PLAY50 命を張る魔女と…… ④

「う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う、う」


 マリアンダはヘルナイトさんの言葉を聞いて、ぎりぎりと歯が磨り減ってしまうのではないかと言うような形相で歯を食いしばり、歯軋りをして彼女は私とヘルナイトさんを睨む。


 電流の檻の中で睨みつける。


 その光景を見たとしてもヘルナイトさんは臆することもなく、委縮することもなく、ただただマリアンダを見据えている。


 その心構えと言うか、メンタルの違いが露見したかのような光景を私はヘルナイトさんの腕の中で交互に見ていた。


 その光景を見ていると――ヘルナイトさんは……。


「ハンナ」

「?」


 ヘルナイトさんは言う。


 それを聞いた私は首を傾げながらヘルナイトさんを見上げると……、突然それは起きた。


 と言うか……。


 ぐっとヘルナイトさんは私を抱えた腕を下に下ろし、まるで何かを投げるような体制になってから私を下にどんどん降ろして、そのまま地面すれすれのところで止める。


「? ? ? ??」


 頭の中に螺旋状の模様が浮かび上がり、文字通り私は混乱の渦の中に取り残されて、今の状況がどうなっているのかを確認する。


 と言うか、さっき確認したのだけど、結果としてわかったこと……。


 一体何をするの? と言う疑念しかわかなかった……。


 私はヘルナイトさんに向かって言葉を発しようとした時……。


 私の目の映っていたその光景は、別の風景に、その空間の天井付近に切り替わっていた。天井付近――と言うか、手を伸ばしたら、天井に触れられそうなくらい近いところで……。簡単に言うと――




 私は、ヘルナイトさんの手によって上に投げられた。効果音で言うと――『ぽーんっ!』である……。




「っ!? っ!? え。ええっ?」

「きゃぁ~っっ!?」


 突然の浮遊感に襲われながら、私は一瞬の停止を感じて、そのあと来る重力に備えて……、ぐっと目を閉じる。


 ヘルナイトさんがなぜ、こんなことをしたのか知りもしないで、その落下に備えて、きつく、きつく――目を閉じる。スカートを手で押さえながら、見えないように。


 ナヴィちゃんで飛ぶという案もあるけど、さっきの件で気付いたことがある。


 ナヴィちゃんは本来の姿――竜の姿になると、かなり大きくて、あの下水道の中だとかなり密集した状態になってしまう。


 リヴァイアサンの時ナヴィちゃんは大きくなって戦った。対等に、同じ大きさで雄叫びを上げながら戦っていた。


 それくらい大きいから……、こんなところで大きくなることは下水道の崩壊を意味している。


 今思うと、落ちた場所が少し幅が広くて助かった……。


 そんな関係のないことを思って、少しずつ、まるでスローモーションのように来た落下の感触を感じながら、私はその衝撃に備えようとした。その時――



「――『嵐爆乱ストーム・インパクト』」



 ヘルナイトさんが下から声を上げて、アルテットミアでエレンさん達を助けたように、ぶわりとしたから風のクッションを出す。


 それを見ていた私は驚いた目をして見下ろしながら、その風のクッションにへたりと座り込んで、周りを見る。


 風がふわり、ふわりと――円を描くように吹き荒れて、私を落とさないように風を巻き上げる。さっきも言った通り、この感触はまるで風のクッションだ。


 そうとしか言いようがない。


「きゅぅ!」


 それを受けながらも、私は下で起こっている戦いを見降ろす。ナヴィちゃんも見降ろして見ると……、すでに戦いは再開されていた。


 最初に動いたのは――ヘルナイトさん。ヘルナイトさんは大剣を片手から両手に持ち替えて、ぎゅっとその大剣を握りしめた後……。


「――『影剣かげつるぎ』」


 アルテットミアで使ったあの技を出す。一本の大剣は突然二重に見えていき、ヘルナイトさんは一本の大剣から出てきた黒い体験のそれを、大剣を掴んでいない手でがしりと掴んで、二刀流の構えでマリアンダを見据える。


