PLAY51 対面と再会と脱出 ④

「う、う、う、うごおおおおおああああああああああああああああっっっっ!」


 オグトが叫んだと同時に、オグトは握り拳を虎次郎さんに向けてぐわりと放つ。


 ダンさんの拳よりは弱い勢いだったけど、結局拳は拳だ。威力の方はきっと互角だと私はこの時思っていた。


 それを見ていた虎次郎さんは抜刀して突きつけていた刀をそっと引いて、そのまま肩の腹を手で支えるように持ち替えた後――その拳を刀の腹で……。


 どぉんっ! と、受け止めてしまう。


「うがああああああっっっ!」


 無言でオグトを見つめて、その攻撃を受け止めてしまう虎次郎さん。


 それとは対照的に唸り声を上げながらぎりぎりと歯を食いしばって、拳に力を入れるオグト。


 それぞれの攻撃と防御が拮抗を保って、互いに負ける気などないような雰囲気を出し、絶対に勝つという雰囲気を出しながらお互い鬩ぎ合う。


 でも、その鬩ぎ合いもすぐに解かれる。


 オグトの拳を防いだ虎次郎さんは、その刀をぐっと前に押し出して、手押し相撲のようにぐんっと腕を伸ばしてオグトを後ろに突き飛ばす。


「う、うぐあ!?」


 オグトは驚いた声を上げながら、よろよろと二、三歩後ろに後退して、足元に落ちていた瘴輝石の破片を『パキパキ』と踏みつけながらオグトはすぐに虎次郎さんを見る。


 虎次郎さんは刀を片手に持ったまま、もう片方の何も持っていない手を上げて、人差し指を立てながら――挑発する様に指をクイクイと曲げる。


 それを見たオグトはびきりと青筋を額に浮かべて、握っていた拳にも青筋を浮かび上がらせてから、彼は獣のような咆哮を上げながらどんどんっと足音を立てながら虎次郎さんに向かって走りこむ。


 それを見た虎次郎さんは、刀を構えながらオグトに立ち向かおうとした。


 …………そんな激闘が始まった光景を見て、私は茫然としながら虎次郎さんとオグトの戦いを見る。


 今のところ――どちらも引けを取らないような戦いだ。


 実況者ではないので、詳しいことは言えない。でも、オグトの拳と虎次郎さんの刀。己の武器を手に二人は死力を尽くして戦っている。引き分けになってもおかしくないような戦況だ。


 そう思って見ていると……。


「お姫さんさ」

「!」


 突然、ジュウゴさんに呼ばれた私ははっとして、さっきまで思い浮かべていた思考を一旦頭の片隅に追いやってから、私はジュウゴさんがいる方向を見る。


 ジュウゴさんは目を細めた状態で、まるで何かを諭しているかのような顔で、私のことを見降ろしながらこう言ってきた。


「あんたもあんただと俺は思うよ?」

「………………え?」

「『え?』じゃなくてね……? 君――さっき精神的にやばったじゃんよ。理由はわかるけど、君は確かに、救いたいっていう願望が強すぎるのも確かで、それが悪いことではない。それも分かっているけど……、強すぎる気持ちほど、脆いものはない」


 ジュウゴさんの的を射るような言葉に、私は先の穂のことを思い出しながら言葉を噤んでしまう。


 ジュウゴさんの言っていることが正しかったからだ。私が思っていたことと、そしてオグトの言葉で実意のどん底に突き落とされたのも、私の気持ちの大きさが起因してのそれだったから。


