PLAY51 対面と再会と脱出 ③

 白い世界から大きな衝撃が鳴り響いて、熱いような冷たいような、ビリビリ来るようなそんな衝撃を肌で感じ、オグトが言った瞬間に爆ぜたそれを感じたと同時に私は虎次郎さんの盾に守られながらその終わりをじっと待っていた。


 ごごごごっと揺れ動く地面。


 そして迫り来る衝撃の嵐。


 まるで天変地異なのか? それとも何かが連鎖爆発したかのようなそれを受けながら私はぎゅっと目を瞑り、その衝撃に……。




 ――助けて――




「!」


 どこからか小さな男の子の声が聞こえた。


 ううん。色んな声が、私の耳の飛び込んできた。


 ――助けて。痛いよ。助けて、苦しいよ。助けて。タスケテたすけて――



 ――死にたくないよ――



 と言う声が、前後左右、空間の至る所から聞こえて、どんどん小さくなって聞こえなくなっていく。


 それを聞きながら、私は、ふと目を開ける。


 開けて、そしてその光景を目にして、私は、まさか……。まさか……。と、自分に言い聞かせるように……、その最悪のケースを否定する様に、私はその光景を見て思う。


 私の目に映っているその光景は――倒れていたつぎはぎの七人が地面に突っ伏しながら、まるで動こうと――ううん。元々人間ではなかったのか。


 髪で隠れてしまったその顔から覗く人形のような顔。


 その人形が全部で七体あり、マリアンダに従っていた人達は全部人形であることが分かった。


 そしてさっきまでヘルナイトさんがいたところを見ると、ヘルナイトさんがいたところにあったのは――ぶくぶくしているジェル状の何か。


 それはうごうごと動いて何かをしようとしているけど、粘着性と言うか身動きが取れないのか、破くことができない状態で、ジェル越しに映る白銀の何かを見た瞬間、その中にいるのがヘルナイトさんだということが分かった。


 そして最後に――キラキラと光って地面にパラパラと落ちていく。


 カラフルな破片の雨。雪……。


 その破片は上から地面に向かって落ちて、そのまま『からから』と音を立てながら、そのカラフルな破片は、どんどん色素を無くしていき、最終的には、黒くなって消えていく。


「あ、ああ……」


 私はその破片を、甲子園の土を手で集めるように、震える手つきでそれをかき集める。


 そして、手に収まらないほどのその破片を手に取って、茫然としながらその破片を見る。


 カラフルに光っている破片。


 どんどんその光が小さくなっていく破片。


 その中の殆どに含まれる……、黒く変色し、光を失った破片。


 まるで――最後の足掻きを見ているかのように、命の儚さを教えているかのように、その命が――聖霊族の命が燃え尽きたか光景を目の当たりにしたかのように……。


 私はその破片を茫然とした目で見ていた……。


「きゅぅ……っ。きゅっ! きゅぅ!」


 ナヴィちゃんが私の膝の上で心配そうに声を上げて鳴く。


 けど私は、その声ですら届かない。


 ううん。聞こえているけど、今この手の中にあるその亡骸を抱いているようなその光景に、私は頭の整理、理解、そして拒絶を繰り返していた。


 あの時――オグトがしたこと……。


 をしたことに、私は初めて……、夢であってほしい。と、願ってしまった。


 それを見てか――後ろから虎次郎さんとジュウゴさんの声が聞こえてきた。


「あれは一体……どういうことだ……? 儂には見当と言うよりも、理解に苦しむのぉ……。どういうことなのじゃ?」

「……おっさんはここにずっと閉じ籠っているアウトドア引き籠りみたいなもんだからね……。簡単に言うと、あのマリアンダが持っていた石は――聖霊族っていう種族の魂が込められた石で、魔力が込められている石ともいわれている。それを使うと魔法が使えるっていうもんなんだけど……、ここまではオーケー?」

「おーけーおーけじゃな。となると、今まであのまりあんだと言う女が使っていたあのけったいなそれは……」

「そう、すべて聖霊族の魂が込められた石を使っていたってこと」

「ほうほう」

「でもな……。石と言えども、結局は魂。俺達と同じ魂が込められている。殻と言う名の石に閉じ籠っている状態を瘴輝石って言うんだけど、もし、その殻が壊れたら、どうなると思う?」