 それを見たマリアンダは、私がいる頭上を見上げ、そして焦ったような顔だけど、無理に笑みを作りながら、彼女は言う。


「おほほほっ! 一体何をしているのでしょうかっ!? 散々おしゃべりをして、その後何かを言ったかと思えばまた同じパターンっ! やはりあの女は使えないとみなして捨てた! ということですわねっ! やはり使えるものは使えたとしても、使えないものはそのまま廃棄! ワタクシは使えるものは徹底的に使いますから、あなたのその気持ち、なんだか共感でき」




「いいや。違う」




 ヘルナイトさんはマリアンダの言葉を遮りながら、凛とした音色でこう言った。びきりと、青筋を立てているマリアンダを、更に逆撫でさせながら、彼は言う。


「使えないと見なしたわけでも、邪魔だからと言う理由でああしたわけではない。あの子を傷つけずに、尚且つお前に決定的な攻撃ができるようにこうした。あの子を見捨てるようなことは、決してしない」


 少し、荒くなってしまったがな。と、ヘルナイトさんは私がいる上を見上げながら言う。


 その言葉を聞いていた私は、さっきのことを再度思い出して、信頼されているという嬉しさと、一体何をする気だろうという気持ちが混ざり合いながら、その光景を見降ろす。


 そんなヘルナイトさんの言葉を聞いていたマリアンダは、「っは!」と鼻で笑うように――ううん。苛立ったかのような吐き捨て方をしたマリアンダは、ヘルナイトさんを睨みつけながら、その電流の檻を見せびらかすように、手を広げながら彼女はこう言った。


「あの餓鬼に何ができますの? ただ回復と防御しかできない役立たずの所属ですのよね? 聞きましたわ。異国の冒険者から。あの女――メディックと言う所属なのでしょう? 攻撃系の力なんてない。ただの回復しかできないごみのような所属と聞きました。そんな女に何ができると言いますの? ただ傷を癒すことしかできませんわ。最も……、蘇生が出来れば、話は別。でも今はそんなの関係ありませんわね」


 彼女はふんっと、今度こそ鼻で笑うような声と表情でヘルナイトさんを睨みつけながら、彼女はこう言った。


「この『感電檻チャージング・ジェイル』の中にいるワタクシを攻撃することは、絶対に不可能! 攻撃したとしても、はじき返されて……、逆に痛い目を見ますわっ!」


 マリアンダは続けて言う。


「この電流の檻は防御と攻撃を備えた雷の檻! 触れれば感電。攻撃したとしても、結局は感電してしまう。そしてそのあとからくる電流の攻撃! 二重の攻撃ができるということですわっ! ワタクシはこの中であなたが感電して死んでいくのを見るだけでいい。何もしなくとも、人を殺せるという便利な瘴輝石ですの! お分かりかしら? つまり――これが出た時点で、あなたの敗北は決まっているということっ! おほほほっ! 高笑いが止まりませんことっ! おほほほほほほほっっ!」


 その言葉を聞きながら、私はじっとマリアンダを見る。


 確かに、マリアンダを守るようにできている電流の檻は勢いを衰えず、まるで威嚇でもしているかのように、バリバリと音を立てながら檻の形を作っている。


 マリアンダの言うことが本当なら――その電流の檻に触れた瞬間、体中の電気が迸る。


 攻撃しても電気でダメージを受けて、挙句の果てにはその電流の餌食になってしまう。


 マリアンダは何もしない。むしろ何もしなくても、その檻のおかげで、マリアンダは相手を倒すことができる。


 よく聞く話だ。攻撃こそ最大の防御。そして防御こそが最大の攻撃。今回は後者の方だろう。


 それをマリアンダは見事に体現していた。電撃の檻の中で、彼女は自分の身を守りながら何もしないで、敵に攻撃している。たった一個の瘴輝石だけで、彼女はすべてを終わらせようとしていたのだ。


 私はすぐにヘルナイトさんに目を移す。ヘルナイトさんは二本の大剣を両手に持ったまま、仁王立ちになっている。仁王立ちのまま、何も言わないし――慌てていない。その光景を見ながら、私はヘルナイトさんを心配そうに見た。