 助けられた命を助けられなかったという罪悪感と、オグトの言葉で私は、あまりの衝撃に立ち直れなくなってしまいかけた。


 そんなことでと言う人はいるかもしれない。でも正直、私はあれだけでもかなりの衝撃で、つらいものはなかった。


 今までが優しいものだったのかもしれない。


 こんな風に現実を突きつけられて、叩きつけられること自体なかった。ここまで落ち込むことはなかった。ここまで――相手に叩きのめされることはなかった。


 殆ど、というか……。私の前にはヘルナイトさんやみんながいたから。


 そう思いながら黙っていると……、ジュウゴさんは私を見下ろしながら――こう口を開いた。


「でも、その気持ちは捨てないでおくことも大事だ」

「!」


 私はジュウゴさんの言葉を聞いて、すぐさま顔を上げてからジュウゴさんを見上げる


 ジュウゴさんはそんな私を見下ろし、狐特有の顔でふっと微笑みながら――すぐに虎次郎さんとオグトの戦いが始まる場面を見ながらこう言う。


「医者である俺も、救える命があったかもしれないとか。救えなかった命に対して後悔したことは何度もあった。それがあったからこそ、今の俺がいるんだけどね? ここまではオーケーかな? まぁ俺の国でよく言っていた話なんだけど……。諺、なのかな……? 『戦の屍看取るもの、その心の弱さを知り――強さを身に纏う』っていう言葉があるんだけど。よくある話……、死んだ人を看取る時、人は悲しみに暮れて泣き崩れてしまう。特に戦や戦いで死んでいったものを看取るとき、人間はその時自分の弱さを知る。そして強くなるために、その強さを身に着けるかのように己を鍛え上げる。おかしい話だろう? 犠牲と言う名の下で、人間は進歩の道を進んで、人は心を強くする」


 ジュウゴさんの話を聞いていた私は、その話を聞いて――確かに。と思ってしまった。


 犠牲と言う名の進歩――それは戦争やいろんな戦いをしてきた人たちは、その時に失ったもの、犠牲者のことを思い、悲しんで、そしてその運命を背負って生きていく。もうあんな犠牲を出さないために、人は己の弱さを知って強くなる。


 誰だってそう。誰だって、最初は……、弱い。弱いからこそ、人は過ちを犯さないために強くなるんだ。強くなるために、人は……、傷ついて、膝をついて、そしてもう一度立ち上がって……、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。


 そう、私はおばあちゃんから聞いた。


 ジュウゴさんは続けて言う。私を横目で見て、ジュウゴさんは言う。


「お姫さんの今の状態と同じだな」

「……え?」


 と私はジュウゴさんの言葉に首を傾げながら聞くと、ジュウゴさんはそんな私を横目で見降ろしながら、にっと狐特有の笑みで微笑みながらこう言った。


「今まさにって感じだけど、お嬢ちゃんはあの死霊族と聖霊族を見殺しにしてしまった。多大な犠牲を目の前にして、何もできなかった。これはお姫さんのせいじゃない。これはあの鬼のせい。鬼が悪さをしたからこうなった。こうなる運命を引き寄せた。誰もがそう現実を決めつけて前に進むだろう」


 でもさ――


 と、ジュウゴさんは言う。私を横目で見ながら、微笑みを消して、真剣な目つきで私を見下ろしながら、ジュウゴさんはこう言った。


「お姫さんは――そう受け止めたくないんだろう? 死んでしまった人達を、『死んでしまった』って思って、通り過ぎたくないんだろう?」


 悔しいんだろう? そうジュウゴさんは言う。


 それを聞いた私は、少しだけ顔を俯かせて黙ってから……、そんなジュウゴさんの言葉に同意する様に、こくりと頷く。するとジュウゴさんははっきりとした音色で――



「なら――背負えばいい」と、単刀直入的な言葉で言った。



 それを聞いた私は、パッと顔を上げて、ジュウゴさんを見上げながら呆けた声を出して驚く。ジュウゴさんはそんな私を見下ろしながら、肩を掴んでいた手をぐっと力を込めて、ジュウゴさんは真剣な顔でこう言ったのだ。


「あんたの話は大体聞いていた。アズールの神様の浄化のために旅をしているんだろう? だったらこの先、いろんな戦がある。そしていろんな命が燃え尽きてもおかしくないんだ。犠牲ゼロなんて言うものは、夢物語。冒険者だってたった一つの油断で命を落としてしまうんだ。そんな世界なんだよ。ここは。お姫さんがいたところは――そんなことが全くない……平和で争いなんて一個もない世界だったんだろうな」


 羨ましい世界だよ。


 そうジュウゴさんは言う。そして続けてこう言った。


「でもここの常識に従うのが筋ってもんだと俺は思うよ。死んでしまった者達は生き返らない。ましてや、魂を取り込んだ石の蘇生なんて……、誰にもできやしない。なら――お姫さんがやることなんて、一つだろう?」