「ううううぬ。卵と同じように、中身が出てしまうのかの?」

「それなら可愛いな。殻が壊れる。それは聖霊族のとってすれば――のと同じなんだよ。壊すということは殺す。つまり――あのオグトは、爆発を起こし、俺達を殺そうとした。その代償は――」


 その代償……。




 私達を殺すために、オグトはそれを代償にした。




 それを思案した瞬間、虎次郎さんは息を呑む声を出した。きっと、私と同じことを考えていたのだろう。そう立証したのだろう……。そう、確信してしまったのだろう……。


 それ……。


 =




使……っ! ということか……っ!」

「っっ!」




 そう。オグトはその命を代償に、あの力を使ったんだ。


 ガザドラさんのようなそれとは全然違う。外道と言ってもいいようなそれを使ったのだ。


 私はそれを聞いて、震える手でその破片となってしまったそれを、ぎゅううっと、自分の胸に抱き寄せて、そのまま抱きしめる。


 もう戻らないその魂のことを思いながら、また救えなかったという悲しさから、私は目の奥からくるツンッとする感覚を覚えながら――


「…………ごめん、なさい……っ! ごめ……っ!」


 と、小さく、小さく、ナヴィちゃんに聞こえないような声で、私は言う。


 もういない聖霊族の人達に向かって、謝った。


 すると――



「ぐあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっっ!!」



 オグトはげらげらと笑いながら、口から吐き出される声と共に唾を飛ばして、彼は私にずんずんっと近付きながら、愉快そうな黒い笑みでこう言ってきた。


「どうだ? どうだぁ? お前が守りたいと思っていたものは、オデがいとも簡単にぶっ壊したぞぉ!」

「………………っ!」


 オグトは私に歩み寄りながら、げへへへっと言う声を上げながら近づいてくる。


 それを見上げる私は、一体どんな顔をしていただろう……。


 オグトのその笑みが更に深くなったところを見ると、きっと彼の想像通りの、絶望に満ち溢れた顔をしているだろう……。


 ぼろぼろと零れる涙が、止まらない。それくらい……、悔しさと悲しさが私に降りかかってくる。


 自分の弱さを痛感して、後悔して、罵倒したいくらい……、自分の無力さを心の底から、憎んだ……。


 オグトはそんな私を見下ろしながら、ぐひっと言う声を上げて笑みを浮かべながらこう言う。


「オデはなぁ……、お前達に負けた後、ここに配属されてからずっと――お前達に復讐することだけを考えてきた……っ! オデは強い種族だ! オデは最強なんだ! お前らのような弱い種族に負けることなどありえない……っ! だがお前達の力――魔王族の力が邪魔だった。だがオデはあることに気付いた」


 オグトはずいっと、私の顎を無理矢理掴み上げながら、つまむようにしてオグトは私の顔を見てから、ぐひひと言う声を上げて邪悪な笑みを私の眼に焼き付けるように見せてからこう言った。


「あの魔王は――お前にひどく執着している! そしてオデは、お前のようななにもできない弱者の弱者がむかついて仕方がなかった! だからオデはお前とあの魔王に復讐しようとした。魔王の方は心が固いからできない。だがお前が簡単だと思った! 体なら簡単でいいんだが、それ以上に屈辱的で、絶望的な方法で――オデはお前の心をぶち壊すことを企てた! それはこれだ!」


 オグトは私から視線を逸らしながら、あるところに向かって声を上げた。


「こぉいっっ!」と――


 すると……、私は自分の目の端に映ったそれを見て、誰もがそれを見て驚きながらその人物――、ううん。それを見た。それとは……。


 壊れた崖の先で、その壁に隠れながらぶるぶると震えている、身長が百センチほどの、ボロボロの腰巻しかつけていない。ゴブリンだった。


「あれは……、確か……」

「ゴブリン。でも小さ」


 虎次郎さんとジュウゴさんは、そのゴブリンを見て驚きの声を上げる。


 今までこのダンジョンにいても魔物に一切遭遇しなかったのだ。突然現れたことに驚いた半面、なぜ今まで出なかったのだろうと思っていると、オグトは私から手を離して、そのゴブリンに向かって、ずんずんっと早歩きで近付いてくる。