 ナヴィちゃんはマリアンダの言葉が癪に触ったのか、ぷんすこと怒りながらぴょんぴょん跳ねて「きぃきぃきーっっ!」と、怒っていた。


 そんなナヴィちゃんを見ないで、私はヘルナイトさんを見る。ヘルナイトさんのもしゃもしゃを、不安げな顔をしながら、私は見る。


 マリアンダの言うことが正しければ、その電流の檻はきっと、大きなダメージを与えるようなそれだろう。さっきの炎の矢や、氷のナイフとは違う。攻撃して跳ね返せない。叩き落とせないものを、どうやって壊すのか。


 私はぎゅっと握り拳を作りながらヘルナイトさんを見降ろしていると……。


「そうか」


 ヘルナイトさんは言い、そのまま二本の大剣を持ったまま、ヘルナイトさんは凛とした音色で――不安やそう言った負の感情など一切見られないそのもしゃもしゃの状態で、ジャキリと大剣を構えながら、ヘルナイトさんは言う。大きく――上にふるい上げながら……。


「ならば――


 と言った。


 それを聞いて、私は首を傾げながら「え?」と、呆けた声を出して驚き、マリアンダもそれを聞いて……。


「――はぁ?」


 首を傾げながら素っ頓狂な声を上げる。ヘルナイトさんを見ながら、私達はきっと……、一体何を言っているのだろう。と言う気持ちで (同じ気持というのが、なんだか複雑だけど……) いただろう。


 でもヘルナイトさんは、そんなマリアンダの顔を見ながら、上に向けて掲げたその二本の大剣を握る力を強めて彼は言う。



「――『地神の鉄槌』」



 そのスキルは、あの時大きな岩を叩き壊した時に使ったそれで、ヘルナイトさんはもう一度、そのスキルを唱えたのだ。


 それと同時に、周りに散らばっていた瓦礫や砕けてしまった小石が、ヘルナイトさんの大剣に纏わりついて形を形成していく。


 がこっ。がちっ。かちんっ。と――に、纏わりついていく。


 それを見て、私は驚いた目をしてヘルナイトさんが持っている二本の大剣を見た。マリアンダも、そして隠れて何かをしているジュウゴさんも、それを見て驚いた目をしてそれを見ていた。


 さっきヘルナイトさんが使っていたスキルは――『地神の鉄槌』と言うもので、見た限りは、大剣に瓦礫や土といった、土で作られたものがヘルナイトさんの大剣に、磁石の様にくっついて大きな大槌を作り上げていく。


 ガルーラさんが持っている大槌よりも大きなそれで、たった一振りでマリアンダが作り上げたあの丸い大岩が、いとも簡単に破壊されたのだ。威力は大きいだろう。と言うか――絶大。


 そう思っていると、どんどん大剣に纏わりついていくその瓦礫は、さっきと同じように大槌の形を形成していき、どんどん大きくなっていく。


 それを見ながら、マリアンダは言う……。


「な、なんでそんな……っ! 二本とか聞いていませんわよ……っ! と言うか、あなたそれは……」


 と、マリアンダは震える指先でその瓦礫でできた大槌を指さしながら、彼女は言う。


 ヘルナイトさんはそんなマリアンダの言いたいこと、そして気持ちを察したのか、凛とした音色で彼は、とうとう完成した岩の大槌二つを、ぶぅんっと言う風を切る音と共に振るいながら――彼は言う。


「これは私の『宿魔祖やどしまそ』だ。魔力さえあれば、何度でも使える」

「く――っ!」


 マリアンダはぎりっと歯を食いしばり、最初に見た気品溢れる優雅な笑みとは正反対の、焦りと苛立ち、そして憤怒の表情で彼女はヘルナイトさんを見て――気品なんて言う言葉が似合わないような、汚い怒りの顔で、彼女は歯ぎしりをして、はぁあああっ、と大きく息を吸いながら、彼女は言葉を発しようとした。


 ヘルナイトさんが二本の大槌を持って、マリアンダがいるその場所に向かって、ダッと駆け出す光景を目にしながら、彼女はドレスのスカートについていた瘴輝石を「ううううううううっっっ!」と、獣の唸り声のようなそれを上げて、彼女はぶちぶちと、乱暴に引きちぎりながら、彼女は手にあまりに余った瘴輝石を掲げながら――彼女は叫ぶ。


「――こんな弱者に、こんな弱者如きに……っ! ワタクシが負けることなど……、ありえませんわっ! アルテットミアで有所正しきミルディミリム家の正当後継者ですわっ! あなたのような弱者に、あなたのような敗北者に……、負けるなんてことは……っ! ありえませんのよぉぉぉーっっっっっ!!」


 彼女は零れ落ちてしまった赤とオレンジの瘴輝石など無視して、今手に持っている黒い瘴輝石を手に叫ぼうとした。


「マ、マナイグニッション――『」


 と、言いかけた瞬間、ヘルナイトさんはすでに、彼女が張った電流の檻の前にいて、そのまま振るいあげていたその瓦礫で覆われている大槌を、左右にぐわりと広げながら……、まるで拍手でもするかのように、一気に左右に振るう!