 と言った瞬間……、ぎぃんっっ! と言う刀の反響音が聞こえた。


 その音を聞いた私は、すぐにその音がした方向をジュウゴさんと一緒に見る。見て――目を見開いてその光景を見た。


 虎次郎さんは後ろに向かってずさささっと押し出されながらも、その衝撃に耐えるように体を丸めて、盾を使いながらその攻撃を受けてから、すぐにとんっと後ろに跳んで後退する。


 虎次郎さんはそのまま盾を構えたまま空中で一回転しながら軽々と地面に脚をつけて「とっととぉ!」と言いながらぴょんぴょんっと後ろに下がる。


 自分の攻撃が流されて、そのまま前のめりになりそうになっていた体を何とか踏みとどまって、オグトは唸りながら虎次郎さんを見る。


 虎次郎さんはそのまま刀を構えたままオグトに向かって突っ込んでいく。


 突っ込んで、突き出されたオグトの右手を見て、虎次郎さんはそのまま下に潜り込む。


 そしてそのまま腕を切り落とすような勢いで下から上へ切り裂くように刀を構えると、それを見たオグトは左手を使って虎次郎さんを掴もうとした。


「っ! おぉ!」


 虎次郎さんはそれを見て、驚いた声を上げながらさほど驚いていない雰囲気で、その左腕の拘束から逃れるように、顔を後ろにそらして、攻撃を止めながらオグトの足元に潜り込んで回避する。


 よくあるアクションスターさながらの動きだ。


「うううううぐうううううううっっっ!」


 オグトはそんな虎次郎さんの動きに苛立ちを覚えて、すぐに回避した方向、自分の真後ろを見ながらオグトは唸って唸って虎次郎さんを見らみつけながら――


「ちょこまかとおおおおおおおおおっっっ!」


 と大声を上げる。それを聞いていた虎次郎さんは刀を構えて、一度鞘に戻してからこう言った。挑発する様な言葉で――


「なぁに。小さいものの特権とでも言ってほしいのぉ。大きければいい特権もあれば、小さければいい特権も然り。そこを突こうとしないで大ぶりの攻撃しかしないお前さんには、永遠にわからないものじゃな」


 と言うと、それを聞いていたオグトは「うがああああああああああああああああっっっ! 好き勝手言いやがってええええええええええっっっ!」と雄叫び交じりのその言葉を叫びながらすぐに虎次郎さんに向かって走りこむ。


 その光景を見て、私は声を上げようと口を開いた瞬間――


「お姫さん。口を開く前にやることがあるだろう?」

「!」


 ジュウゴさんは私を見て言う。


 その言葉を聞いた私は、そっとジュウゴさんを見上げると……、ジュウゴさんは狐の顔だけど、真剣な顔で、どこかで見たことがあるようなその顔で、彼は私に向かってこう言ってきた。


「今は。余すことなく行動する。後悔なんて後ででもできる。できないなんて決めつけることは最もしてはいけないこと。なんでもできると思ってうぬぼれるのもだめだけどー……。いろんな人の看取りをしたら――その人達の遺志を、心を背負って前に進む意思を、覚悟を持って行動するべき――だろう?」


 オーケー?


 ジュウゴさんは言った。


 それを聞いた私はジュウゴさんの言葉を聞いて、きゅっと唇を噛む。血が出ないほど噛んで、そしてそのまま俯く。この俯きは後悔のそれではない。これは――


 反省、決意。そして……。覚悟を決めるための準備運動。


 さっきまで絶望していたそれが、嘘のような澄んだ気持だった。


 後悔なんて、あとででもできる。そうだ。今はその死を悲しんで、オグトの言いなりになって絶望するより、その人達の遺志を背負って、そして目の前にいるオグトを何とかしないといけないんだ。


 私が死んでしまえば――浄化なんて、クリアなんてできない。


 背負っているそれを自覚していなかったから、私は絶望して、戦うことを諦めかけてしまった。


 でも、もうそんなことしない。もう私は弱音を吐かない。


 そう思いながら、私はそっと立ち上がって、オグトをの背中を見る。見定める。


 その背中を見ても、何の恐怖もなかった。あったのは――さっきまであった怒り。オグトに対しての外道に対する怒りだけ。


「すぅーっ。はぁーっ」


 私はその怒りを一旦鎮めるために、ゆっくりと深呼吸しながら前を見据える。そのあとで私は両手を自分の胸の前で絡めて、祈るような体制になってから……。私はそっと口を開く。