 それを見たゴブリンは、びくりと体を震わせて、びくびくしながらその場から離れようとしたけど、すぐにオグトの大きな手に捕まってしまう。


「――っ! ――っ!」


 ゴブリンは頭を掴まれて、わんわん泣きながらオグトから逃げようとしている。けどオグトはそれを許さない。オグトはそんなゴブリンを見て――


「あああぁぁーん」と、大きく、わざとらしく口を開けた瞬間――


「っ!」


 私はその音をもう二度と聞きたくないという感情が先走って、耳を塞いで目をぎゅっと閉じてしまう。見るに堪えない……。見たくないものから目をそらしてしまった。


 でも、塞いだ耳でも音は拾える。拾った音を聞きながら、そのゴブリンの末路に目を背けてしまう。


 そして少ししてから……、『ぶはぁ』と言う音が聞こえたと同時に、オグトは腹をバンバンっと叩きながら――彼は私に向かってこう言ってきた。



「お前は――やたらと人助けをする! ゆえにこうしてオデが命を粗末に、いつものように食事をすれば、お前は必ず心を壊す! 絶望する! 助けられなかったと思ってしょんぼりする! 無力と思って絶望する! だからお前の心を壊すことこそが、魔王族の男を簡単に殺すことができる方法だと思った! だからオデは力をつけた! 頭を使った! このダンジョンにいる魔物たちをほとんど喰った! 頭のいいやつも、肉体能力が高い奴も、全部、全部、全部――全部全部全部全部喰ってやった! おかげでちょっとばかし太ったが、ザッドの入れ知恵と言うものだが、奴に借りを作ることになってしまったが、お前らを虚仮にして、絶望させた! 殺気の爆発でも、オデにとってすればいいものだ! オデは運がいい。あの死霊族のおかげで、オデの魔力を温存することができた! 魔物ディナーのおかげで、オデは力を蓄えることができ! 瘴輝石のおかげで、たまりにたまった魔力を暴発させて吐き出す! そのおかげでオデの魔力はまだまだたくさんある! まだ瘴輝石はある。魔王族も殺気あの女がつけていた『蛞蝓牢マイマイ・ジェイル』を使って拘束した! 声でお前を守るやつはいない! お前を思う存分絶望させることができるっ! 今日はよき日だっ! オデは今――最高に気分がいいっ!」



 勝ち誇った笑みと共にオグトは私に顔を近付け、口にこびりついている赤い液体を見せつけてべろりと舌を突き出しながら、オグトは私を嘲笑うようにこう言った。



「お前は――何もできない屑だ。誰も、救えない屑だ。ぐあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっっっ!!」



 絶望の一言。


 オグトは言った。


 ダンジョンにいる魔物を喰った。ほとんどを喰ったと言っていた。


 それでわかったこと――このダンジョンがあまりに静かすぎるのは、オグトが魔物達を食べてしまった。


 力を蓄えながら私達に復讐する機会を伺っていたんだ。


 息を顰めながら、ひっそりと――


 でも、それよりもオグトの言葉を聞いて、最後の言葉を聞いて、私は言葉を発することをしなかった。


 何もできない。何も救えない。その言葉が――私の心を崩していく。


 がらがらと、ぼろぼろと、心が崩れていく。


 オグトの言葉を聞いて思ったことがある。それは――そうかもしれない。ううん。そうだということだ。


 オグトが来てから、私は何もできなかった。ただヘルナイトさんの腕の中で震えているだけの存在だった。スキルを発動することだってできたはずだ。でもできなかった。ううん、何もしなかった。その何もしなかったこと自体が――その人達に対する最大の裏切りだった。


 何かできただろう? そう、できたはずだ、腕の中にいたとしても、スキルを使えばどうにかできたはずだ。なのにしなかった私は――結局何もできない存在だということ。


 今まで希望とかなんだとか言われてきたけど……、結局、私がしてきたことは……、何だったんだろう……?


