なお氷漬けになっているオグトを見て、ジュウゴさんはその氷結の壁に手を添えて――ひたりと触れながら静かな音色でこう言った。


 オグトを見てジュウゴさんは言う。


「この道を間違えた鬼が起きる前にな」と、ジュウゴさんはそのオグトの姿を目に焼き付けるようにして言うと、そのままするりとその氷結から手を離す。微かにだけど、その氷が手の熱によって若干溶けているように見えた。でもすぐにぱききっと凍ってしまう。


「それじゃぁ、道案内よろしく。オーケー?」と、ジュウゴさんはよく見るその狐特有の顔になって減らりと笑いかける。それを見たアキにぃは、むっとしながら、未だにヒリヒリしているのか――涙目になりながらジュウゴさんの前に立って「ええ、ええ! 案内しますよ……っ! 妹のためにも、妹のためにも! ここからいち早く出ましょうっ! こゆき出てこいっ! 今すぐ案内お願い!」と、言うアキにぃ。


 ほれほれ! みんなついてこぉい! と、まるで先陣を切っている人のように前に進むアキにぃだけど、本当に先陣を切っているように見えるのは、こゆきちゃん。


 こゆきちゃんは「ふぅ! ふぅ!」と声を発しながら手招きをしている。そしてすぐに大穴が開いた道に向かって飛んで行ってしまう。それを見て、アキにぃはすぐにその後を追って駆け出してしまった。


 それを見ながら不安そうな顔をして「大丈夫かよ……」と呟いて付いて行くキョウヤさん。そのあとに続くように、ジュウゴさん、虎次郎さんにシェーラちゃん。そして私と、その背後にいるヘルナイトさん。ヘルナイトさんは私を見下ろしながら、凛とした音色で――


「行こう――みんなが待っている」と言った。


 それを聞いた私は、はいっと頷きながらシェーラちゃん達の後を追う。


 みんなが待っているであろうその場所に向かって、私とヘルナイトさん、そしてナヴィちゃんが落ちてしまったあの大穴があった場所に向かって、走り出す。


 …………でも、私はこの時知らなかった。


 私達が地下で体験した。受けてしまった絶望と同等に、アキにぃ達も地上で受けてしまった絶望を耳にするまで、目にするまで……、私はみんなそこにいると信じていた。


 みんなが――カルバノグのみんなや、ワーベンドのがそこにいると……。


 信じていた。けど、現実はそう甘くはなかった……。



 ◆     ◆



 ハンナ達がその場から離れて、今まで激闘の地であったその場所にいたのは……、氷漬けになっているオグトだけだった。


 言葉など発しない。発することなどできない。氷漬けになっているのだから仕方がないのだ。静寂と僅かな冷気が、その場を包み込んで、このままオグトは氷のオブジェと化して生涯を終えるのか。


 そう誰もが思ったその瞬間だった。


 ざりっと――何者かがオグトに近付き、そのままオグトを見つめている二人の人物。


 紺色のスーツに白い皮の靴、そして手には白い手袋、持っているのは中世の傘……。どこからどう見ても紳士のような豚の顔の男と、その背後にいるのは、ぱさりと靡く白銀の長髪。それは頭の上で一つに縛られているが、それでも腰まである長さだ。縛っているところに黒い鉱物をつけた髪飾りに、ほんのり褐色の肌に、が残っている……。整った顔立ちに左の目元にあるなきほくろが印象的な、の部下だった。


 その二人は氷漬けになってしまったオグトを見て、豚の顔の男は背後にいる部下に向けて振り向きながら「おやりなさい」と言う。


 それを聞いた部下は、こくりと頷いてからくいっと天井に顔を向ける。見上げた状態のまま彼は、「うえっ」とまるでえづくような声を上げたと同時に、ふっと真正面を向いて、口から赤い瘴輝石を取り出す。


 それを手に取って、部下の男はその石をオグトに向けて――


「マナ・エクリション――『火玉』」


 と言った瞬間、彼がかざしたその石の前に、小さな小さな炎が『ぼっ』と空中に出る。


 空中に出た火の玉はまるで意思を持っているかのように、びゅんっと空を切る様な飛び方をし、そのままオグトの顔があるところに一直線に向かって――


 ばしゅぅ! と、突き当たったと同時に、熱によって解かされた水に濡れて『じゅぅ!』と消火されてしまった。


 部下はそれを見て、どろどろと氷が解けて水蒸気を出しながらオグトを解凍していくその光景を見ながら、部下は豚の男に向かって――


「体も解かしますか?」


 と聞くが、豚の男は冷静にこう言った。


「いえ――これでいいです」


 と言って、豚の男は顔だけ氷が解けて自由となったオグトを見上げながら『六芒星』が一角にして懐刀――豚人族オーク豚冷帝オーク・ロード』と呼ばれている天気の魔女……、ザッドランフェルグルことザッドは己の忠実な部下である緑守を侍らせ、彼はにっこりと激昂の眼差しで己を見降ろしているオグトに向かって微笑みかけた……。

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