 これからも襲い掛かってくるであろう苦しい出来事から目を背けない。


 死んでしまった人達や奪われてしまった人達の気持ちを、遺志を背中に背負って生きることを……、その人達の分まで生きて、この世界を救いたい。


 救けたい。そう固く、固く決心しながら……。私は声を発した。を――初めて使用する。


「いと慈悲深き八百万の神々よ――我はこの世の厄災を浄化せし天の使い也」


『大天使の息吹』のような詠唱を言いながら、私は両手をオグトに向けながら言葉を発し続ける。


 その声を聞いていたオグトはぎょっとしながら私の方を振り向いて、驚いた横目で私を見ながら固まって動きを止めてしまう。


 動きを止めたのは――虎次郎さんも同じだ。それでも私は詠唱を唱え続ける。


 使を――唱えた。


「己の力に溺れる哀れな罪人つみびとよ。我が律する光を持って――そなたのその力を正しき力に変えん」


 そう言った瞬間、私はその自分の胸の前で絡めた手に力を込めながら、私は唱える。オグトに向かって、その力を止めるために――私は放つ。



「――『大天使の調律』」



 その言葉と共に、私は『大天使の息吹』とは違う方法で、息を吹きかけないで、そのままの状態で……、目を閉じて旋律を奏でた。よく合唱でやるアカペラ的なそれで、「あー」しか言わないそれを言っただけ。


 でも、その歌を放った瞬間……。


「うぐぅっ!?」


 オグトが唸った。今度は苦しそうな唸り声だ。


 私はそれを聞いて、閉じていた目をそっと開けると――私の目の前にあったのは……、オグトが地面に這いつくばっている姿だった。ぶるぶると震えながら……、オグトは地面に這いつくばっていた。


 まるで重傷を負って地面に膝をつけてしまった人のように、オグトは腕に力を入れながら立ち上がろうとしたけど、それでも上から何かに押し付けられているかのような……、ううん。体に力が入らないかのような姿で、オグトは立ち上がろうとしたけど、できない状態にあった。


 私はそれを見ながら、茫然としていると……。


「お姫さんっ! その歌を止めるなっ!」

「!」


 ジュウゴさんが叫びながら私に向かって言った。私はそれを聞いて、ジュウゴさんの方を見ると、ジュウゴさんは慌てた顔をしながらキセルを手に持って――それを咥えながらこう言っていた。


「その詠唱って言うんだっけ? それはきっと――『己に敵対する者の力を半減させる』ものだと俺は思う! 前に聞いたんだよ。サリアフィア様っていうのは、大天使っていうのは……浄化の力を有して、争いの力を抑制する力を持っていたって! きっとそれだと俺は思うよ? だから今オグトは力が使えない状態にあるから、その歌を止めないでくれ――お姫さん。止めている間に、俺が――」


 ジュウゴさんはキセルにあるそれをスゥッと肺にいっぱい取り込むように吸い上げる。そして口にも含んだその空気をオグトに向けて――マリアンダにしたように吐き出そうとした時……。


「ぐ!」


 オグトは地面につけていたその手の指に力を入れて、そのままばきりと地面にその指の爪の跡を残しながら、オグトは――



「ううううううがあああああああああああああああああああああーっっっっっ!!」



 あらんかぎり、声が嗄れてしまうのではないか、声帯が壊れてしまうのではないかと言うくらいの叫びを上げながらオグトはぶちぶちと腕の筋肉が切れるような音を出して、ぐわりと顔を上げる。