 わかっているはずだ――今まで行ってきたことは、私の自己満足。私の……。


 欲望だったのかもしれない。


 優越感に浸りたい、英雄の脚光を浴びたいと言った、そんなこと一ミリも考えていなかったけど、そう見えるようなわがままだったんかもしれない。


 もし、私に戦える力があれば……、運命は変わっていたかもしれない。


 ロンさんも、ヨミちゃんも、マリアンダも、そして――ここで散ってしまった瘴輝石たちも……、聖霊族も……。私が、無力で、何もしなかったせいで、犠牲になってしまった。


 私の――私の……。



…………っ!」



 私はその言葉と共に、級に来た悪寒を緩和するために、自分の体をぎゅうっと抱きしめる。がくがくと震える体。カチカチと震えて鳴ってしまう歯。


 ナヴィちゃんの声が聞こえるけど、その言葉に返事すらできないくらい……、私は頭の中がぐちゃぐちゃしてて、もう混濁していた。


 そんな私を見てか、オグトはいまだに笑いながらお腹を抱えている。


 その光景すら見れないほど、私は黒いもしゃもしゃ――憎しみと化のそれではない、何の感情も持たない。黒い煙のようなものが私を包み込んでいく。


 どろどろと、どろりどろりと……、わたしを、しんしょくしていく……。



 □     □



 …………なんだろう。わたしはおもった。


 こんなこと、まえにもあったきがする。


 あったきがするけど、おもいだせない。でも――これでいいんだ。


 おかあさんも、おとうさんも、これでいいっていっているんだから、これでいい。


 みんながいいといっているんだから、わたしはこれでいい。


 わたしはこのままがいいんだ。かわらないほうがいいんだ。


 かわることはわるいこと。かえることはわるいこと。かんじょうをだすことはわるいこと。おやのいうことをきくことはいいこと。おやのいうことにしたがうことはいいこと。


 わたしは――かんじょうをもってはいけない。


 とおもった瞬間だった。



「――それだと、君は●●だ。それではだめなんだ。君は……、君のままに、君の人生を進まないといけないんだ」



 ――!――



 □     □



 突然だった。


 またあの声が頭の中に流れ込んできた。ううん。思い出した。


 ヘルナイトさんにそっくりのあの声。


 あの声を聞いた途端、今までぐるぐると渦巻いていた黒いそれが消えたのだ。現実味を持っていたそれが一気にまやかしと化して消えていく感覚を感じた。


 私はすぐに顔を上げる。そして、驚いて目を見開いた。


「ぐああああああああああああああっっっ!?」


 オグトは腹部にできた切り傷を押さえながら叫んでいた。出血を抑えるために、彼は叫んでいた。


 その光景を見ながら、私は私の目の前で刀を持ちながら構えている虎次郎さんの背中を見る。そして私の傍らで肩に手を置きながらしゃがんでいるジュウゴさんを見る。


「………?」


 一体何がどうなっているのかわからない状況で、私は未だに痛みで叫んでいるオグトを見る。さっきまでの余裕のそれが嘘のような叫び声だ。


 その叫び声を聞いて、茫然としていると……。


「お前さん。そんな風に年端も行かぬお嬢さんを甚振るのが趣味なのか?」


 と、虎次郎さんは聞いてきた。そんな虎次郎さんの言葉にオグトはぎりっと歯を食いしばりながら再度ビキビキと青筋を立てて――


「あぁ……っ!? 何を言っているんだ……っ?」と反論してきた。


 それを聞いていた虎次郎さんは長い長い溜息を吐いて――オグトを臆することなく見上げながら刀を持っている手を緩めずに、その言葉に対してこう返した。


「何を言っている? お前さんは日本語と言うものな理解できんのか? 流暢に日本語を話しているにも関わらず、まさかとかそんなもんなのかのぉ? 古風が一番な儂にとってすれば、ほど遠い縁じゃが……、お前さんのことを見ていると、無性に刀を抜きたくなるのは事実じゃ」