 どぉんっっ! と言う衝撃音と、バチチィッ! と火花を散らす電流の檻。


 その光景を見て、何かをしているジュウゴさんは体に突然きた何かに驚きながら「あいてっちぃ!」と、痛いと熱いが合わさったかのような声を上げて痛みに耐える顔をする。


 私はそれを上空から見ていたので、その光景を見た私は、場違いなことに……、花火みたいだと思ってしまった。ナヴィちゃんはそれを見降ろしながら、「きゅきぇ~……」と、驚いた顔をして、固まっていた。


 そんな私達のことをまるで見ないで、ヘルナイトさんは再度その二つの大槌を左右に振り上げて、また同じように、拍手をするかのようにどぉんっ! と叩く。それを、何回も、何回も繰り返す。


 マリアンダは檻の中で、びりびりとくる衝撃に耐えながら顔を顰めて、私からでは見えないけど、きっとヘルナイトさんのその威圧に押されて驚いているのだろう……。リョクシュの時だってそうだったから……。きっとだけど、ね……?


 そう思って、私はヘルナイトさんの合図を待ちながら下を見降ろしていると……。


 ――どがぁんっ! と、遠くから音が聞こえた。その音を聞いた私は、驚きながらその方向を見る。その方向を目にした瞬間、私は思わず……。


「すごい……」


 と、声を上げてしまったのだ。ナヴィちゃんもそれを見て、連続で驚く顔をして、毛を逆立ててコミカルな白目をむきながらぶるぶると震えながら「きゃぁ~!?」と鳴く。


 私がすごいと声を上げて、そしてナヴィちゃんが驚いて震えた理由――それは……。


「ふぅーっ!」


 虎次郎さんは刀を鞘に戻し、周りに転がって倒れているつぎはぎの男たちと、破壊されてしまった短剣、あたりの転がっている瘴輝石 (破壊されていない) それらを見降ろしながら、肩をゴキゴキと鳴らしながら、彼は最初の時のような余裕の声で言う。


「ふぅむ……。肩が温まるどころか、拍子抜けじゃな。どいつもこいつも宝の持ち腐れ、何の手応えもなかった」


 と、虎次郎さんは呆れた溜息を、深く深く吐きながら言う。


 頭をがりがりと掻きながら、多対一の状態だったにもかかわらず、虎次郎さんは無傷でその場にいたのだ。そんな虎次郎さんとは対照的に、ボロボロとなってしまった自分の獲物に、自分の体の状態を体感して、ただただ呆然として、目を見開いた状態のまま、彼らは倒れていた。


 なんの言葉も発しないで、彼らはそこで倒れていた。白目をむいて、気絶していたのだ。


 マリアンダはそんな光景を見て、焦りが絶望に変わりつつあるその表情を浮かべながら、彼女は言葉を失っていた。


 そんな彼女を見て、ヘルナイトさんは言う。呆れや失望――そんな負の感情なんて一切ない、凛とした音色で……、彼は言った。


「どうやら――

「っ!」


 ヘルナイトさんの言葉を聞いたマリアンダは、驚いた声を上げる。するとヘルナイトさんはそのまま横に振るっていた大槌の攻撃をやめて、今度はその大槌を、上に向けて振り上げる。左右両方だ。