 ぼたぼたと垂れる汗を拭わないで、オグトは私を睨みつけながら――


「オデは、オデは、オデはああああああああああああああああああああああっっっ!」


 と叫び、私に向けてその大きな手をぐっと握って私の頭を叩き潰そうとして振り上げる。


 私はそれを見て、驚きながらすぐにその詠唱をやめて手をかざそうとした――刹那。




「『地獄焔ヘル・フィアード』」と、声が聞こえた。と同時に……。




 ごぉっと背後からくる突風と熱風。


 それを背中で受けていた私は驚きながら背後を見ようとした時、虎次郎さんとジュウゴさんはいち早くその背後を見て、驚きと喜びが混ざったような顔をしてその光景を見ていた。


 虎次郎さんは驚きの方が勝っていたけど……。それとは対照的に、オグトはびくりと、振り上げていたその手をびたりと言う音が出そうなくらいの固まり方で止めたオグト。


「?」


 私はそんなオグトを見上げながら首を傾げると、オグトを見て再度目を点にしてしまう。驚いて見てしまったのだ。


 さっきまで怒り任せにしていたその感情が嘘のように引いて青ざめていたのだ。


 だらだらと顔の皮膚から吹き上がる脂汗の量も異常で、顎に伝って落ちていくその数は、数えただけで六十くらいは超えている……。見ただけだけど……。


 それを見て、私はそっとオグトの視線の先――私の背後を見た瞬間、私も、ジュウゴさんや虎次郎さんのように、驚きと喜びが混ざった顔をしてしまう。私の場合は……、喜びと、嬉しさが勝っていた。


 なぜって? 簡単な話だ。


 さっきまでジェルのようなものに捕まっていたヘルナイトさんが、黒い炎の中に包まれながらも、その中からまるでマジックショーのように何食わぬ……、ううん。


 赤いもしゃもしゃを大きくさせながら、その黒い炎の中からぼふりと出てきたのだ。黒く燃え盛る炎を背景に、ヘルナイトさんはオグトに向かってその赤いもしゃもしゃを剣山のように突き刺そうとしながら、オグトに向かって歩みを進めて行く……。


 ざしゃっ! と、大きく足を前に踏み入る。


 それを見たオグトは、びくりと大きく肩を震わせて、そしていました自分の行動に驚きながら、自分の片手を見て、その手が震えていることに気付いていた。


 自分でも気付かない内に、彼はヘルナイトさんに恐怖していたのだ。


 それを見ていると、ヘルナイトさんはずんっと、カイルの時のような怒りをオグトに向けながら、その凄まじい怒りの剣をオグトに向けながら、彼は低く、そして凛としている音色が残っているその声で、こう言った。


「見ていたぞ……。貴様がしていたことを……」

「っ!」


 その言葉に、オグトはびくりと顔を恐怖に歪ませながら、混乱している思考でオグトはヘルナイトさんを見る。ヘルナイトさんはそのまま大剣を持った状態で、歩みをどんどん進めながら、オグトに向かってこう言う。


「そこまで私達に恨みを持っていたのか」

「っ!」


 一言言うたびに、ヘルナイトさんは一歩前に足を進めて、歩みを進める。それを繰り返して、オグトに近付いて来る。まるでその光景は――死刑宣告の様だ。


 ヘルナイトさんはそれでも、オグトに向かって近付いて来る。


 ざっ!


「そこまでして、私を閉じ込めて、ハンナを傷つけて、それで気が済んだのか?」

「っ!」


 ざっ!


「ならば――私を狙えばよかっただろう? ハンナは何もしていない。誰も傷つけていない。むしろ敵であろうと守っていただろう。貴様のような傍若無人から、人々を守っていた」

「う、ううっっ!」


 ざっ!


「お前がなぜハンナを狙ったのか。それは――ハンナが弱いと思ったから。そうだろう? だがな……、ハンナはお前のような傍若無人とは違う。お前よりも強い。お前よりも――」


 と言いながら、ヘルナイトさんは自分の胸を人差し指で指さしながら、凛とした音色で――


ここが強い」


 どの誰よりも、彼女は強い。


 そうはっきりと言ったのだ。


 それを聞いたオグトは、ぎりっと歯を食いしばりながらヘルナイトさんを睨みつけて、そして震える口を開けながら何かを発しようとした時、ヘルナイトさんはそれを遮るように――