「う、ぐぅ……っ! 弱小の人間族が何を言っているっ! オデは最強の人食い族の血を引いた種族だ! どんな種族も弱い! 強いオデの前では――お前のような弱小など……」

「弱小や強者と言うものは、他人がつけることであり、儂らがそれを主張するものではない」

「…………っ!?」


 虎次郎さんの言葉にオグトは強張りながら虎次郎さんを見降ろす。そんな姿を見ながら私は虎次郎さんの――何も傷ついていない背中を見る。体中の傷があるのに、背中だけに傷がない。勇ましい背中を見た。


 虎次郎さんは、刀をかちりと少し、ほんの少しだけ抜刀して――こう言った。


「強き者は他社が強いと認識してこその証。己がそれを主張すること、それすなわち過剰評価。過大評価。驕りに値すること也」

「…………何を言って……っ!」

「儂は今でも弱いと認識しておる。自分の評価と言うものは、常に低いものでもあるが、儂からしてみれば、お前さんはこの中で最も弱い。何もできないと罵った少女よりも……、薬師であるジュウゴよりも、お前さんは弱すぎる。弱すぎる。よりも弱すぎる」

「な、なぁにぃ……っ!?」


 虎次郎さんの言葉を聞いて、オグトは苛立ちを募らせた顔で虎次郎さんに詰め寄り、そしておなかの傷を手放しながら、オグトは言う。苛立った音色で言う。


「オデが――弱いっ!? そんなことないっ! オデは強いんだっ! 強い種族で強い力をもって、強い魔祖を持ったオデだぞっ!? オデが弱いわけ――」

「力のことを言っておるのではない。儂が言っているのは――お前さんのが、あまりに軟弱じゃと言っているんじゃよ」

「――っ!?」 


 虎次郎さんの言葉に、オグトは顔を驚きに染めながら虎次郎さんを見降ろす。一体何を言っているんだというような顔だ。


 そんなオグトの感情を読み取ったかのように、虎次郎さんは刀を持っている手に力を入れながら、静かで落ち着いている音色でこう言った。


「お前さんは魔王族の男とここにいるお嬢さんに復讐するためにこんなことをしたんじゃろ? あんなむごたらしいことをしたんじゃろ? こんな風にするためだけに――あんなことをしたんじゃろ?」

「………………だ、だから何だ! オデは弱い奴をもとの座に戻しただけ! オデが上にいる存在なんだ! オデは強い! オデは」

「だぁかぁらぁのぉ……、それこそが弱いと言うんじゃ。そうやって相手を蹴落とすことしか考えておらんからそうなんじゃ。もっと己を強くせねばならん。もっと己を鍛えねばならんのじゃ」


 それこそが、真のつわものである。


 そう虎次郎さんは言った。オグトはそれを聞きながら、びきりと青筋を一つ増やしながら、虎次郎さんに向かって大きな口を開けながら、唾を吐き捨てるようなそれで怒鳴った。


「真の強者っ!? そんなのオデだけでいいっ! オデはどの種族よりも強い種族だ! 滅亡録に記載されること自体がおかしいっ! オデは強い存在なのに、みんながみんなして魔王族を最強と認めているっ! この世がおかしいんだ! オデは、オデがこのアズールで一番強い」


 と言った瞬間だった。


 しゃりんっ! と、何かが切れる音が聞こえた。その音は私とジュウゴさん、そしてオグトに聞こえるような大きな音。居合抜きの音だ。


 私は虎次郎さんを見てみると、虎次郎さんはいまだに刀を抜刀する前の肩に戻して、微動だにしないでその構えのまま止まっている。でも……、心の奥底から湧き上がるもしゃもしゃは、いまだに赤いまま。ううん。赤みが濃くなって、マグマの様に燃え滾っている。


 虎次郎さんは、刀を構えたまま怒りを露にしていたのだ。


 オグトはそれを見たままぎょっと驚愕にびくつかせながら、後ろに後退しようとした時……。


 ――ばすんっ! と、裂けるような音が、オグトの腹部から聞こえた。


 裂ける音と同時に出てきたのは――ぶしゅっと噴き出した赤い液体。それを見たオグトは、驚きの叫び声を上げて、慌てながら乱暴にその傷口を手でふさぐ。どろどろと出てくるその赤い液体を、抑えきれないその手で止血しながら……。