 大槌のせいでヘルナイトさんとマリアンダの姿が見えない。


 どうなっているのかはわからないけど、声だけは聞こえた。


 ヘルナイトさんは大槌を振り上げた状態で、凛とした音色で言う。


「お前の敗因を教えてやる。お前が負けた理由は、その傲慢な心の赴くがまま、聖霊族の命を弄び、そして無下に捨てたこと。そして――私のことを、驕ったことだ」


 そう言った瞬間、ヘルナイトさんは振り上げたその大槌を――一気に地面に叩きつけるように、マリアンダの電流の檻に向かって、振り下ろした。


 ――ガァアアアンッッ! と言うけたたましい衝撃音が、魔物が来ないこの空間に反響する様に響き渡って、それを聞いていた私は思わずその音を遮るように、耳を塞ぐ。ぐわんぐわんとくる衝撃の湾音。


「っ」


 それを塞いだ耳でかすかに聞いていると……。


 バカンッ! ドゴンッ! と、衝撃音とは違った破壊音が、フィルターにかかったような音となって、私の耳に入ってきた。それを聞いた私は、そっと耳から手を離して、下を見ようとした瞬間――ふっと、私の下にあった風のクッションが、意図的に消えてしまった。ふっと、空気に溶けて消えてしまった。


「にゅ? へぇっ!?」

「きゃ? きぃえっ!」


 それを知ったと同時に、今まで座っていたその場所から足場がなくなってしまったので、私達は地球の重力に従うように、また地面に向かって落ちていく。


 ぶわりと来た落下の感覚に私は驚きながら、スカートを必死で掴んで、一体どうなっているのか。そう思いながら周りを見る。虎次郎さんは無事だ。でもなんだか、有るところを見て目を凝らしながらその光景を見ている。ジュウゴさんは何かを食釣り上げたのか、その光景を見ないで没頭している。そして――


 ヘルナイトさんの方を見た瞬間だった。


「――ハンナッ!」と、ヘルナイトさんは叫んだ。私に向かって、叫んだ。


 マリアンダを守っていた攻防の電流の檻は、ヘルナイトさんが破壊したのだろう。ばちばちと音を立てながら、さっきの風のクッションのように空気に溶けて消えていく。


 マリアンダとヘルナイトさんの間に大きなクレーターが二つ出来ていて、その場所にあの大槌二つを打ち付けたのだろう。


 その光景を驚愕のそれで目に焼き付けているマリアンダ。


 そしてヘルナイトさんは二本の大剣に纏わりついていた瓦礫をすべて取り除いて、影で作った大剣を意図的に消してから、元の一本の大剣に戻した後、ダンっと素早く後ろに跳んで後退した後――私がいる方向を見上げて叫んだのだ。


 私はそれを聞いて、こくんっと頷いた後――、スカートを押さえて落ちながら手をかざす。驚いているマリアンダに向かって。しかしマリアンダは、すぐにその驚愕を怒りに変えて……。


「ぬうううあああああああああああーっっっっ!」と、魂の叫びのごとく服に縫い付けられていたその瘴輝石を、あらんかぎり引きちぎろうと手を伸ばした瞬間――


「『亡者蜘蛛の糸カース・スパイダーネット』」と、ヘルナイトさんは大剣を持っていない手を伸ばして、そのまま指を『パチンッ!』と鳴らす。


 すると、ヘルナイトさん、つぎはぎの男達、虎次郎さんの影からばしゅりと放たれる黒いひも。それはガザドラさんを拘束するときにも使われた――あの詠唱だ。


 それが意志を持っているかのように――石を掴もうとしていたマリアンダに纏わりついて、絡みつく。


 ぎちちっと、体を締め付ける音が、落ちている私の耳に届いた。


 唸ってほどこうともがくマリアンダ。その姿からは、気品溢れるそれなど、微塵も感じなかった。最初に出会ったあの姿がまるで、幻のように感じられた。拘束されたマリアンダを見て、私はすぐに行動を再開する。


 クロズクメも、エディレスも、リョクシュもこの攻撃には苦戦していた。あのスキルを、私は使った。声を張り上げて――その名を叫んだ。



「――『浄化ターン・アンデッド』ッ!」



 私がそのスキルを叫んだ瞬間――ばしゅぅっと、マリアンダの足元から出てきた白い光の円柱。それを直接受けてしまったマリアンダは、声にならないような断末魔の叫びを上げながら、じゅうじゅうっと体から黒い煙――焦げた煙を出す。


 それを見ながら、私は内心……、やった? と思いながらマリアンダを見る。落下していることなど、一瞬で忘れてしまうほど、私は少しびくびくしながらその光景を見た瞬間……。