「己の弱さを知り、その弱さを克服しようと体を張る。自分の身を犠牲にしてでも、相手のことを思って前に出る。『六芒星』のオグトよ。お前にそんなことができるか? 一回でもしたことがあるか? 己の弱さを向き合ったことがあるのか? ないだろうな。ハンナは向き合ってきた。自分の無力と向き合って、ここまで来た。自分の弱さを向き合ってきた――」


 強い心を持っている少女だ。


 と、ヘルナイトさんははっきりと言った。


 それを聞いていた私は、胸の奥から込み上げてくるその温かい感情に驚きながら、内心こそばゆさを感じながらきゅっと下唇を噛みしめて噤んでしまう。


 さっきまでの負の感情が、一気に吹き飛ばされて、逆に込み上げてくる温かいもしゃもしゃのようなこそばゆさ。


 それを感じながら、ヘルナイトさんの言葉に頭をひねりながら……、心が強い人はシェーラちゃんのはずだよね……? と思いながら悶々として考えていた……。だって、見た限りそうだから。うん。


 すると、ジュウゴさんの方から噴き出す声が聞こえて、その方向を見ると、ジュウゴさんは口に手を当てながら「くくっ」と微笑んで私を見ていた。


 きっと――私の顔を見て笑っているのだろう……。そう直感した。なぜ笑っているのかはわからないけど……。


 ぎゅっと、絡めていた手に力を入れてしまう。どうして手に力を入れてしまったのかはわからない。けど……、それを見ていたヘルナイトさんは、私を横目で見ながら、凛として、優しい音色で――


「すまなかった。あとは私に任せてくれ」と言って、すぐにヘルナイトさんはその視線を、剣先をオグトに向けた。


 オグトはそれを見て、ぶわりと吹き上がる汗を流しながら、再度私に視線を向けて、その振り上げて止めていたその手を、もう一度振り下ろそうとした時……。



「――『必中の狙撃ブルズアイ・ショット』ッ!」



 オグトが壊した壁の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえたと同時に――


 ぱぁんっ! ぱぁんっ! という発砲音。そしてその発砲音聞こえたと同時に、オグトが振り上げていたその拳に向かって、その二つの銃弾が斜め上一直線に放たれる。


 それを見た私や虎次郎さん。そしてジュウゴさんやヘルナイトさん。オグトはそれを見てはっと息を呑みながら――


 ばしゅしゅっ! と、オグトの振り上げられた拳にその二発の銃弾が貫通するところを目の当たりにする。驚いてその光景を目にする私達とは裏腹に、オグトは――


「ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!? なんだっ!? なんだこれはぁあああああっっ!? オデの、オデの手に穴が……っ! どういうことだあああああっ!?」


 と、撃たれてしまった手を押さえながら、オグトはその手を止血しながら叫んだ。


 痛みを紛らわすために、オグトは叫びながら止血をしている。


 それを見ていた私は、驚いてその銃弾が来た方向を見た瞬間、その壁の向こうから来たその人物達を見た瞬間……、胸の奥から嬉しさと喜びが沸き上がって、「あぁ……っ!」と声を上げて――その人達を見た私。


 ここにいないはずの、の名前を――


「あ、アキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃん……っ!」


 そう、ここにいないはずなのに、待たせているはずなのに、ナヴィちゃんと同じように、体中泥まみれにして現れたキョウヤさんとシェーラちゃん、そして二丁拳銃を構えているアキにぃがものすごい剣幕の表情をして怒りを露にしながら、私を襲おうとしたオグトを睨みつけながら武器を構えて立って、アキにぃは私に向かって――はっきりとした怒りの音色で……こう言った。


「――遅れた。そして……、ぶっ殺すっ!」

「ブレねぇなぁ……。お前は」


 そんなアキにぃの黒い顔と言葉を聞いたキョウヤさんは、半分呆れた顔をしながら疲れた顔をして突っ込みを入れる。


 その光景を見ながらシェーラちゃんはむすっとした顔でオグトを見て武器を構える。


 そんなアキにぃ達を見ながら頭に疑問符を浮かべて首を傾げている虎次郎さんに私は気付くことなんてできなった。誰も、気付かないでオグトを見ていた。


 オグトはそんな状況を見ながら、ぎりぎりと青筋を立てながら、焦りの顔を浮かべながら私達を、アキにぃ達を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る