「う、ぐぅ! あああああああっっ! おい早く来い! 早くオデのところに来ぉい! 治癒だ! 食事よ――来いっ! オデの食事よぉおおお! 来おおおおおおおおおいっっ!」


 オグトはあらんかぎり叫んだけど、帰ってきたのは……。



 静寂。



 漫画の効果音で言うところの――『しーん』であろう。


 それを感じたオグトは、「!? っっ!?」と、驚いた顔をして、今の非常事態に驚きながら辺りを見回すと、ジュウゴさんは呆れながら――オグトのことを哀れな人の様に見下してからこう言った。


「あのねぇ……。ここのダンジョンの魔物を殆ど喰ったんだろ? あんた」

「っ!」


 オグトはジュウゴさんの言葉を聞いた後、ぐりんっと私とジュウゴさんを睨みつけて、ジュウゴさんの言葉に耳を傾ける。ジュウゴさんはそんなオグトに対して、何の恐れもないのか、はっと鼻で笑いながら肩を竦めて――


「お前のような絶滅を招く存在に、手を貸すわけないだろう? 俺ならすぐにボイコット。ストライキを起こすね。だって怖いし、あんたが王様であろうと、俺はそんな王様の命令には従わない」と言った。


 それを聞いたオグトは、「ううううぐぐうううううううううううううううううっ!」と唸りながら、腹部の出血を押さえながら唸る。だらだらと顔から噴き出す脂汗を拭わないで。


 それを見ていた虎次郎さんは――静かに、どんどん怒りを吹き出すような音色で……オグトに向かってこう言ってきた。


「その通り、力だけでねじ伏せ、恐喝や脅しでねじ伏せた支配など、ただの恐怖でしかない。儂はそんな団体を見たことがある。恐怖で縛り、有ろうことか何の罪もない子供達を金の道具にしようとした集団を……、何の罪もない子供達に恐怖を植え付けた者達を知っている」


「………………っ!」


 虎次郎さんは言う。それと同時に、オグトはびくりと肩を震わせて、ドロドロと流れる血など無視するかのように、どすんと右足を後ろに向けて後退する。


 それでも、虎次郎さんは言う。低く、怒りを込めた音色で――刀を抜刀しながら言った。


「儂はその時、己の力を過信して掴まってしまった。一人の少女に心の傷をつけてしまった。一人の少年の光を壊してしまった。何人もの子供達、そしてその施設の責任者の未来を……、壊してしまった。儂の過信が、儂の未熟が、あの惨劇を加速させてしまった。ゆえに! 儂はもう繰り返さないと誓った……! あの孤児院の惨劇を繰り返さんと! 儂は心の強さを磨いた! 磨いて、あのさのような悪党を許さんと、この手で倒すと誓ったのじゃ!」


 もう繰り返さない。


 そう言いながら――虎次郎さんは今まで鞘に納めていた刀を、すらぁっと抜刀する。そして、その刀の先をオグトに突きつけながら、虎次郎さんは叫ぶ。


「さぁ――かかってこいっ! 儂の力とお前さんの外道の力、どちらが上か――いざ、尋常に勝負じゃ!」

「うううううぐうううううううううううううううううーっっっ!!」


 虎次郎さんの言葉を聞いて、オグトは腹部を押さえていたその手をどかして『がしり』と握り拳を作る。


 やる気満々。戦う気満々。食べる気満々のそのもしゃもしゃでオグトは唸り声を大きくしながら叫んだ。


 けど私は虎次郎さんの言葉を聞いた時、驚きのあまりに目を見開いていた。


 虎次郎さんが言っていたある言葉――それは……、マドゥードナで私達が戦った相手……。


『ネルセス・シュローサ』のことを聞いた瞬間、もしかしてと思いながら私は虎次郎さんのについて……、少しだけわかった気がしていた。

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