 ――ふわり。


「!」


 何かに抱えられて、そのままマリアンダからどんどん距離が離れていく光景を目にする。


 私はその光景に驚きながら、抱えたであろうその人を見上げると、その人は――ヘルナイトさんは私を抱えたまま、凛とした音色で後退しながら、彼は言う。


「――ありがとう」と、彼はお礼を述べたのだ。


 私はそれを聞いて、不思議と胸の奥からくるこそばゆさと頬の熱さに戸惑いながらヘルナイトさんを見上げる。見上げて、ただ私は、そんなヘルナイトさんの横顔をじっと見ていた。


 そして……。



「オーケーオーケー。時間充分に稼いでくれて、ありがとさん」


 と、ようやく、というべきなのだろうか。ジュウゴさんは物陰からひょっこりと出てきて、手に持っていたを口に……。



 ん? キセル?


 そう思いながら私はジュウゴさんの横顔を見ていると、ジュウゴさんはそのままヘルナイトさんをすれ違い。通り過ぎようとしたヘルナイトさんと私を横目で見て、にっと狐特有の笑みを浮かべながら――彼はこう言った。


「これで止められる」と言った瞬間、彼は手にしていたキセルを口に咥えて、すぅーっと吸い込んでキセルを口から離した後、その口腔内に含んでいたそれを――


 ふぅーっと、吐き出す。


 吐き出された煙は白みがかった黄色で、その煙は吐かれた方向――黒く焦げてしまったマリアンダに向かって行く。


 それを見たマリアンダは、ぎょっとしながら避けようとしたが、体へのダメージが大きいせいか、思うように動けないみたいだ。


 ヘルナイトさんの拘束がもうなくなっているのに、彼女は震える体を無理に動かそうと必死になって、唸りながらもぞもぞと動く。


 けどその努力もむなしく……、ぼふりと、吐かれた煙はマリアンダに直撃して、空気と一緒に同化してしまう。マリアンダはそれを受けて「う」と驚いた声を上げて顔を顰める。ヘルナイトさんと私はそれを見て、再度ジュウゴさんを見ると、ジュウゴさんは飄々とした音色で――


「よーし。これでオーケー」


 と言って、そのまま何も持たずに、ゆったりとした足取りで彼はマリアンダに近付いて行く。それを見た私は、思わずヘルナイトさんの腕の中で身を乗り出そうと、叫ぼうとした時――


「待て待て。そう焦るでない」


 と、今まで戦って、一足先に終わっていた虎次郎さんが、私達に近付きながら言う。その音色に慌てているそれなど一切ない。ゆったりとしたそれであった。


 それを見た私は、そんな虎次郎さんの行動を見ながら――疑念のそれを含んだ音色で……。


「な、なんでですか?」


 と聞くと、虎次郎さんはマリアンダに向かって歩みを進めているジュウゴさんを見て、にっと犬歯が見えるような笑みを浮かべながら、彼は言った。


「まぁ――見ればわかる」

「「?」」


 虎次郎さんが言った瞬間だった。


「あ、がぁ……っ!」


 マリアンダは突然、


 それを見た私とヘルナイトさん、そしていつのまにか頭の上に乗っていたナヴィちゃんも驚いて、その光景を見る。虎次郎さんはそれを見て、ふっと微笑みながらその光景を見て、ジュウゴさんはそのまま歩みを進めながら、びくびくと、ぶるぶると痙攣しているマリアンダに近付きながら、彼は言う。


「さっき――お前に浴びせたあの黄色い煙。あれね……。俺の国で結構使われている、医療用の麻酔なんだよ。全身の筋肉が緩急して、うまく立てない。体が思うように動かない。そして呂律も回らないと言った合併症状を起こすが、体の内部治療をするとき、痛覚が全くないから結構使っているんだよ。本当なら、これで睡眠作用さえあれば合格なんだけど」


 すた。すた。と、ジュウゴさんは歩みを進める。


 進めて行くと、マリアンダはそのままべちゃりと、地面に突っ伏して、ぶるぶると震えながら、回らない口で何かを言っていた。でもその言葉は言葉になっておらず、「あ」や、「が」や、「げ」と言う言葉しか紡がなかった。


 ジュウゴさんははぁーっと、呆れたような溜息を吐いて……、倒れているつぎはぎの男達を見ながら……。


「死んでしまった肉体を使って、自分の王国を築き上げようとしたのかい? アルテットミアで最も悪名高かったミルディミリム家の正当後継者――の、


 と、彼女を見降ろしながら言うジュウゴさん。


 私達は祖の背中しか見れないけど、ジュウゴさんはそのままマリアンダを見降ろしたまま、淡々とした音色でこう言う。


「不運だよね? その体が機能しなくなったのは――病気にかかったせい。それも、その時代の時不治の病と揶揄されていた病で、誰も治せるものがいなかったから、あんたは――その体は死んでしまった」


 まぁ、今まで悪いことをしていたから、自業自得なのだろうけど。と、ジュウゴさんは言い、そしてマリアンダを見降ろしながら、彼は言う。


「でも、今となっては、その病気は治せた。俺が命を張ったおかげ……、とでも言うのかな?」

「っ! ひゅぅ! うぅ! くぅ――!」


 マリアンダは、精一杯声を上げながら、ジュウゴさんに向かって何かを言うけど、ジュウゴさんはそんなマリアンダを無視して、話を続ける。


「あんた言っていたよな? 俺が魔女だから、俺に魔力があるとか何とか」

「――っ!」




「それ――。不正解なんだ。俺に、




「………っ!?」


 誰もがその言葉に対して、驚くだろう。私も驚いて、そしてヘルナイトさんも驚いていた。


 マリアンダのその驚愕の顔を見ながら、ジュウゴさんは言う。


 背中しか見れないけど、ジュウゴさんのもしゃもしゃからは、静かに揺れ動く赤いもしゃもしゃ。怒りのそれを感じながら、私はジュウゴさんの話を聞く。


 ジュウゴさんは言った。


「俺はこことは違う異国出身で、ちょっとした特殊な体質を持っていた。その体質は、っていう身体ってだけ。俺はその体質を使って、いろんな毒――つまりは病気な。その病原菌を体内に投与して、その特効薬を自分で作って、自分で実験して、自分の体の中にあった毒が消えて、治ったらその特効薬を、同じ病で苦しんでいるにあげる。それをして、医療に詳しくなって、今の俺が出来上がったってこと。俺の国は魔力なんてからっきしなくて、武器や道具に頼っていた国でね。医療なんて全然進歩していないから、俺が医療の知識を培った瞬間、みんなが俺のことを魔女って言いふらしたせいで、その噂がこっちにまで拡散されちまったんだ。簡潔に言うと、俺もお姫さんやおっさんと同じ――余所者で……魔力なんて持っていない異端の魔女ってこと。魔法なんて使えない。小さいまじない程度のそれしか使えないような魔女と同じってことだよ」


 そこんとこオーケーかな? とジュウゴさんは言い、続けてこう言う。


「俺があの駐屯医療所を立ち上げたのだって、色んな病で苦しんで、短い余生じゃなくて、長い長い余生を楽しく生きてもらうためだけに立ち上げたんだ。別に金目的でやっているわけじゃない。ただ――のように、苦しんで、生きることができなくなって、挙句の果てに見捨てられたと、同じ人生を送ってほしくないから、俺は好きでこうして、命を張ってこんなことをしている。それで救われたのなら、本望だね」

「く、うぅ……、ぎゅう!」

「誰かを救うために、俺は命を張って、懸けて生きている。俺はそれで、他人が。お前は、他のために頑張ることの何が悪いとか言いたいだろう? でもな、俺はあんたのその姿を見て、あいつと重ね合わせたせいで……、すんごい嫌悪感しか抱かなかったな」


 なぜって? と言いながら手に持っていたキセルを口に持っていき、ジュウゴさんはマリアンダを見降ろしながら静かな怒りを口から吐き出すようにして――こう言った。


「それはな――


 ジュウゴさんはスゥっとキセルに口をつけて、めいっぱい吸った。


 それを見てマリアンダはびくりと体を震わせて逃げようとしている。それを見た私は、はっと声を上げてジュウゴさんに向かって叫ぼうとした。


 刹那――


 私達の背後から大きな大きな声が空気の大砲のように、の声が襲い掛かってきた。

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